朝6時に出発してかれこれ6時間、歩き出してから2時間半が経ちお腹も空いてきました。インドア派4人は出発時に比べると口数も減り、みんな足元を見ながらジッと耐えて歩き続けている風情です。でも若いお嬢さん二人の足取りにはまだまだ軽さが残っている感じはします。スキーのストックを両手に、Hさんの奥さんにペースを合わせてもらっている女房が一番シンドそうです。
Hさんと高校生の子供さん二人は忍者の如く軽快に飛ばし、要所要所で我々を待ってくれています。しんがりが着くと「さあて、みんな揃ったから出発するかぁ!」とのHさんの元気な声に「えぇ~!ちょっと休ませてよ~っ!」を繰り返しつつも、「お~い、この坂上れば到着だよ~!」に残った力をふりしぼって、着いた先にはEva Lakeが標高1921mに神秘的に横たわり、その先にはMt. Revelstokeが頂に雪を残した勇姿をあらわしました。感動の瞬間です。3時間弱の行軍の苦しみの後だけに喜びもひとしおです。
おにぎりと玉子焼きだけのシンプルな昼飯がこれほど美味しいと感じたのも久しぶりです。感慨に浸って、一句ものそうかなんて殊勝な気持ちになる私を邪魔するように、大きな蚊の大群やアブが身の周りにまとわりつきます。虫除けスプレーを吹き付けても、衣類の上からでも刺すそうです。手や帽子で追い払ったり、鬱陶しいことこの上ないので、一箇所にジッとしていられません。したがって、俳句も不発でした。蚊とアブの仕業です。
踏み場所を間違えると膝まで沈み込むくらいの雪の残る湖畔を歩き、雪解け水が滝となって落ち始める源流を見たり、記念撮影したりと「一箇所に留まらない作戦」の小一時間の湖畔散策を終えて、蚊に追い払われるように帰路に就きました。
往路の上り坂は帰路の下り坂。一度通った道だけに心の余裕もあってか、帰りは二時間半もかからずに、怪我も無く無事走破です。往路で感じたよりも雪道が多かったのにはビックリしました。往路では行く手への不安感、不透明感に心を奪われ、雪の多少に注目する余裕が無かったということなのでしょう。
帰りの道すがら何組かのハイカーとすれ違いました。いずれもこのハイキングコースは初めてのようでしたが、往路の我々のように顎が上がっている様子でもなく、健康そうな汗をかいてスポーツとしてのハイキングを本当にエンジョイしている様子が感じ取れました。日頃の運動不足も手伝って、今日のハイキングを体力の限界ギリギリと感じる、自然との付き合い方に不慣れなわれわれに比べると、自然環境に恵まれたカナダ人のアウトドア・ライフの身近さを垣間見たような気がします。
都会育ちの二人のお嬢さんがハイキングの後に洩らした感想は「(死ぬかと思うくらいに)大変つらく険しい道のりであっただけに目的地に着いたときの感動は忘れられない。でも、決して二度と経験したくはない」。これをそばで聞いていたHさんのお子さん達の反応は「こんなのは珍しいことじゃないよ。そんなに大騒ぎすることじゃないでしょ」と言わんばかりの涼しげな表情です。育った環境が違うと言えばそれまでですが、彼我の若者のバイタリティー、サバイバル能力の違いを見せつけられた気がします。「ライフスタイルの違い」で簡単に片付けてしまえる話でもなさそうです。
若者だけではありません。「あんなのは、まだ歩いたうちに入らないよ」 とHさんがのたまっていたと人づてに聞きました。たしかにHさんの眼から見たら、われわれのアウトドア・ライフの経験の浅さ(というより経験の無さ)は信じがたいレベルなのに違いありません。私の観察する限り、Hファミリーが平均的カナダ人を遙かに凌ぐアウトドア派であるかと言えば、そうでもない気がします。むしろ平均に近いのではないかとすら思います。
子供相手のエコロジー啓蒙テレビ番組があったり、自然との共生、自然保護に関する意識は間違いなくカナダの方が日本の遥か上を行っているというのが率直な印象です。
Hさんを平均的日本人と比較するのがそもそもの間違いなのです。スキーの師匠であり、ハイキングの師匠でもある超アウトドア派Hさんは江戸っ子である前にカナダ人なのです。もっと正確には「江戸っ子系カナダ人」ですね。