連句通信116号2007年5月20日発行
賦物連句 おおた 六魚
ひと頃賦物連句を面白がっていた時がある。と言っても賦物<酒/恋>といった類ではなく、一冊の小説やドラマをそのまままるごと題材にしてやろうと、文韻両吟歌仙を何度かした。例えば辻の『背教者ユリアヌス』、小田島訳『オセロ』、ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』等など。更に中村真一郎『頼山陽とその時代』を提案したが、相手からこれは気が乗らないと断られた。詩あり恋ありの面白さを期待していたのだが残念だった。
頼山陽と言えば、わたしの父は馬術、柔術、ボート、水練などで遊びまくった少年だったが、彼の小さい本箱の中に木版の『日本外史』を見かけたことがある。母方の祖父も別な版元だがやはり同書を持っていた。多分戊辰戦争の気分去りやらぬ明治期に青春した日本中の男の子たちが『日本外史』をロングセラーに押し上げたのだろう。その『日本外史』を書いた男を、中村真一郎は前述の約千頁あまりの評伝で、本人とその周辺を丹念に描き切っている。これは史伝としても鴎外より愉しい。これなら百韻でもと意気込んだものだった。
本筋の話もさることながら、例えばこんなこともさらりと入れている。寛政異学の禁で、山陽の父春水の仲間だった西山拙斎が、病床で書き出した逸話集の中に、林羅山のことが出て来る。羅山は、二〇歳あまりで朱子注釈の論語を講じた秀才、のち将軍家代々の侍講を勤めた。独創性に欠けるとは後世の評だが、民部卿法印となり、六〇歳近くでも年七〇〇冊を読み『博綜究めざるところなし』と評された当時の大知識人。ところがある時、羅山の客が「木偏に木の字を書いて何と読みましょうや」と尋ねたところ、羅山は暫くあれこれと考えたが、それが自分の姓であることにも全く気づかず「こんな珍しい字は、古今の史書にも見当たりませんな」と応えたという。コンピュータのキイを叩けば日本語や多言語クロス検索など、モノが瞬時に出てくるのは便利で年寄りのど忘れには有難いが、こういうゴシップをつくっては愉しんでいた時代も実に羨ましい限り。ひょっとして、これは連句での遣句と同じ発想では。(07.4.9)
二句表『水の匂ひ』
橋くぐる水の匂ひや春の宵 六魚
お玉杓子を覗く幼子 直子
ウ
あれも夢汚れちまった哀しみに 統一
老いの訪れ風薫る頃 祐
浜をゆく水着姿の艶やかに 實
青海原を白帆颯爽 政志
月光り鹿鳴く山の静まりて 薫
捨て団扇してもはや数刻 明子
ナオ
抱きしめて菊の主となるほどに 六魚
ミラー粉々ベンツ横転 直子
ウォール街騰がり続けて春隣 統一
朱欒の上に月はまんまる 祐
二重丸貰ってにっこり園児たち 實
カメラシャッターまたも頼まれ 政志
ナウ
振り袖の麗し姉妹花の門 薫
長閑な午後をそぞろ歩みて 明子
2007年4月7日 永山公民館於学習室
二句表「三年寝太郎」
三年寝太郎もかくやと大朝寝 古賀直子
春の蚤跳ね鼻くすぐられ 坂本統一
ウ
右脳から微分積分無くなって 玉木 祐
汗も引いたるMRI 梅田 實
仏法僧夕暮れの森鳴きやまず 峯田政志
なかなか決心つきかねている 藤尾 薫
月砕き向う岸まで川渡る 星 明子
葡萄酒醸す唇ふるえ おおた六魚
ナオ
パリ行きのシートに配る走り蕎麦 直子
凱旋門に鬼平着流し 統一
女三代梵鐘を聞く小夜しぐれ 祐
山の彼方に沈む寒月 實
ラーゲリの記憶に悩むお爺さま 政志
彫刻に凝り成果世に問う 薫
ナウ
まひるまの武家屋敷裏花の散る 明子
ボートレースの声遠ざかり 六魚
2007年4月7日 於永山学習室
二句表「目借時」
バス乗って財布忘れて目借時 玉木 祐
桜狩りするひとのぞろぞろ 梅田 實
ウ
絵画展とりまく列のきりもなし 藤尾 薫
弥勒の指に止まれ玉虫 古賀直子
金鵄という煙草も在りし夏の雲 坂本統一
母の箪笥に父の恋文 祐
宵闇にみしみしきしむ音がして 實
地震の見舞いで邂逅の秋 峯田政志
ナオ
ばつ一の端々に出る語らいに 統
闊歩している勝ち組の男 薫
六本木襤褸儲けしておでん酒 星 明子
月の天窓サンタするりと 直
果てしなく広がる空のグライダー 祐
夢の一字を太筆で書く 政
ナウ
次々と花の便りは北へゆき おおた六魚
舌鼓打つ青柳の饅 薫
2007年4月7日 於永山学習室
二句表「骨董市」
行く春の骨董市やギター買う 古谷禎子
赤いパラソル飛ぶ桜東風 玉木 祐
ウ
単線の列車の旅を企画して 古賀直子
鰻にょろりと桶にとぐろを おおた六魚
煮えきらぬ社長肴にビール飲み 梅田 實
頭角表す女性のキャリア 藤尾 薫
託児所に月浴びて行く帰り道 星 明子
夜長の宵を本読み暮す 杉浦光夫
ナオ
時代祭鼻おしろいで袴立ち 杉浦和子
かたじけなくもいただく唇 峯田政志
雪降りて雪像になる二人です 古谷禎子
とけてくだけて冬月の窓 祐
鶏鳴にそろり岩屋の動き出し 直子
裾野をめぐり聞く水の音 六魚
ナウ
民謡の手振よろしく花の宴 實
紋白蝶も浮かれひらひら 薫
2007年4月15日 関戸公民館
半歌仙 「掌の皺」
掌の皺の翳りや春惜しむ 六魚
日がな一日復習ふ尺八 實
奴凧野原に遊ぶ声のして 薫
猫うずくまる納屋の入口 明子
新月と明るさ競ふ大惑星 光夫
今年豊年村長の笑み 和子
ウ
刈田路足早にゆく修行僧 政志
女想へばすべて崩れる 禎子
ハーレムに待てど王来ぬ今宵焦れ 祐
水晶玉の面影にキス 直子
池深く潜める龍の蒼き爪 六魚
大望いだく今朝の旅立ち 實
柏餅食べて故郷を思ひゐる 薫
烏賊釣り船の月を賑はす 明子
幼児は大型犬をそつと撫で 光夫
とってとられて二人綾取り 和子
もてなしの味もはんなり花枝垂れ 政志
春宵に酔ふ京の貴公子 禎子
2007年4月15日 関戸公民館 首尾
二句表「微積分」
亀鳴くやわが人生になき微積分 玉木 祐
ほろほろ甘き草餅の餡 古賀直子
ウラ
白球の高々と飛ぶ色ありて おおた六魚
野づら一面すだく蟋蟀 梅田 實
盛り上がる月見の宴に薄さし 藤尾 薫
キトラ遺跡に渡り鳥見る 星 明子
古きより豊かな国ぞ大やまと 杉浦光夫
女帝論議はちょと一服 全 和子
ナオ
幸せか妻の鼾に真夜寝覚め 峯田政志
枯野走って彼のところへ 古谷禎子
旧道の青梅マラソンぞろぞろと 祐
月にかかげる地ビールの杯 直
特産のみやげをTVの宣伝で 魚
声に惹かれていつもみて居る 實
ナウ
山々はうす紅の花朧 薫
暖炉納めてペンションの午後 明
2007年4月15日 於関戸公民館
賦物連句 おおた 六魚
ひと頃賦物連句を面白がっていた時がある。と言っても賦物<酒/恋>といった類ではなく、一冊の小説やドラマをそのまままるごと題材にしてやろうと、文韻両吟歌仙を何度かした。例えば辻の『背教者ユリアヌス』、小田島訳『オセロ』、ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』等など。更に中村真一郎『頼山陽とその時代』を提案したが、相手からこれは気が乗らないと断られた。詩あり恋ありの面白さを期待していたのだが残念だった。
頼山陽と言えば、わたしの父は馬術、柔術、ボート、水練などで遊びまくった少年だったが、彼の小さい本箱の中に木版の『日本外史』を見かけたことがある。母方の祖父も別な版元だがやはり同書を持っていた。多分戊辰戦争の気分去りやらぬ明治期に青春した日本中の男の子たちが『日本外史』をロングセラーに押し上げたのだろう。その『日本外史』を書いた男を、中村真一郎は前述の約千頁あまりの評伝で、本人とその周辺を丹念に描き切っている。これは史伝としても鴎外より愉しい。これなら百韻でもと意気込んだものだった。
本筋の話もさることながら、例えばこんなこともさらりと入れている。寛政異学の禁で、山陽の父春水の仲間だった西山拙斎が、病床で書き出した逸話集の中に、林羅山のことが出て来る。羅山は、二〇歳あまりで朱子注釈の論語を講じた秀才、のち将軍家代々の侍講を勤めた。独創性に欠けるとは後世の評だが、民部卿法印となり、六〇歳近くでも年七〇〇冊を読み『博綜究めざるところなし』と評された当時の大知識人。ところがある時、羅山の客が「木偏に木の字を書いて何と読みましょうや」と尋ねたところ、羅山は暫くあれこれと考えたが、それが自分の姓であることにも全く気づかず「こんな珍しい字は、古今の史書にも見当たりませんな」と応えたという。コンピュータのキイを叩けば日本語や多言語クロス検索など、モノが瞬時に出てくるのは便利で年寄りのど忘れには有難いが、こういうゴシップをつくっては愉しんでいた時代も実に羨ましい限り。ひょっとして、これは連句での遣句と同じ発想では。(07.4.9)
二句表『水の匂ひ』
橋くぐる水の匂ひや春の宵 六魚
お玉杓子を覗く幼子 直子
ウ
あれも夢汚れちまった哀しみに 統一
老いの訪れ風薫る頃 祐
浜をゆく水着姿の艶やかに 實
青海原を白帆颯爽 政志
月光り鹿鳴く山の静まりて 薫
捨て団扇してもはや数刻 明子
ナオ
抱きしめて菊の主となるほどに 六魚
ミラー粉々ベンツ横転 直子
ウォール街騰がり続けて春隣 統一
朱欒の上に月はまんまる 祐
二重丸貰ってにっこり園児たち 實
カメラシャッターまたも頼まれ 政志
ナウ
振り袖の麗し姉妹花の門 薫
長閑な午後をそぞろ歩みて 明子
2007年4月7日 永山公民館於学習室
二句表「三年寝太郎」
三年寝太郎もかくやと大朝寝 古賀直子
春の蚤跳ね鼻くすぐられ 坂本統一
ウ
右脳から微分積分無くなって 玉木 祐
汗も引いたるMRI 梅田 實
仏法僧夕暮れの森鳴きやまず 峯田政志
なかなか決心つきかねている 藤尾 薫
月砕き向う岸まで川渡る 星 明子
葡萄酒醸す唇ふるえ おおた六魚
ナオ
パリ行きのシートに配る走り蕎麦 直子
凱旋門に鬼平着流し 統一
女三代梵鐘を聞く小夜しぐれ 祐
山の彼方に沈む寒月 實
ラーゲリの記憶に悩むお爺さま 政志
彫刻に凝り成果世に問う 薫
ナウ
まひるまの武家屋敷裏花の散る 明子
ボートレースの声遠ざかり 六魚
2007年4月7日 於永山学習室
二句表「目借時」
バス乗って財布忘れて目借時 玉木 祐
桜狩りするひとのぞろぞろ 梅田 實
ウ
絵画展とりまく列のきりもなし 藤尾 薫
弥勒の指に止まれ玉虫 古賀直子
金鵄という煙草も在りし夏の雲 坂本統一
母の箪笥に父の恋文 祐
宵闇にみしみしきしむ音がして 實
地震の見舞いで邂逅の秋 峯田政志
ナオ
ばつ一の端々に出る語らいに 統
闊歩している勝ち組の男 薫
六本木襤褸儲けしておでん酒 星 明子
月の天窓サンタするりと 直
果てしなく広がる空のグライダー 祐
夢の一字を太筆で書く 政
ナウ
次々と花の便りは北へゆき おおた六魚
舌鼓打つ青柳の饅 薫
2007年4月7日 於永山学習室
二句表「骨董市」
行く春の骨董市やギター買う 古谷禎子
赤いパラソル飛ぶ桜東風 玉木 祐
ウ
単線の列車の旅を企画して 古賀直子
鰻にょろりと桶にとぐろを おおた六魚
煮えきらぬ社長肴にビール飲み 梅田 實
頭角表す女性のキャリア 藤尾 薫
託児所に月浴びて行く帰り道 星 明子
夜長の宵を本読み暮す 杉浦光夫
ナオ
時代祭鼻おしろいで袴立ち 杉浦和子
かたじけなくもいただく唇 峯田政志
雪降りて雪像になる二人です 古谷禎子
とけてくだけて冬月の窓 祐
鶏鳴にそろり岩屋の動き出し 直子
裾野をめぐり聞く水の音 六魚
ナウ
民謡の手振よろしく花の宴 實
紋白蝶も浮かれひらひら 薫
2007年4月15日 関戸公民館
半歌仙 「掌の皺」
掌の皺の翳りや春惜しむ 六魚
日がな一日復習ふ尺八 實
奴凧野原に遊ぶ声のして 薫
猫うずくまる納屋の入口 明子
新月と明るさ競ふ大惑星 光夫
今年豊年村長の笑み 和子
ウ
刈田路足早にゆく修行僧 政志
女想へばすべて崩れる 禎子
ハーレムに待てど王来ぬ今宵焦れ 祐
水晶玉の面影にキス 直子
池深く潜める龍の蒼き爪 六魚
大望いだく今朝の旅立ち 實
柏餅食べて故郷を思ひゐる 薫
烏賊釣り船の月を賑はす 明子
幼児は大型犬をそつと撫で 光夫
とってとられて二人綾取り 和子
もてなしの味もはんなり花枝垂れ 政志
春宵に酔ふ京の貴公子 禎子
2007年4月15日 関戸公民館 首尾
二句表「微積分」
亀鳴くやわが人生になき微積分 玉木 祐
ほろほろ甘き草餅の餡 古賀直子
ウラ
白球の高々と飛ぶ色ありて おおた六魚
野づら一面すだく蟋蟀 梅田 實
盛り上がる月見の宴に薄さし 藤尾 薫
キトラ遺跡に渡り鳥見る 星 明子
古きより豊かな国ぞ大やまと 杉浦光夫
女帝論議はちょと一服 全 和子
ナオ
幸せか妻の鼾に真夜寝覚め 峯田政志
枯野走って彼のところへ 古谷禎子
旧道の青梅マラソンぞろぞろと 祐
月にかかげる地ビールの杯 直
特産のみやげをTVの宣伝で 魚
声に惹かれていつもみて居る 實
ナウ
山々はうす紅の花朧 薫
暖炉納めてペンションの午後 明
2007年4月15日 於関戸公民館