神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.364 群馬の旧御料地

2024-12-14 23:58:12 | 御料地
(1)昨日紹介した赤城山〔あかぎやま〕も榛名山〔はるなさん〕も共に御料地でした。
 赤城山や榛名山を見て、「あそこは旧御料地だった」などと思う人は、営林管理局の人の中にいるかもしれませんが、通常は知られていません。その証拠として赤城山の測量図を一つだけ紹介しておくことにしましょう。昨日の写真でいうと、「中腹部から上」にあたります。全体としては菊のような格好をしていて、中心部に大沼・小沼〔おの・この〕が見えます。



(2)『御料局測量課長 神足勝記日記』(J-FIC)で出てきますが、神足勝記が指導し、部下が出張して測量しました。
 見てわかるように、犬牙錯雑〔けんがさくざつ〕、犬の歯のように入り組んでいます。内部の行政界も入り組んでいますが、周囲の裾野の方なもっと屈曲しています。平面図〔2次元〕ですらこう入り組んでいるのですから、3次元の現場はもっと大変です。しかも、測量期は5月頃から降雪が始まる時期までです。この時期は毒虫や野生動物も動く時期です。これを測量員はひとたび踏査・測量に着手すると年に200日くらいは倦むことなく作業を続けたわけです。

(3)群馬県には、赤城山・榛名山のほかに、子持山御料地、碓氷〔うすい〕第1御料地、甘楽御料地ほかの大面積の御料地がありました。
 子持山は下の写真の中央の山です。右に見える裾野は赤城山です。榛名山はこの写真のすぐ左に隠れています。すぐ左奥に雲がかかって白く小さく見えるのが谷川岳です。
 子持山には南の敷島から上って沼田まで縦走したことがありますが、地質学的におもしろい山です。また、昇り方によってはかなり険しいところがある山です。


   稲荷山古墳の北方向:中央の白い建物が藤岡歴史館、その右向こうの木立が七輿〔ななこし〕山古墳

 それから、碓氷第1御料地は、下りの上越新幹線に乗ると安中榛名駅を出てすぐにトンネルに入りますが、その付近から北西方向に広がる尾根をたどった一帯にあった御料地です。
 また、甘楽御料地は、富岡市の南にある稲含山〔いなふくみさん〕の東側にあった小さな御料地です。すぐ南にある山に隠れていて、富岡市の市街からは見えません。
 なお、「甘楽御料地」ないしは「御料地形成過程の一断章(2)」で検索すると、私が調べたものが読めます。興味がある方はどうぞご覧ください。

    

【コレクション 135 マリリン・モンロー写真展】
 これは説明は無用でしょう。見ての通りチラシです。
 なお、大きさはB5判、1枚(2㌻)です。両面を載せます。

         表    


         裏

 ちなみに、忘れられない女優といえば、マリア・シェルとか、イングリット・バーグマンかな・・・。
 オット!今日はここで。

 1.八高線:群馬藤岡駅16:57
     

 2.稲荷山古墳から見た藤岡市市街
    

 3.稲荷山古墳付近から見た荒船山:頂上が平のところ
    

 4.今日の月:明日は満月
     

コメント
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