◇自覚の作用原理と利点◇
昨日、一昨日と自覚ワークに関する記事を書いたので、自覚がどのようなメカニズムで自我に作用しているのかや、悟りの道を進む上での自覚の利点などについて書いてみたいと思います。
できるだけ多くの方に理解できるように書きたいとは思いますが、「私という存在」に対する相当程度の深い体験的理解がないとどうしても理解できない部分があるので、その点はご了承ください。
昨日の記事で、自覚の原動力はあなたの意志だと書きました。
ここに、自覚の最大の特徴があります。
まずそこを説明したいと思います。
どれだけ深い悟りに至るかは自我の厚みと直接的な関係があります。
自我が薄くなればなるほど、放っておいても自ずとそれなりの悟り階層に至るものなのです。
自覚とは、自我の力を最大限に引き出しつつ、その力で自我を減じていく方法なのです。
以前からここに何度か書いてきましたが、自我とは連鎖的に生じる考え、あるいは考えの連鎖そのものです。
この自我の活動である考えの連鎖は、連鎖が連鎖を呼ぶようにして延々と続いているのですが、その連鎖を生じさせるためのエネルギーは、その連鎖の中で自我が考えを掴むこと(執着をつくること)、あるいは自我がつかんだ考え(執着)がその供給源となっています。
こうして自我である考えの連鎖は、その連鎖の中でエネルギーである新たな連鎖の種を得ながら、延々と連鎖を繰り広げています。
この考えの連鎖と、その連鎖へのエネルギー供給(種の供給)は、自転車操業のようなものであり、新たなエネルギーの供給量が抑制されると、それに連動して、起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も抑制されるようになっています。
反対にエネルギーの供給量が増えると、起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も増大します。
上で言う自我の厚みとは、この起こってくる考えの連鎖の頻度や密度のことなのです。
次にまず、自覚とは何かについて改めて簡単に説明します。
自覚の基本は第一に、自分(私)に意識を向けることです。
そして第二に、起こってきた感情等の考えを「これは私に起こってきた考えだ」と自覚していくこと、あるいはその考えを観て捉えていくことです。
私に意識を向けることにより、私の意識が身体の中心軸上に自ずと位置するようになります。
そして、その状態を保ちつつ、起こってきた感情等の考えを自覚していきます。
これが自覚の基本です。
この自覚において自我の力が最大限に活用されます。
どういうことかと言いますと、まず「私に意識を向ける」という自我の意志の力とその働きにより、自我の力が拡散することなく、自我そのものに集中的に向けられます。
それにより自我の力はさらに強くかつシャープに増強され、その増強された力がまた自我に向けられるという具合になり、これを何と表現すればいいのか分かりませんが、それにより自我の意識の一点に向けた集約が起こります。
私に意識を集中すればするほど、私の意識はより一点に集約されていきます。
これによってまず第一に、自我の活動である考えの連鎖が抑制されます。
連鎖が抑制されるため、新たな連鎖へのエネルギー供給も抑制され、それによって起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も抑制されていきます(要するに、自我が薄くなっていきます)。
第二に、次回以降の考えの連鎖の種として既に溜め込まれている考え(執着であり、カルマです)の変質又は消失が起こります。
この種であるカルマの変質又は消失により、起こってくる考えの連鎖が減ります。
ただ、この第二の作用は、非常に強いレベルでの意識の集中があった場合にのみ機能するものなのかも知れません。
次に、自覚に含まれる「起こってきた考えを自覚する(あるいは観る、捉える)」ことによる作用について書きます。
この考えを観て捉えるという作業は、上で書いた「私に意識を向ける」ことの補助として機能します。
考えが起こってきたとき、考えを観て捉えることにより、そこで考えの連鎖を切るのです。
考えの連鎖を切ることにより、私に向けられる意識の集中レベルを維持、向上させる役割を担っています。
これが、自覚の作用原理です。
次に、悟りの道を歩む上での自覚の利点について書きます。
この点に関する自覚の最大の利点は、悟りの道を進んでいく上で減じていくべき対象である自我を捉えた状態のまま、ダイレクトにその自我を減じていけるという点です。
自我を減じていく上で、何一つ無駄が無く、効率的かつ直接的なのです。
さらなる利点としては、自我を捉え続けているため、ある悟り階層から次の悟り階層にブレークスルーしたときも、自我を見失うことなく、自我を捉えた状態を維持することができ、そのままさらに次の悟り階層に向けて進んでいける点です。
しかも、最後の悟り階層である解脱の悟りまで、一貫して同じ手法のまま進み続けることができます。
まさに私に意識を向け続けるだけで、最初の悟りから最後の解脱の悟りまで到達できるのです。
コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。
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昨日、一昨日と自覚ワークに関する記事を書いたので、自覚がどのようなメカニズムで自我に作用しているのかや、悟りの道を進む上での自覚の利点などについて書いてみたいと思います。
できるだけ多くの方に理解できるように書きたいとは思いますが、「私という存在」に対する相当程度の深い体験的理解がないとどうしても理解できない部分があるので、その点はご了承ください。
昨日の記事で、自覚の原動力はあなたの意志だと書きました。
ここに、自覚の最大の特徴があります。
まずそこを説明したいと思います。
どれだけ深い悟りに至るかは自我の厚みと直接的な関係があります。
自我が薄くなればなるほど、放っておいても自ずとそれなりの悟り階層に至るものなのです。
自覚とは、自我の力を最大限に引き出しつつ、その力で自我を減じていく方法なのです。
以前からここに何度か書いてきましたが、自我とは連鎖的に生じる考え、あるいは考えの連鎖そのものです。
この自我の活動である考えの連鎖は、連鎖が連鎖を呼ぶようにして延々と続いているのですが、その連鎖を生じさせるためのエネルギーは、その連鎖の中で自我が考えを掴むこと(執着をつくること)、あるいは自我がつかんだ考え(執着)がその供給源となっています。
こうして自我である考えの連鎖は、その連鎖の中でエネルギーである新たな連鎖の種を得ながら、延々と連鎖を繰り広げています。
この考えの連鎖と、その連鎖へのエネルギー供給(種の供給)は、自転車操業のようなものであり、新たなエネルギーの供給量が抑制されると、それに連動して、起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も抑制されるようになっています。
反対にエネルギーの供給量が増えると、起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も増大します。
上で言う自我の厚みとは、この起こってくる考えの連鎖の頻度や密度のことなのです。
次にまず、自覚とは何かについて改めて簡単に説明します。
自覚の基本は第一に、自分(私)に意識を向けることです。
そして第二に、起こってきた感情等の考えを「これは私に起こってきた考えだ」と自覚していくこと、あるいはその考えを観て捉えていくことです。
私に意識を向けることにより、私の意識が身体の中心軸上に自ずと位置するようになります。
そして、その状態を保ちつつ、起こってきた感情等の考えを自覚していきます。
これが自覚の基本です。
この自覚において自我の力が最大限に活用されます。
どういうことかと言いますと、まず「私に意識を向ける」という自我の意志の力とその働きにより、自我の力が拡散することなく、自我そのものに集中的に向けられます。
それにより自我の力はさらに強くかつシャープに増強され、その増強された力がまた自我に向けられるという具合になり、これを何と表現すればいいのか分かりませんが、それにより自我の意識の一点に向けた集約が起こります。
私に意識を集中すればするほど、私の意識はより一点に集約されていきます。
これによってまず第一に、自我の活動である考えの連鎖が抑制されます。
連鎖が抑制されるため、新たな連鎖へのエネルギー供給も抑制され、それによって起こってくる考えの連鎖の頻度や密度も抑制されていきます(要するに、自我が薄くなっていきます)。
第二に、次回以降の考えの連鎖の種として既に溜め込まれている考え(執着であり、カルマです)の変質又は消失が起こります。
この種であるカルマの変質又は消失により、起こってくる考えの連鎖が減ります。
ただ、この第二の作用は、非常に強いレベルでの意識の集中があった場合にのみ機能するものなのかも知れません。
次に、自覚に含まれる「起こってきた考えを自覚する(あるいは観る、捉える)」ことによる作用について書きます。
この考えを観て捉えるという作業は、上で書いた「私に意識を向ける」ことの補助として機能します。
考えが起こってきたとき、考えを観て捉えることにより、そこで考えの連鎖を切るのです。
考えの連鎖を切ることにより、私に向けられる意識の集中レベルを維持、向上させる役割を担っています。
これが、自覚の作用原理です。
次に、悟りの道を歩む上での自覚の利点について書きます。
この点に関する自覚の最大の利点は、悟りの道を進んでいく上で減じていくべき対象である自我を捉えた状態のまま、ダイレクトにその自我を減じていけるという点です。
自我を減じていく上で、何一つ無駄が無く、効率的かつ直接的なのです。
さらなる利点としては、自我を捉え続けているため、ある悟り階層から次の悟り階層にブレークスルーしたときも、自我を見失うことなく、自我を捉えた状態を維持することができ、そのままさらに次の悟り階層に向けて進んでいける点です。
しかも、最後の悟り階層である解脱の悟りまで、一貫して同じ手法のまま進み続けることができます。
まさに私に意識を向け続けるだけで、最初の悟りから最後の解脱の悟りまで到達できるのです。
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読んで頂いてありがとうございました。
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