眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

青い魚

2025-01-20 | 
表層から剥離される皮膚の残骸は
 優しい記憶
  穏やかなる忘却の果て
   世界が沈む頃
    林檎を齧る

    月が赤い
   レンズ越しに眺める視界の領域は
  あたかも仕事帰りに開けた
 缶ビールの宵の口
程ほどにアルコールが回り始め
 煙草に火を点け
  かかる筈も無い電話を吟味する
   時間は呆れるほどあるが
    人生は意外と足早さ
     キャンバスに青を塗りたくり
      友人はビールをよこせと騒ぎ立てる
       呆れた奴だ
        冷蔵庫を開いて缶ビールを放り投げる
       題名は?
      サカナだ。
     サカナ?
    そう。魚。

   表皮が一枚剥がれ落ちた
  
  気ずけば暗闇が街を覆う
 もう帰れない
こんな処にきたのはやはり間違えだったのさ
 フクロウが珍しく目を大きく開けて
  僕らの過ちを指摘する

   魚を探しているんです?
    サカナ?
     そう。魚 青い色をした奴。
      どうして魚を探すんだい?
       フクロウが尋ねる
        
       友達なんだ。大切な。

      石畳の広場にたたずんでいた

     街灯の青いランプの灯りで
    レンガの壁に
   魚の影が泳ぐ
  青色だ

   僕は叫ぶ
    どうして?僕を忘れたの?
     魚の幻影は悠然と泳ぎ
      空気を尻尾で打ちつけた
       ぱしゃり

      僕は青の魚の影を追いかけ
     路に迷う
    まるで子供のように

   どうして?僕を忘れたの?
  友達だった
 大切な

  酔いが醒めた
   
    僕は

   
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希望

2025-01-18 | 
希望と云った
 誰彼が暮らす毎日の中
  青いビー球を光に透かす
   透明な色が斜陽した
    まるで覗き見た万華鏡の世界
     僕等は誰かの分身で
      決して僕達自身では無かったのだ
       回収されない粗大ゴミ
        悪癖はチェーンスモークする煙草の本数
         フィリップモーリスの白い煙
          意識が白濁されるのだ
           困惑した日常
            回避された想い
             閉ざされた空間
              開かない扉
               聴こえない声
                僕等は
                 小さな箱庭の様な庭の花を眺めて
                  「世界」と想った

                 まるで万華鏡の類の世界ね
                
                僕が書き散らかした水彩画を見つめ
               きちんとした身なりの女性が呟く

              汚いものが見たくないんだ

             僕は感情を押し殺して答えた

            本当に?

           女性は長い髪に片手を突っ込み
          眼鏡をずらして僕の表情を伺う
         僕はポケットのビー球を握りしめる
        それだけが僕の所有物だった

       もういいんだ

      本当に?

     何かを諦めることが何を意味しているのか
    その時初めて理解したのだ
   口の中で血の味がした
  
  本当に?

 黒猫がそう尋ねた
彼はいつもの様に退屈そうにあくびをして顔を赤い舌で舐めた
 
 君はさ。
  絶望の舌触りを知っているのかい?
   厄介な話さ、
    止められないんだ
     まるで喫煙常習者の煙草の様に
      そういうの
       希望と呼んでるんだ
        昔からの慣わしでね。

        彼はミルクを舐めて僕にも薦めた

       ごめん。乳製品アレルギーで飲めないんだ、ミルク。

      猫は哀しい眼で僕をぼんやりと眺める

     希望。
    君は希望を信じるのかい?

   黒猫の問いかけはいつだって回答不能だ
  僕は途方に暮れて
 青いビー球を光にかざした

世界ってさ、
 球体で出来ているんだって。

  彼は大切な答えをそっと僕に教える

   球体?
    それじゃあ海の果ては何処なのさ?
     世界の果ても存在しなくなる。
      不可思議だよ。
    
       僕の言葉をぴっと立てた耳で聞き流しながら猫が答えた

        秘密なのさ。
         これは或る秘密のすじからの情報でね、
          世界は球体状になっているんだって。
           いちばん確かな情報さ。

           それなら
          それなら世界の果てを目指した船は何処へ向かうんだい?
         
         僕は嫌な予感がして身体が震えた

        出発点に戻るのさ。
       理論上、世界の果ては存在しない。
      我々は永遠に出発点に戻るんだ。
     終わりが無いんだ。
    だってそもそも終着点が存在しないんだからね。
   永遠に丸い世界をさまよい続けるんだ。
  永遠に廻り続けるんだ。

 乾燥した皮膚が痒かった

希望。
 キボウ。
  きぼう。

   寒空の下で僕は石畳の坂道を登った
    煙草を咥え
     ライターで灯を点けた
      一匹の猫が壁の上に座っている
       僕は
        手のひらをひらひらさせて猫に挨拶をした
         手にしたスケッチブックには
          沢山の風景が描かれている
           どれもこれもが日常の風景だった筈だのに
            いつか其の描写は観察され診断され分類される

            身なりのいい女性がスケッチブックを覗き込む

           本当にいいの?

          僕は

         僕はポケットの中の

        青いビー球を何度も握りしめる

       黒猫が窓辺にたたずんでいる


      希望


     何度か口にしてみる

    まるで初めて吸った煙草の様に

   苦い味がした



  希望








  
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青い月

2025-01-15 | 
青い月
 優しさと哀しみの青
  その青い線にしたがってゆっくりと歩き出す
   月明かりの草原で
    僕らは葡萄酒を舐めはっか煙草を吹かすのだ

     どうか世界が幸せに満ち溢れるように

      真夜中にウイスキーを舐める
       思い出したかの様に煙草に灯を点ける

        あの夜

         遠くパレードを待ちわびた少年の時間

          パレードが来るよ

           記憶の君の声が懐かしいね

            青い月

             青い月


            診察室に入り面接をする

           おしゃべりじゃないお医者さんが好みだ

         青い月

        青い月

       いつか淡い水彩画で描いた伝説の場所

      其処がたとへ世界の果てだったとしても

     僕らは記憶の魚の影を追い求めて歩き続けるだろう

    ね

   あなたの幸せを祈ろう

  ウイスキー三杯分の願い

 僕にはあなたの為にして上げられることがまるでないから

ごめんね












 
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誕生日

2025-01-11 | 
何処の国の民族楽器なのか
 得体の知れない弦楽器を少女は
  古楽器屋で飽きもせず眺め続けている
   展覧された弦楽器は
    幾分チェロに似た形をしていた
     僕はそんな楽器と少女を見比べ
      煙草をポケットから引っ張り出して火をつけた
       黒猫が寄ってきてそうっと僕の足元に座り
        あくびをしながら憐れむような目つきで僕を眺めている
         少女が振り向く
          僕はあきらめて財布の中身を調べた
           店主が会計の準備を始める
            冬の日の午後
             空はとても青く澄んでいた

            部屋にたどり着くと
           少女はマフラーも取らずにすぐに梱包された楽器を開封した
          彼女のあたらしい友人が増えたのだ
         僕はコンロでお湯を沸かし
        手早く珈琲を淹れ
       街の店で買ったチョコチップクッキーを齧った
      少女は見るからに古めかしい弦楽器を抱え
     とても満足げに眺め続けている
    僕はクッキーを齧りながら
   無残にも消え去った生活費と
  残された日々の食事のことを考え
 頭が痛くなって飲み残しのワインのボトルのコルクを抜き
煙草を吸いながらグラスに注いで舐めた

 少女の誕生日のプレゼントを買いに行く為に
  僕等は今にも壊れそうな愛車で街に出かけた
   少し暖かくなってはきたけれど
    外の空気は幾分冷え切っていた
     僕等はカーステレオから流れる正体不明なポップスを聴きながら
      街への路を蛇行しながら進んだ
       街までには少なくとも2時間はかかる
        久しぶりに聴く最新のヒットチャートは
         余りにも異質で
          何処の誰がこの様な音楽を好んで買い込むのか
           全くもって不可思議だった
            つぶれかけの銀巴里に突然訪れた
             坂本龍一くらい先進的な音楽だった
              そしてそのいちいちに
               僕はどうしても馴染めず
                諦めてイーグルスのアルバムを流した
                 ドン・ヘンリーが切ない声で
                  ホテル・カリフォルニアを歌った
                   少女は助手席で
                    皮の手袋を悪戯しながら
                     可笑しそうに僕の顔を眺め
                      1969年物のワイン美味しいのかな?
                       と皮肉に付け加えた

                    街角のカフェでドーナツを齧り
                   酸味の強い珈琲を飲みながら
                  僕等は誕生日について話した
                 僕には僕の誕生日が分からず
                少女には果たして誕生日が或るのかさえ疑問だった
               彼女は朝目覚めると
              朝食のベーコンエッグを食べながらこう云った

             ねえ
            あたしは今日が誕生日だといいわ。

           突然どうしたの?

          今日は空気が澄んでいてとても綺麗なの
         だからお誕生日は今日みたいな日がいいの。
        可笑しい?

      少女の意見には全く同感だった
     人は自分の好きな日に気に入った誕生日であればいいのだ
    誰にも文句を云われる筋合いも無いし
   それに自分自身が気に入った素敵な日を祝う事に
  なんの問題も無い様な気がした
 それで僕等は彼女のプレゼントを手に入れる為に
街角の片隅でドーナツを齧り珈琲を飲んでいるのだ

 梱包を解かれた楽器は
  新しい国に少し戸惑って見えた
   少女は弦楽器を丹念に布で撫でながら呟いた

    ね、貴方何処の国の生まれなの?
     心配しないで、
      あたしは貴方を大切にするし
       此処だってそう悪くないわ。

       黒いケースには弓がついていた
        
       弓で弾くのかな?

      試しに僕が弓で音を出すと
     楽器が悲鳴を上げるように雑音を叫んだ

    無理やり無茶なことしないで

   弦楽器を僕から取り上げ
  少女は優しく指で弦を弾いた
 優しくて深い音色が流れた

調弦はどうすればいいんだろうね?

 僕の質問には答えず
  彼女は楽器にささやく様に
   ゆっくりとペグを回し
    それから確かめるように音階を弾いて
     嬉しそうに曲らしきものを奏で始めた
      エリック・サティのジムノぺディだ
       楽器が呼吸を思い出した様に歌った
        僕はその優しい音色に包まれながら
         緑色のソファーでワインを飲んだ

         その子は僕等を気に入ってくれたのかな?

        多分ね。
       ゆっくり仲良しになればいいわ。

      ゆっくり

     わたしとあなたみたいにね。

   

   空が澄み切っている


  こんな日が誕生日だといいなとぼんやりと想った


 きっと知らない国の知らない人の誕生日は


きっとこんな日なのだろう



 空気が澄み切った

   
  優しくて綺麗な空気の日


   僕はグラスに残ったワインで


    何処かの国の彼らに乾杯の挨拶をした


     素敵な日だ


      祝祭された日常


       ある日の

       
        午後のお話










 
              
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降りしきる雨

2025-01-08 | 
雨が降りしきる
 薄暗い街の風景を
  青い街灯が浮かび上げる
   コートの襟を高くして歩き回った
    何処かの街
     何処かの人々

     微熱で放射される体温の行方
      ホテルの部屋に転がり込んで
       ベットの中でウィスキーを舐めていた
        カーテンを開けると
         雨の街並みが灯る頃合
          僕は君の幻影を想い
           途方に暮れるのだ
            地上35階の部屋から
             僕は叶わぬ夢と現実の香りに包まる
              果たして明日はやって来るのだろうか
               
              開いたトランプのカード
             女王と兵士が語り始める
            兵士は云う
           貴女の為に戦争はしたくない、と
          オルゴールが鳴り響いた
         たぶんホテルのロビーからだ
        こんなに巨大なホテルなのに
       僕は僕以外の人々を見ることが無かった
      処理された記憶
     破棄された道化の面影
    僕等は歌い続けていたんだ
   あの雨の降りしきる街灯の下で
  永遠を見ていたのだ

 ねえ
星が見えるよ
 君がギターを置いて煙草を一服しながら呟いた
  それにしても
   寒いよね
    マフラーを首にしっかり巻いて
     ふたりで煙草を回し飲みした
      歌は誰にも届かなかった
       それでも僕等は
        街角で歌い続け
         安物の録音機材に記憶を封印した
          僕等は世界を封印しようとしたのだ
           いつまでも永遠が続くように
            毎日がこのままでありますように
             願い続けていた

            水が割れる

           朝日が昇るのを嫌った
          僕等は星空が好きだったし
         街角の空間の寒さを愛した
        
        愛している
       そう口に出来なくなったのは
      果たして何時頃からだろう
     僕は溜息の数だけ大切な物を失った

    君は暮らしの中で
   ひきつった微笑みの数だけ大切な何かを失う
  まるで僕と同じように
 壊れ物の世界
安いハンバーガーを
 まるで粘土を飲み込むように詰め込んだ
  世界が割れる
   ごらんよ
    そこらかしこにしあわせやふしあわせが散らばっている
     白紙には僕らのサインだけが記入されている
      ホテルの部屋で
       記憶を舐めながらギターを弾いた
        君が歌った筈の歌
         もう忘れてしまった夢の名残
          永遠を忘れてしまったのだ

           ね

          お願い

         繋がっていて

        お願いだ

       繋がっていて

      雨の降りしきる街角で

     
       泣いた誰かの肖像





        お願い

















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月光

2025-01-07 | 
あの日失われた衝動に意義はなかった
 現実と空想の境界線に於いて
  僕等は白線を引いたのだ
   それは否応なく訪れる
    日々は流れゆき
     狂騒のなれの果てに深夜の缶ビールに在りつくのだ
      誰もいない空間
       物音ひとつしない応接間の余韻
        何が正しさなのか
         誰が正しいのか判別に苦しむ夜
          いつか誰かがその正しさで僕を罰してくれることを願うのだろうか?
    
          安穏と孤独を肴にウイスキーを煽っていると
           自然とお腹が空いた
            冷蔵庫から卵を二つ取り出し
             フライパンにオリーブオイルを敷いて焼いた
              ご飯の上に半熟の卵焼きを載せて醤油を垂らして食べた  
               生きているのだ
   
               僕等が生きるという事を考察した冬
                僕等をあざ笑うかのように
                 青いブラウン管の中で
                  知らない国の知らない戦争のニュースが流れた
                   誰かがそっとTVのスイッチを切り
                    静かに煙草を吸った 
                     紫色の煙が虚空に流れた
                      僕等はそうして白線を引いたのだ
                       生きるにはあまりに脆弱で
                        祈るには俗に塗れすぎていた
                         
                        目の前から誰かがいなくなる

                        そんな想いにかられたのはいつからだろう

                         そっとサーカスのテントが方付けられ
                          ライオンや象に最後の食事が与えられた
                           臆病な猿が気配を察し
                            訳知り顔のカメレオンがその色を沈黙の白に変えた
                             全てが終わるのだ
                              次の瞬間
                               いっそ全てが失われるのだ

                               貴女の優しい笑顔や
                                君の憂いに満ちた頭痛や
                                 いつかの街角のいつかの哀しみ

                                  街角にたたずんでいると
                                 駱駝がやって来てこう告げるのだ
                                
                               「誰が十字架に薔薇をつけ加えたのか」

                              世界にはたくさんの不条理が存在していて
                             そのひとつひとつに無力な僕は
                            何ひとつ守れなかった
                           やがてその傷跡にはかさぶたが出来た
                          激しいかゆみでかきむしると
                         想ったよりも出血がひどくて腕から指先に赤い血が流れた
                        僕は黙っていた
                       あの日君がそうした様に

                      ねえ


                     いなくならないで

                    突然消えてしまわないで

                   祈りはきっと無力だった

                 だから

               失い続けるのだ

  
              どうしようもなく


             永遠に





           いつか君の正しさで僕を罰して





         青い月明かりの下で


























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消失した梅干のおにぎり

2025-01-06 | 
困惑した表情で
 撮影の為交通規制された道を眺めた
  回り道をしなければ
   けれども
    僕は何故か疲れ果て
     青い空を見上げて煙草に灯を点ける
      今日は天気のいい日だった

      ジュリアーニの作品集を車内で流し
       あくびが出るほど筋肉が弛緩した
        もう戻れない路地裏の店を想い
         あの街でのデタラメな暮らしを想いだそうと
          前頭葉で記憶を再生させた
           もう再生機自体に故障が発生しつつあり
            それが夢なのか現実なのか
             余り明確ではない領域の世界
              陽光は優しく地上に降り注ぎ
               断片がガラス球の様に仄かに光る頃
                眠っていたらしい
                 ワインのボトルの中身が
                  半分になっている

                 星が観たいと君が云ったので
                僕らはおんぼろの愛車に乗り込み
               部屋を出て街灯のない世界を模索した
              途中でコンビニに寄り
             おにぎりとビールを買った
            ピクニックみたいだね
           僕らはクスクス笑った
          深夜零時の時刻にラジオから
         古い音楽が流れた
        梅干と鮭、どっちにする?
       君が真剣に尋ねた
      じゃ、鮭。
     困ったわ、わたしも鮭がいいの。
    ひとしきり悩んで君は名案を探し当てた
   半分ずつにすればいいのよ。
  半分にされた鮭のおにぎりをくわえて車を走らせた
 水筒の暖かい紅茶を飲みながら
僕らは世界の果てまで旅をした
 崩れそうな世界
  ガラス細工の想いで
   それが最後のふたりの旅だと
    互いに言葉に出来なかった
     別れがあり出会いがある
      たぶんそんな物だろう
       ただ星が観たいと君が呟いたのだ
        それとも君は星になりたいと云ったのだろうか?
         今となっては曖昧な君の独白
          鮭のおにぎりを食べたが
           梅干の奴の記憶が消失されていた
            ラジオから「ニューシネマ・パラダイス」の
             音楽が流れた

             ある時期
            僕らは平日の映画館によく足を運んだ
           僕はまだ学生で
          あなたは馴れない会社勤めだった
         映画を観終えると
        女性客ばかりの洒落た喫茶店に連れていかれた
       僕らが人生でいちばん映画を眺めていた時代だ
      「ベルリン天使の詩」のパンフレットを
      あなたは大事そうに抱え
     僕は何故、ルー・リードがこの映画に出演したのか
    珈琲の黒の中を見つめて考え込んでいた


  お見合いするの。

あなたが視線をまっすぐにして、そう云った。  
 僕は、そうですか。と呟いて珈琲の黒に埋没した。
  
 ねえ。星が観たいわ。

  それが彼女が云った最初で最後の願いだったのだ

   僕らの車はなんとか止まる事無く
    静かな山中の展望台まで辿り着いた
     空気がひんやりとしていた
      清潔な空気にたくさんの星が見えた
       天体望遠鏡が必要だったわね。
        何かを後悔するように君がささやく。
 
         あの灯りに。
          あの灯りに暮らしがあるのよ。

           遠い街灯りを見つめて君が
            諭すように僕の耳元に情報を伝達する

             あなたのこと多分忘れてゆくの。
              ゆっくりとね。

              僕はビールを飲みながら彼女の横顔を
               記憶しようと一生懸命だった

               あなたを想い出せなくなるの。

               彼女がもう一度つぶやいた

               それが暮らしで現実だった
              映写機の写し出す夢は終わったのだ
             ゆっくりと幕が降り始め
            皆現実と夢の狭間で途方に暮れるのだ

           映写機の世界

          僕はあなたの顔をもう想い出せない

         星を眺めた記憶だけが残される

        時々考え込むんだ

       梅干のおにぎりを食べる時にね

      ゆっくりと忘れてゆく

     昔、見た筈の映画のように






    
    
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遠い記憶

2025-01-03 | 
それは遠い記憶
 薄っすらとした白い息が
  少し開いた君の呼吸を確認させてくれる
   ねえ
    生きているの?
     少女の問いに答えず僕はレモン水をコップに入れて差し出した
      少女は赤い舌でレモン水を少しだけ舐めた
       甘い。
        ハチミツが入っているんだ。
         僕は煙草に灯をつけ
          緑色のソファーで横たわる彼女を見つめた
           ソファーは使い古しの古道具屋から譲り受けた物で
            色褪せ
             或るいはスプリングが絶望的なままに
              飛び出していた
               それでもその緑色のソファーは
                数少ない仲間内では特別な存在で
                 そこで深い眠りにつく誰しもが
                  柔らかで優しい夢を見た
        
                ねえ
               生きているの?
              少女が身を起こしコップをかざしながら尋ねた
             僕は空になったコップにそおっとレモン水を注いだ
            ねえ
           生きているの?
          僕のことかい、それとも君のこと?
         僕は煙草の灰を灰皿にしていた白い小皿に
        飛び散らないようにゆっくり落とした
       まるで大切な記憶が欠落してゆく様に
      君のことならたぶん生きているよ。
     頭が痛い。
    少女は短く切りそろえた髪の毛に手を突っ込んでそう呟いた
   飲みすぎたんだよ、少しばかりね。
  みんなは?何処にいったの?
 広い部屋を見渡して彼女が呟いた
みんな、それぞれ自分の世界に帰ったよ。
 僕は答えて天窓の方を見上げた
  青い月夜だった
   冬の名残の夜の冷たい空気がとても清潔だった
    まるでアルコール消毒された注射器の針のようだった
     どうしてあなたは此処にいるの?
      少女が不思議そうな口調で尋ねた
       
       どうして僕は此処にいるのだろう?

       たぶん帰れる処がなかったからだ
      それに少女ひとりを残してこの世界を黙って去る訳には
     いかないような気がした
    ただそういう気持ちがしただけだったのだ
   それが理由だよ。
  僕がそう云うと少女は白い息でため息をついた
 まるで存在そのもに重さがない様な羽毛のようなため息だった
ありがとう。
 コップを僕に手渡しして彼女は僕に煙草が吸いたいと告げた
  僕はフィリップモーリスに灯を点けてから
   彼女に煙草を渡した
    彼女は深く深呼吸をするように煙を吸い込んだ
     吐き出した薄っすらとした白い息が宙空にぼんやりと浮かんだ
      誰もいないのね?
       少女がもういちど確認するように僕の顔をみつめた
        うん みんな帰ったよ。
         僕は煙草を白い小皿でゆっくりと揉み消した
          君と僕が残ったんだ。
           あるいはわたしとあなたが残されたのね?
            レモン水美味しかった。
             それはよかった。
              ハチミツを入れると酔い覚ましになるんだ。
               そう。
              
              少女は緑色のソファーから立ち上がって
             古臭くてだだっ広いだけの部室を一瞥し
          軽音楽部の部室の真ん中のアップライトピアノに向かった
           そうして大切な何かを優しく撫でるように蓋を開けた
          ピアノの前の椅子にゆっくり腰掛け
         それから天窓からのぞく青い月を見上げた

        青い月夜ね

       少女はそう呟いて鍵盤を何度も愛おおしそうに撫でた
      彼女の大切なものが何なのか僕にはさっぱり想像できなかった
     
     青い月夜ね

    もう一度呟いて煙草を床に投げ捨て
   ブーツの踵で吸殻を踏み潰した
  僕には何をどうしていいのか分からなかった
 どうして少女がそんなになるまでお酒を飲むのか
どうして大切なものに触れるかのようにピアノの鍵盤をなぞるのか
どうして吸えもしない煙草をブーツの踵で踏み潰したのか
 

  考え込む僕の耳元にピアノの音が柔らかく響いた
   戦場のメリークリスマス
    青い月の光が少女とピアノに降り注いだ
     まるで一枚の絵画のようだった
      まるで奇蹟のように
     僕は部屋に残されたウイスキーの瓶に口をつけた

     ただ真夜中に哀しい音楽が響き渡った

     どうしてあなたは此処にいるの?

     少女の問いかけが耳に木霊した

     旅に出る仕度をしなければ

     たぶんもう此処にもいられなくなる

    あれから気の遠くなるような時間が流れた
   もう彼女が何処で何をして暮らしているのかも
     もちろんわからない
   みんなと同じように自分の世界を見つけられただろうか?
     
      揺れていた時代の 
     
     薄っすらとした遠い記憶







    
       
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プレゼント

2024-12-25 | 
あの日あの時間違えた別れ道で
 僕はいつだって憂い
  煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
   何時かの微笑
    困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
 
     ねえハルシオン
      どうして僕は現世にいるのだろう?
       もう誰も居なくなってしまった世界で
        どうして僕は楽器を弾いているんだろう?

        黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
         それから一枚のタロットをめくった
          「道化」
           くすくす微笑んで
            黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
             僕は途方に暮れて空を見上げた
              あの日に少しだけ似た
               重く垂れ込めた灰色の世界
                地団太の孤独
                 少年時代から出遅れた足音
                  オルゴールが鳴り始め
                   世界が終焉を迎える頃
                    あの日あの時の一瞬
      
                    僕はギターを弾いていた
                     カルリの練習曲を弾き
                      回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
                       中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
                        お調子者らしく
                         エリック・クラプトンは弾かないのかい?
                          と口笛を吹いた
                           「ティアーズ・イン・ヘブン」
                            その頃
                             みんなこの曲に浮かれていた
                              僕は黙って
                               ランディーローズの「Dee」を弾いた
                                退屈そうにみんな中庭を去った
                                 僕は黙々と楽器を弾いていた
                                  とてもとても寒い冬の日だった

                                  寒くないの?
                                 声に驚いて顔を上げると
                                先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
                               口にした珈琲がとても暖かかった
                              寒くないの?
                             彼女はもう一度確かめるように尋ねた
        
                            寒いですよ、もちろん。

                           手袋をすればいいのに。

                          手袋をしたらギターが弾けないんです。
                         僕の答えに彼女は
                        それもそうね。
                       と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
                      僕の首に巻いてくれた

                     暖かいよ、それ。

                    でも先生が寒いでしょう?

                   大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
                  それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
                 あとね、
                煙草は控えめにね。

               そう云って彼女は建物の中に姿を消した
              残された緑色のマフラーはいい匂いがした

             先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
            僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
           曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
          それから
         また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
        不思議な先生だった
       でも僕はその先生となんとなく気が合った

      こんにちは。

    そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った

   今日は忙しくないんですか?

  私、今日お休みなの。

 休日出勤ですか?

そんなところ。
 ね、良かったら何か聴かせて。

  僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
   曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
    それからキャンデーを僕にくれた
     煙草のかわり。
      そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ

       不思議よね。
        どうしてそんなに指が動くのかしら?
         私の指も練習したらそんなに動くのかな?

          出来ると想いますよ。

           彼女は笑って無理よと呟いた。

           私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
            
           僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ

          先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
         僕等は二人でくすくす笑った

        先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?

       どうして?

      いつも此処にいるから。

     そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
    それに他の先生たちとは大学が違うから

   そういうの関係あるんですか?

  それはやっぱり人間関係だから。

 なんだかままならないですね。

そうね。ままならないわ。
 そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
  花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
   お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。

    ごめんなさい。
     僕が謝ると、
      嘘よ。信じないで。
       と可笑しそうにくすくす微笑んだ

        此処を出たら大学に戻るの?

         キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
          僕は途方に暮れて空を眺めた
           
           あなたはたぶんもう大丈夫。
            何処に行ってもね。

             僕は先生にマフラーを返そうとした

              いいの。あげる。

               いいんですか?

                うん。
                 あなた今日何の日か知ってる?

                  知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。

                   クリスマスよ。
        
                    プレゼント。それ。
                     いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
                      

                      ね、いつか私にも教えてくれる?


                       何をです?

 
                       ギター。


                      教えてね。


                     そう云って先生は建物の中に入っていった

      
                    三日後


                   僕は其処を去った


                  先生に挨拶をする事は叶わなかった


                 ねえハルシオン。


                先生ギター弾いているかな?


               懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた


              冬の日


             掠れかけた記憶の残像


            クリスマスプレゼントの想い出
























         
                        
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冬の日

2024-12-24 | 
あなたどこ帰りますか?

タンブラーグラスのバーボンを飲み干して彼女はそう云った。
カウンターには僕と彼女しか座っていなかった。
朝の四時半だ。仲間達はみんな酔いつぶれ、まるで自分の部屋にいる様に安心しきった寝顔で入り浸った馴染みのバーの床に這いつくばって眠っていた。
僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めていた。
彼女は不思議な生き物を見る様に飽きもせず僕からの答えを探し出そうとしている。僕は考える振りをしてただ煙を吸い込んでいた。
僕は考える事を放棄していたのだ。
何もかもの存在自体が危うく見える時代。僕等はただ酒と音楽に酔いつぶれた。
帰れる所なんて何処にも存在しなかった。だから彼女の質問にも答えられる訳が無かった。

キャンパスの広場のベンチで女の子がギターを弾いていた。
ある寒い日の出来事だった。ショートカットの茶色い頭がリズムに乗って揺れていた。
何人かの学生が耳を傾けつまらなさそうに彼女の歌を聞き流しては去ってゆく。
気が付くと、コートのポケットに手を突っ込んだ僕だけが残された。
曲が終わると彼女は少しだけこちらを見て微笑んだ。
僕は何だか気恥ずかしくなって青い空を見上げた。
歌声が流れた。
スザンヌ・ヴェガの「ルカ」だ。僕はガットギターの音に耳を澄ました。哀しい歌声が終わると彼女は僕の顔を眺めこう云った。

  音楽好きですか?

  僕はうなずいた

そうして彼女はとても嬉しそうに微笑んでギターを僕にそっと手渡した。僕は戸惑いながら適当に頭に浮かんだフレーズを弾いた。とても丁寧に弾き込まれたギターだった。3コードのブルースを引き始めると彼女は英語と日本語が入り混じった歌を即興で歌った。僕等は飽きもせず適当な音楽を歌った。日が暮れる夕方まで僕等はそうしていた。

僕はロンドンからの留学生の彼女を行きつけのバーに連れて行った。
どうしてそうしたのか自分でもよく分からなかった。
彼女はギターケースを抱えて店の中を見回した。
店にはマスターと常連が顔をそろえていた。誰かが口笛を吹き僕等を招き入れた。仲間は何も聞かないで僕等に酒を注いでくれた。外国人だろうが何だろうが仲間達にとっては大した問題ではなかった。テーブルの上にクラッカーやオイルサーディンの缶詰めやら豆のスープが並んだ。彼女は不思議そうに彼等や店の楽器に目をやり満足げにバーボンを舐めた。何だか捨てられた猫の様だった。仲間達は入れ替わり立ち代りドラムを叩いたりベースを悪戯している。フリーの「ウィシングウェル」が流れた。酔っ払ったギターが狂ったように速弾きを始めた。みんな可笑しな即興を始めた。
いつもの風景。
だけど僕には何か気になる事があった。彼女は何も食べ物を口にしないのだ。ただお酒だけを舐めている。緑のセーターからのぞく彼女の腕はとてもとても細かった。
試しにフライドポテトを薦めたが、彼女はめんどくさそうに首を振って拒否した。
ただお酒と音楽に身を浸していた。
彼女はそれからたまに店に顔を出すようになった。
二ヶ月がたった。

ピーナッツを何粒か口にして咀嚼した。
かりっと音がした。

 ねえ、食べる?

 いらない。でもありがと。

僕はとても哀しく想った。
彼女は講義にも出ていなかった。広場のベンチか店で嬉しそうにただ歌を歌っていた。
何度か大学病院のバス停で彼女を見かけたと誰かが教えてくれた。
僕は「チムチムチェリー」を弾き「ロンドンデリー」を弾き「マルセリーノの唄」を弾いた。彼女はお酒を舐めながら楽しそうに身体を揺らしていた。
僕は何も訊かなかった。

あなたどこ帰りますか?

突然彼女が尋ねた。
僕は一瞬なにを訊かれたのか理解できなかった。

何処に?

わたし今度の土曜日に家に帰ります。先生もパパとママも帰りなさいいいます。
だからわたし帰ることにしました。

あなたどこ帰りますか?

失われた場所が一瞬僕の頭を駆け巡った
それから僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めた。
彼女は飽きもせず僕の答えを待った。
僕は黙り込んで煙草を吸った。

  音楽好きですか?

彼女が尋ねた。うん、と僕は答えた。

  いつまでも?

  うん。
 
  よかったです。

彼女はそう云ってカウンターから立ち上がりギターを弾いて歌った。
僕はとてもとても哀しかった。

彼女はいつまでも歌い続けた。

終わらない物語のように。

誰にもわからない歌を歌った。


土曜日が来て日曜日が去った

 広場のベンチにはいくら探しても彼女の姿はなかった

  煙草を取り出して火を点けた

   白い煙がゆらゆらと立ち昇る

    やるせない虚無に向かって

     行き場の無い哀しさ

    
     僕は考える振りをしている





      行き場の無い




      僕自身の存在



      いつかの



       冬の日




メリークリスマス























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