獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

佐藤優『国家の罠』その38

2025-03-01 01:05:17 | 佐藤優

佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。

まずは、この本です。

佐藤優『国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。

国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
 □「背任」と「偽計業務妨害」
 □ゴロデツキー教授との出会い
 □チェルノムィルジン首相更迭情報
 □プリマコフ首相の内在的ロジックとは?
 □ゴロデツキー教授夫妻の訪日
 □チェチェン情勢
 □「エリツィン引退」騒動で明けた2000年
 □小渕総理からの質問
 □クレムリン、総理特使の涙
 □テルアビブ国際会議
 □ディーゼル事業の特殊性とは
 □困窮を極めていた北方四島の生活
 ■篠田ロシア課長の奮闘
 □サハリン州高官が漏らした本音
 □複雑な連立方程式
 □国後島へ
 □第三の男、サスコベッツ第一副首相
 □エリツィン「サウナ政治」の実態
 □情報専門家としての飯野氏の実力
 □川奈会談で動き始めた日露関係
 □「地理重視型」と「政商型」
 □飯野氏への情報提供の実態
 □国後島情勢の不穏な動き
□第4章 「国策捜査」開始
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。

 


篠田ロシア課長の奮闘

この問題に真剣に取り組んだのが篠田研次ロシア課長だった。
篠田課長は長身で、いつも髪をきちょうめんに七三に分け、銀縁眼鏡をかけている。口数が少なく、他人の悪口を言わず、冗談もあまり言わない。実は人情家であるがそれを表面に出さない。きっとシャイなのだろう。趣味はプロレス観戦で、実は闘争は決して嫌いではない。その意味では慎重さと大胆さを併せもった外務官僚だ。
「ロシアスクール」の親分格、丹波實氏、東郷和彦氏の篠田氏に対する信任は厚かった。東郷氏は、ロシア課長が篠田氏から小寺氏に替わった後で、「篠ちゃんのときは、僕はロシア課から上がってくる決裁にそのままサインすればよかったのだけれど、小寺になってからは細かくチェックして書き直さなくてはならないから仕事が増えてたいへんだよ。僕が大ロシア課長になったみたいだ」とこぼしていた。
篠田課長は決して声を荒らげることはしない。しかし、仕事には厳しいので部下たちはいつも緊張していた。篠田氏は決裁にひじょうに時間をかける。注意深く書類を読み、細かい字で訂正や加筆をする。決裁書が篠田課長の手を経ると加筆で「真っ赤」になることも多かった。しかし、それにより内容は充実する。また、篠田氏は政治家をたいせつにした。それは篠田氏が政治家に阿ねっているからではなく、官僚の能力を生かすのは結局は政治だという哲学があるからだと私は見ていた。
タイミングよく政治家に連絡を入れ、根回しをする。しかし、政治家と個人的に親しくなることは避けていた。これには篠田課長のシャイな性格と酒を体質的に受け付けないことが大きな要因になっている。ロシア人政治家には大酒飲みが多い。ロシアの酒飲みは酒を飲まない人間を信用しないという傾向があるので、ロシアで人脈を作る場合、酒を全く受け付けない外交官は不利だ。しかし、篠田課長は例外的にロシアの大酒飲み政治エリートからも好かれる術(すべ)を知っていた。
99年のある日、イシャエフ・ハバロフスク地方知事と鈴木宗男氏の夕食会に篠田課長と私は同席した。当時、イシャエフは連邦院(上院)議員も兼ねた有力政治エリートだった。イシャエフは、体重が軽く百キロを超える巨漢で、酒に強く、一人でウオトカ3本くらいは平気で飲む。特にハバロフスク自慢の地酒があって、鹿の角の粉末と朝鮮人参の入った強精剤用のウオトカを日本までもってきて振る舞うのが趣味であった。
ウオトカは普通無色透明なのだが、この強精ウオトカは琥珀色である。ロシア式宴会では40度のウオトカを一気のみでショットグラスに20杯も30杯も飲む。イシャエフ氏は鈴木氏にウオトカを勧めるのであるが、それをまともに飲んでいては鈴木氏が気を失ってしまう。そこで私が登場し、鈴木氏に注がれたウオトカを代役として飲み干すのである。ロシア流ではこれならばイシャエフ氏に対しても失礼にあたらない。
だいぶウオトカの回ったイシャエフ氏が篠田課長に目を付け、「あなたには鹿の角の粉入りウオトカは口にあわないか」と言う。篠田氏が体質的に酒を受け付けないといって断っても許してくれる雰囲気ではない。篠田氏は、場の空気を見取って、ショットグラスではなく、ロックグラスを目の前に置いた。
ロシアでも宴会で手酌は厳禁である。また、ウオトカを注ぐ場合には、グラスを手で持ってはならず、必ずテーブルの上に置く。そうでないと幸せが逃げるそうだ。イシャエフ氏はウオトカをグラスに半分くらい注いだ。みんなが注目する中で篠田課長はウオトカを一気に飲み干した。篠田氏の顔は見る見る赤くなったが、宴席は愉快に進んだ。
鈴木氏は、「篠田さんは相当無理をしたね。体質的に酒を受け付けない人にとってはあれはほんとうに苦痛だよ。でもこれで篠田はイシャエフの心をつかまえたね」と私に囁いた。
翌日、篠田課長は病院に運ばれた。その後、私はイシャエフ氏に会う機会があったので、そのことを伝えた。イシャエフ氏は申し訳なさそうな顔をしたが、それから篠田氏に強い親近感を持つようになり、それはイシャエフ氏の日本外務省観を改善する上で少なからぬ意味をもったと私は見ている。ロシア人は酒の席でもいつも人相見をする。篠田氏の対応はロシア流ではイシャエフ氏に対する何よりの気配りなのである。
この時期、篠田課長は、北方四島へのディーゼル発電機供与を行う腹を固めていた。
小型ディーゼル発電機に関しては、94年の北海道東方沖地震の後に人道支援として供与したこともあったが、大多数の住民の需要を満たすためのものなので今回は規模も大きく、実質的には発電所を建設するようなものだった。
そうすると不法占拠論との絡みで日本政府内部で調整をしなくてはならない。条約専門家やソ連時代しか知らない「ロシアスクール」のOBには、北方領土に日本政府がインフラ支援を行うことに対する慎重論も強い。これを突破するには政治の力が必要であった。
鈴木宗男氏は、根室・釧路を選挙区にしているが、日本の行政区画では北方四島は根室管区に含まれる。元島民の多くは根室を中心とする道東地区に住んでいるが、北方四島のロシア系住民に対する人道支援を増加することに関しては、元島民の一部に「国は元島民には経済的補償をほとんどしてくれないのに、不法占拠してるロシア人に手厚い支援をするのはおかしい」という感情的反発もある。
領土問題はナショナリズムを刺激しやすいので、元島民の理解を得ておかないと返還関係の圧力団体が政府の対露政策に反発し、外交的可能性を狭めてしまう。そうかといって、北方四島に対する支援は、ロシア系住民の日本に対する依存度を増やす日本の策略だということも表だっては説明しにくい。
この点、元島民や返還関係の圧力団体とも良好な関係をもっている鈴木氏ならば、関係者をうまく説得することができる。当時、鈴木氏は、北海道・沖縄開発庁長官をつとめ、対露政策で橋本首相を支える立場にいたことに加え、先に述べたように97年12月にファルフトジノフ・サハリン州知事から地熱発電の支援について要請を受けた経緯もあって、電力問題への関心も強い。こうして外務省は鈴木氏に眼をつけたのだった。そして、この問題に鈴木氏を引き込むことが私の課題になった。

 


解説
鈴木宗男氏は、根室・釧路を選挙区にしているが……
この点、元島民や返還関係の圧力団体とも良好な関係をもっている鈴木氏ならば、関係者をうまく説得することができる。当時、鈴木氏は、北海道・沖縄開発庁長官をつとめ、対露政策で橋本首相を支える立場にいたことに加え、先に述べたように97年12月にファルフトジノフ・サハリン州知事から地熱発電の支援について要請を受けた経緯もあって、電力問題への関心も強い。こうして外務省は鈴木氏に眼をつけたのだった。そして、この問題に鈴木氏を引き込むことが私の課題になった。

北方四島へのディーゼル発電機供与に関しては、外務省の発案で、その政策を実現するために鈴木宗男氏を利用したということです。
ここは、重要です。

 

獅子風蓮