散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記20210206から0210までの出来事

2021年03月21日 17時01分02秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
2月6日土曜日 (ブドウ剪定 天井のネズミ駆除)
午前中、裏庭のブドウの剪定方法を調査し、剪定した。
午後になって、前日から天井でネズミが騒いでいたので押し入れから天井裏を覗いた。
先日設置した粘着剤のネズミ捕りに小さなネズミが張り付いていた。
とりあえずそのネズミを回収したが、天井裏はネズミの糞でいっぱいだった。
そこで掃除用具のコロコロの粘着用紙を大量にはがし、1枚ずつ小分けにしてそれに貼り付けネズミの糞を除去した。
狭い空間の中、前日の疲労が残る中、大変な作業となった。
夕方にその作業は終えたが、疲れがたまっていたので、疲労回復のためプールに行き軽く泳ぎ、ジャグジーで疲れをいやした。

2月7日 日曜日
目覚ましをかけてなかったので起きたのは8時前だった。
先日の疲れがかなり残っていたようだ。
午後からは、SNSを見たり副食作りに多くの時間を割いた。

2月8日 月曜日 (メジロ餌台でネズミ退治 )
この日はジムが休みなので、プチ断食をすることにした。

朝、いつものようにメジロが縁側のエサ台にきてエサをついばんでいた。
すると、突然何かに驚いて飛び去った。
その後エサ台の横からネズミが現れた
縁側の南壁には段ボールや断熱シートや工具など不用品やが積み重ね置いてあった。
その不用品の壁とエサ台の間には20センチ程の空間があった。
なんと、ネズミはそれを飛び越えてエサ台のみかんを食べ、また不用品の壁に戻った。
間違いなくネズミは同じ行動をすると考えた。
そこでエサ台の上に、ネズミ捕りの粘着シートを置きそれにみかんを置いた。
(ネズミ捕獲の記事は2月16日の出来事でした。)
結局ネズミは乗り移らなかった。

午後たまった昨日記を書いた。
夜は副食製造を行った。

2月9日 火曜日
午前中、昼食用の副食副食をがないので作ってから、ジムとプールに出かけた。
ジムでは25分間走り、3・3km走った。
30分間走れず25分間で走るのをやめた。
足がついていかないのだ。
もっとスピードを落とし30分間走れる体力と脚力をつける必要がありそうだ。
夕方にも副食作りを行い、夕食の調理を行ってからファストフードに出かけ読書した。
帰宅後、冷凍ご飯を加熱すると卵が大爆発した。
先に、ゆで卵をレンジで温めたのを忘れそのままにしていて、卵がレンジの奥にあって、それに気づかず卵が入ったまま冷凍ご飯の加熱を行ったのが原因だ。
掃除に1時間弱かかったが、ご飯茶碗が爆発物の悲惨を抑え、レンジ内や外に飛び出した卵の破片は以前より少なくてよかった。

2月10日 水曜日 (冬の冷水シャワーの思い出 修道院での思い出)
昼食を早く取り、午後から事務に出かけた。
1.2km走ったが、明らかに足がだるく疲労していた。
スピードを落とし脚力にあった走りをする必要がありそうだ。
ジムからの帰宅途中と帰宅後、スーパーに行き食材を仕入れ、帰宅後副食作りをした。
夜は足の疲れをとるため銭湯に行った。

体の汚れは、プールでシャワーを浴びているので清潔に保たれていると考えている。
有名な女性の生物研究者は、シャワーは浴びるが、体を石鹼で洗わないという話を聞いたことがある。
研究者の意見では、皮膚の汚れはお湯のシャワーで3分程度流せば落ちるそうだ。
普段デスクワークをしている人は、そもそも体にほとんど汚れがついていない。
アメリカでは、大学のドミトリーに浴槽はなくシャワーだけだった。
しかも、私が行った語学学校が併設した大学(ルーテル派のミッションスクール)では、水しか出なかった。
冬も、シャワーで水を浴びるしかなく、学生たちも冬はあまりシャワーを浴びてなかったようだ。
半年後移った州立大学のドミトリーでは、シャワーも浴槽もあり、冬でもお湯が出た。
そういえば、最初の英語学校のアメリカ人のルームメイトEが、その語学校に通っていたメキシコ人の修道士と友達になり、彼らが所属しているカトリックの修道院(クサベリアン?)に、彼の車に乗り遊びに行ったことがある。
修道士たちは個室を与えられていたが、私の語学校でのクラスメートだった修道士の部屋に案内してもらったが、ベッドはなかった。
彼の話では、床に毛布を敷いて寝るという。
彼は、修道院を出た後、世界の貧民街で布教活動をするという。
そのため彼らの生活に合わせた生活をし、体を慣れさせていると言っていた。
修道士たちは、夜に繫華街に出かけ、ホームレスの話を聞いたり支援する活動も行っていると言っていた。
修道院に行くと、彼らと同じ夕食もごちそうになることが多かった。
私はクリスチャンではなく、宗教上のこともあまり知らなかったが(バッハを聞くようになってから多少聖書のことも勉強したが、当時はあまり深く知らなかった。)、彼らの活動に対する熱意に感動した。

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昨日記20210205 金曜日 (メジロのエサ サラリーマン時代と今)

2021年03月21日 14時16分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨年末以来、朝食作りとともに、朝の日課としてメジロの餌台の世話がある。
毎日縁側に設置した餌台の餌や下に引いてある紙を取り換えるのだ。
餌は、バナナ、ミカン、リンゴの3種類を取りそろえる。
いずれも、私の食べるものをあらかじめ少し切り取ってエサ台に釘で固定する。
固定しないと、メジロがつつきまわし、エサ台の下に落とすのだ。
1日か2日で下に敷いてある紙は踏んで汚れる。
メジロは日中繰り返しエサ台に来る。いつも来るメジロは、3羽から5羽ぐらいだろう。
3羽は私との距離感や、裏庭の金柑に止まって私を観察している態度から、見分けがつく。
それ以外の多分2羽は、単独で来るが家の中で私が少しでも動くと即逃げる。
なじみの3羽は私が食事しようが、新聞を読み大きく新聞をめくっても、一応こちらの様子を窺うが逃げることはない。
慣れている3羽も、初めは私が少しでも動くとすぐに逃げたが、一日に何度も来ているうちに私が居間で動いても問題ないと学習したらしい。
見分けられる?3羽のうち、たぶん2羽がつがいで、必ず一緒に来て交代でエサ台に上り餌をついばんでいる。
もう一羽は独身のオスだ。
そのオスは、時々金柑の枝にとまり美しい囀りを聞かせてくれる。
昔から、私は朝食の終わりにバナナ1本を食べているが、メジロが来たために、朝食のバナナの軸の部分を3センチほど切って、エサとして残す羽目になった。
さらに、このメジロを喜ばすために、いつもはたまにしか食べないリンゴやミカンも購入して食べることになった。
したがって、エサ台には、バナナ、ミカン、リンゴが並んでいて、メジロはエサ台に来ると全部ついばんでいる。

さて、この日は、朝からくしゃみや軽い咳が出ていたが、朝食後は収まった。
午後から事務とプールに出かけた。
ジムでは30分間走り3.9kmはしったが、かなり厳しく限界に近かった。
運動後は足の疲労が激しく、足の筋肉がこのスピードに耐えることができず、明らかに無理をしていると感じた。
帰宅後は疲労のため、しばらくTVを見て過ごした。
しかし副食がなく、疲れた体に鞭打って副食作りを行った。
疲労した体で、根気のいる肉体労働である副食作りを行うのは、立ちっぱなしの作業のため現実に疲労がさらに加わる最悪のパターンであるが、食べるためには省くことはできない。
経済的に余裕があれば、外食するなり、スーパーで総菜や弁当を購入して済ませられるが、それを度々行うと、家賃を除き月8万円での生活は、すぐに破綻する。

貧困の独居老人は分相応の無冷暖房・完全自炊の生活をするしかない。
旅行・グルメや山歩きやコンサートや美術館や映画やショッピングには行けないが、現状の生活で楽しみを見出すしかない。
自由を買う余剰金はないが、現状の分相応の生活をすれば、PCで知的(ブログやSNSも含む)活動やネットを楽しみ、新聞を読み、ジムにも通える。
最近分かったことだが、動画配信サービスには様々なコンテンツがあり、ドラマや映画や音楽にしろそれ以外の様々な分野に関しての動画配信サービスがあり、知的好奇心はPC上だけでも十分満足させることができる。
さらに、図書館で本を借りて読んでいるが、読書はお金を使わず(新刊書を買うには本代がいるが)、人生や社会の見方を変えるのほどの本に出くわすこともあり、肉体的快楽追及(旅行・グルメ・山歩き・・・)よりはるかに大きな楽しみを得られると感じることがある。
例えば、私はクラシック音楽が趣味だがCDやネット動画にある音楽を真剣に聴いているだけで、わざわざコンサートに行かなくても、心が充実するのを感じる。
(音楽や美術や映画や舞台であれ、その場の環境も含め、生の芸術が最高であることに間違いないが)
こうしてみると、負け惜しみや強がりでなく、私の今の貧困生活が経済的に余裕のあった時と比べ、見劣りしているとは全く思っていない。
ある意味、サラリーマンをしていた30歳後半は年収5-600万円近くあり、給与をため込み株で儲けて、マンションをキャッシュで買える資金をため込んでいた30代のころより、今のほうが充実していると思う。
サラリーマンの時は、24時間猛烈社員として仕事一色だった。
夜仕事が早く終えると、付き合いで飲みにいったり、休日は最新技術をいかに利用するかとかコストダウンとかを調査研究したり、製品のトラブルで呼び出されたり、会議があったりしたしたし、日常社内の他部門との人間関係とかで問題が起きたりし、経済的には恵まれていたが、精神的余裕は全くなかった。
当時は時間をお金で買っていて、外食や飲み会は日常の中に組み込まれて、お金を気にしたことはなかった。

今多少残念に思うのは、サラリーマン時代楽しんだスキーや山歩き(山歩きはお金はいらないが、交通費がかさむ。今の私にとって千円2千円は大きな金額だ。)が経済的理由で全くできなくなったことが心残りではある。
冬になると、連休には信州のスキー場へのバスツアーに参加したり、土日には琵琶湖バレーや伊吹山にスキー道具を担いで、日帰りで頻繫に一人で出かけたが、楽しかった。


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昨日記20210205 金曜日 (メジロのエサ サラリーマン時代と今)

2021年03月21日 14時16分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨年末以来、朝食作りとともに、朝の日課としてメジロの餌台の世話がある。
毎日縁側に設置した餌台の餌や下に引いてある紙を取り換えるのだ。
餌は、バナナ、ミカン、リンゴの3種類を取りそろえる。
いずれも、私の食べるものをあらかじめ少し切り取ってエサ台に釘で固定する。
固定しないと、メジロがつつきまわし、エサ台の下に落とすのだ。
1日か2日で下に敷いてある紙は踏んで汚れる。
メジロは日中繰り返しエサ台に来る。いつも来るメジロは、3羽から5羽ぐらいだろう。
3羽は私との距離感や、裏庭の金柑に止まって私を観察している態度から、見分けがつく。
それ以外の多分2羽は、単独で来るが家の中で私が少しでも動くと即逃げる。
なじみの3羽は私が食事しようが、新聞を読み大きく新聞をめくっても、一応こちらの様子を窺うが逃げることはない。
慣れている3羽も、初めは私が少しでも動くとすぐに逃げたが、一日に何度も来ているうちに私が居間で動いても問題ないと学習したらしい。
見分けられる?3羽のうち、たぶん2羽がつがいで、必ず一緒に来て交代でエサ台に上り餌をついばんでいる。
もう一羽は独身のオスだ。
そのオスは、時々金柑の枝にとまり美しい囀りを聞かせてくれる。
昔から、私は朝食の終わりにバナナ1本を食べているが、メジロが来たために、朝食のバナナの軸の部分を3センチほど切って、エサとして残す羽目になった。
さらに、このメジロを喜ばすために、いつもはたまにしか食べないリンゴやミカンも購入して食べることになった。
したがって、エサ台には、バナナ、ミカン、リンゴが並んでいて、メジロはエサ台に来ると全部ついばんでいる。

さて、この日は、朝からくしゃみや軽い咳が出ていたが、朝食後は収まった。
午後から事務とプールに出かけた。
ジムでは30分間走り3.9kmはしったが、かなり厳しく限界に近かった。
運動後は足の疲労が激しく、足の筋肉がこのスピードに耐えることができず、明らかに無理をしていると感じた。
帰宅後は疲労のため、しばらくTVを見て過ごした。
しかし副食がなく、疲れた体に鞭打って副食作りを行った。
疲労した体で、根気のいる肉体労働である副食作りを行うのは、立ちっぱなしの作業のため現実に疲労がさらに加わる最悪のパターンであるが、食べるためには省くことはできない。
経済的に余裕があれば、外食するなり、スーパーで惣菜や弁当を購入して済ませられるが、それを度々行うと、家賃を除き月8万円での生活は、すぐに破綻する。

貧困の独居老人は分相応の無冷暖房・完全自炊の生活をするしかない。
旅行・グルメや山歩きやコンサートや美術館や映画やショッピングには行けないが、現状の生活で楽しみを見出すしかない。
自由を買う余剰金はないが、現状の分相応の生活をすれば、PCで知的(ブログやSNSも含む)活動やネットを楽しみ、新聞を読み、ジムにも通える。
最近分かったことだが、動画配信サービスには様々なコンテンツがあり、ドラマや映画や音楽にしろそれ以外の様々な分野に関しての動画配信サービスがあり、知的好奇心はPC上だけでも十分満足させることができる。
さらに、図書館で本を借りて読んでいるが、読書はお金を使わず(新刊書を買うには本代がいるが)、人生や社会の見方を変えるのほどの本に出くわすこともあり、肉体的快楽追及(旅行・グルメ・山歩き・・・)よりはるかに大きな楽しみを得られると感じることがある。
例えば、私はクラシック音楽が趣味だがCDやネット動画にある音楽を真剣に聴いているだけで、わざわざコンサートに行かなくても、心が充実するのを感じる。
(音楽や美術や映画や舞台であれ、その場の環境も含め、生の芸術が最高であることに間違いないが)
こうしてみると、負け惜しみや強がりでなく、私の今の貧困生活が経済的に余裕のあった時と比べ、見劣りしているとは全く思っていない。
ある意味、サラリーマンをしていた30歳後半は年収5-600万円近くあり、給与をため込み株で儲けて、マンションをキャッシュで買える資金をため込んでいた30代のころより、今のほうが充実していると思う。
サラリーマンの時は、24時間猛烈社員として仕事一色だった。
夜仕事が早く終えると、付き合いで飲みにいったり、休日は最新技術をいかに利用するかとかコストダウンとかを調査研究したり、製品のトラブルで呼び出されたり、会議があったりしたしたし、日常社内の他部門との人間関係とかで問題が起きたりし、経済的には恵まれていたが、精神的余裕は全くなかった。
当時は時間をお金で買っていて、外食や飲み会は日常の中に組み込まれて、お金を気にしたことはなかった。

今多少残念に思うのは、サラリーマン時代楽しんだスキーや山歩き(山歩きはお金はいらないが、交通費がかさむ。今の私にとって千円2千円は大きな金額だ。)が経済的理由で全くできなくなったことが心残りではある。
冬になると、連休には信州のスキー場へのバスツアーに参加したり、土日には琵琶湖バレーや伊吹山にスキー道具を担いで、日帰りで頻繫に一人で出かけたが、楽しかった。


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