(これなーんだ?)
連句通信135号2009年11月2日発行
ちょっとお隣へ 星 明子
私はこの春、ソウルに一人旅をしました。円高で安く行けたので、その空気を嗅ぐだけで良いと思って、中一日だけの短い旅でした。ドラマでお馴染みの仁川空港は、生憎の雨の中でした。ホテルへの送迎の車が先ず通った江南地域は、広い道路の両側に高層ビルが立ち並び、大型バスや車が数珠繋ぎで大渋滞の繁華街でしたが、私の宿所は江北の大通りから狭い道を入った、心細くなるような所でした。ホテルにレストランはなく、あまり遅くならないうちにと思い、荷物を置いて外に出ました。もう日が暮れて、両側の飲食店には灯が入り、上がりがまちに靴を脱いで仲間同志が机を囲んで盛り上がっている様子の店ばかりでした。とても入る勇気がなく、仕方なく大通りへ出て向こう側の市場に行ってみると、そこにはありとあらゆる物を売る店が並び、道の中央にもうもうと煙が上がってとても賑やかな所でした。韓国ドラマでおなじみの、緑色の石の指輪を売っている店があったので初買い物。私の指に合うサイズが無いとみるや、店員は台の下にかがみこみ、その指輪がはち切れんばかりに詰め込んであるビ二―ル袋を取り出して、その中から合うのを出してくれました。そのビニール袋は、まるで詰め放題一袋何円といった特売野菜の袋の様でした。ガイドブックに値切ると書いてあったのを思い出し、たがいに小さな計算機を覗き込みながら、値切ってみると忽ち2000ウオン安くなりました。結局、夕食は東京とそっくり同じ形態のコンビニで海苔巻きやおにぎり、お惣菜を買って帰り、雨音を聞きながらホテルの部屋で食事し、テレビのドラマを見ながら休みました。
翌日は雨も止み、世界文化遺産にも登録されている朝鮮王朝第二の王宮・昌徳宮に行きました。今度の旅の移動は主にタクシーを使いましたが、ソウルのタクシーはとても安いので助かりました。昌徳宮では躑躅の咲いている広大な美しい庭園や、青瓦の反りを打たせた重厚な屋根が印象的な宮殿を見学することができました。かつてここが権謀術策渦巻く舞台ともなったであろうことを想像しました。午後は両班(貴族)等の伝統家屋が残っている北村韓屋村にいきました。北村文化センターで韓屋の邸内を見たあと、日本語の案内書を貰ってそれに従って坂を上がって行くと「冬のソナタ」でお馴染みの中央高校があり、その前に女の人がにこにこしながら立っていました。その女の人がユジンの家まで案内をしてくれ、中央高校とユジンの家、それぞれの場所で私を入れて写真を撮ってくれました。道の両側は茶色の高い石造りの塀を廻らせた屋敷町で、その坂道を往時を偲び乍ら下り、次は仁寺洞に向かいました。ここは高級な陶磁器から手頃な土産物まで、あらゆる伝統工芸品を売る店が連なる浅草の仲見世のような通りで、私もお土産を買いました。さらにロッテ百貨店まで足を伸ばしたところ、さすがにだいぶ日も傾いてきたので、最後の目的地南山公園のソウルタワーに向かいました。展望台から今日一日歩いたソウルの街を見下ろすと、漢江が悠々と流れています。暮れなずむソウルの景色を、疲れを忘れてしばらく眺めました。
帰り道にはバスしか無くてハングルの解らない私は心配でしたが、バスの運転手さんにガイドブックで行く先を指し示し、なんとか私の宿舎のある東大門に行きのバスに乗る事が出来、ほっとして通り過ぎる外の景色を眺めていましたら、途中で運転手さんがこちらを振り返り「次で降りて乗り換えて下さい」と言つたので、慌てて何処だか知らないところで降りましたが、未だにそこは何処だったのか、またあの時どうして運転手さんの言葉が分かったのか解りません。道路標識に英字表示はあるけれどそれがどの字を表すのか分からず、官庁街のような所で帰宅を急ぐらしい人々が溢れています。ソウルではあまり街中に老人の姿を見かけなかったような気がしました。シルバーパスがないのでしょうか。そこで道を尋ねた若い女の人がタクシーを拾ってくれて、無事帰ることができました。敬老精神はさすがに儒教の国だと思いました。最後の夕食くらいはコンビニではなくちゃんとした店に入ろうと思い、ホテルの前の店で食事をしました。そのときに印象は、「食べ物が総じて固い」というもので、あちらの方々は顎が丈夫なのではと思いました。柔らかいものばかり食べている人と、硬いものを食べている人が争ったら、硬いものを食べている人のほうが強いと思いました。
翌朝、空港迄送って貰い、帰国しました。あまり面白かったので、少しの間日常がつまらなくて困りました。
歌仙「天も嘉する」
快晴に天も嘉する敬老日 星明 子
月上りきてくっきりと峯 梅田 實
林檎むくナイフ白々きらめいて 古賀直子
ほつれ髪撫でしばらく黙念 峯田政志
のっそりと猫が路地からついて来る 玉木 祐
麦稈帽のリボンひらひら 宮澤佳子
ウ
子供等は桑の實食べて口染めて 藤尾 薫
そっと外した裏木戸の桟 明
みんな留守焦れ待ちたる刻迎え 實
岬巡りのバスが着く頃 直
政権の話題あれこれきりもなし 政
君子豹変めぐる惑星 祐
玉子酒無理に飲まされ赤ら顔 佳
氷像てらす札幌の月 薫
隣国のツアー客達声高に 明
停滞嫌気バイパス道路 實
見るべきは千歳古りたる花吹雪 直
都踊りの人出中々 政
ナオ
世の更けて蛙合戦心字池 祐
水面を飛ばす小石あそびで 佳
先生も箱庭療法治療中 薫
ピエロ奏でる辻の風琴 明
今日の昼大好物の冷奴 實
茅の輪くぐりに老いも若きも 直
宝くじ当てた噂の優男 政
何を云ったのごむたいなこと 祐
ひそやかにスイートシートに肩よせる 佳
鼓動もいつか一つになって 薫
落葉松の林を渡る月の舟 明
やんではつづく蟋蟀の声 實
ナウ
起きて寝て夢を追い来て冬隣 直
建業資金目処の立ちたる 政
暗号で開かぬ扉をつくるとか 祐
パズルゲームに頭かかえし 佳
茶をはこぶ木偶人形に花の雨 薫
輪になりて座す里の若草 執筆
平成21年9月20日 於関戸公民館
二十八宿 「月に花野の」 橋豊美捌
セロ弾けば月に花野の広さかな 橋豊美
鴨わたる影よぎる五線譜 古賀直子
衣被粒を揃えて平皿に 梅田 實
むしろを敷いてままごとの子等 藤尾 薫
おしゃべりの隣の奥さんおしゃれして 玉木 祐
絞ったタオルポシェットに入れ 峯田政志
ウ
救急車搬送先の見つからず 直
鯛焼き食べたい何でもないわ 豊
日が暮れて雑踏の街初時雨 薫
二十も若い娘の恋しかる 實
やわ肌の熱き血潮にただ惹かれ 志
多産系にて清純派にて 祐
笑み給う円空佛に花吹雪 直
春風邪をひく仕事着の僧 豊
ナオ
代議士に都踊に誘われて 實
鞍馬の山に鶯の鳴く 薫
猫に相談おまえもしようよダイエット 祐
樽酒空けて祝う還暦 志
見るべきは見しと悠々旅ごろも 直
西に落ちゆく平家一門 豊
袴能月昇りゆく鞆の浦 薫
ゴキブリの知る安全地帯 祐
ナウ
蚊帳のなか幼き頃を偲びつつ 志
悲喜こもごもの女遍歴 實
アプレゲール「ヴィヨンの妻」を騙る妻 祐
ゆらりゆらゆら渡れ吊り橋 直
耳付けて鼓動を聞けり花大樹 實
お玉杓子の泳ぎだすとき 薫
連衆 橋豊美 古賀直子 梅田 實 藤尾 薫 玉木 祐 峯田政志
平成21年10月3日首尾 於無名会 永山公民館
(最初の写真はムクロジの実)