7月29日13時50分、I老健の相談員のS田さんから電話がありました。
さっちゃんの簡単な現状報告の後、「今日4時ころに来れませんか?」と言います。
医師からの説明があるようです。
もちろん、行くことにしました。
I老健へ行き、面談室で待つ間、いろんなことを考えます。
最悪の事態も考えるのですが、詳細な情報がまだありませんから、漠然としか考えられません。
しばらくして、いつもの高齢のお医者さんと少し遅れて看護師さんが来ます。
お医者さんはもごもごとした喋り方で、あまりよく聞き取れないことも多くあります。
女性の看護師さんが明瞭に話してくださって、あまり耳の良くない僕にとっては助かりました。
医師と看護師の話の要点はこうです。
・先々週からの肺炎治療は継続中。
・薬、水分、栄養の投与は点滴(末梢静脈栄養)で行なっている。
・しかし、点滴ではせいぜい100kcal/日ほどしか与えられない。
・その状態がずっと続いている。
・しかも、点滴の注射針を刺せる場所があまりない。(硬くなってしまうし、さっちゃんは血管が凄く細い)
・胃瘻からの栄養補給再開も考えられるが、誤嚥する可能性は高い。
・胃瘻から投与し、胃液と反応して少し固まるタイプのものを試す選択肢もある。(それでも誤嚥が心配なようです)
この状況の解決策として中心静脈栄養という方法をお医者さんは言うのです。
通常の点滴のことは末梢静脈栄養と言うそうです。
腕や足など、心臓から離れた末梢から投与するからです。
それに対して、中心静脈栄養は心臓に近いより太い血管から投与するのです。
血管も太く血流も速いので高カロリーを投与できるのだそうです。
もちろん直接血液中に投与するわけですから、24時間かけてといった感じでゆっくりと投与するみたいですね。
現況のすぐには肺炎が完治しそうにないさっちゃんの低栄養状態を解決する有効な手段が中心静脈栄養だと言うのです。
ところが、これには以下のようなことが付随します。
・老健ではこの医療処置は施せない。
・老健を退所して病院に入院する必要がある。
このような理由もあって、医師から僕への説明の場が持たれたわけなのですね。
さらに、ここから生じる僕が決めなければならない事柄があるのです。
そうです、二者択一になるのです。
ひとつは、病院へ入院して中心静脈栄養のための装置を造設すること。
もうひとつは、入院せずこのままI老健に残り、今のままを続けること。
I老健に残ると言うことは、ほぼ確実にこのまま看取りへと繋がっていくことでしょう。
看取りの状態に入ると、個室に入り、毎日直接の面会も可能になります。
コロナ禍であることは変わりませんから、15分間だけのようですが。
お医者さんと看護師さんからの話の大筋は以上のようなものでした。
さっちゃんが自分の状況を理解でき、どうしたいか意思表示できれば最善なのでしょうが、望むべくもありません。
僕が決定しなければなりません。
最初に肺炎になって救急隊員から決断を迫られたのが最初でした。
その後、1回か2回あったでしょうか、僕はさっちゃんの生殺与奪の権行使を強要されました。
これまでは常に涙と共に生を選びました。
今回は涙が自然に流れるような緊急突発的な事態ではありません。
ゆっくりと考えることが出来ます。
とは言え、2、3日中に決定しなければならないのですが。
ただ、お話を伺いながら、僕の心の中では選ぶべき道は決まっていました。
最後に嬉しい申し出がありました。
さっちゃんに会えるというのです。
この老健内のさっちゃんのいる部屋で、さっちゃんの横になっているベッドで会えるというのです。
その時僕は、「カメラを持ってくればよかったなぁ」などと考えていました。
もっとまともな感想を持てないものでしょうかね。
さっちゃんの部屋は3階にあります。
エレベーターで3階に行くと、「広いフロアだな~」といった印象でした。
中央に広く病院のナースステーションのような場所があります。
それを取り囲むように部屋があります。
病院の入院病棟とよく似た雰囲気ですが、それよりもすべての部屋と中央にあるスタッフさん達がいるエリアが近いのですね。
さっちゃんのいる部屋に通されました。
ベッドが5つくらいあったかな、詳しくは観察していません。
他のベッドにはどなたもいませんでした。
夕食時間だったのでしょうか?
さっちゃんのベッドに来ました。
さっちゃんが目を開けて僕を見てくれます。
何やら声も出してくれます。
僕は久し振りにさっちゃんの手を握りました。
最初は左手、そして右手とも。
けっこう汗をかいている掌でした。
部屋ではさっちゃんはマスクはしていません。
鼻にチューブが入っていて、酸素が入っています。
ガラス越しの面会時はマスクをしていますから、さっちゃんの口の表情が分かりません。
でも、今は目と口とでさっちゃんの表情が伝わって来ます。
そんなさっちゃんの表情は僕の決断を後押ししてくれました。