ハイチ大地震に続いて、先月末チリでも観測史上何番目という規模の大地震が発生してしまいました。
就寝時まくら元に避難用具をセットしているという、戦国時代の人のような心掛けの知人の話を聞いて驚いた事がありますが、あながち外れていないと思わざるを得ない昨今の状況です。

1990年代後半に、イタリア中部アッシジで地震がありました。
その地震によって、サンフランチェスコ大聖堂のジョットによる「聖フランチェスコの生涯」などの絵が剥落してしまった、というニュースをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
それより以前に二度ほどアッシジを訪れたことがあって、ウンブリアの丘に佇む静かな街は大変印象に残りました。一つには、長崎出身の神父さんがいらっしゃって、たまたま懇切丁寧な解説をして下さったからかも知れません。
一通り教会中の説明を伺った後、我々夫婦と少しの間話をしてくださる時間がありましたので、そこでの生活の話や何でもないようなお話をさせていただいたと思います。
最後に、長崎にお帰りにならないのですかと伺うと、自分達にとって此処は憧れの地なのでそんな事は普段は忘れています、というようなお話でした。
被災後着実に修復も進んでいたように聞きましたが、今では公開されているのでしょうか。ぜひまた、という話はその後果たせないままです。
度々登場していただく須賀敦子さんも、「アッシジに住みたい」という小文で、糸杉の似会うこの街へのオマージュを残しています。

この画像は少し上の角度から撮っていますので、PC画面の角度が仰角ですと、モアレ柄スーツになるかも知れません。水平より少し上から見てみてください。
就寝時まくら元に避難用具をセットしているという、戦国時代の人のような心掛けの知人の話を聞いて驚いた事がありますが、あながち外れていないと思わざるを得ない昨今の状況です。

1990年代後半に、イタリア中部アッシジで地震がありました。
その地震によって、サンフランチェスコ大聖堂のジョットによる「聖フランチェスコの生涯」などの絵が剥落してしまった、というニュースをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
それより以前に二度ほどアッシジを訪れたことがあって、ウンブリアの丘に佇む静かな街は大変印象に残りました。一つには、長崎出身の神父さんがいらっしゃって、たまたま懇切丁寧な解説をして下さったからかも知れません。
一通り教会中の説明を伺った後、我々夫婦と少しの間話をしてくださる時間がありましたので、そこでの生活の話や何でもないようなお話をさせていただいたと思います。
最後に、長崎にお帰りにならないのですかと伺うと、自分達にとって此処は憧れの地なのでそんな事は普段は忘れています、というようなお話でした。
被災後着実に修復も進んでいたように聞きましたが、今では公開されているのでしょうか。ぜひまた、という話はその後果たせないままです。
度々登場していただく須賀敦子さんも、「アッシジに住みたい」という小文で、糸杉の似会うこの街へのオマージュを残しています。

この画像は少し上の角度から撮っていますので、PC画面の角度が仰角ですと、モアレ柄スーツになるかも知れません。水平より少し上から見てみてください。