獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

『居場所を探して』を読む その39

2024-11-30 01:53:28 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんがこの本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。

一部、引用します。

□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
 ■変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって
 □山本譲司さんインタビュー
□おわりに 


第2章 変わる

変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって

(つづきです)

長崎地検やNPO法人長崎県地域生活定着支援センター、最高検、南高愛隣会が共同で試行する「新長崎モデル」とはどんな取り組みなのか。
大きく2つの柱がある。
1つめが、知的障害が疑われる容疑者の取り調べ時の福祉の専門家の立ち会い。もう1つは、外部の専門家による「障がい者審査委員会」を新設し、弁護士や地検が委員会に対して容疑者・被告の障害の特性や、更生の方向性について意見を求めるというもの。
「立会制度」は、取り調べ時に意思疎通を図るのが困難だったり、過去の犯罪歴から障害が疑われたりした場合、地検が立会人に連絡。立会人は、検事と容疑者のコミュニケーションを手助けしたり、双方に助言したりして、誤誘導やうその自白を防ぐ。
都市部の地検で先行して始まった立ち会いは、主に心理学の専門家が行っていて、人数も5地検で7人と少ない。おのずと対応できる事件には限度がある。
長崎の場合は社会福祉士や特別支援学校の職員OBなど福祉の専門家10人が登録。「知的障害、精神障害、発達障害……障害にも色々ある。いろんな障害の人に対応できるように中立公平で幅広い人材を集めた」(田島)という。
「障がい者審査委員会」は、医師や社会福祉士ら5人ずつの2グループで構成する専門家機関。弁護士や検察からの依頼があれば、中立公平な立場で、容疑者・被告の障害の有無や程度を判定したり、社会で更生させる場合にどんな福祉サービスが想定されるかを検討したりするのが役目だ。
審査委の報告を参考にして、検察や弁護士は、起訴するかどうか刑事処分を決めたり、弁護方針を立てたりする。
例えば、地検が「刑務所などの矯正施設ではなく、福祉施設での更生がふさわしい」と判断して不起訴処分にした場合、南高愛隣会がその容疑者を受け入れ、社会復帰に向けた更生訓練を受けてもらうことになる。
刑事政策に詳しい中央大名誉教授の藤本哲也は言う。
「知的障害の疑いのある容疑者の中には、起訴猶予処分で社会に戻っても福祉につながることなく、罪を繰り返している人も相当いると思われる。検察捜査の段階で、福祉的な視点を取り入れる長崎の試みは全国でも例がない」
かつてない検察と福祉の「融合」。新長崎モデルの準備は急ピッチで進められた。

(つづく)


解説
「知的障害の疑いのある容疑者の中には、起訴猶予処分で社会に戻っても福祉につながることなく、罪を繰り返している人も相当いると思われる。検察捜査の段階で、福祉的な視点を取り入れる長崎の試みは全国でも例がない」
かつてない検察と福祉の「融合」。新長崎モデルの準備は急ピッチで進められた。

素晴らしいことだと思います。

獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その38

2024-11-29 01:36:14 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんがこの本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。

一部、引用します。

□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
 ■変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって
 □山本譲司さんインタビュー
□おわりに 


第2章 変わる

変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって

(つづきです)

年が明けた1月24日午後。長崎地検の一室。
南高愛隣会理事長の田島良昭は、数人の部下とともに地検の幹部らと向き合っていた。
「是非ともいい仕組みをつくっていきましょう」
田島の言葉に、何人かの検事がうなずいた。
その表情には、高揚感と緊張の色が浮かんでいた。
「新長崎モデル」と呼ばれる新たな試みが産声を上げた瞬間だった。
生活苦などが原因で罪を繰り返す累犯障害者。検察捜査という刑事司法の「入り口」に福祉の視点や手法を取り入れ、刑務所ではなく、社会内で更生させる道を探る試みが、長崎を舞台に始まることになったのだ。
この問題では近年、障害者が刑務所を出た後、福祉に橋渡しする制度が全国で整った。裁判所に執行猶予判決を求め、福祉施設で更生させる「長崎モデル」と呼ばれる取り組みも長崎で先駆的に行われていた。福祉と司法の連携は、かつてないほど進んでいた。
しかし、田島はまだ不満だった。
「刑務所を出た後の支援が『出口』だとすれば、検察捜査は『入り口』。『入り口』をふさげば、この問題は大きく解決に向けて前進するのではないか」
11年7月、最高検がつくった「知的障がい専門委員会」の外部参与に田島が就任してから、福祉と検察の距離は格段に縮まっていた。
この年の秋には、最高検の検事らが愛隣会の施設を視察。同じころ、田島は企画書をたずさえ、最高検に新長崎モデルを直談判した。「無茶な人だ」と半分呆れられたが、年末には正式にゴーサインが出た。
大阪地検特捜部の不祥事で改革を迫られている検察と、累犯問題対策をより進化させたい南高愛隣会。両者の思惑がこれ以上ないタイミングでぴたりと一致した。

(つづく)


解説
生活苦などが原因で罪を繰り返す累犯障害者。検察捜査という刑事司法の「入り口」に福祉の視点や手法を取り入れ、刑務所ではなく、社会内で更生させる道を探る試みが、長崎を舞台に始まることになったのだ。

これが、「新長崎モデル」と呼ばれる新たな試みが産声を上げた瞬間でした。

 

大阪地検特捜部の不祥事で改革を迫られている検察と、累犯問題対策をより進化させたい南高愛隣会。両者の思惑がこれ以上ないタイミングでぴたりと一致した。

このタイミングで絶妙な役割を果たしたのが、このブログでも連載した、冤罪と闘った村木厚子さんと、別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で連載している、累犯障害者の問題をクローズアップさせた山本譲司氏です。


獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その37

2024-11-28 01:25:55 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんがこの本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。

一部、引用します。

□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
 ■変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって
 □山本譲司さんインタビュー
□おわりに 


第2章 変わる

変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって

(つづきです)

2011年12月2日。東京都内。
福祉の支援を受けないまま罪を繰り返す障害者・高齢者の支援策を探る厚生労働科学研究班(研究代表者・田島良昭南高愛隣会理事長)の最終会合が開かれた。
近年の累犯障害者対策の多くが、研究班の実践がベースになっている。そういう意味では、研究班は累犯問題においての「頭脳」のような存在と言ってよかった。
「第1期(06~08年度)の研究事業では、全国15カ所の刑務所の受刑者約2万7000人のうち、410人に知的障害(疑い含む)があるという実態を明るみにし、障害者が刑務所を出た後、福祉へと橋渡しする仕組みの土台をつくった。
「第2期」(09~11年度)は、愛隣会をはじめ、弁護士、学識経験者が5つのグループに分かれ、罪を犯した障害者・高齢者の支援策をいかに「進化」させることができるか、実態調査やモデル事業を通じて検討した。
中でも注目を集めたのが、愛隣会が実践した「地域社会内訓練事業」。捜査・裁判段階から罪を犯した障害者を支援する「判定委員会」を組織し、刑務所に入る前の「入り口」の部分で、福祉がどこまで対応できるのかについて調査・研究を重ねた。
発表の場でマイクを握ったのは愛隣会常務理事の松村真美。松村の報告によると、判定委では、罪を犯した障害者8人を対象に福祉的な支援が必要かどうかを検討。うち6人について、裁判所に意見書を提出したり、弁護側の証人として出廷したりして執行猶予付きの判決を求める活動に取り組んだ。その結果、5人に執行猶予判決が出た。
「裁判所が、福祉の支えの有効性を理由に、本来なら刑を猶予することが難しいケースでも猶予判決を出す画期的な事例がありました。ですが、執行猶予判決を得た後に、被告本人が福祉の利用を拒否した事案もありました……」
「失敗例」があったことも、松村は率直に語った。
龍谷大法科大学院教授の浜井浩一の研究グループは、日本弁護士連合会(日弁連)の協力を得て実施した弁護士向けのアンケート結果を公表した。
それによると、回答した弁護士の6割以上に当たる239人が、「過去1年間に知的障害者の刑事弁護を担当したことはない」と回答。それなのに、そのうちの157人は、「質問と答えがかみ合わない」など障害の特性を示す20項目の中で3つ以上が該当する容疑者・被告がいたと答えており、ちぐはぐな結果となった。
浜井は「弁護士が障害の特性を把握できていないため、刑事裁判の段階で見過ごされている障害者がたくさんいるのではないか」と懐疑的な見方を示した。
当の弁護士からも、累犯問題への対応の不十分さを認める発言が相次いだ。
弁護士の荒中は、日弁連の委員会で障害の疑いを把握する簡易チェックシートを作成したことを報告した。「弁護士、捜査関係者の双方に『気付き』の部分で大きな問題点があると思う。この問題への意識を高める努力が必要だ」。荒の表情は終始堅かった。
北海道社会福祉事業団参与、小林繁市のグループは、全国の障害者施設やグループホームにアンケート調査を実施し、回答があった639事業所のうち、140事業所(21.9%)に罪を犯した知的障害者236人が入所(予定者含む)していたことが分かったと発表した。累犯障害者を受け入れる福祉の側にとっても、罪を繰り返させないための更生支援策の充実が急務であることが浮き彫りとなった。
中央大名誉教授の藤本哲也は、09年12月~10年1月の2ヵ月間で、「帰る場所がない」などの理由で、全国の保護観察所に緊急的な保護を申し出た起訴猶予者が227人いて、その中に知的障害者(疑い含む)が8人(3.5%)いたという調査結果を明らかにした。裁判にかからず、検察段階で刑事手続きを終えて社会に戻った障害者の実態を調べたのは今回が初めてだった。
「検察より前の警察段階での微罪処分対象者などを含めると、福祉の支えを必要としながらも、それにつながることなく社会に戻っている知的障害者が相当いると思われる」藤本は警鐘を鳴らした。
それはすなわち、捜査段階においても、支援が必要な累犯障害者が大勢いるのかもしれないということを意味していた。会場に重苦しい空気が漂った。
藤本はそれを振り払うように言った。
「長崎では司法と福祉が連携した取り組みが進んでいる。これは画期的だ。『長崎モデル』とでも呼ぶべきこの手法を、日本の司法制度に浸透させていくことは大きな意味を持っている」
会議を終え、参加者たちは三々五々、会場を後にした。
東京の街には、きらびやかな電飾がまたたき、クリスマスソングが流れていた。
累犯障害者対策で、福祉と刑事司法が大きく動いた1年だった。
「累犯障害者元年」。誰かが2011年という年をそう呼んだ。

(つづく)


解説
「長崎では司法と福祉が連携した取り組みが進んでいる。これは画期的だ。『長崎モデル』とでも呼ぶべきこの手法を、日本の司法制度に浸透させていくことは大きな意味を持っている」

この「長崎モデル」が出来上がる過程には、多くの先人たちの努力の積み重ねがありました。


獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その36

2024-11-27 01:39:24 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。

一部、引用します。

□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
 ■変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって
 □山本譲司さんインタビュー
□おわりに 


第2章 変わる

変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって

(つづきです)

このセミナーと前後して、検察の動きが徐々に見えてきた。
「トップセミナー」の余韻が残る11月16日。
雲仙岳のふもとにある南高愛隣会の施設に、スーツ姿の一団が訪れた。
最高検公判部長兼裁判員公判部長の岩橋義明、長崎地検検事正の小寺哲夫をはじめ、第一線の検事や検察事務官ら6人。刑務所を出所した累犯障害者たちを受け入れる更生保護施設「雲仙・虹」や、地域社会内訓練事業所「トレーニングセンターあいりん」を視察し、職員や利用者の声に耳を傾けた。

遡ること約1年前。
検察組織を根幹から揺るがす出来事が起きた。大阪地検特捜部を舞台にした証拠改ざん隠蔽事件である。
特捜部は、当時厚労省局長だった村木厚子を無実の罪で逮捕・起訴し、さらに、担当検事が証拠物であるフロッピーディスクの内容を検察に有利になるように書き換えていたことが発覚。前代未聞の不祥事。検察は解体的出直しを迫られた。
検察改革の目玉として、最高検につくられたのが外部有識者の意見を検察捜査に取り入れる6つの専門委員会。専門委の1つに「知的障がい専門委員会」があり、外部参与に愛隣会理事長の田島良昭が就いていた。
この日、雲仙市の施設を訪れたのは専門委のメンバーら。非公開で行われた施設側との意見交換の場では、「現場を見て福祉について理解が深まった」「罪を犯した障害者や高齢者の再犯防止や社会復帰に向け、刑事司法をどんなふうに変えていけばいいのか議論しているが、(今回の視察が)参考になった」などの意見が出たという。
累犯障害者対策への社会的関心が高まる中、最高検も試行錯誤を重ねていた。
2011年9月から、東京、大阪など都市圏の4地検で知的障害の疑いのある容疑者の取り調べの際、心理学専門家の立ち会いを試験的に始めた。
「知的障害者は質問者に迎合する傾向があり、うその自白をさせられてしまう恐れがある」。障害者の取り調べの録音・録画(可視化)や第三者の立ち会いを求める声は専門家の間に根強くあったが、同年11月、大阪で起きた放火事件で、検察官が、知的障害がある容疑者を誘導しながら自白調書を作成した疑いがあることが発覚。検察への「風当たり」はますます強くなっていた。
この年の夏から障害者の取り調べの可視化を全国一斉に始め、専門家の立ち会いにも踏み切った。同年12月には、全国の地検区検に対し、知的障害の疑いがある容疑者の事件がどれくらいあって、どんな処分を下したのかについて初の実態調査を指示した。かつてないスピーディーな動きは、崖っぷちに立たされた検察の危機感の裏返しでもあった。しかし、こうした動きはまだ「序章」に過ぎなかった。

(つづく)


解説
遡ること約1年前。
検察組織を根幹から揺るがす出来事が起きた。大阪地検特捜部を舞台にした証拠改ざん隠蔽事件である。
特捜部は、当時厚労省局長だった村木厚子を無実の罪で逮捕・起訴し、さらに、担当検事が証拠物であるフロッピーディスクの内容を検察に有利になるように書き換えていたことが発覚。前代未聞の不祥事。検察は解体的出直しを迫られた。

村木厚子さんの冤罪については私も以前、記事にしたことがあります。

村木厚子『私は負けない』 はじめに (2023-04-06)~

村木さんは、苦しい闘いに勝って、冤罪を晴らすことができました。

かつての連載記事が、今回の連載記事につながっています。

不思議な縁を感じます。


獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その35

2024-11-26 01:28:46 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。

一部、引用します。

□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
 ■変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって
 □山本譲司さんインタビュー
□おわりに 


第2章 変わる

変わる刑事司法と福祉~南高愛隣会の挑戦をめぐって

(つづきです)

「火付け役」の南高愛隣会は2011年11月11日から3日間にわたって、「福祉のトップセミナー」を長崎県島原市で開催した。
2002年から毎年開いている恒例行事。障害者福祉の一線で活躍する専門家や官僚を長崎に招き、その時々の福祉の課題について論議したり、政策提言したりしている。
この年のテーマは「司法と福祉の新たな連携をめざして罪を犯した障がい者・高齢者の協働支援のあり方を考える」。会場の島原復興アリーナ(島原市平成町)には全国から約460人が詰め掛け、累犯障害者問題への関心の高まりをうかがわせた。
「更生保護の一番の課題は、社会にはびこる『排除の論理』との闘い。累犯者たちが社会復帰を果たすには、地域社会にどう理解してもらい、受け入れてもらえるか、に尽きる。結論としては『共生』していくしかないのだが、これがなかなか難しい」
基調講演した青沼隆之は法務省保護局長。東京地検を振り出しに、最高検検事や東京地検特別公判部長などを歴任した。
今は更生保護行政を取り仕切る立場にある青沼は講演の中で、検事時代に携わったある触法障害者の事件について語った。
数年前。
ある地方都市の検事正を務めていたころ、あんパンばかり盗む女性がいた。たかがあんパンとはいえ、何度も繰り返し盗めば「常習累犯窃盗罪」が適用され、罪は重くなるし、執行猶予も付かなくなる。
若い担当検事から、この女性の捜査書類が上がってきた。女性の自宅の写真を見て、仰天した。部屋中、あんパンだらけだった。「本当に刑務所に入れていいの?」と問いただすと、その若い検事は起訴を1日遅らせて、女性の簡易精神鑑定を行った。
すると、女性に精神障害があることが分かった。あんパンがないと不安に襲われ、善悪の区別も付かなくなり、何度も何度も盗みを繰り返してしまっていたのだ―。
「結局、この女性は釈放して精神科病院に入院させる措置を取った。ただ、検察が抱える問題点は実はこういうところにあるんだろうなと、今強く思っています。検事も忙しいから、一つ一つの事件をつぶさに検証せず、ルーティンワークとしてこなしている部分もある。(累犯障害者の問題について)検察側ももっと考えるべきだと、つくづく思います」
青沼の言葉は、悔恨のようにも、「決意表明」のようにも聞こえた。

(つづく)

 


解説

今は更生保護行政を取り仕切る立場にある青沼は講演の中で、検事時代に携わったある触法障害者の事件について語った。……
ある地方都市の検事正を務めていたころ、あんパンばかり盗む女性がいた。たかがあんパンとはいえ、何度も繰り返し盗めば「常習累犯窃盗罪」が適用され、罪は重くなるし、執行猶予も付かなくなる。

この女性の精神鑑定を行ったところ、女性に精神障害があることがみつかりました。
忙しさにかまけて流れ作業で仕事をこなすような検事が担当したら、ただただ重い刑になり執行猶予もつかなかったことでしょう。
恐ろしいことです。

 

獅子風蓮