〇1977年の出会い
イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』は、1977年に大ヒットしたロック史上不朽の名作なのだが、偶然にも同じ年に石川さゆりの『津軽海峡冬景色』という、こちらも日本人なら知らない人はいない演歌の名曲がヒットしている。ぼくはその頃大学1年~2年生生だったのだが、ロックと演歌の違いはあれど、どちらの曲も初めてFMで聴いた時から大好きになり、今でも時々無性に聴きたくなる「座右の銘」ならぬ「座右の曲」なのである。
〇『ホテル・カリフォルニア』の迷宮
まず『ホテル・カリフォルニア』だが、今更ぼくが語ることなどなにも無いくらい語りつくされているロック史上に燦然と輝く名曲で、ぼくの中ではベスト10に入る傑作であると声を大にして言ってしまおう。哀愁漂う12弦ギターのイントロ(ドン・フェルダー)で始まる魅力的なメロディーと、味わい深いハスキーなボーカル(ドン・ヘンリー)のマッチングはまさに絶妙、これぞプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい、いぶし銀の職人技だ。曲の終盤のギターソロ(ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュ)の絡みから、印象的なギターのリフになだれ込むクライマックスは、まさにトリハダもので、もうほとんど官能的ですらあり、しみじみ聴きほれてしまう。歌詞の内容も一筋縄ではいかないもので、リリース当時から話題になった。カリフォルニアの砂漠の高速道路をドライブする主人公(たぶん男性)が、一晩の宿を求めて立ち寄った『ホテル・カリフォルニア』でのちょっとした幻想譚風のストーリーが語られるのだが、随所に思わせぶりなキーワードや掛け言葉、比喩、暗喩がちりばめられ、聴き手に様々な解釈、印象を与える奥の深い歌詞になっている。ともあれ、「ホテル・カリフォルニア」が何を象徴しているのか様々な解釈があるようだが、最後のフレーズがすべてを物語っている。
”We are programmed to receive. You can checkout any time you like, but you can never leave”
(我々はすべてを受け入れるさだめ、いつでも好きなときにチェックアウトできるが、決してここから立ち去ることは出来ない)
■見開きジャケットの表紙は、実在しない「ホテル・カリフォルニア」の外観と内部が、異なる2軒のホテルを組み合わせて表現されている
■ジャケットを開いた内側は、宿泊客たちのパーティーが開かれているホールの一場面を想定したワンショット。
宿泊客に混じって中央付近にイーグルスのメンバーが写っているのがご愛嬌。
全くの蛇足だが、1980年公開の映画『シャイニング』のラストシーンを見たとき、この集合写真を思い出してしまい、思わずニンマリしてしまった。
〇『津軽海峡冬景色』は日本人のDNAを刺激する
『津軽海峡冬景色』は、恋に破れた主人公(女性)が故郷?の北海道へ帰る途中、青函連絡船から津軽海峡の冬景色を見て、心の中で恋人に最後の別れを告げるというストーリーなのだが、その情景を淡々と綴る阿久悠の詩が味わい深い。上野発の夜行列車、青森駅、北へ帰る人、海鳴り、連絡船、津軽海峡、冬景色という言葉だけで、「傷心の女一人旅」という映画のワンシーンのような映像が鮮やかに浮かんでくる。恋人との別れを思わせる歌詞は、最後のサビに出てくる「さよなら、あなた」だけで、あえて女心を切々と歌わないシンプルな歌詞からは、逆に女の秘めた決心が伝わってくる。『津軽海峡冬景色』は日本人なら誰もがDNAに刷り込まれている「演歌のこころ」を、ど真ん中の直球勝負で表現した潔さが、まさに日本的名曲として愛されるゆえんなのだろう。
〇『ホテル・カリフォルニア』と『津軽海峡冬景色』の共通点
『ホテル・カリフォルニア』と『津軽海峡冬景色』は、どちらも旅の途中での一場面を歌っている。映画にはロードムービーというジャンルがあるが、音楽にロードミュージックという言い方があれば、まさしくこの2曲はそのジャンルの名曲と言える。『ホテル・カリフォルニア』が、旅行者の幻想譚を通して、70年代のアメリカの若者の「無力感」や「閉塞感」を歌っているとしたら(これも一つの解釈に過ぎないのだが)、『津軽海峡冬景色』は恋に破れた女の心情を、津軽の厳しい冬景色を描写することで際立たせている。
〇「暗さ」にこそ名曲の本質があるのだ
ところで日米の全くタイプの違う2曲なのだが、前に触れた共通点以外に、ぼくはこの2曲にある種の同じ匂いを感じてしまう。カリフォルニアの砂漠に吹く乾いた風と、津軽の冷たい風雪。この対照的な風景を描いた2曲には、どちらも人間ならだれもが持つ「失望感」、「不安感」、「無力感」などが根底に流れている。それらの感情は決して逃れることのできない、常に人の心の奥底にある本質的なもので、それらが自然に醸し出す「暗さ」が全体のトーンとして楽曲に深みを増し、心の琴線に触れるのである。音楽のジャンルから見れば、ロックと演歌という水と油のような2曲だが、人の心をとらえて離さない名曲としてのスピリットは世界共通なのだ。
■この曲を聴くとしみじみあの頃昭和50年代がしのばれます