80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

殺生石

2019年01月29日 21時04分10秒 | 創作
タニにイシがございました。

何の因果でございましょう?
イシはただそこにあったばかりでございます。

空飛ぶ鳥が、また野を駆ける獣が、あるいは道行く旅人が、
イシに近づきすぎたために、あたら命を落としたからといって、
イシ自身に何の罪科がございましょう? 
イシは、ただひたすらそこにあったのみでございます。

何やら自分に近づいてきたものが、突然狂ったように踊り出し、
やがて動かなくなった。
ただ、それだけの事でございます。

いえいえ、何やら自分に近づいてきたという事、ましてや、
それが踊り出し、あるいは、突然、動かなくなったということ、
それすら、イシにとって、何の意味を持ち得たでありましょう。
イシにとって、世の中とはそういうものでしかなかったので
ございます。

「サトへ行ってみたい。」
ある時、イシは考えました。
いいえ、ことさら理由があったわけではございません。
目的があったわけでもございません。
サトがどんなもので、サトに行ってどうしようというわけでも
なく、ただ、ひたすらそう考えたという事なのでございます。

実際の所、イシには考えるという事がどういうことなのか、
全く分かっていなかったようでございます。
にもかかわらず、イシはひたすら、「サトへ行ってみたい」
そう考えたのでございます。

イシはひたすら考え続けました。
「サトへ行ってみたい。 サトへ行ってみたい。」
「サトへ行ってみたい。 サトへ行ってみたい。」


ある時、イシはふと気が付いたのでございます。
「サトに来た!」
その時、イシはサトにおったのでございます。

サトには人が多いようでございました。
もっとも、イシには、人というものが何だかは、
はっきり分かっていなかったようではございました。
ともあれ、たくさんの人がイシのまわりで踊っておったので
ございます。

しかし、サトの人というものは長くは踊らぬもののようであ
りました。
それほど時間の経たぬうちに、一人、二人、三人と踊りを
やめ、その場に動かなくなっていったようでございます。


イシは何やら悟ったようでございました。
なるほど、タニもサトもそれほど変わりはない。

「ミヤコに行ってみたい!!」  
ある時イシは思いました。

「ミヤコに行ってみたい!!」 「ミヤコに行ってみたい!!」 
「ミヤコに行ってみたい!!」 「ミヤコに行ってみたい!!」
「ミヤコに行ってみたい・・・!!」


ある時、イシはふと気が付いたのでございます。
「ミヤコに来た!」


シャボン玉 (3)

2019年01月26日 20時53分36秒 | 創作
石段の途中で、上からゆっくりと降りてくる上品なお爺さんとお婆
さんにすれ違いました。
石段をぽんぽんと、ひとりでに昇ってくるビー玉を見て、ビックリ
するかと思ったのですが、二人、顔を見合わせて、にっこりしたの
です。 

「どうだい、ばあさん、昔と少しも変わらないねぇ・・・。」
「そうですねぇ、相変わらずですねぇ、おじいさん・・・。」

「ぼうや、この辺の子・・・?」

これはおじいさんです。
私を見て言いました。

「はい・・・、」
私はもじもじしながら、小さな声で答えました。

「・・・なかなか素直な子だね。 良い事だ、良い事だ・・・。」
お爺さんは手を伸ばして私の頭を撫でようとしました。
どこからか、煙草の匂いがしました。
私は反射的に頭を引っ込めました。

お爺さんは、出しかけた手のひらをその場に止めて、ちょっと悲し
げな顔をしました。
お爺さんは私を見て、何か言いたそうなそぶりをしたと思います。

「行きましょう。」 
横からおばあさんが言いました。
気のせいだったのでしょうか?
おばあさんも、何となく寂しそうに見えました。

「また、そのうち、いつかね・・・。」 
「そうね、でも、もうちょっと奥で遊んだ方がいいかも・・・。」

重ねて、おばあさんは私に向かって言ったと思います。

私は、ビー玉に目をやったまま、黙って頷いて見せました。

二人は、多分、振り返りもせずに、ゆっくりと石段を降りていった
はずです。

私は、ビー玉に気をとられていて、そのまま、お二人とすれ違って
しまったと思います。

ビー玉は、相変わらず、ポォ~ン、ポォ~ンとリズミカルに弾みを
つけて石段を昇っていきました。

長い石段を登り切ると、そこに赤い色をした大きな鳥居がありまし
た。
そこまで来ると、さすがのビー玉もいささか疲れてきたのでしょう。
その場で、くるり、大きく円を描いて一回りしました。
・・・ロロロロロロ~ォ・・・
ビー玉は、そこでしゃがみ込んでしまいました。  

私はと言えば、その時、妙に後ろが気になって、振り返ってみたと
思います。
見下ろすと、石段の途中で、こちらを見上げているお婆さんと目が
合いました。
何故か、懐かしい、そして優しげな目でした。

二人には、いつか出会った事がある。 
そんな事を思いました。
いつもどこかで私を見つめていた目だと思いました。

お婆さんは、しなびた腕をゆらゆらと振って見せたと思います。
私も思わず、手を振り返しました。

何やら、お母さんに頼まれた事を、上手にやれた時のように、スッ
キリした感じがしました。 

そう・・・、そうでした。
あのビー玉・・・、私が見返るのを待っていたように
ぱちんと勢いよく弾けました。
後には水が飛び散っていたと思います。


そう、今では、はるか遠く微かな記憶になってしまった、そんな古い、
幼い頃の思い出・・・でした。    <了>


「付け足し」
世の中には、まだまだ、あまりにも知らない事が多すぎます。
聞いた事が無いからと言って、あってはいけない事なぞありません。
そうです、よく分からない事は、偉い人に尋ねるか、でなければ、
知らん顔をするか、どっちかでしょう。


シャボン玉 (2)

2019年01月26日 07時34分33秒 | 創作
「それを猟師が鉄砲で撃ってさ・・・~♪」

ど~~ん・・・!

どこかで大きな音がしました。
鉄砲の音だったと思います。

私は思わず目を閉じました。

何やら、小さな物が転がってきて、ツンッと私のつま先に当たった
ようでした。

大きな・・・、多分、ビー玉だったと思います。
赤、紫、緑、青・・・美しい縞模様でした。

見ていると、ビー玉は、ちょっと向きを変え、ゆっくりと、さほど
急ぐ風でもなく、と言って、止まる様子もなく、そのまま転がって
いきます。


砂場を横切って、公園の入り口、いえ、場所は同じでも、今度は、
出口という方がいいのかも知れません・・・を出て、横断歩道を、
当たり前のように横切り、路地を抜け、スーパーの駐車場を通っ
て、そのまま転がっていったと思います。

私は何となく気になって、ビー玉に誘われるまま、その後から
ゆっくりとついていったと思います。


しばらくすると、向こうに、大きな鳥居が見えてきたと思います。
その先は、古い神社だったはずです。
ビー玉は、当たり前のように、大きな鳥居の真ん中をくぐり抜けて、
転がり続けます。

鳥居のちょっと先は、長い長い石段になっていました。
ビー玉はこの石段をどうするのかな?
と、私が考える時間も無いくらい、当たり前のように・・・、
そうです、ちょっと止まって弾みをつけるわけでもなく、
そのまま、するすると石段を上がっていくのです。

なるほど考えてみれば、ここまでやってきた以上、ビー玉の方でも
このまま、すごすごと引き下がるわけにも行かないじゃないですか。

「へぇ・・・上にも登れるんだぁ!!」

私はちょっとビックリしたと思います。

するすると昇っていくビー玉の後について、私も石段を昇っていっ
たはずです。

長い石段をするすると昇っていくビー玉に合わせて、石段を登って
いくのは、まだ幼かった私にとっては、かなり重労働だったと思い
ます。

そんな事を知ってか、知らずか、ビー玉は急ぎもせず、とは言え、
休みもせず、同じ調子で、石段を登っていったと思います。

なるほど、考えてみれば、ビー玉にしてみれば、せっかく、こんな
所まで上がってきたのに、今さら
「疲れたっ・・・!! やぁ~めた・・・」
と言うわけにもいきますまい。

で、私の方も、半分意地でビー玉を追いかけていったと思います。

「それにしても・・・、」 私は、ふと、呟いたと思います。
「やっぱ変だよ・・・。」 私は、首をひねりました。

よくよく考えてみれば、階段の上から転がり落ちるビー玉はあって
も、自分で、階段を下から昇っていくビー玉なんて聞いた事があり
ませんよね。

「・・・ビー玉らしくない・・・。」

いやいや、そうは言っても、聞いた事が無いからと言って、あって
いけないものなど、世の中どこにもありません。
 

私の呟きが、聞こえたのでしょうか?
縞模様のビー玉は怒ったように、一度、ぽーんと大きく跳ね上がっ
て、今度は、ポォーン、ポォーンと弾みをつけて石段を登り始めた
のです。

そう、まるで、そんなら見ていろとでも言うように・・・。

「うん、これはいい。 これならちゃんとしたビー玉だよ。」
何故か、私は嬉しくなってそう呟いたと思います。

ビー玉にも、私の気持ちが分かったのかも知れません。
一段と弾みをつけて、ポオーン、ポオーンと踊るように
石段を登っていきます。


シャボン玉 (1)

2019年01月25日 12時42分05秒 | 創作
 風温むうららかな春の日でありました。
 朝なのに、いつになくのんびりとしていたのは、多分、その日が
日曜日だったせいでしょうか?

 私はふらり、表に出ました。
どこに行こうという当てはなかったと思います。

 たばこ屋の角で、白い煙が輪になってふわりふわりと昇っていく
のを見かけました。
角を曲がると、たばこ屋の板壁にもたれて、若い男の人が、片手を
ポケットに、のんびりとタバコをふかしておりました。
見上げる私と目が合いまして、男の人は何故か照れたように、ニヤ
リと笑ったと思います。

私を見下ろした目が、ウインクして、ゆっくりと唇をすぼめると、
ゥワッ・・・と煙を吹き出しました。
白い煙のかたまりは、ゆっくりと膨らんで、ふわふわと大きなドー
ナツになっていきました。

私は煙草の煙の輪がふわりふわりと大きく膨らんでいくのに合わせ
て、ぽかーんと口を広げていったようです。
ふと男の人と目が合って、私はふいに気恥ずかしくなって、白い煙
の輪が風に吹かれて壊れるのに合わせて駆けだしていたと思います。

気が付くと私は公園の入り口でハァハァと大きく息を吐いており
ました。
かなり勢いよく駆けてきたようでした。
しばらくしてようやく落ち着いたと思います。

ふと見上げると、公園の小さなブランコに女の人が乗って、ゆらゆ
らと揺れておりました。
美しい人でした。
私は、この人をよく知っていたと思います。
見つめていると、女の人も私に気づいたのでしょう、ブランコを止
めて、私に向かってひらひらひらと手招きをするのです。

私は妙に照れて、その場にしゃがみ込みました。
そこにあった小石を拾い、地面に丸を書いたと思います。
大きな丸、小さな丸、ひしゃげた丸、また丸、も一つ丸、丸、丸、
丸・・・、いくつも、いくつも描いたと思います。

誰かが私の肩に手を触れたようです。
振り向くと男の人がニヤリと笑いかけました。
先ほどの若い男の人だったと思います。

「ボク、こんな所で一人で遊んでいると、危ないよ。」
私を見下ろして、そう言ったと思います。

私が立ち上がると、男の人の肩越しに、ブランコの女の人が、私を
見てうなづきかけました。
「そうね、もうちょっと奥で遊んだ方がいいかも・・・。」

「公園で遊びなよ。」

私は何故かホッとして、大きくうなずいて、向こうの砂場まで駆け
ていったはずです。
砂場に立って、私は振り返ったと思います。

女の人がニコニコして、男の人の横で白い手を振っておりました。
ひらひら、ひらひら・・・と。
白い手のひらが、まるで白いチョウチョのように見えました。
ひらひら、ひらひら・・・と、白いチョウチョは舞い踊るのです。
その横で、男の人がタバコをふかしています。

男の人がふかすタバコの煙、その崩れかけた煙の輪を、白いチョウ
チョがくぐり抜けます。
ふと、気が付いてみると、今そこにいた男の人と、ブランコの女の
人は、もうどこにも見えなかったと思います。

考えてみると、私は、あの二人をよく知っていたようなのです。
確か、以前もどこかで二人を見かけていたと思います。

多分、今日、二人はここで待ち合わせていたんだと思います。
私と出会うこの公園で・・・。


春の幻想

2019年01月19日 18時42分14秒 | 創作
北風の向こうから、春がやってきた。

頭のてっぺんで柔らかな日差しが、静かにまどろんでいる。
同時に快いけだるさが足元からゆるゆると昇ってくる。
そう、春とは何と素晴らしい季節なのだろうか。

道端に咲くタンポポの黄色が鮮やかだ。

時折、ほの暖かい風が頬をかすめていくのが気持ちいい。
私の靴音が、軽やかにアスファルトに響く。
そこの犬小屋では、大きな黒犬が体半分はみ出したまま眠りこけて
いる。

道端で、びしょ濡れの雨蛙が、腹を見せて、日光浴の最中だ。

おい、どうだ。
こんな日に部屋にこもって出てこないなんぞは、どう考えても、
犯罪だぞ。
同じごろ寝でも、野っ原で太陽の光をいっぱいに浴びながらのほうが
よほど気持ちがいいというものじゃ・・・

ええっ?! まぁ・・・、それは人それぞれ、
・・・分かった!!、分かった!! 好きにするさ。
確かに、お前は、昨晩徹夜だったものな。
いいさ、好きなだけ布団でも、何でもひっ被っているさ。
俺は一言、言ってみたかっただけだ。

そう、言うべき時に言うべき事を言う勇気を持たないと、結局何も
言えなくなる。
そんな気がしたんだ。

そう・・・、で、俺は表に、お前はここに・・・。

・・・・・

痛っい・・・!!
横から何かが勢いよくぶつかってきた。

まぁ、よくある事だ。
・・・・・・・・・。
瞬間、見回したが、何がぶつかってきたのか?
それらしき物は何も見えない。

野良犬か、それとも野良猫か、・・・まぁ、そんな事はたまにある。
・・・エッ? 犬や猫がたまにでもぶつかってくるかって・・・?
そりゃ、あるだろう。

けど、見回してみたが、犬も、猫も、鳥も、近くには見えない。

何も見えない。
まわりがやたらに明るい。
何やら、騒がしい。

何、何だって・・・?

何故か、背中が温かい。
この光の柔らかさ・・・!!
あぁ、満ち足りた気分・・・などと言うのはあまりに陳腐だ。

今は春・・・。
柔らかな風。
眠気を誘う心地よさ。

世界は今、春真っ盛り・・・。

すぐ向こうで、騒々しい足音と物音が聞こえる。

こんないい日に、よりによって・・・、どなたかは知らぬが、何と
も因果なお仕事だ。
近くで、また犬の声・・・。

傷んだ外套を着た男は、快い振動に運び去られた。

後に、盛んに吠え立てている野良犬。
ひそひそとお互い呟き合いながら、その場を離れがたそうな野次馬。

プファー、プファー・・・、プファー、プファー・・・、
これは、何と間の抜けた音なんだろう。

それにしても春、・・・どうにも、眠くて仕方がない。
このまま、眠り込んでしまっても、後で誰か起こしてくれるよな。

北風が、心地よく足元をすくって通りすぎていく。
   <了>