早春 俳人永尾宋斤

祖父で「早春」を大正15年2月に主宰・創刊した永尾宋斤の俳句・俳語・俳画などからひもといています

宋斤の俳句「早春」昭和十年六月 第十九巻六号 近詠 『甲信の山、越路の海』 

2021-09-19 | 宋斤の俳句を大正十五年「早春」創刊〜昭和十九年休刊までひもとく
宋斤の俳句「早春」昭和十年六月 第十九巻六号 近詠『甲信の山、越路の海』

  甲信の山、越路の海

  長野
みすずかる信濃の國の花夜明け

  艸々居
花に来て炬燵に膝を入るゝかな

春炬燵窓の山々信濃来し

  まず二階より見る(一句)
山雲の花とわかたず善光寺

春蘭の花や塀すそ風こまか

  采鳥病むを見舞ふ
快くなれと思ふこゝろに庭の花

  善光寺
ひとむれの人花に佇ち善光寺

花の下たゞ一雨のみずたまり

御堂出て花散る肩ぞ善光寺

  屋代
草いまだ地に若ければ旅の足

  栗佐
椋鳥歟木の芽梢の朝群れて

畑打ちの仰いで晴るゝ一重山

ゆかり来て苗代の水も昔かな

  この地に四百年前我祖住めり
ここの土ここの草春匂ふかな

  松代 車中
見凝らすや川中島に立つ雲雀

水春を八幡原の草かすみ

  飯山 この地もまた祖先の故地なり
ふるさとを歩むおもひに春深し

飯山や春蘭置いて軒ふかし

一窓や花にまだある雪圍ひ

千曲川城址は花に埋もれて

ゆく春や咲ける櫻のかげを地に

行春の星の強さや杜のうへ

  岡谷千鳥園
花けふぞ湖の曇りをうしろして

湖や春ふかふかとつばくらめ 

湖かすみ富士の見えなば面り

一舟や諏訪湖は浪に花吹雪

園丁の落花掃きゆく湖の水

曇る日の暮れずも花の岬哉

  下諏訪
温泉にゆくはまがりまがつて廊下春

  下諏訪神社
御柱春雨にぬれ聳えけり

春雨の降る湖のうへ名残り哉

  甲州日野春
日野春や古きゆかりを春の雨

子供等になじまれて佇つ旅の春

  甲府 一泊
町ありくだけがたのしく春の宵

富士あまり近き驚き春の暁け

町の上の富士を仰いで旅獨り

  甲府城
芳草や城址登って道通ず

  長坂上條
鶯の中潜り入る木立かな

  龍岸寺 (この寺我氏祖の開基を発見)
蝶白しはるばると来し墓の前

  篠ノ井  若泉居
春の月あるかも忘れ窓語り

去ると立つ我の春陰惜しき哉

  長野駅 艸々君と別る
行く春の眞夜の寒さに旅ごろも

もの飲みて驛に別れの春ぞ沁む

  北陸へ 車中
柏原や一茶のところ朧寒む

越後路の山の夜見るも夏近し

ぐっすりと寝しかな春暁日本海

ゆく春の海沿ふ汽車に顔洗ふ

春嵐の濤を覗くや親不知

春曇りながらに越の海怒る

  魚津
この海や海市たゝずも静か波

立山の東仰げば春日闌く

汽車の窓海はなれきて颶 

  富山
街のさま汽車に望めば花ちれり

  高岡邉
春の川を渡る音して我汽車は

倶利伽藍を過ぎ来て知りし蝶の春

能州の皆が岬や春の波

  羽昨邉
花満開寒さ霧が叩けり

耕人の背を打つ霞春なりき

  和倉温泉
能登島や霞のあとの薄霞

辛き温泉を舐めても見たり徂く春ぞ

海風の荒しと佇てば松みどり

信濃より春風邪持参海の波

温泉の宿に黒磨りて居るひとり哉

  津幡よりバスにて金澤へ
街道や季春吹く風河北潟より

鳥雲や北からはいる金澤市

  金澤
   藤棚町
春ふかし方角を聞く■の闇

頬にふるゝ闇とおもひぬ残る春

このわたり家裏したしや遅椿

残春の雲おのづから夕して

夕風は石ころ屋根の蝶々かな

  湯桶温泉
静かさは崖の椿のたゞれかな

皐月山一窪焚けるけむりして

五月なる木の中遠き鳥の聲

若葉疎に一朶の雲もなかりけり

湯に浮かす旅のからだに春日かな

湯心地に旅はねむたさ水の音

粥餅坂
春の泥粥餅坂と聞くからに

  夕水楼宅(三句)
更けて戻ってまた句座となる春の宵

卓上や不順の寒さ金魚玉

朝となり夜となり旅に残る春

句會へのみち犀川の春の宵

  兼六公園
まいまいや金城靈澤の外ながれ

若楓琴柱燈籠水に脚

蜂泳ぐ空の明るさ菊ざくら

夏匂ふ蓬莱島の白き花

兼六の第一宏大新樹かな

渡らずも龜の甲橋に花菖蒲

翠瀧霞ヶ池もすでに夏

大空へ朝日櫻の名に咲きて

  金澤市見物
丘餘春むかしに尾山城下哉

町中の二川が挟む城餘春

  瀬 越
  竹の浦
明易く机に起きてしまひけり
 
あかときや白雲夏と竹の浦

短夜や水棹を聞いて障子ぬち


明くるより竹ゆく蝶や竹の浦

朝鳥立ち夏の空を高きかな

夏来る水のおもての朝くらみ

かへり見るうしろ明るし今年竹

耕人に言葉かけたく夏爽か

水馬二つは三つはさゞれ波

村ところところ葉櫻なづむ風

橋高くあぐる普請を行々子

掌に實梅のうれし冷かに

ものみなが夏のはじめの蝶々かな

夏汀ひとり佇ちふたり佇ちにけり

雁山へゆく邉みどりし一やしろ

行々子夕はしずかに宵となる

立夏の夜遠くは初雷仰ぎけり

夏蛙聞いての夜の物語り

若竹はたゞすこやかに月の下

若楓水見て雨を識りにけり

雨もまた竹の浦とぶ夏乙鳥

水の邉や雨明るさの幟竿

よし切りや餘春の雨の降りつのる

砂丘の松の間さらに菫かな

  瀬越鎮守白山神社
こゝに来て砂ひやゝかや餘花落花

  野々口立甫『此浦の花も若葉に月かしら』の句碑あり
若葉来て古人立甫の句碑の前

  西行法師歌塚
塚の空松籟に散る雲淡し

  竹の浦延命地蔵
青嵐に背をまかせて地蔵堂

  雁山郷邸
五月鯉故郷の空にあげてけり

夏の夜の畳に一葉若楓

蒲筵遠忌修して朝に踏む

薫風や村一宗が御初夜来る

山代温泉 田中屋一泊
夕そむる温泉に著きて若緑

温泉の街の消防屯所夏の宵

温泉山町のこゝら燈の果て夏寒し

温泉宿してあろじ晝を描く端居哉

  竹枝君と
暁の温泉に朗ら語りて衣を著けず

  山中温泉
   吉野屋
この旅の温泉に幾度ぞ竹床机

温泉の欄に河鹿を聞いて月日なし

夏浅し蟋蟀橋のおぼしまに

泉なるうぐひを活けて茶屋のかど

   蓮如上人遺跡
餘花の下老媼が鳴らす堂の鍵

大蕗の照る日に茂り山の水

   山中はこの日復興祭にて賑はし
狂ひ獅子の脚が五人も夏日陰
 
   那谷寺
春蝉の遠くて那谷の楓みち

岩屋佛拝み出れば若葉寒

   片山津温泉
夏めくや柴山潟の岸の波

麥に穂に見えて潟吹く風のいろ

潟の空それと白山夏匂ふ

囀りに潟の涼しや片山津

  篠原
   無藤實盛首洗ひ池
篠原や穂麥が中の石一の松

   實盛塚
松林の中展けたり夏の蝶

初夏晴れて實盛塚と榾積むと 

一堂のありしが廢れ松の花

  吉崎
吉崎へ道一筋や夏乙鳥
   
御忌すみし吉崎遠見若葉かな

朝夕に吉崎の杜夏がすみ

燈るは吉崎わたり蛙闇

 塩屋浦
大濤の打つは夏なれ舷に  

茂る間に日本海の見ゆる哉
 
鯛網のこゝより出づる餘春哉

初夏なれやチョンボリ山の松高く

  藍屋の俵温泉
舟遊の梯子あがって温泉哉

  辨天岩洞窟
魚涼し仰げば洞の岩燕

青嵐や箱眼鏡に覗く海の底

  鹿島
緑陰や加賀の鹿島に斧入らず

夏夕鹿島へ帰る烏ども

むかしより鹿島はまろし青嵐

  大聖寺町
   全昌寺町
著莪の花月日は石にそだちけり

若竹の朝のさやかに詣でけり

裏山やひとつあがりし初夏の雲

燒けあとに一木の柳葉なりけり

  金津
ひと宮の華表片根の躑躅哉

  三國
夏川に添ふよと見れば海の町

  東尋坊
五月晴れ沖飛ぶ姿鵜なりけり

青風は厳の目割れのすみれ草

沖一里雄島の茂り風に濡る

  海女を見る
落松葉踏み来て海女が衣を脱ぐ

海女が群れ涼しく岩に波に佇つ

皐月波海女こもごもと足を空

五月波ひくをつけ入る海女が肌

南風を海女がぬれ陸り來る

海女が肌青葉若葉に蹲り

  芦原温泉
往來して湯女が日傘も風情哉

温泉の匂ひ夏はしずかに肌は來る

   東尋坊にて再開の雁山夫妻一行と別れて二句の旅も帰路に向ふ

こゝかしこして春餘るなき帰心かな