旧岐阜街道はJR木曽川駅の西側で東西に走る県道181号線から分岐し、東海道本線に沿ってしばらく南下し、JR石刀駅の東で現在の岐阜街道(県道190号線)に合流します。
181号線の分岐点から名鉄新木曽川駅の東を南北に通る区間は道幅も狭く、比較的旧街道としての風情を残していて、古い商店や住宅、お寺などが点在しています。
■木曽川町の旧街道沿いには古い商店や住宅が残っています
■大手薬品メーカーと同じ屋号の薬局
■外壁が漆喰ではなく石貼り風の洋風の蔵
■名鉄新木曽川駅の北を東西に通る県道175号線との合流点。交差点が鉤の手になっていて、旧街道の名残を残しています。
■175号線との合流点には昭和レトロな建物が残っています。下はモダンな洋風建築の古い時計屋さん。
■こちらは純和風建築の硝子店
■タイル貼りの洋風建築の店舗と和風住宅が合体している和洋折衷の商店
■西側から見ると完全に洋風建築です
■旧街道と交差する175号線沿いの洋館
外壁はタイルも新しくなりリニューアルされていますが、全体のデザインから戦前の洋館建築と思われます
■建設中の175号線バイパスまでは旧街道らしい雰囲気が残る町並みが続きます
■廃業した古い商店
■屋根の中央に鎮座する魔除けの鍾馗様。着物が風でたなびく様子はなかなかにリアルです。
■旧街道の沿いの地蔵堂。このすぐ東側まで175号線のバイパスが来ているので、この地蔵堂は近々移転の運命にあるようです。
(撮影:2013/01/20)
岐阜街道は美濃路四谷追分(稲沢市)~岐阜城(岐阜市)に至る旧街道ですが、今回は一宮市北方町の宝江渡跡から真清田神社までのコースをのんびりポタリングしました。
例によって旧街道界隈の懐かしい昭和な風景を中心に、気の向くままの路上観察になりました。
なお旧岐阜街道のコースについては、「Network2010」名古屋をとりまく歴史街道を参考にさせていただきました。
■今回のスタート地点、宝江渡し跡。県道14号線木曽川橋のすぐ上流にあり、渡し跡の説明看板と岐阜街道の表示もあります。
旧街道をしばらく木曽川町方面へ走ると、現在の岐阜街道(県道14号線~190号線))に合流し、名鉄黒田駅とJR木曽川駅のすぐ北側を通り(県道181号線)JR東海道線の東側を鉄道に沿って一宮方面へ南下します。
■名鉄黒田駅近くの廃業した煙草屋。たばこ販売店の琺瑯看板とピースのはとのマークのある年代物の看板が残っていました。
■旧街道の面影を残す立派な和風住宅
■JR東海道線の踏切を渡ってすぐ右手にある下見板張りの洋風住宅
■飴玉が並んだような2階の手摺の模様が素敵です
■県道181号線の分岐点。「準備中」の看板が壁の補強材として使われている古い民家。
■ちょっと寄り道して旧街道の西側、JR木曽川駅周辺を散策しました。
下は昭和の面影を残す尾州織物工業協同組合。また木曽川駅西側には煉瓦造りの倉庫が保存されています。
■尾州織物工業協同組合脇にある下見板張りの蔵
■名鉄名古屋本線のすぐ東側に建つ木造下見板の洋風住宅
(撮影:2013/01/20)
旧岐阜街道ポタリング(2)に続く
犬山駅から県道27号線沿を鵜沼駅方面へ向かうと、右手(東側)道路沿いの空き地の奥ににちょっと気になる建物があります。
この道路沿いには最近まで今仙電機製作所の工場施設があり、その建物は隠れて見えませんでしたが、工場が取り壊されてその広い跡地の東側に古い邸宅らしき建物が通りからも見えるようになりました。
今仙電機製作所は昭和14年(1939)名古屋市東区に設立され、昭和22年(1947)には犬山工場が建設されていますが、跡地に残る邸宅も犬山工場建設の頃に建てられ、その規模から経営者の本宅として使われたものと思われます。
邸宅は和館と洋館が南北に並んでおり、北側の道路沿いの洋館がある門には、今仙電機製作所の関連会社「今仙技術研究所」のプレートがかかっていますが、建物はかなり老朽化が進んでいて現在使われている様子はないようです。
◆今仙技術研究所建物/愛知県犬山市犬山東古券
竣工:不明~昭和22年(1947)前後?
構造:木造2階建一部洋館
撮影:2013/01/06
■和館に一部洋館が付属する戦前に流行った邸宅の様式で、和館は住居として、洋館は商売上の来客用にゲストハウスとして使われることが多かったようです
■一番南側の和館はツタが絡まり、使われなくなってからかなりの年数が経過しているようです
■北側道路沿いに建つ洋館。こちらもガラスが割れ廃墟同然の状態。
ぼく、シャッチーです。えっ、ぼくのことを知らない?
ぼくは1994年愛知県で開催された国体(わかしゃち国体)のマスコットで、もちろん名古屋城のシンボル「シャチホコ」をモチーフにしたキャラクターなんだ。
大勢の仲間が愛知県内で会場になった市町村に派遣されて大会を盛り上げたんだけど、なぜかぼくだけ大会終了後もずっとひとりでここにいるんだ。
もうみんなには忘れられたかもしれないけど、次の愛知国体開催までここで頑張るつもりなので、見かけたら声をかけてね。
ええっつ!次の国体は新しいマスコットに変わってぼくの出番はない? し、しらなかった・・・・
■タバコを吸ってるんじゃないよ、聖火を持っているんだ。
(撮影:2013/01/13 犬山市大門先)
犬山市西古券、専念寺西側の駐車場に、銭湯のタイル画が残されていました。
タイル画とは大きめのタイルに直接絵を描くタイル絵ではなく、色付きの豆タイルをモザイクのように貼りあわせ一枚の絵を完成させる技法で、絵画で言えば点描のような独特の味があります。
銭湯の経営者が建物を取り壊す際に、タイル画の描かれた壁だけ残して駐車場にしたようで、ここにかつて銭湯が存在した事実を後世に伝えるモニュメントになっています。
■空き地の真ん中を仕切るように建つ壁は、かつては男女の浴場の境の壁だったと思われます。タイル画の風景は地元らしく、木曽川と犬山城、遠くに犬山橋が描かれ、川岸には桜が満開です。このタイル画を見ながら湯船につかり一日の疲れをいやす、今となってはかなわぬ夢です。
■タイル画の下にはカランやシャワーの跡と思われる小さな穴が並んでいます。タイル画の横のタイルの模様もなかなかお洒落で良い感じです。できれば裏側のタイル画も残してほしかった。
(撮影:2013/01/13 西古券)
犬山城下散策で出会った昭和な風景をご紹介します。
■火の見櫓のある風景~郊外にはまだ火の見が残っていますが、市街地ではほとんど見かけなくなりました(西大門先)
■狭き門より入れ~周りの柵が低すぎて完全にトマソン状態です(堀ノ内)
■残影~今は亡き二軒分の痕跡がくっきりと刻まれています(東古券)
■屋根の上のアート(西古券)
■和洋折衷~戦前流行ったモダンデザインの波はこんなところにも(西古券)
■琺瑯看板以前~おなじみ亀甲萬(キッコーマン)の木製看板(東古券)
■昭和の匂い~昔の子供はどこでも野球(含三角ベース)をしていました。バレエ団研究所、ちょっと見てみたい(愛宕)
(撮影:2013/01/13)
犬山城下で見つけた琺瑯看板です。
いわゆる企業の有名看板ではありませんが、小品ながら味わい深いものがあります。
■壁と一体化し錆も目立つたかなりの年代もので、板で補強されています。
「からだの根本を丈夫にする、大坂鰻谷、人参~」までのくだりは読むことができました。
大阪鰻谷は屋号で製品名が人参うんぬん~とくれば、強壮薬・健康食品の類の広告でしょうか。
旧字体で右から書かれた文字から現在では貴重な戦前物件と思われます(西古券)
■駐車禁止の琺瑯看板は初めて見ました。
樹脂製の看板にはない味があり、昭和な字体がたまりません(南古券)
■2006年当時に撮影した看板建築風のレトロな青果店
犬山市内では唯一の琺瑯看板群生地で、板張りの側面の壁には琺瑯看板が群生していました
■現在ではなかなか見られない昭和な眺め~定番のアース製薬・オミズとカオルも健在した
■現在青果店は看板も下ろし廃業した様子で、板張りの側面の壁はトタン張りになり、琺瑯看板もすべて撤去されてしまいました。
改装時に捨てられたのか、誰かが持ち去ったのか、再度ディスプレイしていただけたら、城下町のレトロな街角にぴったりだったのにと悔やまれます(東古券)
(撮影:2013/01/13)
犬山市には明治期の近代建築を移築し野外で展示する博物館明治村がありますが、市内には戦前の洋風近代建築はほとんど残っていません。
犬山城下の古い町並みにも、現存する洋風建築となると数えるほどで、今回は数少ない洋風建築をご紹介します。
■犬山北小学校の南側にある洋館住宅。昭和に流行った南国趣味の植栽がとんがり屋根の洋館と良くマッチしています。
今回城下を歩いて見つけた洋風住宅は、残念ながらこれ一軒だけでした(西古券)
■ファサードだけ洋風の看板建築風の建物。
そのデザインから当初は住宅ではなく、事務所や医院などに利用されたのではと思われます(東古券)
■県道183号線の犬山駅西交差点から西へ向かってすぐ左側にある看板建築(東古券)
■2階軒下に幾何学模様の装飾を施し、窓廻りと手摺、玄関廻りにアールをつけた表現主義風なデザイン
(撮影:2013/01/13)
■隣に古い洋館がありましたが取り壊され、現在は空き地になっています(1999年撮影)
先週初詣のついでに旧岩倉街道を歩きましたが、今週も引き続き地元の犬山城下を散策してみました。
まさに灯台下暗しとはこのことで、いつもの通り慣れた道からちょっとはずれ、知らない路地などに足を延ばしてみるとまた新たな発見があり、これがなかなかに楽しめました。
まずは名鉄犬山遊園から木曽川の堤防沿いを犬山城方面へ、そこから南側に広がる古い城下町の路地を散策しました。
今回は城下で見つけた和風の古い建物を中心にご紹介します。
■木曽川沿いのホテル・旅館街の廃業した土産物店。
かつてはたくさんの観光客でにぎわいましたが、現在は行きかう人もほとんどありません。「フイルム」の看板が往時を語ります。(西大門先)
■大きな蔵と土壁のある通り(東古券)
■二階にぐるっと窓が巡る古い町屋(東古券)
■旧米清住宅(明治22年築)江戸末~大正にかけて栄えた豪商の旧宅(東古券)
■昔ながらの煙草屋さん(西古券)
■本町通の一本西側の通り(上大本町・大本町・下大本町)は明治~大正期に盛り場として栄え、往時を伝える古い町屋や商家が残っています(西古券)
■長屋風の造りですが、盛り場として栄えた戦前の面影を色濃く残しています(西古券)
■思わず入ってみたくなる細い路地がたくさんあります(西古券)
■ライン温泉(大正13年築)~犬山で唯一営業している戦前からの銭湯ですが、今回は時間が早いためまだ暖簾がかかっていませんでした(南古券)
■古い住宅を利用した学習塾のようですが、現在も新入生を募集しているのかは定かではありません(南古券)
(撮影:2013/01/13)
次回は、犬山城下散策~洋風建築編に続きます。
針綱神社の初詣の帰り、犬山城の南側にある犬山神社で忠魂碑を見つけました。
神社の前にある説明看板によると、日清、日露、大東亜戦争の戦没者を顕彰するため建立されたと書いてあります。
石の台座に青銅製の砲弾型の忠魂碑が載るデザインは、名古屋市千種区にある日清戦役第一軍戦死者記念碑(明治34年)とよく似ていて、戦没者の記念碑や忠魂碑では比較的よく採用される形式なのかもしれません。
忠魂碑の正面には陸軍の☆マーク、裏側には昭和2年3月建立と記されています。
周りを囲む石柱も忠魂碑に合わせて砲弾型に統一されています。
(撮影:2013/01/06)
■本町交差点から犬山城までの通りが城下町のメインストリートで、急に人通りが増え一挙に観光地らしくなります
■この界隈には城下町の風情を残す古い建物が多数残っています。下は江戸慶応年間に建てられた旧磯部邸(国登録文化財)
■明治33年築の遠藤家住宅(国登録文化財)
■古い建物をそのまま利用した店舗が並んでいます。下のたばこ屋さんは五平餅を売っています。
■犬山藩校敬道館跡~現在は下見板張りの古い洋風の建物が残っています
■針綱神社のすぐ前にある洋風建築
現在は甲冑工房の看板がかかっていますが、左右対称のファサードは郵便局を思わせる造りです
■旧岩倉街道の終点犬山城と針綱神社が見えてきました
■まずは針綱さんでお詣り
■城山にある本殿からは犬山市街が見渡せます
■針綱神社の隣にある三光稲荷にもお詣り
■最後は猿田彦神社をお詣りし、本日の初詣は終了です。初詣のハシゴになりましたが、ご利益も3倍?だと良いのですが・・・
(撮影:2013/01/06)
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年は政権も変わり、庶民にとっては少しでも暮らしやすい世の中になるといいなと思っています。
さて正月は文字通りの寝正月で、出かけたのは唯一近所の氏神様だけというていたらくでした。
仕事が4日始まりなので、身体が少し平常時に戻ったところで、初詣も兼ねて地元の犬山を歩きました。
今年は近代建築探訪とは別に、特に目的のない町歩きも楽しもうということで、とりあえず古い町並みが残っていそうな愛知、岐阜の旧街道を中心に気ままに町を散策したいと思っています。
新年初の町歩きは、岩倉街道(清須市の枇杷島橋西、美濃路・岩倉街道追分~犬山城)の一部、名鉄犬山口駅の北にある稲置街道・岩倉街道追分~犬山城へ向かって歩きました。
■犬山口駅のすぐ北側に唯一残る戦前物件らしき看板建築。デザインからすると遊興関係の店でしょうか。
■稲置街道と岩倉街道(向かって左側の一方通行の道)の分岐(追分)に建つ古い仕出し・料理屋さん。市松模様のタイルが良い感じです。
■こちらは古い町屋のたばこ屋さん。昔の町屋は二階建でも背が低いのが特徴。
■出来町交差点角にある看板建築風商店
■出来町交差点から北側の岩倉街道。昭和30年代頃までは犬山の中心街でしたが現在はごらんのとおり、行きかう人もありません。
■旅館丸久~玄関脇のひし形の小窓がなんともモダンです。
■犬山名物「げんこつ」の老舗、巌骨庵
■本町交差点の南側にある戦後のビル型商店街ですが、ほとんどの店舗が閉店しシャッター通りと化しています。
■営業している数少ない店舗の一つの古本屋さん。昔ながらの古本屋さんで、昭和の文庫本が50~100円で売っています。
1970年代の創元推理文庫の品ぞろえが良く、懐かしさのあまりエラリー・クイーンとヴァン・ダインの探偵小説を衝動買いしてしまいました。
■本町交差点から犬山城へ向かう本町通りに入ると、今まで閑散としていた通りが急ににぎやかになります。
近年本町通りが整備されて、新しい飲食店や土産物店が増え、観光スポットととして大勢の人で賑わうようになりました。
岩倉街道を歩く~その2に続く・・・
《近代建築・近代化遺産関連》
●岐阜県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書/岐阜県教育委員会指導/文化課 岐阜県教育委員会
●愛知県の近代化遺産・愛知県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書/愛知県教育委員会生涯学習課文化財保護室編/愛知県教育委員会生涯学習課文化財保護室
●三重県の近代化遺産・三重県教育委員会編/三重県教育委員会
●美濃・飛騨の建築/岐阜県建築士会
●東海建築譜(昭和・大正・明治)~東海現代建築研究会編/東海現代建築研究会
●近代建築史と共に歩んだ足跡~北川組先達に捧ぐ・創業130周年記念誌 北川組編/名古屋北側組
●名古屋の近代建築物~まちに時を刻む近代建築物を活かす/名古屋市建築局
●近代建築ガイドブック(東海・北陸編)/飯田喜四郎・瀬口哲夫・竺覚暁/鹿島出版会
●近代建築ガイドブック(関西編)/石田潤一郎・沢田清・柴田正己・中川理・福田晴虔・山県政昭/鹿島出版会
●近代建築ガイドブック(関東編)/宍戸実・植松光宏・河東義之・藤森照信・堀勇良・清水慶一・高橋喜重郎/鹿島出版会
●新版日本近代建築総覧各地に遺る明治大正昭和の建物/日本建築学会編/技報堂出版
●総覧日本の建築(5)東海(岐阜 静岡 愛知 三重)/日本建築学会編/新建築社
●総覧日本の建築(3)東京/日本建築学会編/新建築社
●日本の近代建築(上・下)/藤森照信/岩波新書
●スーパーガイド 建築探偵術入門/東京建築探偵団/文春文庫ビジュアル版
●わが街ビルヂング物語/瀬口哲夫/樹林社
●日本の近代化遺産 新しい文化財と地域の活性化/伊藤孝/岩波新書
●日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選/土木学会 土木史研究委員会/社団法人 土木学会
●近代化遺産を歩く/増田彰久/中公新書
●近代を歩く 東海の建築・土木遺産/東海近代遺産研究会編/ひくまの出版
●日本近代化遺産を歩く 産業・土木・建築・機械 近代を語る証人たち/(財)日本ナショナルトラスト監修/JTBキャンブックス
●日本の駅舎 残しておきたい駅舎建築100選/杉崎行恭/JTBキャンブックス
●駅舎再発見 時代の姿をとどめる駅舎を訪ねて/杉崎行恭/JTBキャンブックス
●博物館明治村 ガイドブック/博物館明治村/名古屋鉄道(株)
●街で見つけた近代 一宮の近代化遺産/一宮市博物館
●21世紀にメッセージを託した画家 吉田初三郎の世界(ツインブリッジ犬山橋完成記念特別展)/犬山市文化資料館
●名古屋のモダニズム1920’S~1930’S/INAXギャラリー名古屋/INAX BOOKLET
●懐かしき昭和30年代を訪ねて 琺瑯看板/オオタ・マサオ/小学館/Shotor Museum
●鹿鳴館の夢 建築家コンドルと絵師暁英/鈴木博之・藤森照信/INAX BOOKLET
●NHK人間大学「建築探偵・近代日本の洋館を探る」/藤森照信/NHK出版
●湖国のモダン建築/石田潤一郎・吉見靜子・池野保/京都新聞出版センター
●名古屋今昔散歩/原島広至/中経出版 /2013
●建築デザインの解剖図鑑/スタジオワーク/エクスナレッジ/2013
●東京の近代建築Ⅰ、Ⅱ/小林一郎/吉川弘文館/2014
●東京 都市と建築の130年/初田亨/河出書房新社/2007
●建築散歩24コース(東京・横浜近代編)/志村直愛・横浜家具を通して文化を考える会/山川出版社/2001
●帝都復興せり!「建築の東京」を歩く/松葉一清/朝日文庫/1997
●看板建築(新版)/藤森照信・増田彰久/三省堂/1999
《サブカルチュア・映画音楽関連》
●ロック・クラッシク入門/ロック・クラッシク研究会編/河出書房新社/2007
●ロックとともに年をとる/西田浩/新潮新書/2010
●幻の名盤叢書プログレッシブ・ロック/シンコーミュージック・エンタティメント
●映画でわかるイギリス文化入門/板倉巌一郎他/松柏社/2008
●よみがえれ!昭和40年代/鈴木英之/小学館新書/2012
●’60s!流行モノ大図鑑/水曜社/2003
●僕らの60~70年代熱中記/黒沢哲哉/いそっぷ社/2012