とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

ある会話

2010-08-20 21:55:29 | 日記
ある会話








 離婚して間もない女性の主人公「私」がある年の梅雨の終わりのころ、大阪環状線の電車に乗っている。雨あがりの外の景色を眺めていると、小さなツバメが濡れた電線にとまってさえずっている。空には虹がかかっている。「私」はその景色を「何か夢のように美しく思いながら」見ていた。
 次の駅で「若い娘」が二人乗ってくる。二人は「私」の背後に立ち、銀色のポールにもたれながら話し始める。「お見合い、どないやったん」。すると、もう一人の女性がひと呼吸おいて、「あかんかったわ」と言う。そして、少し間を置いて、聞いた方の女性が「そうかァ」と静かに答えた。
 気がつくと、「私」はうっすら涙を浮かべていた。そして、「そうかァ」とその娘が言った言葉を口の中でつぶやく。やがて二人は寄り添いながら大阪駅で降りていく。その後に水玉模様の雨傘が忘れてあった。
 ……これは、出雲市出身の作家松本侑子氏の『引き潮』(幻冬舎刊)所収のほんの三ページばかりの掌編小説「ツバメ」のあらすじである。
 私は発売直後購入し、通読していたが、ときどきこの場面を思い出した。思い出すときは、何かにつまずいているときとか、体の調子が悪いときである。私はこの三日間体調を崩して寝てばかりいた。そんなとき、あの温かい「そうかァ」という言葉が耳もとに届いてきた。破談になった友に慰める言葉を返すかわりに、素直にすべてを受け容れようとする。そのとき自然に出た言葉がその女性の人間のすべてを物語っている。私は主人公が涙したように二人の間に通う「温かい光」を自分にも受け容れたかったのである。
 小説の影響力の深浅はその長短にはあまり関係がないことを見事に証明している作品である。(2006投稿)

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