ソファー
2024-07-18 | 詩
部室はふたつに分かれていた。
広い部屋にはピアノがあったので、ジャズ畑の先輩達の隠れ家。
僕らは狭い部屋に、ドラムセットとアンプの山に囲まれて好き勝手やっていた。
講義をさぼって、広い部屋に上がる。
その頃、僕はどうしようもないほど目的意識を見失っていた。
教室や講義のなかには僕の居場所なんて無かった。
それで部室と学食と喫茶店をさまよい歩いていた。
まるで幽霊みたいだった。
行き場所を捜し歩く。
広い部屋にはソファーがあるのだ。
僕は二日酔いの頭を抱え込んでそこでつかの間の安眠をむさぼろうと企んでいた。
しかし、その野望はいつだってあえなく断念させられた。
先約がいるのだ。
その先輩はどんな時間帯であっても、必ず唯一部室にある一客のソファーで惰眠をむさぼっていた。僕は、またやられた、と思いながら機材入れの棚にまるでドラえもんのように潜り込んで毛布を頭からかぶる。ソファーに眠る彼をうらやましく眺めながら扉を閉めた。
おやすみなさい。
夜、ジャズバーで演奏して学費の足しにしている彼は半分プロみたいなもんだった。もちろんどこにだって、この種の「半プロ」という人達はあぶれていたのだが、そのテクニックと膨大な知識は大学に入りたての小僧には憧れるに余りあるものがあった。それで僕は何度かこの先輩と交信しようとこころみた。
「 サン、どんなミュージシャンが好きなんですか?」
彼は眠そうにまぶたをこすりながら、
グラント・グリーン
と、呟いてめんどくさそうに煙草に灯を灯けた。
そうですか・・・
話が続かない。
ピアノ屋の彼が口にした名前だったので、僕は「グラント・グリーン」なる人物はてっきりジャズピアニストだとばかり思い込んでいた。ギタリストだったなんて知ったのはずうっ~と後になってからだ。
スプリングの飛び出た緑色のソファーがとても柔らかそうだったのを
憶えている。
彼が通うジャズバーは洒落ていた。演奏をききに店を訪れた僕に先輩はめずらしく一杯おごってくれた。バーボン片手に譜面をテーブルに散らかしながら煙草を吹かした。僕も煙草に灯をつける。
無口だ。本当に無口だ。
お前さ、あの人知ってるか?
突然、彼が話しかけてきた。
カウンターでマスターと話してるひとだよ。
知りません。
・・・っていうドラマ知ってるか?
見たこと無いですね
そのドラマの音楽作ってるひと、あのひと。
そう云ってまた黙り込んだ。
他のメンバーはこのドラマの人が急遽、次のステージで二、三曲ピアノを弾くことになったのでなんだか少し慌ただしかった。
よくみとけよ。
先輩が呟いた。
ステージでは、「こまったな・・・、ジャズ演った事無いんですが」と前置きして演奏が始まった。
演奏のあいだ、先輩は食い入るようにステージを見続けていた。
凄いな~、カッコいいな。
演奏が終わると、先輩は独り言を云った。
残りの時間は彼がピアノを弾かなくてはならない。楽しみにしてますよ、と声をかけると、
馬鹿云え。あんな演奏のあとに何やればいいんだよ。
と、言い残してピアノに向かった。
次の日、やっぱり彼はあのソファーで眠っていた。
卒業して彼の行方は分らない。
一回、会社勤めをして、後輩と結婚したそうだ。
それから、会社を辞めた。
ピアノが弾きたかったんだって。
そんなウワサが風に舞った。
それにしても。
あの緑色のソファーはもちろん粗大ゴミになったのかな?
しかたない。
もともと粗大ゴミ置き場から拾ってきたモンだったしね。
広い部屋にはピアノがあったので、ジャズ畑の先輩達の隠れ家。
僕らは狭い部屋に、ドラムセットとアンプの山に囲まれて好き勝手やっていた。
講義をさぼって、広い部屋に上がる。
その頃、僕はどうしようもないほど目的意識を見失っていた。
教室や講義のなかには僕の居場所なんて無かった。
それで部室と学食と喫茶店をさまよい歩いていた。
まるで幽霊みたいだった。
行き場所を捜し歩く。
広い部屋にはソファーがあるのだ。
僕は二日酔いの頭を抱え込んでそこでつかの間の安眠をむさぼろうと企んでいた。
しかし、その野望はいつだってあえなく断念させられた。
先約がいるのだ。
その先輩はどんな時間帯であっても、必ず唯一部室にある一客のソファーで惰眠をむさぼっていた。僕は、またやられた、と思いながら機材入れの棚にまるでドラえもんのように潜り込んで毛布を頭からかぶる。ソファーに眠る彼をうらやましく眺めながら扉を閉めた。
おやすみなさい。
夜、ジャズバーで演奏して学費の足しにしている彼は半分プロみたいなもんだった。もちろんどこにだって、この種の「半プロ」という人達はあぶれていたのだが、そのテクニックと膨大な知識は大学に入りたての小僧には憧れるに余りあるものがあった。それで僕は何度かこの先輩と交信しようとこころみた。
「 サン、どんなミュージシャンが好きなんですか?」
彼は眠そうにまぶたをこすりながら、
グラント・グリーン
と、呟いてめんどくさそうに煙草に灯を灯けた。
そうですか・・・
話が続かない。
ピアノ屋の彼が口にした名前だったので、僕は「グラント・グリーン」なる人物はてっきりジャズピアニストだとばかり思い込んでいた。ギタリストだったなんて知ったのはずうっ~と後になってからだ。
スプリングの飛び出た緑色のソファーがとても柔らかそうだったのを
憶えている。
彼が通うジャズバーは洒落ていた。演奏をききに店を訪れた僕に先輩はめずらしく一杯おごってくれた。バーボン片手に譜面をテーブルに散らかしながら煙草を吹かした。僕も煙草に灯をつける。
無口だ。本当に無口だ。
お前さ、あの人知ってるか?
突然、彼が話しかけてきた。
カウンターでマスターと話してるひとだよ。
知りません。
・・・っていうドラマ知ってるか?
見たこと無いですね
そのドラマの音楽作ってるひと、あのひと。
そう云ってまた黙り込んだ。
他のメンバーはこのドラマの人が急遽、次のステージで二、三曲ピアノを弾くことになったのでなんだか少し慌ただしかった。
よくみとけよ。
先輩が呟いた。
ステージでは、「こまったな・・・、ジャズ演った事無いんですが」と前置きして演奏が始まった。
演奏のあいだ、先輩は食い入るようにステージを見続けていた。
凄いな~、カッコいいな。
演奏が終わると、先輩は独り言を云った。
残りの時間は彼がピアノを弾かなくてはならない。楽しみにしてますよ、と声をかけると、
馬鹿云え。あんな演奏のあとに何やればいいんだよ。
と、言い残してピアノに向かった。
次の日、やっぱり彼はあのソファーで眠っていた。
卒業して彼の行方は分らない。
一回、会社勤めをして、後輩と結婚したそうだ。
それから、会社を辞めた。
ピアノが弾きたかったんだって。
そんなウワサが風に舞った。
それにしても。
あの緑色のソファーはもちろん粗大ゴミになったのかな?
しかたない。
もともと粗大ゴミ置き場から拾ってきたモンだったしね。