明治期にルーツを持つ「八幡」で高炉を電炉に転換する検討が進む
国内の二酸化炭素(CO2)総排出量の13%――。鉄鋼業は製造業で最も多いCO2排出量を占め、なかでも最大手の日本製鉄の影響力は大きい。
石炭の代わりに水素を使う製鉄技術の研究開発が進むものの実用化への道は遠い。まずは一部の高炉を大型電炉に転換する検討が先行する。対象には明治期の殖産興業の象徴ともいえる「八幡」も含まれる。
「脱炭素のどの技術にどれほど投資し、どのような効果が得られるのか。情報開示が限定的だ」。6月21日、都内のホテルで開かれた日本製鉄の第100回定時株主総会。株主提案した一般社団法人の担当者の質問に会場の一部から拍手が起きた。
参加者から出た質問10問のうち、脱炭素を問う内容は4問に上り、株主の関心の高さがうかがわれる。
総会で議長を務めた橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)は「経営の最重要課題として位置づけている」と株主に応じた。
高炉での製鉄では、鉄鉱石から酸素を取り除く「還元」の際に大量のCO2が発生する。日鉄は「CO2ゼロ」までの設備投資に4兆〜5兆円、研究開発費に5000億円が必要とはじく。
2030年導入と比較的早い実現を見込むのが大型電炉だ。今井正社長兼最高執行責任者(COO)は「今年度から来年度にかけてゴーサインを出さないといけない」と話す。
具体的には九州製鉄所八幡地区(北九州市)と瀬戸内製鉄所広畑地区(兵庫県姫路市)の2カ所で検討が進む。大型電炉が導入されれば既存の高炉は閉じる公算が大きい。官営八幡製鉄所から120年の歴史を持つ高炉の火を落とす決断が、脱炭素化への号砲になる。
高炉の脱炭素技術の本命とされる水素還元製鉄はさらに難易度が高い。日鉄は石炭を減らし水素で還元する試験を08年に始めた。
今井氏は「世界最高水準の33%のCO2削減に成功した」と強調するものの、実機の高炉での実証試験を始めるのは26年。CO2を50%減らす高炉水素還元の確立は40年になるとみている。
日本製鉄は千葉県君津市の製鉄所で高炉水素還元の試験に取り組んでいる
海外の競合も脱炭素化を進めている。世界最大手の中国宝武鋼鉄集団は23年12月、鉄鉱石を還元する工程で水素を使える年産100万トン規模のプラントを竣工したと発表した。
還元した鉄を電炉などで溶かす2段階の方式のため火力発電の電力を使った場合、CO2の削減量は限定的だ。欧州アルセロール・ミタルは25年までに水素還元の実証プラントを設け、韓国ポスコも27年までに独自の水素還元技術を使った試験設備を導入する計画だ。
高炉で水素を使うと炉内の温度が下がり反応が続かなくなるため、石炭を併用して温度を上げる必要がある。水素の割合を高める技術開発を世界の製鉄各社が競っている。
技術以上のハードルになりそうなのが脱炭素電源の整備だ。電炉にも水素の生成にも大量の電力が必要だが、発電時にCO2を排出していては元も子もない。
「(脱炭素電源を調達する)予見性が高まらない場合には脱炭素の実機化は海外で行い地球規模の脱炭素に貢献する」。
橋本氏は5月、エネルギー基本計画を議論する経済産業省の会議でこう発言し、周囲を驚かせた。日鉄幹部からは「今の橋本氏の関心は米USスチールよりも原子力発電所の動向に移っているようだ」との声も漏れる。
「当社の研究開発費はUSスチールの10倍だ。その成果をすべて共有する」。USスチールの買収交渉を担当する森高弘副会長兼副社長は、米国側のメリットとしてこう訴える。
もし日本政府が抜本的なエネルギーの脱炭素化に踏み込めない場合、日鉄が水素製鉄などの先端技術を開発したとしても、実用化は海外が先ということになりかねない。製鉄業の脱炭素の実現には、政府も巻き込んだ議論が必要になる。
(大平祐嗣が担当しました)