【がんばろう千葉!】【台風の被害からの復興】まだブルーシートの屋根が残る街並み〜「館山生姜醤油ラーメン 波音食堂」復興の館山タンタン麺☆
昨年、房総半島を襲った、台風15号、19号、そして集中豪雨。
南房総エリアも壊滅的な被害に見舞われました。
波音食堂のカズさんのご家族、友人、の皆様も、大変な思いをされました。
「ラーメンが明日への活力、復興への勇気」
生姜の効いたいっぱいのラーメンが、どれだけ被災して悲しみに暮れる人々を勇気づけるのか、
それは東日本大震災でも経験した事。
ロッキーにとっても館山は、第二の故郷、館山城の城山公園が被災したときには、涙しました。
2020 年1月、年が明けても、館山の街には、まだブルーシートに覆われた住宅が点在。
館山の復興は道半ば。
波音食堂が営業することが、暖簾を掲げることが、お帰りなさい!そう言った掛け声が、多くの地元民を勇気付けていると確信しています。
この日頂いた、館山タンタン麺、カズさんが魂を込めて開発した、生姜ラー油に、生の刻み玉ねぎ、手の込んだチャーシューをわざわざサイコロ状にカット、波音のカエシに、竹岡の醤油も注入。
生姜を生かすためには、生の玉ねぎが、ベスト。
あくまで生姜が主役のタンタン麺がめちゃ旨い!
ここに2年前に、ロッキーが書いたブログ記事を引用いたします。
このラーメンを生業とするカズ・ストーリーを読んで頂ければ、あなたも、NO GINGER, NO LIFE ⭐︎
きっと館山オリジナルの生姜醤油ラーメンの虜になること、間違いなしです!
「原点回帰」
「初志貫徹」
「初心忘れるべからず」
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【千葉県でラーメン作りを生業とする職人達のストーリーP5】「登録商標 館山生姜醤油ラーメン 波音食堂」の店主湯浅尚和さん、愛称カズ、誰からも愛される千葉県を愛する、ラーメン愛のオ・ト・コ
快晴の日曜日、ちょうど三連休の中日。
ロッキーはいつものように千葉駅から高速バスに飛び乗って、千葉県の最南端にある話題の人気ラーメン店を目指します。
エコロジー、もちろん車は使わないw
2時間弱のバスに揺られて、ここから1キロの道のりは、館山駅前で借りられるレンタサイクル。
海風が心地よい。
目指す先は、館山生姜醤油ラーメン波音食堂。
カズさんとトモさんに会いに行く。
この日はお風呂の修繕を業者に見てもらってからのスタートだったので、午前11時の開店直後ではなくて、午後1時を過ぎた、ピークを外した時間に到着。
それでも店内は満席で店頭には待ちの列。
お店の外観を撮影しようと思ったら、常連のお客さんが、ニコニコしながら脇にどいてくれました。
そう~ここは常連のお客さんが穏やかで優しい。
市川からここまで一人で食べに来ても、ちっとも寂しくはない。
なんか「波音ファミリー」になった気分。有難い。
そしてダクトからは、生姜醤油ラーメンの良い香りが、店頭に。
この美味しい香りがたまりません!
これって、波音を訪れた皆さんが異口同音に口にします。あの波音の応援団長の小林さんも同じことを口にしてました。
ラーメンを待ちながら、波音食堂の魅力について、深く考えて見ました。
「登録商標 館山生姜醤油ラーメン 波音食堂」の創業は2015年6月28日。
今からわずか2年半前に創業。
それで千葉県や県外でも、いや外国でも有名なラーメン店になりました。
その魅力って、なんだろう???
店主の湯浅尚和さん、カズさんの歴史を紐解いて見ましょう。
カズさんは、元々幼い頃から飲食店の家庭に育ち、フランス料理や、焼肉店でも修業されたそうですが、どれも中途半端で、その後、20歳を境に、「営業マン」の道へ進みます。
まずはアイスクリームの問屋さんに営業マンとして5年ほど勤めて、そこである「信念」が芽生えます。
新商品の入れ替えが激しいアイスクリーム業界、新商品で目先の利益のみを追求していたメーカーはあまりパッとしませんでした。
でも新商品よりも昔からの定番商品を育てるスタンスの「グリコGLICO」は、消費者からもアツく支持され、売上も好調でした。
定番のラーメンを育てるスタンス、そんな考えが信念となったのはこの頃ですね。
その後、医療機器の営業、墓石、霊園の飛び込み営業、さらには宝石商として日本全国を飛び回る営業、締めは、通信業界の営業をこなしました。
そして「脱サラ」。
おそらくこの営業マン時代が、ラーメン店では修業の経験が全くないカズさんにとっては、ラーメン修業と同等以上の価値がある人生経験であったと思われます。
カズさんは後に、忙しいお店と、暇なお店の差、その違いは何か?実は味よりも、その店の「人」ではないか?波音食堂のカズさんに会いたくて来店する、商品の魅力よりも、それを売る営業マンの魅力、そういった個性が実は飲食店でも大事と悟っています。
カズさんはトモさんと営業マン時代に知り合い、結婚、しかし入籍して10日あまりでストレスで会社を辞めるハードラックを経験。
すぐにトモさんの実家、館山市の義理のお母さんの家に転がり込んで居候。
ここでは毎日サーフィン三昧。義理のお母さんもいつになったら仕事をするのか、娘の婿に心配でした。
それでも若い頃からのラーメン屋さんをやりたいという「夢」を持ち続け、1年経ったある日、単身、第二の故郷、館山の人達に受け入れてもらえるラーメンを探しに、車で旅に出かけました。
2ヶ月間車中泊で、来る日も来る日も、全国各地のラーメンを食べ続けました。
そこで、新潟県の長岡で出会った「生姜醤油ラーメン」、これだ!と感じたそうです。
これなら館山の人たちに美味しく食べてもらえる。
生姜で夏はさっぱりしていて、冬は身体の芯から温まるラーメン。
このラーメンを完成させて、心配してくれた義理のお母さんに沢山の恩返しをしたいと誓ったそうです。カズさんもまたロッキーのように「ラーメン愛」、「家族愛」、「故郷愛」の男なのです。
館山の実家に戻り、ラーメン店の修業経験のないカズさんは、毎日、何十回と小さな鍋でスープを試作。舌で覚えた味を再現しようと試みました。
ずっとプー太郎だったカズさんにラーメン店開業の資金は極わずか。
でも館山でお店をやるならここと決めていたところがあり、上真倉の現在の場所での開業を目指しました。
周りのみんながここは鬼門だから、止めたほうが良い、でも営業マンの修行経験のあるカズさんには、きっとここで成功してみせる、そんな信念とプライドがありました。
するとカズさんの仲間が、開業資金の乏しいカズさんを手伝ってくれました。
仲間の友情に助けられての開業。
カズさんは当時を振り返り、「あの時は無謀だった」と。
え?と聞き返すと、寸胴での本格的なラーメンスープ作りは、開店のたった1週間前。
1日に2、3回スープを作っては味見をする日々。
そして仲間に見守られて、涙、涙の開業。
ロッキーが鮮明に覚えているのは、この頃、Facebookのファンページのフォロワー数が1200人を超えている、館山のラーメン店があることにある種、衝撃を覚えました。
近いうちに館山に行って、その味を確かめねば〜と思いました。
2018年2月現在、波音のファンページのフォロワー数は4500人超え。
凄い勢いですが、カズさんの投稿の更新のスピード、いいね!の数、さらにコメントや、カズさんの返信の数も桁違いに多いですね。
ラーメンを作りながら、ファンを増やす、その手法は「あっぱれ」です。
ロッキーが初めて波音を訪れたのが、2015年9月5日、オープンから約2ヶ月を過ぎた頃でした。
ロッキーは波音のファンページでカズさんことを知ってましたが、カズさんが既にロッキーのことをご存知だったとは、びっくりでした。
カズさんは通信業界の営業マン時代に、行徳にお住まいで、その頃からのラーメンブログ「ロッキーミュージアム」のゲスト。
良くロッキーのラーメンの食レポをご覧になって下さったそうです。ブロガーで良かった、そう感じました。
2回目の訪問は2016年5月5日、そして3回目の訪問は10月16日、館山という立地なので、半年に1回のペースでしたが、その後、ペースがエスカレート。
次々に繰り出されるカズさんの新作に、ロッキーも毎回、スクランブルで館山へGO!しました。
ロッキーはこれからも「ラーメンで館山を盛り上げる」ために奮闘しているカズさん、そして奥様のトモさんを応援し続けます。
つづく。。