タカ長の山ときどきタカ見

「タカ長のタカの渡り観察」の別室です。八十路の坂を登りながら更新してゆくつもりです。

原爆体験~2

2024-12-22 09:24:58 | 日々雑感

     

 

昨日、原爆体験のことを記事にする気になったのはこの本を読んだからです。この中には生々しい被爆体験が紹介されていますが、あえて引用しないことにします。

  

 

そもそもクリスマスの季節に原爆のことを話題にするのはもの凄い違和感があります。季節がまったく違う感じがします。しかし、ノーベル平和賞の授賞式は12月に行われたのですから、今回だけは仕方ありません。

 

そのノーベル平和賞の授賞式はノルウェーで行われました。

 

11月のクラス会のとき、同級生の一人が「12月にノルウェーに行く準備が忙しいので欠席する」とメールしてきました。この一言でノーベル平和賞の授賞式のことだと分かりましたが、お互いそれ以上のことは話していません。

 

彼はノーベル平和賞の授賞式のとき、登壇するほどの活動はしていないようですが、関係者の一人なのです。そのためテレビでは報道されないことも見ているはずで、今度機会があったら土産話をしてくれと頼んでいますが、具体的なことは何も話していません。

 

昨日も話しましたが、原爆のことはあまり触れたくない、と言うのが正直な気持ちなのです。

 

    

 

あの一発の原爆を体験して、タカ長は幻覚を見るようになり、一人でトイレに行けなくなりました。怖い夢にうなされるようになりました。

 

しかし、親族で直接被爆死した人はいません。叔父の一人が背中に大やけどし、その上をウジ虫が動いているのを記憶しているくらいです。考えてみれば、広島人としては幸せな家族だったようです。

 

タカ長にとって最大の悲劇は、優しかった隣のお姉さんが忽然と姿を消したことです。お姉さんのことは親からも、隣のご両親からも聞いていません。ひょっとしたら遺骨も分らなかったのかも分かりません。

 

原爆は「人間として死ぬことも、生きることも許さない」と、この本に書かれています。

 

喧嘩にもルールがあるように、戦争にもルールがあるはず、そのようなものが何もないのが原爆です。

 

三度目の核戦争はあってはなりません。素直にそう思います。

 

 

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原爆体験

2024-12-21 09:24:15 | 日々雑感

    

 

皆さんご存知のように、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞しました。

 

永年の活動が評価されての受賞だと思いますが、その努力を思うと本当に尊敬します。山屋的にたとえたら、ペットボトルから水を垂らして、穂高の屏風岩に穴をあけるような絶望的な努力。それでもあの岩に穴が開くことを信じて活動されているその姿に心打たれます。

 

    

 

タカ長も原爆の閃光をこの目で見ました。その後、タカ長のまわりで起こったことを鮮明に記憶しています。そのことを子細に思い返していると今でも気分が悪くなります。

 

その思いは被爆者誰でも同じでしょうが、その気持ちにくじけないでご自身の被爆体験を語って来られたことは本当にすごいことです。タカ長の体験など、広島の旧市街で被爆された人の体験から見れば、万分の一に満たないものですが、それでもあの日のことを語ると今でも気分が悪くなります。

 

    

 

タカ長が育った長屋の隣が、大家さんのお姉さんの部屋でした。その部屋に何度も行った思い出がかすかにあります。タカ長の人生最初の思い出と言えるようなかすかな思い出です。

 

そのお姉さんはこのような勇ましい(?)姿ではなく、タカ長を抱いて絵本の読み聞かせをしてくれる優しいお姉さんでした。

 

そのお姉さんが忽然と姿を消しました。親父から「女学校に通っているお姉さんを探しに行った」と聞いた記憶はあります。火が燃えさかる町を歩いて倒れそうになった、と聞かされましたが、お姉さんの消息は誰からも聞いていません。

 

子ども心にも何か感じていたのか、大きくなってからも、親にも隣のご両親にもお姉さんのことは聞いていません。

 

あの日、忽然といなくなったので、お姉さんの顔は分かりません。タカ長には顔のないお姉さんなのです。

 

    

 

タカ長はこのような形から畳の上に腰を下ろした格好で、子どもに絵本の読み聞かせをしていました。

 

この姿勢は、あの頃お姉さんからして頂いていたことを踏襲しているのではないか、と本気で何度も考えたことがあります。遠い遠い記憶なので本当のことは分かりませんが、自分では間違いないことだと思っています。

 

優しかった隣のお姉さんが忽然と姿を消した。タカ長には一番悲しいあの日の記憶です。

 

 

 

 

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言っても仕方ないけど

2024-12-16 08:48:41 | 日々雑感

     

 

この小さな本が頭から離れません。人類の存亡にかかわることが書かれている重い本でもあるからです。

 

タカ長など「無責任男」ですから、自分が死んでしまえば「後は野となれ山となれ」ですが、著者は心優しい研究者ですから、私たち人類の明日を心配されています。そのために生命誌を研究し、健全な地球を次の世代に残す努力をされているのです。その優しさは凄いと思います。

 

    

 

前回は生命40億年を見ました。長い目でモノを見る、これが一つの気づきです。

 

そしてもう一つは、広い視野でモノを見ることの大切さ。その一例です。

 

本の一部を引用します。

 

    

 

 体を構成する物質である核酸、タンパク質、糖、脂質などはすべて炭酸化合物(有機化合物)です。最近よく「脱炭素社会」という言葉が使われますが、生き物が暮らす社会に脱炭酸はあり得ません。生き物の社会は、物質として見れば炭素化合物が動き回って構成しているのであり、脱炭酸ではありません。(大気中の二酸化炭素量を急激に増やさないことが重要なのは当然であり、そのための努力は重要ですが、脱炭酸と言うのは間違いです)。

 今日、朝食のハムを通して取り込まれたタンパク質分子にあった炭素(C)は、いつかブタが食べた食事からきたものです。こうして炭素は、さまざまな生き物の中を巡っています。山奥にある森で何十年も前に落ちた葉っぱの中の炭素が、巡り巡って「私」の体をつくっているかもしれません。「私」はこうして空間だけでなく長い時間の中にあり、しかもそれは炭素の循環という形で具体的に見えてくるのです。

 

    

 

40億年前に生まれて命の一部が、5億年前に陸に上がり植物になりました。そして「奇跡」が生まれました。光合成をするバクテリアが生まれたのです。

 

そこらのことは分かっていないこともあって専門家でも説明が難しいようです。もちろん、タカ長にはそのメカニズムは説明できません。

 

でも、葉の緑がCO2と太陽の光エネルギーで酸素をつくっていることは学校で習いました。要するに炭素があるから酸素が生まれ、酸素があるから私たちが生きていると言うことです。脱炭酸だと私たちの存在はあり得ません。

 

この本はそのようにモノを「広い目で見る」ことを教えているようにタカ長には思えるのです。

 

    

 

タカ長ごときがゴタゴタ言っても仕方ないのですが、短絡的にモノを見ることは危険だと思います。

 

広い目でモノを見ると言っても、タカ長のような凡人には難しいのですが、これは為政者とか一部の人の問題ではなく、地球市民一人ひとりの問題だと思います。

 

地球上の命はこれからも永遠に続くのでしょうが、その中に私たち人類が含まれている保証はありません。これもまでも多くの生き物が絶滅しました。私たち人類がその中に加わらないことを願うだけです。

 

 

 

 

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忙しい、忙しい?

2024-12-13 16:03:02 | 日々雑感

    

 

関門地区からお好み焼きを食べに来た鳥友と遊ぶ相談をしました。

 

飲めもしないのに、飲み食いしながらタカ談義を楽しみたいのです。彼らはひと世代若いので実感はないでしょうが、タカ長の歳になると、いつまでタカ談義が出来るか分からないと言う気持ちが強くなります。

 

そのため元気で、美味しく食べられるときに集まりたいと言う相談をしました。

 

    

 

このところ毎日のように出かけるところやすることがあります。

 

その中には「眼科から整形外科」と言うクリニックのはしごもありますが、でもまぁ、家にこもっているよりは良いでしょう。

 

そのため毎日忙しい、忙しい?

 

と言うことでブログの更新もままならない状態です。

 

 

 

 

 

 

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太華山

2024-12-10 14:12:22 | 日々雑感



出雲の守様と徳山の太華山に登りました。

天気も良く展望は最高。

下山のあと室積に来ましたが、すっかり寂しくなっていて、コーヒーを探してうろうろ、コーヒーやっと見つけました。

しばらく休んで帰ります。
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