これを読んでくださる方の中にはイタリア好きとか、いゃ英国でしょとか、アメリカ好き、という方がいらっしゃると思います。
あるいはいいとこ取りで、それぞれ良いところはどこでも好き、という方もいらっしゃるかも知れません。
TVでは最近、日本好きな外国人の願望をかなえる番組など、インターネットで勉強して普通の日本人が知らない知識や趣味をもった外国人が増えていることが分かります。
それは今に始まったことでなく、例えば、大戦中に京都を空襲しないよう進言した人などもそうだったかも知れません。
学校で日本史を勉強すると、近代の部分は駆け足になったり、たどり着かなかった印象があります。
フェノロサ、岡倉天心についても、以前は2〜3行の知識しかありませんでしたが、京都からなんとなく琵琶湖周辺の芭蕉の足跡をなぞったり、奈良へ行き来していたら、気がつくとフェノロサにも重なりました。
アメリカ、マサチューセッツ州セーラム出身のアーネスト・フェノロサは哲学の教授として来日しましたが、異文化を理解する眼を持っていたのか、神仏分離令と廃仏毀釈で古いものを全て否定し、西欧化へまっしぐらだった流れに歯止めをかけるのに間に合います。
今日多くの外国人が日本を訪れる動機となるような文化遺産の多くが、最初の衝動こそ分かりませんが、フェノロサの行動によって救われたと言います。
また今では文化財と呼ばれるような品々が、手放さざるを得なくなった人々から海外へ流出しましたが、何年か前ボストンでリサーチされて話題になったように、地球上から消失してしまうことを免れました。
大きな寺でも無住となって荒れるにまかせていたという話もありますから、すでに廃棄されたものもあったかも知れません。
フェノロサは仏像とギリシャ彫刻を同等に見做したそうですが、日常は美術とか文化として見られていなかったでしょうから仕方ないことです。仮に見た人ももちろん故人でスマホとかない時代ですから、今日誰もその存在について分かりません。
琵琶湖湖南の西側、三井寺(園城寺)から少し歩いた法明院にフェノロサ、友人で日本美術の蒐集家ビゲロウ医師(修復の必要な寺に寄進もしていた)や親しくしていた方々の墓があります。
洋の東西を問わず美しいものを評価したフェノロサの審美眼にあやかりたいのか、単なる好奇心か、自分でも意識せずそこまで行った帰り家内が言うのには、
「これじゃ、墓マイラーと一緒だね」
確かに。
あるいはいいとこ取りで、それぞれ良いところはどこでも好き、という方もいらっしゃるかも知れません。
TVでは最近、日本好きな外国人の願望をかなえる番組など、インターネットで勉強して普通の日本人が知らない知識や趣味をもった外国人が増えていることが分かります。
それは今に始まったことでなく、例えば、大戦中に京都を空襲しないよう進言した人などもそうだったかも知れません。
学校で日本史を勉強すると、近代の部分は駆け足になったり、たどり着かなかった印象があります。
フェノロサ、岡倉天心についても、以前は2〜3行の知識しかありませんでしたが、京都からなんとなく琵琶湖周辺の芭蕉の足跡をなぞったり、奈良へ行き来していたら、気がつくとフェノロサにも重なりました。
アメリカ、マサチューセッツ州セーラム出身のアーネスト・フェノロサは哲学の教授として来日しましたが、異文化を理解する眼を持っていたのか、神仏分離令と廃仏毀釈で古いものを全て否定し、西欧化へまっしぐらだった流れに歯止めをかけるのに間に合います。
今日多くの外国人が日本を訪れる動機となるような文化遺産の多くが、最初の衝動こそ分かりませんが、フェノロサの行動によって救われたと言います。
また今では文化財と呼ばれるような品々が、手放さざるを得なくなった人々から海外へ流出しましたが、何年か前ボストンでリサーチされて話題になったように、地球上から消失してしまうことを免れました。
大きな寺でも無住となって荒れるにまかせていたという話もありますから、すでに廃棄されたものもあったかも知れません。
フェノロサは仏像とギリシャ彫刻を同等に見做したそうですが、日常は美術とか文化として見られていなかったでしょうから仕方ないことです。仮に見た人ももちろん故人でスマホとかない時代ですから、今日誰もその存在について分かりません。
琵琶湖湖南の西側、三井寺(園城寺)から少し歩いた法明院にフェノロサ、友人で日本美術の蒐集家ビゲロウ医師(修復の必要な寺に寄進もしていた)や親しくしていた方々の墓があります。
洋の東西を問わず美しいものを評価したフェノロサの審美眼にあやかりたいのか、単なる好奇心か、自分でも意識せずそこまで行った帰り家内が言うのには、
「これじゃ、墓マイラーと一緒だね」
確かに。