眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

Dee

2024-10-22 | 
暖房の効かない食堂の
 おれんじ色の蛍光灯の下で
  僕らは音楽の話に熱中していた
   先輩が通路を通りすぎる
    白いシャツは赤いペンキでRANDY RHOADSと手書きされていた
     オジーのバンドに入りて~、と
      奇妙な台詞を叫びながら先輩は暗闇に消えた
       友人がククク、と笑いながら
        「Dee」を弾き流した
         僕は黙って彼の指使いをぼんやり眺めていた

          TVの深夜番組のオーディションで
           浅井健一が上半身裸でギターを掻き鳴らしている
            猫が死んだ と叫んでいる
             とてもとても切ない歌声だった

             深夜の高速バスに乗り込んだ少年を
              見送ったのは
               あれは何時の事だったのだろう? 
            餞別にヴェルヴェット・アンダー・グラウンドの
           キーホルダーを渡した
          彼はウォーホールのバナナを見て不機嫌そうな表情をした
         なんだよ、これ?
        魔除けみたいなもんさ、気にすんな。
       バスが発車すると僕は煙草に灯を点けた
      白い息が漏れた
     コートに手を突っ込んで夜道を歩いた
    徘徊した夜道は街明かりに濡れていた
   石畳の坂道を登りきる前に息が切れ
  青い街灯の下で立ち尽くしてしまった
 煙草が切れた
でも煙草をそっと差し出すはずだった君の声は永遠に聴こえない

  

 僕が持っていたパレットには
  赤い絵の具が散乱していた
   林檎を描こうとしていた
    林檎はなんにも云わなかった
     馬鹿馬鹿しい程の当たり前さに嫌気が差していた
      ためしにいろんな色を混ぜ合わせた
       限りなく黒い透明な黒
        あの野良猫の色と同じ色だった
         
         冬が近ずく夜

         珈琲の黒の中

         少女がギターを弾いている
         懐かしい旋律だった
        どこで憶えたんだい?
       僕が尋ねると少女は不思議そうな顔をした
      あなたのレコードに入っていたわ
     屋根裏部屋から見つけてきたのよ。

    ねえ、お願いだからずうっと弾き続けてくれないかい。

   いいけど。どうして?

  気持ちがいいんだ。

 やっと眠れそうな気がする

 
 「Dee」







           
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音楽室

2024-10-16 | 
青い月の夜
 少女はワインを舐めながらぼんやりと
  窓の外の世界を眺めていた
   僕は彼女の横顔を見てそれから青い月を眺めた
    空気が冷たかったので僕らはお酒を飲み続けた
     灰色の世界に青い光が降り注ぐ
      まるで誰かの涙の様だった
       アスファルトの路上で猫があくびをする
        そんな夜
         
        ある雨の日の音楽室で
         少年の僕は窓からぼんやりと外の景色を眺めていた
          少し早めに訪れた音楽室には
           ピアノのほかに誰もいなかった
            ポケットに手を突っ込み
             窓から零れる雨の粒子を目で追った
              清潔すぎるくらい静かだった
               僕は目を開けたり閉じたりしていた
                やがて雨が雪に変わった

                物思いにふけっているんですか?
               声の行方を辿ると
              初老の音楽の先生が僕の横に立っていた
             いえ、そういう訳でもないんです。
            僕は窓の外を眺め続けながらそう答えた
           君は少々個性的だね。
          先生はくすくす微笑みながらそう云った
         職員室で君のクラスの担任の先生が話題にしてたよ。
        別にとりたてて変わったとこなんてないですよ。
       それに、
      それにあの担任とはどうしても気が合わないんです。
   苦笑しながら先生は杖を使って右足を引きずりながらピアノに向かった
  そうつとピアノの蓋を開きそれからAの音を鳴らした
 君は音楽は好きですか?
わりと。先生は音楽が好きだから音楽の教師になったんですか?
 うーん。私にはピアノしかなかったんだよ。足がわるいからね、
  兵隊さんになれなかった、体が弱くて他の仕事にもつけなかったんだ。
   指もあまりまわらないしね。
    君はどんな音楽が好きなんですか?
    少し悩んで僕はこう答えた
     キングクリムゾンとかピンクフロイドとか。
      聴いたことがないな。
       先生は首を傾げた
        私はね、こういう音楽が好きなんだ。
         そういって丁寧に「赤い靴」を弾いた
          
          赤い靴
           履いてた女の子
            異人さんに連れられて行っちゃった

             窓の外で雪が降り続けていた


              清潔な空気の中で


              ピアノの音色が柔らかに優しかった


               
         
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オルゴール

2024-10-14 | 
乱雑するケーブルの線の多さに
 うんざりとした希望
  まるで運命の意図もこの様にこんがらがっているのだろうか?
   あくせくとした中間地点で
    世界を写実した僕は
     ゆっくりと坂道を歩き出した
      青は青のままで
       赤は赤のまんまだった
        良かれと想い
         かけた言葉は全て間違いだらけの答案用紙の様だった
          深夜の信号機が機械的に点滅する

          事象はかけ離れた面持ちで
           意識の分流を介し
          まるで喫煙室の多彩な煙たちの如く
         換気扇に一列になって吸い込まれてしまう
        石畳のこの坂道をてくてくと歩こう
       手を繋ぎ大きく腕を振りながら
      時折の写真撮影にも余念がない
     上りきった石畳の階段の上には
    あまり人気の無いオルゴール店があった
   眼鏡をかけた女性が品の良い笑みを浮かべる
  店の中は沢山のオルゴールが並べられている
 陳列されたそのぜんまい式の機関に
いつまでも飽きることは無かった
 
 オルゴールの音色は素敵だ
  まるで失くした記憶を想い出させる
   君の事を思い浮かべていた
    自転車に乗り
     レモネードを飲んだあの夏の日の君
      僕はビールの空き缶を作りながら
       ぼんやりと縁側で空を眺める
        お土産に手にしたオルゴールのぜんまいを丹念に巻く
         酔いのまどろみの中
          君の声が聴こえたような気がした
        
           僕が好きなもの

          時代遅れのオルゴール

         深夜三時に飲むウィスキー

         エドガー・エンデの画集

          はっか煙草の煙                                     
         
          こわれやすいもの

          君のこころ


          君の声




          


       
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止血

2024-10-11 | 
身体引き受け性の責任の重さ
 箇条書きにされた契約事項にうんざりとした朝
   的確な条件など
    ウィスキーで戯れて酩酊する意識では
     理解出きる筈も無い
      困惑のリピート記号
       ダルセーニョマークを見失う
        全体何小節目に飛んでいるのだろう?
         
        飛ぶ鳥が羽を休めた午後のひと時
       僕らはかいつまんで事態を把握しようと試みる
      消えてしまった記憶
     誰かの掠れた笑い声
    触れた手のひらの繊細な暖かさ
   だんだんと溶け行くアイスクリームのチョコレート
  意識が空を舞う深夜
 あるはずの無い奇行に夢を抱くのだ
あの
 あの卵を抱く少女の如くに
  或いは何時かの少年時代の深夜の散歩
   路行く人は誰もいない道路で
    たまには車のテールランプが流れ去る
     まるで忘却する記憶の階層の様に
      
      壊された部品を求めて旅に出た
       砂漠の温度は高くって
        うんざりしたように少女が呟く
         「あなたの部品、ほんとうにみつかるの?」
           昨日まではあったと思うんだけど・・・。
            それは幻想だったんじゃないの?
             少女が僕の瞳を覗きこむ
             本当は
            ほんとうはなにも存在してなかったんじゃないの?
           それは全て夢の産物だったんじゃないの?
          彼女の視線が僕の混濁した意識にパルスを送る
         もしそれがほんとうなら・・・。
        君の云うようにそれが本当だとしたら
       僕はこの現世では壊れ物なんだろうね?
      そういうことになるわね、たぶん。
     
     壊れた機械と壊れた記憶は美しい事
    身体という概念と心の暗中模索は
   時として星空を旅する夢の希望的観測
  缶詰めのコーンビーフを開けようとして
 指先を切った
赤い線がそうっと流れ始め
 僕はその光景をただ懐かしく想い出していたのだ
  少女が僕の指先にくちびるをあて
   止血してから可愛そうに、という瞳で僕を見た
    あなたは
     あなたは馬鹿なのよ
      止血の仕方も知らないくせに
       いつも血を流してる
        白いハンカチで上手に傷口をふさいでくれた
         もう大丈夫だわ
          
          もう大丈夫だわ

           
           心配しないで


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トマトジュース

2024-10-08 | 
哀しみを言葉に出来ない
 君がいた昨日
  君が去った今日
   君のいない明日の日の夕暮れ
    背景は饒舌でゴシップに事欠かない
     紅茶に角砂糖を入れ
      其の甘さに辟易した午後
       バーボンでうがいをし
        縁側に於いて喫煙する二時頃
         黄昏を願う描写に怯え暮らす
          毎日は余りにも淡白で
           僕はいつものようにグラスを傾ける

           君がいた午後
            僕はベースを手に
             君の精密な機械的な早弾きの伴奏をした
              君の運指に驚嘆しながら
               ワインの瓶をらっぱ飲みした
                くすくす
                 君は微笑んで
                  メルツのロマンスを弾いた
                   かりっと音を立てて
                    僕はアーモンドを二粒咀嚼した

                    素敵な夢
                   お菓子の国
                  熟した哀しみが腐乱する夕暮れ
                 君がいない明日に怯え
                貴方の名前を嚥下する
     
               下降する偶像
              物言わぬ影
             上昇する気球は
            いつか戯れついたゴシップに引き落とされるのだ
           チェーンスモークした煙草の煙が
          ぷかりと浮かんだ瞬間
         あの記憶を羅列する意識
        たとえ其れが解体されるとしても
       月が昇る頃
      君に会いたい

     嗚呼
    刹那の邂逅を予感させる全ての言葉たち
   色褪せた群集の戸惑いに於いて
  僕は願う
 深夜2時の行方
駅の待合所で
 そっと煙草を吹かすのだ
  お願い
   側にいて
    地団太の孤独は
     決して色褪せること無かった
      赤い血の色
       赤い風船の
        上昇気流に乗った風の行方
         ね
          愛している

          孤独なパレード
           青い月夜に頃合の
            硝子細工のグラスのウイスキーの雫
             哀しみは窓際から訪れる
              決して訪れない明日を待つ君
               僕は忘れない
                忘れられないんだ

                瑣末な事象を皮肉に微笑んだ子供の記憶
                 分別された子供達の
                  想いは砕け散る

                  僕のグラスに零れる
                   君という悔恨の一滴
                    ご覧よ
                     青い月明かりが綺麗だよ
                      君はそんな風に夜を過ごした

                      寒さは幾分和らぐらしい

                      そんな夢を見ていた

                     

                     ね
                    速く起きなさい

                   少女の声が囁く

                  眠りの淵から辿りつた朝日に眩暈がした

                 朝食は
                朝食はスクランブルエッグにする?
               それとも目玉焼きがいい?

              目の前に
             フライパンを持った少女が姿を現す

            嗚呼
           現実の様相だ多分

          ゆで卵が食べたい

         我儘な僕の言葉に少女は不機嫌だ

        それ飲みなさいよね
       トマトジュースは二日酔いに効果てき面だから

      煙草に灯を点け
     大き目のグラスのトマトジュースを一息に飲み干した

    トマトジュースは
   悪い夢には効果てき面だわ

  少女の声が聴こえる

 君のいない夢を見ていた

そんな夢を見ていた




  二日酔いの朝



   酔い覚ましの


    トマトジュース


















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雨の日

2024-10-05 | 
君の昔を知らない
 薄明の朝缶ビールを片手に庭の草木に水をまいた
  水をまき終えるとワインの瓶を引っ張り出してきて
   縁側でお日様の陽光を浴びながら飲酒した
    朝ご飯に何が適当なのか今日一日をどう過ごそうか
     答えがなかなか見つからないのでワインで酩酊した朝の時刻
      僕はそっと煙草に火を点けた
       白い煙が消えゆく記憶の様に空に消失してゆく
        たまらなく時間だけが残された

        少女は煙草をくわえてバーボンを舐めている
         煙草を吸いながらウイスキーを飲むと精神が解放されるの
          彼女はそう独り言の様に呟いた
           ポンチョに落ちた白い灰をぱたぱたと叩いて落とし
            グラスに残ったウイスキーを一息で飲み干した
             それから立ち上がってギターケースの中から楽器を取り出した
              緑色のソファーに座り丁寧に調弦にいそしんだ
               僕はワインの残りを舐めながら
                調弦する少女と楽器のペグをぼんやり眺めていた
                 飽きもせず眺めていた              

                  調弦が安定すると少女は僕を見つめ不思議そうに尋ねた

                   どうしてあなたは楽器を出さないの?

                    あまり楽器を弾く気になれないんだ。なんだかね。

                     ね、あなた音楽好き?

                      もちろん。

                       それじゃあ今日は私が弾いてあげる。
    
                        そう云って少女は「シンプリシタス」を弾いた
                         僕は黙って彼女の演奏に耳を傾けていた
                          ワインの酔いと少女のギターで少しだけ気持ちよくなれた

                           街は高い城壁で囲まれ
                            街の外の世界と遮断され一体何年の月日が流れただろう
                             僕らは朝起きると珈琲を沸かし
                              お気に入りのレコードを古臭いプレーヤーで一日中流した
                               昔気質のレコードショップの様に古臭い音楽が飽和した
        
                               ジョンダウランド、バッハ、ショパン、アランホールズワース&ソフトマシーン、ジャコパストリアス
                                ジョーパス。ジャンゴラインハルト。そんな感じだ

                                 そらから僕等は珈琲を沸かし酔い覚ましに飲んだ

                                  クッキーを齧りながら少女は語り始めた

                                   魂はいまだ旅の途中なの

                                    その中には嬉しいこと悲しいこと

                                     望むこと望まざることがあるのよ

                                     私たちは生まれる前からこの旅を続けているの

                                    だから心配しないで

                                    過去も未来もすべてがこの瞬間に起因しているの

                                  だから

                                 心配しないで

                                ご飯をしっかり食べてぐっすり寝て朝きちんと起きるのよ

                               自分が大切にしている者にもう一度向き合うの

                              毎日を丁寧に生きるの

                             それが暮らしよ。

                            僕等はカーボーイジャンキーズのアルバムを流した

                           窓の外では雨が降り出した

                          しとしと

                         しとしと

                        誰かの涙の様に
















 

  
       
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ハイビスカス

2024-09-30 | 
ハイビスカスをお風呂に浮かべて
 賛美の歌を口ずさむ
  君の呼吸音は一定で
   静かにただ呼吸していた
    真昼の三時頃
     湯船にお湯をはって
      ぼんやりと景色を想った
       子供たちの捧げる歌

       空は気だるげに飛翔した
        カモメ達の世界
         僕らは空を愛す
          壊れかけの複葉機で
           世界の果てまで飛行する
            地上がゆっくりと回り
             世界は球体だった
              たどり着いた亜熱帯の地は
               不快指数が高く
                水浴びにちょうど良かった
                 
                 君の昔を
                  想っていた
       
                 ハイビスカスの咲く頃
                僕らは宙空を舞う魂だった
               ね
              忘れないでいてね
   
             そう云った君の視界から僕が消え失せ
            惰眠が僕から
           君の存在を曖昧にする
          ページをめくった
         あたらしい知覚の扉が開くのだ
        気だるい深夜
       バーボンを舐め自堕落に世界を紡ぐ
      子供達がはしゃいでいる

     月光
    青い月明かりの世界で
   帰りを待っている
  カモメの世界
 日常を凌駕した恣意のもと
僕らは明確な存在足りえるのだ
 必要な栄養素を蓄え
  呼吸を備蓄する
   酸素マスクの向こう側
    皆がオレンジ色の蛍光灯の舌で
     お茶会を開くのだ
      いっそ
       小さなお茶会
        誰かが去り
         残された我々がマスターに任命された
          暖かな紅茶を淹れなければ
           ね
            忘れないでいてね

            忘却の仮面を被った嘘
             君は忘れたはずの記憶を所持していた
              君の昔を

              ハイビスカスの花を知っているの?

             少女が緻密なデッサンを描きながら尋ねる

            うん
           僕の島の花だからね

          どんな色をしているの?

         忘れたよ
        遠い記憶と共に

       匂いは?

      それもとっくに忘れたよ

     あなたの島は何処にあるの?

    地球儀を回し

   僕は答えるのだ

  忘れたよ

 忘れてしまったんだ

やがて海だった領域は

 埋め立てられ

  コンクリートの壁になる

   それは誰にも止められないのだ

    カモメたちは飛ぶ空を忘れ

     僕らは僕らの島を忘れてゆくのだ

      静かに

       静かに

        記憶のハイビスカスを想い

         君の憂いに僕は泣く

          琥珀のウィスキーを舐めながら

           僕は

            記憶の中のハイビスカスを想う

             消えてしまったよ

              くすくす

               子供達の無邪気は砕け散る

                くすくす

                 誰かが笑っている

                  ごらん

                   嘲笑された世界

                    僕らの忘れ去られた花の物語

                     僕らは


                      僕らは










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扇風機

2024-09-27 | 
容易ではない早起きに
 ふらつく足元の下で希望が割れた
  緑色のカーテン越しに朝日があたった
   今日が始まる
    まるで夏の日差しが舞い降りる
     扇風機を回しながら
      虚脱した昼下がりには
       無気力な退廃が身を囲って
        風邪気味だろうか?
         悪寒を感じる
   
        扇風機

       ぶーん、とモーター音をうならせ
      いつかの夏の記憶
     海水浴と氷の入ったレモネードの甘さ
    泳げない僕は大き目の浮き袋に揺られ
   青すぎる青の空を眺め
  白い雲が流れゆく
 世界は球体で何処かにこの空は繋がっているのだ
そう確信した瞬間
 もはや足が着かない遠い沖まで流されてしまったのだ
  見渡す限り地平が見当たらなかった
   この感覚には憶えがある
    一人暮らしのアパートの僕の部屋の一室
     毛布もベットもいらないと笑った生活感の無さ
      少しの小説とレコードだけを宝物にしたんだ
       誰かが呆れて笑い
        怒り
         そうして心配さえしてくれたというのに
          僕は漂流を楽しみにしていたのだ
           ゆらゆらと揺られ
            時間と空間がねじれた

           扇風機

          あるホテルのロビーの天上で優雅に回る
         異国の人が通りがかりに微笑んだ
        マイタイを飲みながら
       一人で誰かを待った
      そういえば
     そういえば会う約束はしてあったのだろうか?
    扇風機が回る
   約束なんていらなかったはずじゃないのかい?
  不審気に白い猫が大きな瞳を細めた
 いつから約束が理由になったのだろう?

    扇風機

     まだ10代の永遠の面影
      消える事の無い夏休み
       あの数年間は魔法が使える時間だった
        やがて僕らは暮らしを
         見よう見まねで模倣した
          いびつな形をした暮らしは
           キュビィズムの字体だと強がってみせたんだ
            ちりん、と風鈴が鳴った
           街角の二階にある喫茶店だった
          珈琲の黒の中を眺めていた
         ピアノの音が流れている
        何処かで聴いた旋律
       何処かで見た筈の風景
      風がなびいた
     辿り着けない地平を想った
    逆算すると明治の初期だね
   計算の上手な骨董屋の主人が僕の人生を鑑定する
  ネジが緩んでいる為だよ
 正確な時刻を刻めないのは
振り向くと誰かの影が消えていった
 
  笑うんだ 
   笑うんだ日に三回
    そうすれば上手くいく
     僕はその言葉を呪文の様に繰り返した
      道化ならば
       笑うんだ
        それ以外のどんな素振りも見抜かれてはならない
         回り続ける扇風機の羽の様に
          電力が落ちるまで
           回り続けるんだ

           だけど

          だけどこの虚無だけは消えて無くならない

         約束ばかりがただ残るのだ

        果たされない約束

       ぶーん、と扇風機が回る

      湿度の高い南の島に於いて












      
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青の色

2024-09-23 | 
友人が絵描きをめざして貧乏していた頃。
はじめて見せてくれた絵は、馬のデッサンだった。
風呂もない、トイレは共同、台所らしき場所には開いた缶詰めが散乱していた。
僕らは、ひたすら安い酒をあおり、慰めあうように馬鹿な話ばかりしていた。
八方手詰まりだった。
彼には夢があり、叶えられない。
僕は自分の人生に飽き飽きしていた。

 皮肉の時代だった。

皮肉の代償はとてつもなく大きな物だった。
互いが世間を笑っていた頃、まさか社会に自分たちが笑われることになるなんて想像もしなかった。

皮肉を云うのは僕らで、笑い飛ばすのも僕らのはずだった。
僕らの世界はそんな馬鹿げた、ありもしない虚構に塗り固められていた。

 酒に酔った友人は、立てかけたキャンバスにふらつく足取りで向かい、いきなり あるだけの青い色の絵の具を塗りたくった。
 彼がナイフで白いキャンバスを青に染めているあいだ、僕は黙って林檎をかじっ ていた。

友人はきゅうに絵の前で座り込み、どうだ?と尋ねた
タイトルは?
と聞くと、「青の色」だ、とやけっぱちにつぶやいた。

    青の色

  それが僕らの最後の皮肉だった。

  僕らはそれから、笑われることに馴れていった。

きゅうり食うか?
 食う。

 味噌にきゆうりをつっこんで、ぼりぼり食べた。

     青の色





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旅の行方

2024-09-18 | 
青い空から魚の影が消える頃
 柔らかな風が
  やがて消え去るであろう淡い心を
   くるりくるりと上昇気流に乗せた
    気球は気まぐれに揺れ始め
     あの丘まで約一時間の計算だった
      古臭い懐中時計を伯爵は悪戯していた

       どうして僕はこの気球に乗っているんですか?
        伯爵は葉巻を加えて上品に僕の質問を聴いていた
         どうして乗っているのか?それはあまり問題ではない。
          問題は、
           君が何処へ向かうかだ。
            あの丘を抜ければこの世界を抜ける
             そこからは君の自由意志にまかせられている
              選択権は君の手のひらの中だ
              あるいは
             風に流され永遠に漂流を続ける
            すべては風まかせといったところだ
           あの大航海時代の海賊達の様に
          それはそれで趣きがあって良いものだよ
         下を見下ろすと緑の草原が広がっている
        僕はぼんやりと移ろいゆく世界を眺めていた
       僕は何処に行くべきなのだろう?
      伯爵はワインの瓶とグラスを取り出した
     まあ、そう急がなくても良かろう。
    一杯やりながらのんびり考えればいい
   僕らは地表からだいぶ離れた場所で乾杯をした
  君はどうしてそんなに急いでいるのだね?
 葉巻をすすめながら伯爵が尋ねた
ワインを舐めながら僕はひとしきり考え始めた
 僕には行き先など関係なかった
  目的地の無い旅
   無目的な怠惰に身を揺らし
    僕は焦り始めた自分を考察してみたのだ
     待つ人もいない 第一
      第一僕は僕自身が何者かなのかすら知り得ないのだ
       ただ哀しい郷愁と焦燥感だけが心を掻き乱した

       僕が気球に乗り込むのを皆が反対した
        伯爵はその数多くの奇行で有名人だったし
         僕は彼の気球を膨らませる仕事に参加していただけの話だった
          気球が空に上がる準備が整うと
           伯爵は葉巻とワインのついでに僕を気球に乗せた
            だって
             酒のつまみには話し相手が必要だろう?
              伯爵は真面目な顔つきで説明した
               それも忙しそうな子供の話はとかく面白い。
                僕は子供ではないですよ?
               伯爵は微笑んだ
              君は積極的な思考停止をした
             だから君の心は15才のままで時間を止めた
            子供のままなんだ。
           
           僕は伯爵に丘に辿り着くまで話続けた
          嬉しかったこと 哀しかったこと
         失ったものに関して
        どうして僕があわただしく毎日を暮らしているのか
       僕は僕自身が誰なのかはっきりと確証出来ないこと
      僕は僕自身をどんな方程式を使っても証明出来なかった
     伯爵は優しく話しを聞いてくれた
    
    そうして一時間がやって来た

   あの丘に辿り着いたのだ

  さて。
 君は答えを出したのかい?
この世界を抜け出すのかどうか。
 僕は答えられずにいた
  伯爵がくすくす微笑んだ
   ワインがまだ残っている
    もう少し話し相手になってもらってもかまわないだろう?
     伯爵は新しい葉巻に灯をつけた
      もう一周、この旅に付き合いなさい。
       焦る必要は無い
        焦って出した答えなど面白くも何とも無い
         君はこの世界をもう一度旅するべきだ
          なぜなら、

          君はこの世界が出した宿題を提出してないのだからね

          それに

          ワインがまだこんなに残っている

          伯爵がくすくすと笑った

          ワインが残っているよ

          
          旅を続けよう




          伯爵の声が優しく耳に木霊した



          旅を続けよう










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