連句通信123号
2008年5月18日
日本の詩歌は「二句表」から (2)
坂 本 統 一
前回、ヤマトタケルのミコトの東国における旅を、連句作品の創作的旅とみるとき、常陸の国に、その発句、脇ともとれる作品が存在すると言いました。そうしてそれが、あまりにも身近に在ったために見過ごされて来たとも書きました。
万葉集という詩歌の大海の底に沈んでいたためと、わたしたちには、短歌作品としてあまりにもよく知られていたこともあって、連句の原点を告げる作品としては見過ごされて来たように思います。
筑波嶺に雪かも降らる いなおかも
かなしき児ろが布乾さるかも
これは、万葉集「東歌」の中に常陸の国の歌としてあるものですが、いわゆる和歌としての範疇に入るものではありません。明らかに長句から短句が連想され導き出された、長短二句からなる、それも民謡としてのリズムを持った原初的連句作品、と鑑賞することができます。
これこそが、二句一対を「表」とした、連句の旅のはじまりであり、甲斐における御火焼きの翁の答句は(この旅の間に連句作品を見ることができるとすれば)一つのまとまりを持った連句作品の「裏的」挙句、ということになります。
この作品の、現在行われている短歌としての一般的な解釈は、次のようなものです。「筑波嶺に雪が降っている、それとも愛しいあの児が洗った布を乾したのだろうか」(岩波古典文学体系)、というものです。これは、3句目の「いなおかも」を、「それとも、あるいは、そうではないのかな」、と理詰に考えて歌を鑑賞したものです。わたしもずっと、そんなものかなと、そういうふうにこの作品を受け取ってきました。
あるとき、これでは生きた本当の歌の姿、叙景、リズム、叙情などに触れることはできないなと、思い知らされました。この種の作品、歌われた場所などが分っているものは、その所に立ってみる、あるいはその土地柄に即して素直に鑑賞するのが、もっともたしかにその作品を理解する方法のようです。
ヤマトタケルのミコトの常陸における伝説を、神社縁起などに探していたとき、「飯名神社」伝説に出逢いました。それによると飯名社は筑波山南麓の水田地帯を見下ろす「飯名岡」と呼ばれている小高い丘陵上にあり、創祀年代ははっきりしないが、筑波地方ではもっとも古い神社の一つだという。そうして「飯名岡」は、古代歌垣が行われた場所であるとして「筑波嶺」の歌が採られていました。
そうすると、この歌の「いなおかも」は、地名ということになり、文献上の解釈と地元の解釈鑑賞は違ったものになります。
筑波の嶺に雪が降っている、ここ飯名岡にも降っている(あたり一面の雪景色だ)。そうして、その雪景色の連想から、可愛いいあの児が布を乾したのだ、が導きだされたのです。それも、頭の中での理屈ではありません。歌われている行為の中から生み出されたものです。そのことは、「いなおかも、それ、いなおかも」と、民謡の合いの手のように、何回かリズムを取って口ずさんでみればすぐに分ります。明らかに、長句はまったくの叙景句、短句は恋の句ということになり、まさにこれは、長短二句からなる連句作品ということになります。
そこで、この場所にヤマトタケル一行の姿を重ね合わせるとすれば、「筑波嶺に」は、甲斐における連句作品と呼応した、発句、脇句の「二句表」と呼べる作品でした。
二句表「彼の世」
鐘霞む彼の世にわたる噂かな 六魚
鉢の春蘭咲きたる朝 統一
ウ
赤白のアドバルン上げ客よびて 禎子
水着売り場にたかる若者 實
指揮棒に野外演奏はじまりぬ 政志
灯を焚きオリンピアにて 祐
肩抱き月を眺めん石畳 薫
硯洗ひて愛しいと書く 直子
ナオ
身に入むは喉をすぎゆく枡の酒 六魚
兜の緒しめ若武者初陣 統一
外国を望む山河に冴ゆる声 禎子
狸罠見ゆ月がこぼれて 實
杣人に親しむおしん想ひだす 政志
おにぎり弁当船頭と食む 祐
ナウ
売りに出す土蔵をつつむ花吹雪 直子
空を仰げば画眉鳥の舞ふ 薫
* 注 悼 杉浦光夫さん
2008年3月16日ヴィータ会議室
二句表「青春説きし」
辛夷咲く青春説きし師よいずこ 藤尾 薫
淡雪ほろと溶けし窓際 古賀直子
ウ
トテチテタ玩具のマーチ賑やかに おおた六魚
アッパッパ着た井戸端会議 坂本統一
だぼ鯊を魚籠にいっぱい釣りました 古谷禎子
何とかこなす苦心惨憺 梅田 實
終戦日親しく記憶語らいて 峯田政志
ひと夜の妻で犬と待つ宵 玉木 祐
ナオ
湯煙に人目を忍ぶ紅葉酒 薫
柱時計がポンと鳴りやむ 直子
神の留守濡れた番傘二三本 六魚
親族集う梅の初月 統一
サッチモの反戦歌などつまびきて 禎子
遊就館に並ぶ大砲 實
ナウ
しじら織手帳戴く花の下 政志
そうかもしれぬうららかな雲 祐
2008年3月16日ヴィータ会議室
二句表「春の雲」
小手かざす多摩の横山春の雲 梅田 實
遥かにビルを置きて木蓮 玉木 祐
ウ
境内に遊ぶ幼子賑やかに 藤尾 薫
肩にそろりと落ちし文触れ 峯田政志
ひらかないひらいてみたい樟若葉 坂本統一
パリで待つよと囁いてみる 古賀直子
円高でスイートルーム窓の月 大田六魚
祝辞を付けて梨を山盛り 古谷禎子
ナオ
秋惜しむ思い出せない漢字増え 實
何時まで続くねじれ国会 祐
団塊のわれら屋台の在られ酒 直
交替式の兵に寒月 志
歌みたい鐘が鳴ります町外れ 禎
ツアー観光めっちゃ疲れる 薫
ナウ
薄墨の花にくつろぐ爺と婆 一
遠い潮騒蛙ころころ 魚
平成二十年三月一六日 関戸公民館
二句表「カラス」
春うららカラスが小枝くわへてる 古谷禎子
飛び跳ねながら野遊びの子等 峯田政志
ウ
この度は生命をもらう旅ならん 玉木 祐
苗代祭雨に濡れゆく 星 明子
甘酒の甘味ほどよくたっぷりと 古賀直子
郵貯銀行愛想のよき 梅田 實
今むかし炭坑節で月踊り 坂本統一
三味線かかへしゃらり実椿 禎子
ナオ
秋の宿共に炎と縋りつき 政志
夜汽車のデッキ吐息のもれて 祐
弟に蜜柑を投げる赤い頬 明子
雪合戦は月の出るまで 直子
シルバーはヤングのことはわからない 實
金食い虫にも吸血鬼にも 統一
ナウ
悄然と高瀬舟読む花の下 政志
田螺鳴くなり水に足つけ 執筆
2008年4月5日 於 永山公民館
二句表「村役場あり」
東京に村役場あり青き踏む 古賀直子
窓の向こうに笑う山山 坂本統一
ウ
先生はキャップが好きで可愛いくて 古谷禎子
野外演奏指揮者大袈裟 峯田政志
ローマまで藜の杖でコロシアム 玉木 祐
隣の家に回覧まわす 星 明子
虫時雨はたと途絶えた宵の月 直子
吐息かすかに秋の蚊帳揺れ 梅田 實
ナオ
切なくも寝乱れて抱く菊枕 統一
預言どおりに放浪の旅 禎子
針千本喰うて洩れ出る裏話 政志
音羽御殿の月凍てし庭 祐
サングリア出来は上々まわし飲み 明子
平成の世にうかうかと生き 直子
ナウ
大八島津々浦々に花満ちて 實
田鼠は化して鶉となりぬ 統一
2008年4月5日 於永山公民館視聴覚室
二句表「またひとつ」 膝送り
またひとつ廃校通知弥生尽 峯田 政志
春の日陰にアルバムを繰る 星 明子
ウラ
「源氏パイ」黒ごま最中ととりかえて 梅田 實
香水の馨あれは敦盛 おおた 六魚
矢車の風吹き抜ける遊園地 藤尾 薫
浚渫船のゆったりと行く 政志
月の影犬と散歩の防波堤 明子
新酒すすめる馴染みのおやじ 實
ナオ
古書店に影印本の去来の忌 六魚
世界遺産をめぐる道連れ 薫
初恋の人と邂逅氷橋 政志
思いこがして毛衣の月 實
振込は長寿年金横取られ 明子
無一文なる馬頭観音 六魚
ナウ
民謡の古城を埋め花朧 薫
しゃぼん玉吹き笑う子供ら 執筆
2008年4月20日 於関戸公民館
2008年5月18日
日本の詩歌は「二句表」から (2)
坂 本 統 一
前回、ヤマトタケルのミコトの東国における旅を、連句作品の創作的旅とみるとき、常陸の国に、その発句、脇ともとれる作品が存在すると言いました。そうしてそれが、あまりにも身近に在ったために見過ごされて来たとも書きました。
万葉集という詩歌の大海の底に沈んでいたためと、わたしたちには、短歌作品としてあまりにもよく知られていたこともあって、連句の原点を告げる作品としては見過ごされて来たように思います。
筑波嶺に雪かも降らる いなおかも
かなしき児ろが布乾さるかも
これは、万葉集「東歌」の中に常陸の国の歌としてあるものですが、いわゆる和歌としての範疇に入るものではありません。明らかに長句から短句が連想され導き出された、長短二句からなる、それも民謡としてのリズムを持った原初的連句作品、と鑑賞することができます。
これこそが、二句一対を「表」とした、連句の旅のはじまりであり、甲斐における御火焼きの翁の答句は(この旅の間に連句作品を見ることができるとすれば)一つのまとまりを持った連句作品の「裏的」挙句、ということになります。
この作品の、現在行われている短歌としての一般的な解釈は、次のようなものです。「筑波嶺に雪が降っている、それとも愛しいあの児が洗った布を乾したのだろうか」(岩波古典文学体系)、というものです。これは、3句目の「いなおかも」を、「それとも、あるいは、そうではないのかな」、と理詰に考えて歌を鑑賞したものです。わたしもずっと、そんなものかなと、そういうふうにこの作品を受け取ってきました。
あるとき、これでは生きた本当の歌の姿、叙景、リズム、叙情などに触れることはできないなと、思い知らされました。この種の作品、歌われた場所などが分っているものは、その所に立ってみる、あるいはその土地柄に即して素直に鑑賞するのが、もっともたしかにその作品を理解する方法のようです。
ヤマトタケルのミコトの常陸における伝説を、神社縁起などに探していたとき、「飯名神社」伝説に出逢いました。それによると飯名社は筑波山南麓の水田地帯を見下ろす「飯名岡」と呼ばれている小高い丘陵上にあり、創祀年代ははっきりしないが、筑波地方ではもっとも古い神社の一つだという。そうして「飯名岡」は、古代歌垣が行われた場所であるとして「筑波嶺」の歌が採られていました。
そうすると、この歌の「いなおかも」は、地名ということになり、文献上の解釈と地元の解釈鑑賞は違ったものになります。
筑波の嶺に雪が降っている、ここ飯名岡にも降っている(あたり一面の雪景色だ)。そうして、その雪景色の連想から、可愛いいあの児が布を乾したのだ、が導きだされたのです。それも、頭の中での理屈ではありません。歌われている行為の中から生み出されたものです。そのことは、「いなおかも、それ、いなおかも」と、民謡の合いの手のように、何回かリズムを取って口ずさんでみればすぐに分ります。明らかに、長句はまったくの叙景句、短句は恋の句ということになり、まさにこれは、長短二句からなる連句作品ということになります。
そこで、この場所にヤマトタケル一行の姿を重ね合わせるとすれば、「筑波嶺に」は、甲斐における連句作品と呼応した、発句、脇句の「二句表」と呼べる作品でした。
二句表「彼の世」
鐘霞む彼の世にわたる噂かな 六魚
鉢の春蘭咲きたる朝 統一
ウ
赤白のアドバルン上げ客よびて 禎子
水着売り場にたかる若者 實
指揮棒に野外演奏はじまりぬ 政志
灯を焚きオリンピアにて 祐
肩抱き月を眺めん石畳 薫
硯洗ひて愛しいと書く 直子
ナオ
身に入むは喉をすぎゆく枡の酒 六魚
兜の緒しめ若武者初陣 統一
外国を望む山河に冴ゆる声 禎子
狸罠見ゆ月がこぼれて 實
杣人に親しむおしん想ひだす 政志
おにぎり弁当船頭と食む 祐
ナウ
売りに出す土蔵をつつむ花吹雪 直子
空を仰げば画眉鳥の舞ふ 薫
* 注 悼 杉浦光夫さん
2008年3月16日ヴィータ会議室
二句表「青春説きし」
辛夷咲く青春説きし師よいずこ 藤尾 薫
淡雪ほろと溶けし窓際 古賀直子
ウ
トテチテタ玩具のマーチ賑やかに おおた六魚
アッパッパ着た井戸端会議 坂本統一
だぼ鯊を魚籠にいっぱい釣りました 古谷禎子
何とかこなす苦心惨憺 梅田 實
終戦日親しく記憶語らいて 峯田政志
ひと夜の妻で犬と待つ宵 玉木 祐
ナオ
湯煙に人目を忍ぶ紅葉酒 薫
柱時計がポンと鳴りやむ 直子
神の留守濡れた番傘二三本 六魚
親族集う梅の初月 統一
サッチモの反戦歌などつまびきて 禎子
遊就館に並ぶ大砲 實
ナウ
しじら織手帳戴く花の下 政志
そうかもしれぬうららかな雲 祐
2008年3月16日ヴィータ会議室
二句表「春の雲」
小手かざす多摩の横山春の雲 梅田 實
遥かにビルを置きて木蓮 玉木 祐
ウ
境内に遊ぶ幼子賑やかに 藤尾 薫
肩にそろりと落ちし文触れ 峯田政志
ひらかないひらいてみたい樟若葉 坂本統一
パリで待つよと囁いてみる 古賀直子
円高でスイートルーム窓の月 大田六魚
祝辞を付けて梨を山盛り 古谷禎子
ナオ
秋惜しむ思い出せない漢字増え 實
何時まで続くねじれ国会 祐
団塊のわれら屋台の在られ酒 直
交替式の兵に寒月 志
歌みたい鐘が鳴ります町外れ 禎
ツアー観光めっちゃ疲れる 薫
ナウ
薄墨の花にくつろぐ爺と婆 一
遠い潮騒蛙ころころ 魚
平成二十年三月一六日 関戸公民館
二句表「カラス」
春うららカラスが小枝くわへてる 古谷禎子
飛び跳ねながら野遊びの子等 峯田政志
ウ
この度は生命をもらう旅ならん 玉木 祐
苗代祭雨に濡れゆく 星 明子
甘酒の甘味ほどよくたっぷりと 古賀直子
郵貯銀行愛想のよき 梅田 實
今むかし炭坑節で月踊り 坂本統一
三味線かかへしゃらり実椿 禎子
ナオ
秋の宿共に炎と縋りつき 政志
夜汽車のデッキ吐息のもれて 祐
弟に蜜柑を投げる赤い頬 明子
雪合戦は月の出るまで 直子
シルバーはヤングのことはわからない 實
金食い虫にも吸血鬼にも 統一
ナウ
悄然と高瀬舟読む花の下 政志
田螺鳴くなり水に足つけ 執筆
2008年4月5日 於 永山公民館
二句表「村役場あり」
東京に村役場あり青き踏む 古賀直子
窓の向こうに笑う山山 坂本統一
ウ
先生はキャップが好きで可愛いくて 古谷禎子
野外演奏指揮者大袈裟 峯田政志
ローマまで藜の杖でコロシアム 玉木 祐
隣の家に回覧まわす 星 明子
虫時雨はたと途絶えた宵の月 直子
吐息かすかに秋の蚊帳揺れ 梅田 實
ナオ
切なくも寝乱れて抱く菊枕 統一
預言どおりに放浪の旅 禎子
針千本喰うて洩れ出る裏話 政志
音羽御殿の月凍てし庭 祐
サングリア出来は上々まわし飲み 明子
平成の世にうかうかと生き 直子
ナウ
大八島津々浦々に花満ちて 實
田鼠は化して鶉となりぬ 統一
2008年4月5日 於永山公民館視聴覚室
二句表「またひとつ」 膝送り
またひとつ廃校通知弥生尽 峯田 政志
春の日陰にアルバムを繰る 星 明子
ウラ
「源氏パイ」黒ごま最中ととりかえて 梅田 實
香水の馨あれは敦盛 おおた 六魚
矢車の風吹き抜ける遊園地 藤尾 薫
浚渫船のゆったりと行く 政志
月の影犬と散歩の防波堤 明子
新酒すすめる馴染みのおやじ 實
ナオ
古書店に影印本の去来の忌 六魚
世界遺産をめぐる道連れ 薫
初恋の人と邂逅氷橋 政志
思いこがして毛衣の月 實
振込は長寿年金横取られ 明子
無一文なる馬頭観音 六魚
ナウ
民謡の古城を埋め花朧 薫
しゃぼん玉吹き笑う子供ら 執筆
2008年4月20日 於関戸公民館