Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

続・白井さん

2023-02-03 |  その他
白井さんには、おそらく私の服が一巡する一年間くらい毎回のように服と着方をほめて頂きました。

仕事柄それまでも服やコーディネイトをほめて頂いたり、それに関連して取引先から褒賞されたりということに慣れていましたが、いつも「本当はどう見えているのかな」という疑問がついて回りました。
白井さんから言われるのはまったく意味が違います。

残念ながら、褒められて伸びるタイプだったとしても、その時もう40を過ぎていてすっかり固まっていたでしょう。
にも関わらずマヒするくらいその後も褒め続けて頂きました。

もし知らない人が見たら、おじさん二人が褒め合っている図はさぞ不思議に見えたことでしょう。

最後に対面でお話しした時も「疲れていて、もう服の話なんかしたくないだろうな」という風に見えたのですが、第一声が「最近はもうこの靴ばっかりだよ」と履いてたローファーを指します。

白井さんが80歳を過ぎたころ日によって紐靴がしんどくなり、アメリカからローファーを買って来てもらったのが「痛くて履けなかった」と聞かされました。
足の痛みのつらさは知っているので3~4ヵ月かけて探し、アメリカの業者から新古品を取り寄せたものです。

サイズを測った訳ではありませんが、昔から履いていたサイズは長い時間をかけて現在の足の形にまで伸ばされ変化しているだろうと推測出来たので、踵は小さく前方は年齢的に変化した幅を想定したものです。
お召しの仕立服に合わせてもおかしくない、見映えの良いとてもしっかりしたローファーでした。

靴の話のあと昔に戻ったように「その服どこの?自分とこの?」と、どこそこが良いと褒めて頂きましたが、久しぶりのことで懐かしいような面映いような気分でその話は早々に終わらせてしまいました。

相手が亡くなった時に誰もが経験するように、今思えばもっと語り合っておけば良かったような、かと言ってもうすでに語り尽くしたような複雑な思いがします。

その日の印象で後日思い出したのは、梅原龍三郎さんの晩年に白洲正子さんが呼ばれて行った時の話。
梅原さんから「今朝バラを描いたけど、まだキャンバスが濡れているから」と言われてご家族にたずねると、絵は描いてないとのこと。
白洲さんは「実際の絵はなかったけれども、これまで何度も頭の中で描いてきたように梅原さんは確かに描いていたのだ」
と書いてます。

電話では話していても対面したのは何ヵ月かぶりなのに、白井さん以外ではおそらく昔習った仕立屋さんくらいしか気づかない箇所に目が行くのは、やはり日頃から良い服のことが頭の隅にあり続けていたのかも知れません。
 
白井さんのインタヴュー記事は「生に及ばないのでは」という思いから熱心に読んだことがありませんでしたが、最近お名前を検索したら出て来た記事に白井さんらしい感じが出ていました。

「週に2日間だけですけど、店頭に立つことは楽しいですよ。
でもね、正直手応えがないですよ。悪いけど。
くだらないウンチク言う連中はいるけども、そんなの何にも面白くないし、僕なんて、もう50年もやってるので。
絶対こっちの方が知ってるわけですから。

ウンチクじゃなくて、素朴な質問をしてくれる人が、意外といないんですよね。怖いんですかね(笑)。
もうちょっと、お客さんも楽しんでくれればいいんですけどね。

ざっくばらんに、野球の話でも、世間話でも話しに気軽に来てくれてね。
お互いに構えちゃうこともないと思うけどね。」

これを読んでいたら、普段の声が少しよみがえって来ます。

「どうかすると女性で年配の人なんだけどネクタイなんかササッと2、3本選んで、それがまた良いのを選ぶんだよね。そういう感覚を持ってるんだね、それに比べるとダメだね男は」

「プロって言ったって、勉強してないいい加減なのが多いからどうしようもないよ」

「ただ好きって言っても、基本さえ分かってないからね」

「その方は、センスは?」「皆無だね!」

白井さんはよく「少し背伸びしても良い服を買った方がいい」と語っていますが、ますます真似しにくい世の中です。
それ以前から、クラシックとは名ばかりで数年後には着られなくなるようなモノが多いのもかわいそうです。

それでも、いつか白井さんのような着こなしのエッセンスを持った人が現れないかなぁ、と夢想します。
その日に備えて、褒めたおす練習でもしよう!

最初の頃、「こっちが良いと思って薦めても、プロでも普通の人でも分かる人はほとんどいないでしょ?」と言われて、勤めで不特定多数の方に語っていた時にはそれも致し方ないと思っていましたが、今は服好きの特定少数の方に服を作っていますから、諦めずそのあたりの齟齬を少しでも埋めたいと思いながらやっています。

ご冥福をお祈りいたします。



店にお越しいただいた時、1930年代の雑誌Esquireを半年分綴じたものをご覧になる白井さん。
最初から最後まで1ページずつ丁寧にご覧になってましたが、よほど好きでないと集中力が続かない量です。

ルチアーノ・バルベラ氏から紹介してもらったという「A.カラチェニのマリオ・ポッツィ氏」によるジャケット。
着る人を引き立てるバランスに必要な肩幅を確保して、肩が落ちるのなんか気にしてないのがよく分かります。
Comments (2)
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白井さん

2023-02-03 |  その他
先月、白井さんが亡くなられました。

ひと月近く経ち、知り合いの方々が少しづつ白井さんとの思い出をあげていらっしゃるのを読むうちようやく少し落ち着いて来ましたが、気がつくと昔のことを反芻していたりします。

白井さんが仲良くしてくださるようになったのは、牧島さんのお陰です。
ある頃から、「きっと白井さんと話が合いますよ」とか「きっと仲良くなると思うなぁ」と、伺うたびに仰っていただくようになりました。

傍目に見ると味の濃そうな白井さんと、20歳以上離れていてずっと薄味な感じの私が話が合うようには思えませんでしたが、パパがきゅうりと言いますかなすがママと言いますか、ある日その日がやって来ます。
今思えば「かなり変わった人がいますよ」とか「相当イッちゃってる人が一人いる」など事前に牧島さんからご紹介があったかも知れません。

白井さん相手に服の話もないですから、挨拶して最初にお話ししたのはずっと昔のエピソード。
「白井さん、本牧のタケムラさんてご存知ですか?」
「タケムラさん?知らない」
「普段は◯◯って呼ばれてますけど」
「◯◯なら、子供の頃から知ってるよ」

二十歳前後によく出入りしていた店で時々ライブがあって、その日出演予定だった◯◯さんが時間になってもあらわれず、バンドのメンバーがあちこち当たってようやく連絡がつくと、「地元のコワイ先輩と麻雀の最中で、途中で抜けられない」
という事がありました。

◯◯さん自身が地元では一目置かれる存在でしたから、その人が断れない相手って?という話になり、なんでも元町の何とか言う店の人らしい、という話でした。

数年後にこの業界に入ってしばらく後に信濃屋さんに伺った時、おそらくあの時の人は白井さんだろうと見当がつきましたが、20年以上たってようやくご本人に伺うと「そんなことあったの?よく一緒にやってたからそうかも知れない」と笑っていらっしゃいました。

それからしばらくして休みの日に電話を頂くようになり、昼に待ち合わせて市内や都内あちこち出かけましたが、そのうち週一が週二になり、夜イベント等あると週四なんて事もありました。

毎週連絡頂くのは白井さんからで、几帳面ですから出かけられない日まで電話をくれます。
牧島さんの慧眼どおり、気がつけばすっかり仲良くして頂いていたと言ってもいいのではないかと思います。

几帳面といえば、ある時買い物か何かで支払いをしていると、腰の辺りに何か気配を感じました。
見ると私のジャケットのポケットのフラップが片方だけポケットに入ってしまったのを、白井さんが出してくれているのでした。
コートのベルト等も捩れたりしてるのは気持ち悪いと仰っていた白井さんらしい話です。

また銀座など歩いている時に「このウィンドウどう思う?」とか「この服どう思う?」と尋ねられます。
思ったことをストレートに答えると、「そういう感覚を分かるヤツが少ないんだよ」というようなことが何度かあります。
「いいと思って薦めるものを分かる人って、ほとんどいないでしょ」と言われた時は、いずこも同じだなと救われたような思いでした。
「突き詰めるほど、ジレンマですね」

その頃勤めで服の話をする時は相手に分かりやすいよう複雑な所は端折ったり、感覚的な例えや基礎知識がないと例えにならない表現はさけるのが長く習慣になっていましたが、白井さんとお話する時はもちろんそんな斟酌は必要ありません。
深呼吸できるような気がしたものです。

そのペースは白井さんと知り合って最初の入院まで続き、その後もリハビリで歩くように言われてるということでゆっくりではありますが再開しました。




右上の指は白井さんだったか..
その頃出かけても写真撮ってなかったので、撮っていたら面白かったかなと思います。
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24

2022-12-29 |  その他
年末が近づいて来ました。
24年振りという急激な円安も緩和されつつあるようです。

長く海外で暮らす友達がコロナが明けてようやく帰国すると、最初の段階で再会した方のコロナ感染が直後に判明し、すぐに濃厚接触者ということになってしまったそうです。
あれを観ようこれを食べよう、予定していたことのほとんどは実現できないまま帰る日は迫るし、まだお子さんが小さいのもあって心配は尽きないし、当事者になってみないと分からないつらさやジレンマがあったと思います。

そんな時第三者の心配なんて「屁のツッパリにもならない」と言われそうなくらい役に立ちませんが、ご家族や近しい方々が最善を尽くしてくれたことでしょう。
「早く平穏な日常を取り戻せてたらいいな」と思っていたら、無事に帰ったと知らせをもらって一安心。



「そんなタイミングで..」と思うような時にそんなことが起きるなんて、分からないものですね。
これもコロナがインフルエンザ並みの扱いになるまでに起きた様々な出来事の一コマ、と後々思い出すのかも知れません。

皆様も健康で良いお年を!
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怪しげ

2022-12-11 |  その他
しばらく前に「瀕死の未亡人」サギというような話を書きました。
夫からまとまった遺産を託されたが自分もまた余命宣告され、適切に処理してくれそうな人を探していたが、貴方なら上手くやってくれそう...」という話です。
疑っているのを見越したのか、追い打ちでベッドに横たわる写真まで寄越しましたが、検索すると同じ画像が出回っていました。

それからまた忘れた頃に違うアカウントから似たメールが来て、今回は画像なしで終わり。
そう言えば、国際ロマンス詐欺の主犯格とされるおじさんも捕まりました。
本人の風采からでは想像できないくらい、結構な数の方が騙されたそうです。
油断ならない時代です、皆さんも気をつけて下さいね。



街中に色々な中古品を買い取ってくれる店が増えているのが報じられ、何故買い取りだけで成り立つんだろうと疑問に思われた方もいると思います。
販路があるところもあるのかもしれませんが、フランチャイズと称して加盟店を募りノウハウを教えるのに数十万、買い取ったものは面倒見てもらえるはずがそのままというので問題になっているとニュースになっていました。

似た話はパターンオーダー絡みでも聞きます。

10年以上前そこそこ名の通った複数の店からパターンオーダーの指導を依頼された仕立屋さんが話を聞いてみると、もう何年もやっていると言うのに基礎のレベルにも達していないのに驚いて、これでは補正などの理論は無理だと断ったという話を聞きました。

そんな現実がある一方、インスタントに身につきますよと言う触れ込みだそうです。
そんな簡単な新しい手法があるのかしら...。
既に、そういうのが危ないですね!
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北欧の男?

2022-09-09 |  その他
もう半年以上前の話ですが、北欧の男性を名乗る人からメールがあって、高級なシャツを通販で扱いたいと思っているが「何かアドバイスをもらえないか」といくつか尋ねられました。



聞けばその人が高級だと思って普段着てるシャツは普通程度のブランド物がほとんどで、シャツとしての作りで定評のある専業メーカーの製品はほとんど知らないようです。
「ロゴを付けるのをどう思うか」とか答えるまでもないものは飛ばして、なるべく役に立てばという答えと共に「ご成功を祈ります」と返信しました。

メールの始めに「あなたの仕事の邪魔をするつもりはありませんが...」という書き出しだったので、それで終わると思っていたら数日して更に長文のメールが来て、「差別化をはかる為に箱の材料にもこだわりたい」など第一信より更にどうでもいいような内容で「からかわれているのかな?」とも思いました。

一応強めに返してもう来ないだろうと思っていたら、今度は「今、生地を選んでいるんだけど..」と予想を超える展開。
好きで始めたなら、一番こだわりが詰まってそうなところを顔も知らない他人に意見を求めるとは「何てことだ!」と言いたいのを堪えて、もう返しませんでした。



意外にそういう拘りのないタイプが上手くいったりするのは偶に聞きます。
相手がもう少し勉強熱心なタイプだったら、少し前ノメリになったかも知れませんが、本気でもイタズラでも何れにせよ何万光年も彼方の出来事と同じくらい埒外と言っていいような話でした。
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冬の仕度

2022-08-23 |  その他
毎年のようにエスカレートする猛暑で、夏のスタイルは年々難しくなってきました。
そんな中、洋服屋さんでもないのにもう秋冬のことをご相談に来てくださる方には頭が下がります。

仕事がら早いうちに盛夏の準備を終え、その後はやはりその先をイメージし始めていますが、普通のお仕事の方で先のシーズンを気にするというのは、よほどお好きでないと出来ないことです。

こちらがイメージに合う生地を探すのに時間がかかるのを見越してのことかも知れません。
ありがたいことにそのお陰で、ごくオーソドックスなビジネススーツのオーダーながらおそらくその柄では現行で一番のクオリティーのものが見つかりました。

秋冬もどんな生地や服の出来上がりに出会えるか楽しみです。



先日初めて伺ったお宅で、「子供達が小さい頃、クリスマスに買ったモミの木を植えておいたらこんな大きくなって」と庭を見せてもらいました。

それを聞きながら思い出したのは、クリスマス・ソングのこと。

ジョニ・ミッチェルが1971年に発表した"Blue"というアルバムは、他のジョニ・ミッチェルの作品同様、文学で言えば私小説のような内容だと言います。

その中の"River"には何百ものカバーバージョンがあって、本人も数年前、曲に合わせた動画付きのものを発表したり、ハービー・ハンコックのアルバムにゲストで呼ばれた時もこの曲を再録しました。

最近見つけた演奏では、Kennedy Center Honors というイベントのジョニ・ミッチェルを讃えるライブでブランディ・カーライルという人が歌ったのが出色です。

日本のクリスマスには独自の大ヒット曲がいくつもあるし、海外のヒット曲やクリスマスのスタンダードもたくさんありますからジョニ・ミッチェルのこの曲が有線でかかることはあまりイメージ出来ませんが、もう50年も歌い継がれてきたということですね。

動画を公開した時、ジョニ・ミッチェルは「独りぼっちのクリスマスを歌ったのがあってもいいんじゃない」とコメントしています。
どこかで聴いたようだと思い出す山下達郎さんの曲は、ゴージャスなコーラスを重ねて丁寧に作り込んでいるせいかこの曲に比べたら歌詞ほどの寂しさはほとんど感じないくらいですが、"River"は淡々としたところが寂しさを助長します。

未聴で興味の湧いた方がいらっしゃいましたら、先ずはブランディ・カーライルの方を検索してみて下さい。
その歌唱に、客席のジョニも感極まったのか身体が震えたように見えます。
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旅に出るたび思い出す...

2022-06-30 |  その他
24年振りという円安のまま、数週間経ちました。
24年前といえばまだイタリアで見聞きするものが面白かった頃で、そろそろ通貨がリラからユーロに切り替わり始めていたかも知れません。

その直前のリラやフランは二度とないようなレートでしたから、日本のご婦人方が大挙して押し寄せ有名店に行列をつくる様子がニュースにもなりました。
これから来日する外国人観光客が享受するであろう円安のお得感を、大きく上回るメリットが当時はあったことでしょう。

例えば、しばらく続いた不況のためにコスト削減が進み、現在は東欧など周辺国に生産が移ったブランドもあります。
質の高さを維持するだけでも並大抵のことではありませんから、当時と同等の質を買おうと思ってもそもそも存在しないかも知れませんし、あっても巡り合うのが難しい比率であろうことは日本にいて同じメーカーの製品を買うと分かります。


(イメージ:画像と内容は無関係です)

当時、行く度に毎回訪れた店の方々が亡くなったという話を聞くことが増えてきました。

ある年、二度目くらいに訪れた店で手に取らせてもらった品を、店主が「良いでしょ?」言うので、「そうですね。でももう少しこういう風になっていたら、もっと良いと思う」とちょうどその時着ていたものを見せると、顔を近づけまじまじと見ていた店主は「なるほど、確かに」と一瞬目を輝かせました。

翌年訪れると、少しして顔を思い出したらしく、「どう?良くなったでしょ?」と製品を見せてくれます。
一眼で分かったので「とても良いですね!」と返しました。

その年から女性のものも少しあって、テーラードのジャケットくらいするロウゲージのセーターや、スーツや諸々一時間以上買物をしてお会計を頼むと、こちらが聞き間違ったようなので、もう一度尋ねましたが変わりません。
「計算、違いますよ」と言うと、何か口籠もった感じで、「いゃ、シーズンも終わりだから...」とテレたような表情でカードを受け取りました。

後から分かった事ですが、ご自分のところの製品が少しでも良くなったことが嬉しかったらしいことを知りました。
その礼のつもりだったのでしょうが、たった一言で半分以下ではこちらが困りました。

その翌日ホテルを出てしばらくすると、またその店主が向かいから歩いて来ます。
散歩の途中だそうですが、「一緒に店に来ます?それとも後で?」
と昨日のことはなかったように、普段の快活な声に戻っていました。

またある年には奥さんもいて「朝からネクタイをどっちにしようか悩んでたのよ、どっちでも変わらないのにね」
とやられてるので、
「何処も一緒ですね」と笑いましたが、当のご本人はけっこう真顔で萎れた感じの横顔だったのを、今となっては思い出します。

またある年、買ったものに合わせてネクタイを三本くらい即座に選ぶと、横からやはり三本くらい選んで合わせてくれるのですが、その日はバイオリズムの問題か上手く合わなくて「こりゃダメだ、その方がいいね」なんて言って大笑いしたこともありました。
その内の一本は「大丈夫、他のに合わせるから。旅の思い出ですよ」なんて言ってたのが、本当になってしまいました。

最後に会ったのはもう何年も前のことでしたが、いついつの何時に着くからと連絡をもらって、都内に会いに行ったのが結局最後になりました。
致し方ないことですが、善い人が亡くなるは寂しいことです。
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縮む

2022-06-18 |  その他
コロナ期間中にも定期的に出かけなければならなかったのが理髪店と、それより少しサボリ気味でしたが歯科定期検診です。
本当に髪だけはキチンキチンと伸びますね。
先日、一回サボってしまった歯科検診に行くと、「よく磨けてますね!」と言われた割に痛い目にあいながら、「オミカギリっ!」とか言われながらツネられるおじさんになったみたいな気分を味わいました。

コロナ以前はたまに都内の同業者にお邪魔して、他愛ない雑談のうちに「この間こんな素材を扱ったらこうだった」とか「あの生地は裁断前にこうしたら後で良かった」なんて話を交換して帰って来ると、後々参考になったりします。
単純に生地の話だけでも、雑誌などの内容とはだいぶ違います。

今はどうか分かりませんが、私たちの頃は男子が簡易的な椅子など作っている間に、女子は被服製作に取り組んでいました。
手始めに、使う生地が服になってから変化しないよう「地のし」とか「地詰め」という工程があったと思います。
建築物も基礎がくるっているとどんなに上をきれいに作っても後々歪みが出てくるように、服も同様です。

あるメーカーがまだそれほど有名でなかった20年以上前、パターンオーダーを始めたとかオーダーを始めたというたび面白がって付き合っていました。

私がどこそこの仕立屋へ行ったというと、翌年には出張のついでにそこへ行って既製服を発注して来たとか、その会社が登り調子で熱心な時期でした。

そこの既製品に良い色柄があったのですが、着ているうちに次第によれて、手を加えてもどうしようもない状態になり結局処分しました。
ざっくりしたヘリンボーンで組織が安定しにくい素材ではありましたが、おそらくキチンとした下拵えが足りなかったのだろうと思います。

もし今同じ生地を見つけたとしたら水に通して乾かしてというのを繰り返すか、よく見てもう少し手荒く扱ってみるかもしれません。

昔から仕立屋さんによる経験値でそれぞれのやり方があるようで、相当デリケートな生地もお構いなく浴槽にどっぷり浸すという海外の仕立屋さんもいるそうです。

こういう話は長く探究心をもってやってこられた方に聴くのが一番だと思いますが、お話を伺った頃すでに60年近いキャリアだった方は、今の生地はあまり変化しないのではという合理的なお考えでしたが、同時にわずかではあるが一定のところまで少しづつ縮むという話もされていました。
結局、他店よりも更に入念に詰めていらっしゃったようです。

ここで服が変化すると聞いて、「それで最近ウエストがきついのかな?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、おそらくこういう場合パンツのウエストより、そこに収める中身の方が変化して可能性が高いので測ってみて下さい。



という訳で、作る服も生地を出来るだけ安定した状態にしてスタートしてもらうようにしていますが、先日本当に生地が縮んで足りなくなったという一件がありました。

よく寝具などザックリした製品には洗濯で縦横何%縮む可能性がありますよと書かれてますが、確かめるとそのウール素材は約3%縮んでいました。
滅多にないことですが、そういう不慮に備える為にもきちんした仕事をしてもらっていることに安堵したと同時に、お取引き先の皆さんが揃ってきちんとした仕事で支えて頂いてることを実感した出来事でもあります。

服はいつも通り何事もなかったように納まりましたが、皆さんの誠実な仕事の詰まった一着となりました。
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気をつけてくださいね!

2022-05-16 |  その他
しばらく会ってないので会いたいと思う人もいますし、コロナ以降互いに何となく遠慮して会ってない方もいます。

先日、出勤途中で向かいから来た車が真横で停まって、降りてきたのは幼馴染だったという嬉しいサプライズがありました。
後から「帽子とマスクなのに、走っててよく分かったな」と思います。

また、先日久しぶりの方に会うと「帯状疱疹になっちゃって」と聞きました。
コロナから一年したくらいから、TVで帯状疱疹になる人が増えてるのは聞いてましたが、知り合いでは初めてです。


「『アッ、痛い!』とは言ってないと思いますが...」

5年以上前ですが、私の時は頬にヒリつくような刺すような痛みがあって最寄りの皮膚科を受診すると、「何だかちょっと分かりませんね〜」とサンド富澤さんみたいな反応で「次回よく検査してみましょう」という展開でした。
それまで経験したことのない痛みに、猶予はないと感じて翌日職場近くの病院を受診すると「帯状疱疹」と判明。

その日職場に戻ると、「私も、私も」とかなり多くの方が経験していることを知りました。
複数回経験した人や、発症する場所によってはかなり重篤なことになるとも聞きました。

その方も私と同じように一軒目で判明せず、折悪しくGW前日だった為よそで受診できたのは4日後でその間に進んでしまったそうです。
会った日は発症から2週間経過していましたが、我慢強そうな人がかなり痛いと言ってました。

こんな時よく、私どもの仕事にもちょっと似てると感じます。

昔、勉強に行った先の先生の言葉を借りれば、補正ができるレベルの数人が同じパターンを使って1人の人の服を作ったとしても、見ているところが違うので同じものは出来ないというものです。
つまり着眼点と対処の抽斗をどれくらい持っているかどうかの違いですね。

服なら着やすいかどうか、バランスの良し悪しや見映えですみますが、健康に関わることではそうも行きません。
流行ってると言われてもいるし、早目に診断がなされていれば軽くてすんだろうに、と思います。

流行を裏付けるように、ワクチンもありますよというCMを最近見ます。
皆さんもどうぞ経験したことのない急な皮膚の痛みを覚えて原因が判明しないような場合、可能性の一つとして疑ってみて早めに手を打つことをお薦めします。


アルバム"Exodus"(1977)は、ヒーリング・ミュージックにも聴こえます。
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リネンとツイード

2022-04-18 | 生地
以前も取り上げましたが、1933年秋に雑誌"Esquire"が創刊された時、編集長は29歳のアーノルド・ギングリッチという人でした。

若いギングリッチがヘミングウェイに寄稿してもらえるよう交渉したり、それを足がかりに他の作家への働きかけがスムーズに運んだりする話は、編集者として有名なマックスウェル・パーキンズが映画化されたのに劣らないくらいの作品になってもおかしくないような気がします。

創刊50周年記念号に作家のゲイ・タリーズが書いた献辞には、

「人気がなくなったり、酒と絶望で筆力がひどく衰えた才能ある作家をかわることなく支持して、彼らの作品を掲載しつづけた。
原稿を掲載できない旨の断りの手紙を書くとき、その手紙には相手を思いやり、かつ激励する真情があふれていた」

とあります。

他にも人となりを伝える中に「ツイードと麻のスーツを好み」という話があって、そのせいでもないと思いますが、年々その方向に導かれているような気がしないでもありません。

職業的に私どもははっきり分けていますが、実際よくあるのはスーツもジャケットもみんなスーツと言っている場合があって、必ずしも上下揃いの生地のものを言ってない可能性があります。
一応ここは額面通り受け取って、そんな「麻のスーツを好み」という人が選びそうなスーツ、というイメージにインスピレーションを得たのが画像の一着。



様々な生地を見ても「もう少しこうなっていたらいいのに...」と思うことが少なくありませんが、このアイリッシュ・リネンは色柄といいトーンといいギングリッチのような趣味の人にも喜んでもらえるのでは、というスーツになりました。

ツイードの方は、そのタイプとしてはかなり高価なものですが、今年初めて取引したマーチャントにやはり素晴らしいスーツになるだろうと思うのが一つ見つかりました。

書き忘れるところでしたが、残されているギングリッチの画像を見ると、とてもフェロウズやサールバーグの生のイラストを見ていたとは思えない着こなしです。
イラストに憧れてもなかなか着こなしに反映できないのは一般的な読者と同じ目線、と言えないこともないのはご愛嬌でしょうか。

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