第一章 先史時代の食の革命
約1700万年前に、ヒト・チンパンジー・ゴリラの共通の祖先が地球上に現れた。そして約600万年前に、ヒトとチンパンジーの祖先は分かれたと考えられている。人類の祖先はその後、猿人・原人・旧人・新人の各段階を経て、約20万年前に人類(ホモ・サピエンス)へと進化した。
約20万年間の人類の歴史の中で、文字で記された記録が残っているのは約5000年前になってからのことだ。人類の歴史のうち、記録のない時代を先史時代と呼ぶ。本章では、この先史時代の食の革命について見て行こう。
1・1 肉食と火の革命
人類の祖先が最初に経験した食の革命が「肉食」だ。肉食とは必要な栄養を取り込むために動物の肉体を食べることだ。肉は栄養が豊富なため、肉食によって効率的にエネルギー補給ができる。この肉食が猿人・原人から人類への進化において大きな役割を果たしたと考えられている。
また、肉や穀物、イモなどを火で調理することによって、消化と吸収が格段に良くなる。このような火の利用も人類へと進化する上で重要だった。
なぜ肉を食べるのか
久しぶりに集まった大学時代の友人たち数人と焼肉を食べに行った時のことだ。積もる話も多く、待ち合わせの駅前からずっとお互いの仕事や家族の話などで盛り上がっていた。店に入ってもおしゃべりは止まらない。
ところが、肉が焼け始めた途端に雰囲気が一変する。皆の口数が急に少なくなった。肉の焼け具合が気になるようだ。そして、一人がふいと少し生焼けの肩ロースを口に入れた。「おっ」と言う隣の男の小さな声とともに残りの者も無言で肉を頬張りだした。
少し意地汚い光景だが、肉をとても美味しいと感じてしまうのは、人の体がそのようにできているので仕方ないことだ。つまり、進化の過程で肉を美味しいと感じる仕組みが作られたのだ。だから、肉をがっつく自分自身に気づいても罪悪感を持つ必要はない。自然の摂理だと納得しよう。
このように肉を美味しいと感じる仕組みができたのは、肉が高エネルギー食品だからだ。動物は十分なエネルギーを摂取しないと生きていけない。肉はこのための格好の食品なのだ。つまり、動物は生存に有利なものを美味しいと感じるようにプログラムされていると言える。
ここで、いくつかの食品について100グラム当たりのエネルギー(カロリー)を比較してみよう(図表1)。
野菜類や果実類に比べて、肉や魚のカロリーが高いのが分かる。甘い果実類のカロリーが低いのは大量に含まれる水分のせいだ。植物性の食品でカロリーが高いものは、種実類や穀類、豆類などの、いわゆる「種子」の部分を食べるものだ。種子には発芽するために必要な栄養が濃縮されているため、栄養価が高いのだ。しかし、種子ができる季節は限られており、常に手に入るものではなかった。一方、動物の肉は、獲物をしとめることができれば常時手に入る。このため、肉はエネルギーを得るための格好の食べ物と言える。
約250万年前に氷期に移行して地球上の気温が低下した結果、植物性の食べ物が減少した。これを契機に人類の祖先は肉食の度合いを強めたと考えられている。
気温が低くなると地表からの水分の蒸発量が減少し、降水量が少なくなる。その結果、大きな樹木は育たなくなり草原が広がる。そこに草食動物が増えたが、人類はそれらを食糧にしたのだ。