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【特殊祭祀】山梨県の特定地域にのみ見られる特異な信仰“お腰掛”(part1)

2021-01-08 | 神社・仏閣
 先日紹介した山神社の「(貫なし)黒木鳥居」記事中でも少し触れたように今回は、他地域ではまず見た事が無いこの地域だけで見られる特異な祭祀施設をご紹介します。
その祭祀施設は、“お越掛(おこしかけ)”と、称し地元の広報誌などでも紹介されています。

興味深いのは韮崎市の特定地域と甲斐・北杜市の一部地域にしか見られない事です。
【山神社のお腰掛】山梨県韮崎市穂坂町上今井
 まずご紹介するのは、広報ページでも紹介されている韮崎市穂坂町上今井と言う地区に鎮座する山神社(大山神社)の「お腰掛」です。

道路沿いに面したけっこう勾配がきつい参道石段を登っていきます。
山神社神楽殿
左手に神楽殿を見ながら先日紹介した鳥居を潜ると…。

授与所らしき建物と、その奥に拝殿が見えて参ります。
かつての社殿で使われていた鬼瓦
拝殿には、巨大な一本刃の高下駄が左右一対ずつ奉納されています。
傍らにはこれも巨大な天狗の面(ちなみに鼻の部分は、三枚上の写真、先ほどの授与所の壁にちらっと写っています。)
 そして本来は本殿のある位置にその施設は建っています。
「お腰掛」四本の柱をそれぞれ貫で繋いだ特異な形状をしています。
中央には榊が供えられ今でも、毎年4月17日に祭礼が執り行われているそうです。

奥には大太刀が供えられています。

お腰掛の横にも大太刀が奉納されていました。太刀には、“大山津見神”と、あったと思われます。
お腰掛の両脇を阿吽で独特の形相と造りの狛犬が鎮座しています。
狛犬ファンの中でも、ここの狛犬はとてもレアな狛犬なんだそうです。
祭祀:大山祇命
由緒:甲斐国志に「山ノ神、社地方一町許リ、林中地ヲ掃キテ祀ル、三方ニ?(クヒ)ヲ打チ囲ムニ三十三尋ノ縄ヲ以テシ口ヲ一方ニ開ク、是レヲ御腰掛ト称ス(中略)祭礼ハ十一月第二ノ亥ノ日ナリ、前夜神楽アリ、終夜庭燎ヲ焼ク、祭日未明ニ村民軒別ニ梁粢ヲ苞ニシテコレヲ供シ、帯縄ヲ張リ又別ニ梁粢二枚ヲ苞ニシテ人々コレヲ携ヘ、村民悉ク会シテ後、上組下組ニ隊ニ分レ鼓譟シテ相進ミ梁粢ヲ投擲シテ勝敗ヲ決ス、之ヲ粢軍ト云フ、コノ神殊ニ霊威厳重ニシテ云云」、現在大祭には神楽講社祭もあり大いに賑ふ。山梨神社庁より)
もともと南アルプス市の大笹池の近くにあり、甲斐市の赤坂へ遷座しさらに現在の地に至っていると伝えています。 

山神社の由来(写真をクリックして拡大します)
(要約)御祭神は大山祗尊。今を遡ること約1300年の文武天王・慶雲元年(704) 西山大笹池平(南アルプス市)という地より龍王新町赤坂(甲斐市)に鎮座ましまし。その後聖武天皇・神亀元年(724)、 神託のお告げありて当所潟の沢山(韮崎市)に遷座まします。
然るに御神体は五丈五尺(約16.5m)と申し伝えられ、往古より御殿(本殿)之なく帯縄と称し三十三尋(約53m)の縄を引き、その中央に回一丈四尺(約4.2m)のお腰懸をしつらい左右に石を立つ。之を西の王子東の王子と称す。祭礼前夜より神楽ありて終夜庭燎を焼く。女人禁制の霊地にして穢火不浄忌む。誠に威厳まします。境内社・若宮社、金山社。(太字部分追記)
由緒によれば、古来より本殿は無くこの祭祀形態だった様です。
冒頭の伝承「大山祇の神様は大きな神様なので、本殿には入れずここに腰掛けた」と、言う伝承はなかなか興味深いです。
やはり同じ大山祇を祀る神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社の山頂にある奥社には、大雷神が祀られていますが大天狗と呼ばれていて、関連性にも興味が沸きます。
以下は、当日撮影した動画です。
「山神社」のお腰掛(山梨県韮崎市穂坂町上今井)

【神明神社のお腰掛】山梨県韮崎市穂坂町三ツ澤
同じく韮崎市穂坂町三ツ澤地区に鎮座する神明神社にも同規模の「お腰掛」が鎮座しています。
神明神社社号標と鎮守の杜

神明神社の「お腰掛」まだ建て直してそんなに時間は経っていない様です。
やはり拝殿の裏手本殿の位置にあります。
一面だけであれば冠木門ですが、四方向で閉じられた空間である事に意味があると思われ大変興味深く思います。
(※三柱鳥居も三方を閉じた空間を意図していますが、共通する何かがあるのではないかと思っています。)
中央には小振りの磐座があります。
祭祀:大山祇命
由緒:甲斐国志によると「社宮神、社地六百八坪無税地ナリ。社記曰ク土ノ祖埴安姫ヲ祀ル、祠ナシ社地ニ大ナル?(わく)ヲ置キテ御腰掛ケ称ス。祭日ハ八朔ナリ田面(たのも)ノ祭ト云フ神子神楽アリ」とあるが明治十二年神明神社と社名を変更した。山梨神社庁より)
冒頭に「社宮神」と、あります。やはり「お腰掛」は、もともとこの地域にある土着神(ミシャグチ)であったことが分かります。
 ここ山梨は、以前もご紹介した事がある「丸石神」の信仰があります。
いわゆる道祖神的な意味合いが込められている様ですが、古代縄文の文化が栄えた地でもあり、そのままの信仰形態が今でも形を変えて残っているのは必然である地とも言えるでしょう。
 もちろん、四隅に柱を立てるという形は、長野県諏訪大社に伝わる「御柱」に繋がるところですが、信玄公が信奉していた諏訪の神を祀る神社は、この山梨にも無数にあるのですが、その辺りも留意しておかなければならないでしょう。
榛名山大権現を祀る碑 境内には、たくさんの祠や磐座があります。ここもそんなひとつ。巨石祭祀の最たる榛名信仰がここにも来ていた確たる証拠です。
こちらはかつての旧社地(社宮神)があった場所と思われます。

こちらは、神明神社へ向かう道路の辻にあったものです。さりげなくこのような小振りの磐座を祀っているのもこの地区ならではの独特の信仰です。
(part2)へつづく
【マップ】
山神社(大山神社)
神明神社

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