ニューヨーク郊外でのトランプ氏の選挙集会に集まったアジア系住民ら(9月)
11月5日の米大統領選まで1週間となった。最終盤になって際立つのは共和党候補、トランプ前大統領の根強い人気ぶりだ。
多様性や若さを前面にする民主党のハリス副大統領が一時優勢だったが、足元の支持率は拮抗して勝敗はなお見通せない。異例の混戦の背景には何があるのか。要因の1つに非白人層の「変心」が浮かんできた。
10月上旬、米東部ニューヨーク市クイーンズ区のフラッシングエリア。週末の夕方に米国最大級の中華街を訪れると、料理店や食材店がひしめく駅前では異様な光景が広がっていた。
NY市内に非合法の売春宿
「マッサージはいかが」。タイトな衣装に身を包んだ数十人のアジア系女性が立ち並び、一人で歩く男性を見つけては次々と声をかけていく。
付近の建物を非合法の売春宿として使うだけではない。性犯罪や性病のまん延に加え、集団で未成年客を勧誘しているとの報告もあり、地元に不安の影を投げかける。
米国屈指の中華街があるニューヨークのフラッシングで客引きをする女性㊧と記者(10月)
いずれも正規の職に就けない不法移民とみられる。
その1人に記者が身分を明かしたうえで事情を聞いてみた。「中国での生活が苦しくなり、昨年に米国へ逃げてきた。(SNSの)TikTokで出国方法を見たのよ」。中国の湖南省出身という女性は中国語で明かした。
クイーンズ区はアジア系と中南米系(ヒスパニック)があわせて人口の5割を超す「非白人の街」だ。
移民や性的少数者などマイノリティーに寛容な政策をかかげる民主党にとって、強固な支持を集める選挙地盤でもあった。しかし現地ではいま、急速にそうしたリベラル路線への不満と反発が高まる。
不法移民の急増と、それに伴う治安の悪化が住民らの意識を大きく変えている。
「難民申請を出せば適正に手続きを受けられるのに、なぜ民主党は不法入国を許すのか。中国共産党の手先かもしれないし、三合会(マフィア)の一味かもしれない」。こう憤るジョン・ホセさんは今年からトランプ氏を支持する団体に加わった。
ホセさん自身、母親とともにフィリピンから渡ってきた移民だ。何年もかけて市民権を取得し、経済的にも苦労しながら大学を出た。そんな彼の目には民主党政権が不法移民らに生活費や住居まで手厚く支援するのは「自分たちへの侮辱だ」とすら映る。
アジア系「トランプは私たちを理解」
各種世論調査を集計する米リアル・クリア・ポリティクスによると、29日時点でトランプ氏の支持率は48.5%とハリス氏の48.4%をわずかに抜いた。
ハリス氏は8月にバイデン氏の後継として正式指名を受けて以来、選挙戦をリードしてきたが、ここに来てトランプ氏が猛烈に追い上げる。
トランプ支持に傾く代表格が非白人層だ。とりわけリベラル派が多いとされてきたアジア系とヒスパニックの間で保守派に転じる市民が増えている。
ピュー・リサーチ・センターの調べでは、それぞれの人種グループで共和党の支持率は直近24年9月に4割と、前々回選挙のあった16年からともに1割も上がっている。
「犯罪抑止のために強硬な移民取り締まりを主張する共和党に、地域に溶け込んだ非白人層の支持が流れるのも無理はない」。ニューヨーク市立大学のクリストファー・ヘルマン准教授はみる。
アジア系にはトランプ氏が唱える「実力主義」的な思想に共鳴する向きも多い。たとえば民主党は入学試験や雇用で人種などに配慮する「アファーマティブアクション(積極的差別是正措置)」を重視するが、トランプ陣営は逆差別だと批判する。
アジア系米国人による共和党団体を運営するホリー・ハム氏はトランプ氏の考え方に好意的だ。
「学業成績の良いアジア系が不当に大学に入れないなど割を食ってきた。トランプ氏は私たちを理解している」
ヒスパニックも反感、民主離れ進む
ヒスパニックの民主党離れも顕著になっている。
人口の7割がヒスパニックという南部フロリダ州マイアミ。郊外の食堂では毎朝、周辺に暮らすキューバ系住民が集まり、コーヒーとトーストを手に井戸端会議をするのが日課だ。10月中旬、10人ほど集まった男性らに尋ねると、9人がトランプ氏に投票すると答えた。
コーヒーを飲みながら情報交換するキューバ系米国人ら。右端がラダメス・ビヤロンさん
「この3年間あまりで物価は高騰し、金利は3倍になった。財産を捨てて米国に逃れ、ようやく生活の基盤をつくった俺たちにとって、いまの経済政策は不満ばかりだ」。
50年前に革命後のキューバから移り住んだというラダメス・ビヤロンさんは民主党政権への不満を隠さない。
20年の前回大統領選ではフロリダやテキサスなど、ヒスパニック住民が多い南部各州で共和党の支持率が大きく上昇した。
米テンプル大学のアンナ・サンパイオ教授は「ヒスパニック票を狙った共和党の選挙活動が功を奏している」と指摘する。
メキシコと接するテキサス州のマッカレンで暮らすロドリゲスさんは今年に入り、民主から共和に支持政党を変えた。「国境では犯罪者が行き来し、子どもを含む多くの住人が犠牲になっている。それなのにバイデンとハリスは何もしてこなかった」と語気を強める。
米調査機関ユニドスUSによると、ヒスパニックの関心事はインフレなどの経済対策に限らない。移民問題に加え、共和が主張する厳しい中絶規制もカトリック教徒が多いヒスパニックには響きやすい。
トランプ陣営は民主党への反感を強める非白人層をうまく取り込んでいる構図だ。西部のアリゾナ州やネバダ州でも移民流入が相次ぎ、現在はヒスパニックが全体の人口の3割を占める。各地で地滑り的に選挙戦が動く可能性が出てきた。
ハリス陣営、黒人票固められるか
ごとにみた16年から20年のトランプ氏の得票率の変化。テキサス、フロリダなどで支持率が
大幅に上昇(赤が濃いほど増加幅が大きい)。コロラド州とアラスカ州はデータなし。AP通信データをもとに作成
長く民主党の岩盤とされてきた黒人層でも異変が広がる。シカゴ大学が40歳以下の有権者を対象にした最新世論調査によると、トランプ氏に好意的な回答をした黒人男性は39%におよび、黒人女性(18%)のみならず、アジア系男性(23%)をも大きく上回った。
民主党政権の経済運営への失望が大きい。物価高で収入の少ない若い層ほど打撃を被っている。
そうしたなか、同じ黒人でもハリス氏のように女性が社会進出で活躍する一方「男性は取り残された」との不満が広がる。ハリス氏が検察官出身のエリートというイメージへの反感も強い。
それでもまだ黒人層は全体で見れば、非白人のなかでも民主への支持が底堅い。
ハリス氏の夫エムホフ氏が登壇した集会には黒人の民主党支持者らが集まった
(10月10日、ジョージア州アトランタ)
20年の選挙戦では、南部アトランタや東部ボルティモアなど黒人人口の多い都市で民主が得票を伸ばした。20年5月に発生した白人警官による黒人男性の暴行事件をきっかけに、トランプ政権への批判が高まったためだ。
トランプ陣営に公民権運動の黒人指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の業績を否定する極右活動家が名を連ねていることに拒絶反応もある。
「時間を巻き戻し、南北戦争時代の価値観に戻ろうとする人々がいる」。10月、アトランタ郊外の民主党イベントに参加したリンダ・デイビスさんは危機感をあらわにした。
民主党の牙城だった非白人層は人口動態だけでなく、思想からみても変化は著しい。非白人の大統領候補をアピールするハリス氏だが、肝心の支持基盤を固められなければ、トランプ氏はますます勢いづきかねない。
(ニューヨーク=朝田賢治、弓真名、竹内弘文)
2024年に実施されるアメリカ大統領選挙に向け、ハリス副大統領やトランプ氏などの候補者、各政党がどのような動きをしているかについてのニュースを一覧できます。
データや分析に基づいて米国の政治、経済、社会などに走る分断の実相に迫りつつ、大統領選の行方を追いかけます。
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日経記事2024.10.30