魔法
2009-10-10 | 詩
ここは一体何処だい?
僕の質問に誰も答えなかった。もう一度尋ねたけれど返事は無かった。
たぶん、答えというものが存在しなかったのだろう。僕は黒いギターケースを抱えて街の路地の隅々を徘徊した。目的地が何処なのかも分からなかった。当たり前だ、だいたい自分が今何処にいるのかもわからないのだから。
白い壁に落書きがしてある。地図を探したけれど、そんな物何処にも無かった。路地裏のカフェで珈琲とサンドウィチをかじった。店のウエイトレスにも尋ねてみたが答えは同じだった。ここは何処だい?不思議そうな微笑と哀れむような視線で僕を眺め、彼女は珈琲のおかわりは?と付け加えた。僕は店を出て白い壁ずたいに歩いた。歩き始めてどれくらいの時間が流れたのだろう。僕は不意に気付いた。
人も車もいなくなっているのだ。いくら振り返ってみても、そこには誰ひとり存在しなかった。人の気配さえしなかった。僕は街に取り残されたのだ。
公園のベンチでため息をつき、ギターケースを開けてギターを調弦した。まるで僕の存在のように危うい感じの微妙にずれた調弦だった。
噴水のある公園のベンチで途方に暮れて僕はギターを弾き続けた。
誰も聴いてくれる人もいない。まるで独り言みたいだ。紙袋に包んだボトルのワインを飲み干して、煙草に灯をつけギターで音を紡いだ。
魔法をつかえるんだね?
ふいに声がした。驚いて目をあげると少年が地面にしゃがみこんで微笑んでいた。
君、誰?
少年は僕の質問を完全に無視した。
そんなことはどうでもいいんだ。あんたは魔法が使えるんだね?
魔法なんて知らない。使ったことも無い、ただギターを弾いているだけだよ。
楽器で音楽が創れるんでしょう?素敵なことさ。
それ、魔法なの?
彼は大きくうなずいた
音楽はね、人のこころを柔らかくしたり緊張させたりするんだ。
でも、あんたの音楽は少し哀しげだ、悪くないけれど。
そんな物が魔法なのかい?
少年はのんびりあくびをして答えた
魔法さ。人の嬉しさや優しさや切なさや痛みを自由自在に操れるんだから。
ふーん。そういうものなのかな?
半信半疑で僕は煙草を取り出し、少年にも一本薦めたが彼はそれを断った。
ありがたいけど、煙草を吸う習慣がないんだ。
この街には魔法がなくなったんだよ。だからみんな消えたんだ。
少年は後ろを振り向き街並みを一瞥して呟いた。
昔はね、みんなで音楽を創って歌を歌ったんだ。
でもね、それは遠い記憶。みんな消えてなくなってしまった。
どうして?
みんなが魔法を捨てたんだ。あるいは無くした事にさえ気付かなかったんだ。
魔法を忘れて、この街を去ったんだ。そうして音楽の魔法を使えるのは・・・。
僕なんだね?
そう。だからあんたはこの街にあらわれたのさ。
僕はどうすればいい?何処に行くべきだろう?
それは。それはゆっくり考えればいい。焦りは禁物なんだ。魔性が使えなくなるからね。いま、云えることは音楽を続けることさ。誰もいなくなっても、聴いてくれる人が消え去っても。あんたはギターを弾き続けるんだ。唄い続けるんだ。
そうしてやがて朝が来る。
少年の姿が朝日のなかにうっすらと消えていった。
朝だ
枕元で馴染みの野良猫が背伸びをして僕の瞳を覗きこんだ。
ハルシオン、変な夢を見たよ。
猫につぶやいて苦笑し、仕事に出かける用意をしはじめようとした。
ハルシオンがじっと僕を眺めている。
その瞳はあの夢の中の少年の瞳とまるでそっくりだった。
お前だったのかい、ハルシオン?
彼は答えず、窓の外に飛び出していった
今日は久しぶりにギターを触ろう
魔法を想い出すんだ
珈琲を急いで飲み干して
僕は毎朝の通勤ラッシュの人の波にもまれた
僕の質問に誰も答えなかった。もう一度尋ねたけれど返事は無かった。
たぶん、答えというものが存在しなかったのだろう。僕は黒いギターケースを抱えて街の路地の隅々を徘徊した。目的地が何処なのかも分からなかった。当たり前だ、だいたい自分が今何処にいるのかもわからないのだから。
白い壁に落書きがしてある。地図を探したけれど、そんな物何処にも無かった。路地裏のカフェで珈琲とサンドウィチをかじった。店のウエイトレスにも尋ねてみたが答えは同じだった。ここは何処だい?不思議そうな微笑と哀れむような視線で僕を眺め、彼女は珈琲のおかわりは?と付け加えた。僕は店を出て白い壁ずたいに歩いた。歩き始めてどれくらいの時間が流れたのだろう。僕は不意に気付いた。
人も車もいなくなっているのだ。いくら振り返ってみても、そこには誰ひとり存在しなかった。人の気配さえしなかった。僕は街に取り残されたのだ。
公園のベンチでため息をつき、ギターケースを開けてギターを調弦した。まるで僕の存在のように危うい感じの微妙にずれた調弦だった。
噴水のある公園のベンチで途方に暮れて僕はギターを弾き続けた。
誰も聴いてくれる人もいない。まるで独り言みたいだ。紙袋に包んだボトルのワインを飲み干して、煙草に灯をつけギターで音を紡いだ。
魔法をつかえるんだね?
ふいに声がした。驚いて目をあげると少年が地面にしゃがみこんで微笑んでいた。
君、誰?
少年は僕の質問を完全に無視した。
そんなことはどうでもいいんだ。あんたは魔法が使えるんだね?
魔法なんて知らない。使ったことも無い、ただギターを弾いているだけだよ。
楽器で音楽が創れるんでしょう?素敵なことさ。
それ、魔法なの?
彼は大きくうなずいた
音楽はね、人のこころを柔らかくしたり緊張させたりするんだ。
でも、あんたの音楽は少し哀しげだ、悪くないけれど。
そんな物が魔法なのかい?
少年はのんびりあくびをして答えた
魔法さ。人の嬉しさや優しさや切なさや痛みを自由自在に操れるんだから。
ふーん。そういうものなのかな?
半信半疑で僕は煙草を取り出し、少年にも一本薦めたが彼はそれを断った。
ありがたいけど、煙草を吸う習慣がないんだ。
この街には魔法がなくなったんだよ。だからみんな消えたんだ。
少年は後ろを振り向き街並みを一瞥して呟いた。
昔はね、みんなで音楽を創って歌を歌ったんだ。
でもね、それは遠い記憶。みんな消えてなくなってしまった。
どうして?
みんなが魔法を捨てたんだ。あるいは無くした事にさえ気付かなかったんだ。
魔法を忘れて、この街を去ったんだ。そうして音楽の魔法を使えるのは・・・。
僕なんだね?
そう。だからあんたはこの街にあらわれたのさ。
僕はどうすればいい?何処に行くべきだろう?
それは。それはゆっくり考えればいい。焦りは禁物なんだ。魔性が使えなくなるからね。いま、云えることは音楽を続けることさ。誰もいなくなっても、聴いてくれる人が消え去っても。あんたはギターを弾き続けるんだ。唄い続けるんだ。
そうしてやがて朝が来る。
少年の姿が朝日のなかにうっすらと消えていった。
朝だ
枕元で馴染みの野良猫が背伸びをして僕の瞳を覗きこんだ。
ハルシオン、変な夢を見たよ。
猫につぶやいて苦笑し、仕事に出かける用意をしはじめようとした。
ハルシオンがじっと僕を眺めている。
その瞳はあの夢の中の少年の瞳とまるでそっくりだった。
お前だったのかい、ハルシオン?
彼は答えず、窓の外に飛び出していった
今日は久しぶりにギターを触ろう
魔法を想い出すんだ
珈琲を急いで飲み干して
僕は毎朝の通勤ラッシュの人の波にもまれた