気がつけば思い出Ⅱ

日々の忙しさの中でフッと気がついた時はもう
そのまま流れていってしまう思い出!
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消えゆく雪の中に~高校時代の創作Ⅱ-(2)~♪ 淡い雪がとけて/ZARD

2022年03月01日 | すずかけ

【消えゆく雪の中に】(2)

父は

その日、亜矢子の父はちょうど亜矢子が駅に着いたころ家を出た。

中心街まではいつもならば車で出るのだが、その日は歩いて行った。

歩いていけない距離でもないし、その方が二日酔いには真冬の寒気が心地良かった。

彼はこの日娘の帰るのを知っていた。

そして母親がその帰りを促したこともうすうす察していた。

それでなくては亜矢子が帰るはずがない。

大学に行くという名目はあったが、家出同然に出て行った娘であった。

都会に憧れを抱くようでない彼女が、出て行った理由はつまり、この自分のせいなのだ…と彼は彼なりに解釈していた。

酔って帰った日、その時々の鬱憤を妻に晴らす時必死になって止める亜矢子の顔には十六・七とは思えない表情があった。

素面の時にも凄然として彼に向ってくる、その目を思い出した。

彼はその時「すまない。」と心の底から詫びたいと思う気持ちに襲われるのであった。

しかしそれと同時に必要のない利己心が沸き上がり、そうできなかった。

「俺は悪くない。悪いのは俺でない。」と・・・そしてこの小さな自己防衛の言葉は、すぐに大きくなり、彼の心を征服してしまうのだった。

戦後の貧困生活、世の中の矛盾、そして複雑な人間関係によって蝕まれた彼の内面に積み重ねられたエゴイズムは、

愛情を受け止め応じるだけのことが出来ない人間にしてしまったのである。

妻も彼と同じように思う様に行かない人生を歩んでいるはずである。

しかし彼女はそこにあるものだけは掴もうと必死に努力する人であり、他には何一つ考えず、考えまいとして生きている。

自分の分身と思っている子供たちのために愚痴も言わずただ黙々と働いているだけだった。

だが、彼は妻のようにはなれなかった。

自分は自分であり、たとえ子供であっても、いくら愛情を持っていても自分ではなかった。

彼は自分が幸せになることで、家族もその幸せを掴むことが出来ると思い、疑わなかった。

大工職人としての腕には自信があったのだった。

確かに一度は、そうなるであろうというところまでにいった。

しかし仕事上一つの武器と思っていた彼の飲酒がまた彼を引き戻してしまったのだった。

「あんなに飲む人じゃ、安心して任せられない。」

そんな些細な言葉が毎日酔って帰る彼の後姿に囁かれ始めたときから、少しずつ仕事が消えていったのだった。

とき同じくして、発達してきた大手建設業が彼の前に立ちはだかった。

職人たちは一人二人と引き抜かれ、とうとう一人も居なくなってしまったのだ。

妻は愚痴も文句も言わなかった。

ただ歯を食いしばっているだけのそんな姿をみると、反対に自分が惨めに見えてきて無性に八つ当たりしたくなるのだった。

それを避けるため、友人の家や飲み仲間の家をまわり歩き、家もしばしばあけるようになった。

そして次第に仕事の無い日のほうが多くなっていた。

彼はこの日も何のあてもなく外へ出てみたくなった。

外へでれば少しは気が晴れて頭痛もましになるだろう。

そうしたあとで亜矢子を迎えようと、思ったのだった。

亜矢子の父が出かけたのは朝も早くまだあまり店は開いていなかった。

彼は暫くして途中にある公園に出た。

頭にはまだ少し二日酔いの痛みが残っており、時折、ズキンと痛む。

彼は自分の年齢を考えた。

この頃は、酔いは早いが、回復は遅い。

ちょうどよく、濡れたベンチのひとつに置き忘れのビニールが敷いてありそこへ腰を下ろした。

木々にはまだ雪が残っており、陽の光を受けた葉がキラキラと輝いている。

漠然とした空虚感が彼の胸の中に起こった。

そして残った。

彼はベンチに腰を下ろし、冷たそうな池の水面をただ眺めていた。

水面は時たま風で穏やかに波立つ。

どのくらいそうしていただろうか、彼はたち上がると再び歩き出した。

すでに太陽も高く昇り、木々の雪も溶け始めバサッと音をたてて落ち始めていた。

池の中にも大きな雪の塊がジャボッと音を立てて落ち、たちまち消えていった。

もう亜矢子は帰っているはずである。

彼の足は家に向っていた。

途中で知り合いに呼び止められたが、黙示したまま通り過ぎた。

彼の心の中には少しずつ変化が生じていた。

ある決心にたどり着いたのである。

「亜矢子も帰ってきた。今度こそやり直そう。生まれ変ったつもりで・・・。

五十過ぎて生まれ変わるも無いかもしれないけれど、とにかく俺がしっかりしなくてはならない。

妻と子供たちの信頼を取り戻すのだ。」

今は、そんな再起の思いに不思議と抵抗が無かった。

彼はふとしたこの微妙な心の変化に嬉しくなり、何故か笑ってみたくなったのである。

そして笑った。

すれ違った人が、急ににやにやとし出した彼を、訝しげに見ながら通り過ぎていった。

亜矢子の父が帰らぬ人となったのは…まさにその時であった。

その瞬間、前方から走ってきた車に突かれて川に落ちたのであった。

(3)へ続く・・・。

             

今回はユーチューブよりこの曲をお借りしました。

Love Letter【 淡い雪がとけて 】ZARD/カン・イジン

ZARDの坂井泉水さんの歌は私の好きな名探偵コナンのOPやED、映画主題歌などに何曲もあります。

もしご存命ならばこの綺麗な歌声を今も聞くことが出来たと思うと残念です。


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