連句通信132号(10周年記念)2009年6月21日発行
初夏の連句会(感想やらご挨拶やら)
連句無名会の、自由で気楽なささやかな歩みが、今年で十年になりました。
その記念行事としてさる五月一七日に「初夏の連句会」と銘打って連句興行が行われました。古い街道の名を残す鎌倉街道と川崎街道の交わる近く、マロニエ並木の咲き誇っている、京王線聖蹟桜ヶ丘駅近接ビルの八階、多摩市公民館の一室でした。
この辺りは、いわゆる多摩の横山と呼ばれている地域で、連句のルーツには縁のあるところです。多摩川対岸には、武蔵国府の跡と言われている府中の大国魂神社の森が望め、かの防人達の壮行会に、防人の妻で、巫女だったと思われる、宇遲部の黒女が
赤駒を山野に放し捕りかにて と歌いだしたところ
多摩の横山徒歩ゆか遣らん と人々が唱和したことで知られています。
無名会が産声を上げたのは、一九九九年、九月九日の重陽の節句といえば、九揃えのまことに縁起よく出来すぎですので、事実は2番目にお目出度い梅香の季節、これから本格的な春が訪れる二月のことでした。
そのころ、多摩周辺の連句愛好者の間で、連句を盛んにしようという機運があったらしく、誰でも参加して楽しめる「多摩連句の会」という連句会が、ベテラン連衆の方たちを発起人に、各市持ちまわりで行われていました。
そうして、その連句会に参加していた多摩市在住の人たち(ほとんどが連句初心者)の雑談の中から生まれたのが無名会です。発案、命名者は、おおたけんのすけさん、その後も会の運営に気を配っていただきました。
今回の「初夏の連句会」に出席していただいたのは、多摩連句と付かず離れずの関係から、指導やら催しやらとお世話になった方々、それから、懐かしきお仲間の人々、もっとも遠方から駆けつけてくれたのは、大先達の中林あやさんでしょうか、それから、初めて見えられた嶽野てまりさんという若い方、これは嬉しく心強いことでした。
最近の無名会は、月二回の例会を全員が連衆で捌きという膝送りで、わいわいがやがや気楽に作品を巻いていましたが、「初夏の連句会」は、久し振りに捌きを、ゲストで連句巧者の鈴木美奈子さん、橘文子さん、山口美恵さんにお願いし、土地柄にちなんで、「乞田川」「大栗川」「多摩川」と名付けた三席で行われました。いずれの席も、時に真剣、時に談笑ありの和気藹々の雰囲気のうちに、定められた時間内に余裕を持って成功裡に満尾したように見受けられました。
これは後に聞いた話ですが、作品形態などは捌き一任で、事前に何の打ち合わせなども無かったのに、三席共に同形式の「源心」で巻き上げられたことでした。これはまさに、連句の真髄ともいうべき以心伝心を、具象的に見せられた感動で大層びっくりさせられました。連衆の方々も、連句の面白さ醍醐味を十分に味わったのではと、勝手に想像しています。
こういう連句会などに参加しますと、現代連句は社会的にも盛んに行われているように思いますが、残念ながら一般にはこの種の文芸としては、それほど愛好者がいる訳ではないようです。現代世相などから考えますと、連句隆盛の時代の予感が無いわけではありません。無名会もそれまで生き続け発展することを期待して、今後も、みなさんの変わらないお力添えを願っています。
無名会十年目の記念句会に参加してくださったベテランの方、古くからの仲間の方々はもちろんですが、現在無名会で活躍しておられて、今回開催の準備万端を整えて下さった会員の方々にも感謝のことばを添えて、締めくくりにさせていただきます。有難うございました。 (坂本統一)
ご来賓からのコメント
菅原紀彦様
久しぶりに皆様とお会いできて何よりでした。例会の様子も色々な方から伺うことができました。
ゆっくり楽しみながら、練習もできる、素敵な会だと改めて思い直しました。
楽しい一日をどうも有難うございました。
橘文子様
無名会発足十周年おめでとうございます。
形式に捕らわれない自在な句作りで連句を楽しみ、続けていらっしゃる成果とお喜び申し上げます。
連句は座の文芸ですが、座が楽しくなければ連句でないと思います。先日はとても楽しい一座で、極上の時間を過ごさせて頂き有り難うございました。皆様のご健吟をお祈り致します。
尚、二十周年まではこちらが保たないかもしれませんので、十三周年、十五周年あたりにでも是非参加させて下さいますようお願い申し上げます。
棚町未悠様
先日は楽しい連句会をありがとうございました。懐かしいお顔に会えて嬉しかったです。また機会があったらお邪魔したいとおもいつつ、なかなか実現しません。
川崎街道の並木のマロニエ(ベニバナとちのき)がピンクの花を満開につけていて綺麗でしたね。この時期の満開の花は初めてみました。
中林あや様
楽しい一日が、あっというまに過ぎてしまいました。いろいろとご準備くださいました皆様、さぞ大変だったことと推察いたします。
本当に有難うございました。
最近は個人的な事情で、連句とも疎遠ぎみでおります。その故もあって自慢の脳がすっかり退化、付け句が出てまいりますやら心配でしたが、お捌きや連衆の皆様との素敵なコラボレーションにどうにか 乗り遅れないですんだと思っています。まあよかったナ。面白い一巻が出来上がったといま確信しています。
雨もあがり、少々の酔いもほどよく、多摩丘陵を縫ってゆくバスに揺られながら、小さな旅が終わりました。どうぞお元気で、またお逢いできますことを願いつつ。
春宮淳一様
無名会十周年おめでとうございます。
皆様の秀句に接し良き一日を過ごせました。
新緑や早十年の愛でたさよ 淳一
山口美恵様
ほんとうにありがとうございました。
とても楽しかった。連衆がかわるとこんなに
新鮮なものかと驚きました。
つまり自分がマンネリに陥っていることに気がつきました。よい企画、おいしいごちそうなにより個性的な連衆にめぐまれて幸せな一日でした。
へたくそな捌きでふだんやりつけない「源心」ご迷惑をおかけしました。三人とも源心とはちょっと驚きました。
渡部葉月様
無名会の皆様、
十周年おめでとうございます。
久し振りに皆様にお目にかかり懐かしく嬉しゅうございました。又楽しい連句のひとときを過ごすことが出来この上なく幸せでした。暖かい皆様の心配りにも申し訳なく思っております。ずうずうしくお言葉に甘えてしまいました。
今後とも連句に励まれますことを祈っております。元気でお過しくださいませ。 (掲載 五十音順)
無名会10周年を祝って
乞田川の席
源信「席の戸を」 鈴木美奈子 捌
席の戸を入れば無名の新樹かな 美奈子
風はわたりて燕来る頃 六魚
シンフォニー指揮者の指のそのままに あや
じゃんけんぽんにまた出したチョキ 直子
ウ
でこぼこの月見団子を飾る台 佳子
忘れ扇に忘れじと書く 政志
にごり酒悩みの多き恋が好き てまり
もっと抱いてとL Lの君 や
大物小物世襲議員の切りもなし 志
何処かでボンと百八の鐘 魚
ロンドンの路地かもしれぬ夢の中 直
帰化をしたのに格子柄着る や
将軍の白馬のくぐる花吹雪 直
缶を蹴りけりのどらかな午後 佳
ナオ
メーデーの怒れる声がビル街を て
ガタリの説きしノマド哲学(*1,*2) 志
わたくしが幸せさうに見える訳 や
五右衛門風呂で蚊を叩いてる 魚
海開き赤褌の天狗面 佳
あんたはいつも訛ってばかり て
全身に張りめぐらせた感度計 奈
てっぺん行きのボタンあります や
寒月は宙飛ぶ船を伴にして て
もがり笛きく右も左も 直
ナウ
山水画老いたる猫を足してみる 魚
門前蕎麦のだしは薄口 佳
半眼に花眺めをり昭和の子 奈
胡蝶舞ひきて止まる肩先 志
*1ガタリ…フランスの精神分析家・思想家(→ドゥルーズ)
*2ノマド…流浪の民。定住民に対していう。
ドゥルーズとガタリは、ノマドが、空間を分割せず、固定した中心を成り立たせず、
また階層性を退けることによって、国家的秩序をしりぞける存在であることを指摘した。
2009年5月17日 於 多摩市関戸公民館
連衆: おおた六魚 古賀直子 嶽野てまり
中林あや 峯田政志 宮澤佳子
大栗川の席
源心「金銀草」 橘 文子 捌
言霊の遊びも十年金銀草 文子
馴鮓の皿並ぶ円卓 統一
沖目指しいざ船出せむ波越えて 明子
鉢巻きりり白球を打つ 薫
ウ
琴の音の誰が為にか月の宮 淳一
光源氏の匂ふ新絹 未悠
黄連雀ヴァージンロードに舞ひ降りる 統
森の外れで交すくちづけ 淳
阿修羅像ぐるり回りて拝観し 悠
夢のお告げで買ふ当り籤 薫
代表の選出いつも茶番なり 明
三寒四温美しき国 淳
滝桜淡墨流し花揺るる 統
学童走り逃水を追ふ 悠
ナオ
徒然に為す術もなく弥生尽 薫
呆けて見せる木鶏の計 淳
名将の五度まみえし古戦場 統
多摩の横山ウォーキングに 悠
昼寝する傍らに猫うづくまる 明
七宝紋の袱紗懐中 淳
文机を貫くほどの文を為し 統
己抛げうち君と溶けゆく 文
悦楽の褥にふたり榾の月 薫
親恋うて鳴く迷ひ子鯨 統
ナウ
無窮動聴きつつwine杯重ね 明
裁判員に突然になり 悠
ソウルツアー両斑屋敷花吹雪 明
遠流の島へ渡るてふてふ 薫
2009年5月17日 於 多摩市関戸公民館
連衆:坂本統一 棚町未悠
春宮淳一 藤尾薫 星明子
多摩川の席
源心「マリア月」 山口美恵 捌
防人や母を残せしマリア月 美恵
森の中から十一の声 實
鮮やかな色の上着は手製にて 禎子
パズル作家ははたとひらめく 葉月
ウ
いざよひの根の国に打つEメール 祐
待ちぼうけして弾く鬼の子 紀彦
私はさそり座なのよそぞろ寒 葉
サプリメントを欠かさずに飲み 實
頼まれて落書きをすることもまた 紀
やくざ映画の刑事強面 禎
入江には吃水深き船溜り 葉
ステンドグラスの嵌る洋館 祐
花守の花の遺伝子つなぎゆく 葉
笛の練習陽炎の中 禎
ナオ
ひとり呑む乾鱈裂けば満ち足りて 實
機密文書はどれも書きかけ 紀
子沢山屋根裏部屋のかくれんぼ 祐
だんじりに乗る粋な若衆 禎
羅の胸を揺らしておいでやす 葉
古い写真を貼ったID 紀
年上の象の話を何度でも 紀
井戸掘りに行くサバンナの雨期 葉
地平線冴える月影みじろがず 禎
ガム噛みながら代はる火の番 紀
ナウ
カルメンの序曲に力貰ひたし 祐
白黒の夢あれは故郷 實
花しづか市松人形目をつぶる 恵
ボール転がるぶらんこのそば 紀
2009年5月17日 於 多摩市関戸公民館
連衆:梅田實 菅原紀彦 玉木祐
古谷禎子 渡部葉月
(以上連衆名は五十音順)
以上は、無名会10周年記念初夏の連句会の内容ですが132号はこの後、
二句表の説明と、2巻が入っています。でも長くなるので
今回はこれでおしまいです。次回をお楽しみにねー。