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ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく独自の種類である



また面白い展開になってきた。これは研究者のみならず、世界中の恐竜ファンにとっても見逃せない研究ですね。ダスプレトサウルスがアナジェネシスというのも異論が出ているし、トーマス・カー博士の築いた鉄壁の体系が崩れる可能性を示しているかもしれない。個人的にはナノティラヌスというものがいてほしいと思ってきたので、共感しながら興味深くみている。ただし多くの人が述べているように、これが最終決着ということではない。

Longrich and Saitta (2024)は6つの論拠に基づいて、ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく、独自の小型ティラノサウルス類であると結論している。これらの論拠はアブストラクトとディスカッションの最初の節にまとめてあるので、それらを読めば大体わかる。(なぜか3と4の順が逆になっているが)

1)生態系におけるティラノサウルス類や他の捕食者の多様性について、多くの場合、複数のティラノサウルス類が共存していることから、それが普通であり、ティラノサウルスの他に別の種類が後期マーストリヒト期のララミディアに存在していたことが示唆される。

2)ナノティラヌスは実はティラノサウルスと同定できるような形質を欠いており、150以上の形態学的特徴についてティラノサウルスと異なっている。一方でナノティラヌスとティラノサウルスの間をつなぐような中間形というものは知られていない。

3)ナノティラヌスの標本には、骨の癒合、成熟した頭蓋骨組織の表面構造、ティラノサウルスと比較して遅い成長速度、成長が減速する過程、成体の体重が1500 kg以下と予測されるような成長曲線がみられることから、これらは亜成体または若い成体であって幼体ではない。

4)タルボサウルスやゴルゴサウルスのような他のティラノサウルス類の成長系列には、ナノティラヌス―ティラノサウルスの成長系列で起きるとされる形態学的変化はみられない。またナノティラヌスからティラノサウルスを生じるためには、恐竜の成長過程で知られているパターンとは合致しない、いくつかの不自然な変化が必要となる。

5)ナノティラヌスのホロタイプよりも小さいが、ティラノサウルスと同定できる特徴を示すティラノサウルス幼体の標本が存在する。

6)系統解析の結果、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外に位置する可能性が高く、ティラノサウルス亜科には含まれない、つまりティラノサウルスの幼体ではない。

1)よく調査された化石産地では、ゴルゴサウルスとダスプレトサウルス、タルボサウルスとアリオラムスのように、複数のティラノサウルス類が共存することが多い。また他の獣脚類についても、アルゼンチンのアベリサウルス類や、北米のモリソン層ではアロサウルス、トルボサウルス、ケラトサウルスなどが共存していたなどの例がある。哺乳類においても、スミロドン、アメリカライオン、ダイアウルフなどは同じ環境に生息していた。つまり複数の捕食者が共存しているのが普通であり、ティラノサウルス1種という方が考えにくい。これは確かに複数のティラノサウルス類がいたことが期待されるが、強い根拠とはいえないような気がする。徹底的に発掘された地層でもたまたま1種しか発見されていないということはありうる。

2)は、中間形がみられないというのが重要なポイントである。もし幼体と成体の関係であれば、必ず中間の形質をもつ個体や、ナノティラヌスの特徴とティラノサウルスの特徴が入り混じったモザイク的な個体がいるはずだが、そういう標本はないという。それを定量的に示すためにいくつかの多変量解析(クラスター解析)を行っており、ナノティラヌスらしい標本とティラノサウルスらしい標本の2つの集団に分かれている。連続的にはならず2つのクラスターに分かれるということである。

最も共感した考察は4)だった。もしナノティラヌスがティラノサウルスの幼体であり、ナノティラヌスの特徴的な形質は幼体であるためということであれば、そのような特徴は他のティラノサウルス類の幼体にもみられるはずである。ところが、タルボサウルス幼体の頭骨は多くの点でナノティラヌスとは異なり、成体のタルボサウルスやティラノサウルスと似ている。丈の高い上顎骨、前方に位置するmaxillary fenestra、大きなmaxillary fenestra、弱くカーブした涙骨の腹側突起、頬骨の後眼窩骨突起の基部が幅広い、などである。これらの特徴はタルボサウルスの成長過程でかなり早く現れるので、おそらくティラノサウルスの成長過程でも早く現れるはずである。より大きいナノティラヌスの標本でこれらの特徴がみられないことは、ティラノサウルスの成長過程がタルボサウルスと全く異なるとしないかぎり、成長による変化では説明できない。
 幼体を含む成長系列はゴルゴサウルスでも知られている。ゴルゴサウルス幼体の頭骨は特に上顎骨、前眼窩窓、前眼窩窩、maxillary fenestraの形について、顕著にゴルゴサウルス成体と似ている。このことからゴルゴサウルスは成長過程で頭骨の形態に劇的な変化はしていないことがわかる。ゴルゴサウルス幼体は、広がった前眼窩窩のようなナノティラヌスの特徴は示していない。よってゴルゴサウルスの成長パターンは、ナノティラヌスの特徴が成長によるものという仮説を支持しない。ナノティラヌスがティラノサウルスの幼体とすれば、ティラノサウルスはその成長過程でタルボサウルスやゴルゴサウルスとは異なる劇的な変化を遂げなければならない。それも不可能ではないが、ナノティラヌスが別の種類と考えた方が可能性が高い。
 前肢の大きさについても、成長による変化とは考えにくい。全長5-6 mの小型の個体であるが、ナノティラヌスBMRP 2006.4.4 とHRS 15001の前肢の指骨は、ずっと大型のティラノサウルスの指骨よりも顕著に大きい。相対成長により体に対して小さくなることはあるが、ナノティラヌスの前肢の骨について説明するためには、成長するにつれて絶対的に縮小しなければならない。骨吸収が起きて各要素のサイズが小さくなる必要がある。そのような現象は、羊膜類では聞いたことがないといっている。

6)では、幼体でなければ何なのか。著者らはナノティラヌスの標本について系統解析を行った。Loewen et al. (2013) のデータセットを用いた場合、ナノティラヌスはアリオラムス族とアルバートサウルス亜科の中間段階にきた。ここではアリオラムス族はティラノサウルス科のすぐ外側なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外ということになる。一方、Brusatte and Carr (2016) のデータセットを用いた場合は、ナノティラヌスはやはりアルバートサウルス亜科とアリオラムス族の中間段階にきた。こちらはアリオラムス族がティラノサウルス亜科なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の中となる。しかし著者らは後者のデータセットには不自然な点があり、前者の方が妥当だろうと考えている。なるほど、アリオラムスとゴルゴの中間的な位置・・・そういわれれば、そんな気もしてくる。



参考文献
Longrich, N.R.; Saitta, E.T. Taxonomic Status of Nanotyrannus lancensis (Dinosauria: Tyrannosauroidea)—A Distinct Taxon of Small-Bodied Tyrannosaur. Foss. Stud. 2024, 2, 1–65. https://doi.org/ 10.3390/fossils2010001
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ラプトレックスは幼体だが、有効な種類である



ラプトレックスは、科博や福井の特別展などでおなじみのすばらしい全身骨格である。これについては過去の記事で2回、取り上げているので参照いただきたい。また丸ビルに来たこともあり紹介している。
 簡単にまとめると、最初のSereno et al. (2009) のときは白亜紀前期の中国遼寧省の小型のティラノサウルス類として報告された。化石業者から購入したKriegstein氏から寄贈されたものなので発掘地などの確かな記録がなく、母岩の鉱物組成や魚の骨などの状況証拠から前期白亜紀の中国とされた。また骨の組織像から成熟に近い亜成体とされ、せいぜい3 m程度の小型のティラノサウルス類ながら、多くの点で進化した大型ティラノサウルス類の特徴を示すとされた。
 ところが、Fowler et al. (2011) によって強力な反論がなされた。専門的にみて魚の骨は前期白亜紀に限られた種類ではないことなどから、層準も産地も明らかではない。さらに、骨の組織像からは盛んに成長中の幼体と考えられた。よってこの化石は、後期白亜紀のモンゴルあたりの、タルボサウルスのような大型ティラノサウルス類の幼体である可能性が高いとされた。これにより、世間の関心も急速に冷めたように思われる。一時は一世を風靡したスターのような扱いであったが、その後は皮肉のようにタルボサウルスの標本と並べられ(いや適切ではあるが)さんざんな目にあっている。その背景には「なんだ、最初のイメージは嘘だったのか」という失望と、幼体だから分類は難しく、よくわからないものであるという諦めがあるように思われる。

しかしこのラプトレックスが少しだけ日の目を見ることがあるかもしれない。最近、ティラノサウルス類の第一人者ともいえるトーマス・カー博士が、内モンゴルのアレクトロサウルスの再記載の論文を出した。アレクトロサウルスのホロタイプは後肢のみであり、再研究によって33もの固有の特徴を見出した。その他に、アメリカ自然史博物館にはイレン・ダバス層産のティラノサウルス類の未記載の頭骨化石があったので、それを記載している。これらは涙骨、頬骨、方形頬骨、翼状骨、歯などである。この化石はもちろんアレクトロサウルスとはいえないが、この涙骨はラプトレックスと最も似ているという。それに関連してカー博士はラプトレックスの頭骨について論じているのである。

Fowler et al. (2011) はラプトレックスが明らかに幼体であることと、産地、層準も不明であることから、ラプトレックスは疑問名にすべきであるとした。一方、カー博士は幼体であることは確かであるが、ラプトレックスは形態学的特徴から他のティラノサウルス類と識別できる、有効な分類名であるという立場である。

カー博士によるとラプトレックスは、タルボサウルスの幼体ではなく新種であることを示すいくつかの特徴をもつ。幼体だからわからないではなく、幼体であっても種に特異的な形質があるというわけである。ゴルゴサウルスやティラノサウルスの成長過程を徹底的に研究したカー博士ならではの見解だろう。
 ラプトレックスが幼体と成体を含めた他のティラノサウルス類と異なる特徴は、涙骨の腹側突起が細く、かすかにカーブしている(ほとんどまっすぐである);涙骨のrostroventral alaが腹側突起の下半分に広がっている;前頭骨の上側頭窩の前側方端が深く窪んでいる、などである。さらに、タルボサウルスの特徴であり小型の幼体にもみられるsubcutaneous flange of the maxillaが、ラプトレックスにはみられない。これらのことからラプトレックスは識別可能な、有効な分類名であるという。もしラプトレックスの成体が見つかるとすれば、それはまっすぐなpreorbital bar (眼窩の前の柱状の部分、ほぼ涙骨の腹側突起)とポケット状の上側頭窩の前側方端をもつだろうといっている。

確かに他のティラノサウルス類の幼体と徹底的に比較することによって、形態学的特徴の分布がよりよく解析されれば、この数奇な運命をたどった標本も少しは浮かばれるのかもしれない。

参考文献
Thomas D. Carr (2022) A reappraisal of tyrannosauroid fossils from the Iren Dabasu Formation (Coniacian–Campanian), Inner Mongolia, People’s Republic of China, Journal of Vertebrate Paleontology, 42:5, e2199817, DOI: 10.1080/02724634.2023.2199817

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ルース:元気な頃



脳腫瘍にかかる前の元気な姿。Two medicine formation ということは、ダスプレトサウルス・ホルネリと共存したのだろうか。ルースは割とがっしりした体形だし、ダスプレトサウルスとの住み分けがよくわからない。生息環境の違いだろうか。
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ダスプレトサウルス・ホルネリ改



2017年には、ホルネリを甘く見ていた。あくまでダスプレトサウルスという系統の中のバリエーションというイメージだった。しかし今回の結果では、タルボサウルスやティラノサウルスへとつながる移行形のような段階である可能性が出てきた。つまりこれは、ダスプレトらしく描いてはいけないものだった。特に涙骨はトロススとは全く異なり、ティラノサウルスの亜成体のようなよくわからないものである。発見当初は、時代が古いにもかかわらず、ティラノサウルスではないかと言われた標本だったことを思い出した。眼窩の方向も、タルボサウルスやティラノサウルスに近づいていたようである。前前頭骨の方向も同様の傾向を表すのだろう。
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ダスプレトサウルス・ウィルソニ



ダスプレトサウルス・ウィルソニは、後期白亜紀カンパニアン(Judith River Formation)に米国モンタナ州に生息した大型のティラノサウルス類で、2022年に記載された。

ホロタイプBDM 107 は分離した部分的な頭骨と胴体の骨で、左右の前上顎骨、右の上顎骨、頰骨、涙骨、方形骨、方形頰骨、歯骨、夾板骨、左の後眼窩骨、鱗状骨がある。その他に部分的な頚椎、仙椎、尾椎、1個の肋骨、1個の血道弓、1個の中足骨がある。頸椎と仙椎はまだクリーニング中であるという。

ダスプレトサウルス・ウィルソニの生息年代はおそらく約76.5 Ma で、ダスプレトサウルス・トロスス(upper Oldman Formation, 77.0 Ma )とダスプレトサウルス・ホルネリ(Two Medicine Formation, 75.0 Ma )の中間の時代と考えられた。

この標本は以下のような形質からダスプレトサウルスと同定された。上顎骨の表面が非常に粗く、盛り上がった稜や窪みはない(ティラノサウルスやタルボサウルスとは異なる);後眼窩骨の角状突起が外側側頭窓に近づいている;鱗状骨の後眼窩骨突起が外側側頭窓の前縁よりも後方で終わっている;歯骨の下顎結合面symphyseal surface が極めて粗い、である。

ダスプレトサウルス・ウィルソニの固有派生形質は、夾板骨のmylohyoid foramen という孔が細長いことであるが、その他にダスプレトサウルスとして祖先的な形質と派生的な形質の組み合わせを多数示す。つまりダスプレトサウルス・トロススとダスプレトサウルス・ホルネリのちょうど中間的な形態を表す。これはかなり細かいのでいくつかの骨について書き留める。

ダスプレトサウルス・ウィルソニの前上顎骨の歯列は、ダスプレトサウルス・ホルネリ、タルボサウルス、ティラノサウルスと同様に、ほぼ真横(内側外側)に並んでいるので、側面から見ると最も外側の1本だけがはっきり見えると考えられる(ウィルソニでは歯は1本しか保存されていないが、歯槽の配列から)。一方、ダスプレトサウルス・トロススやより基盤的なティラノサウルス類では、前上顎骨の歯列は前内側方向に並んでいる。トロススのホロタイプでは側面から見ると2、3本の歯が見える。つまりこの点ではウィルソニはトロススよりも進化的で、ホルネリなどと似ている。

涙骨の角状突起は、ダスプレトサウルス・ホルネリ、タルボサウルス、ティラノサウルス以外のティラノサウルス科と同様に、はっきりした頂点をもって背側に突出している。この頂点の位置は他のティラノサウルス亜科と同様に、涙骨の腹側突起の真上にある。ウィルソニの角状突起の高さは、トロススとホルネリの中間である。
 Carr et al. (2017) は、涙骨に余分の角状突起accessory cornual process があることが、ダスプレトサウルスの共有派生形質としている。しかし、この突起は他の種類にもみられる涙骨の眼窩上突起supraorbital process と区別できないものであるという。著者らがティラノサウルス、タルボサウルス、テラトフォネウスの涙骨の眼窩上突起を観察したところ、ダスプレトサウルスのものと同一と考えられた。よってこの余分の角状突起という形質は、定量的に示されない限り用いるべきではないといっている。


ウィルソニでは前前頭骨は保存されていないが、涙骨の前前頭骨との関節面から、その方向を知ることができる。それによるとウィルソニとトロススでは、前前頭骨は前後方向を向いている。これはゴルゴサウルス、テラトフォネウス、チアンジョウサウルスにもみられる。一方、ダスプレトサウルス・ホルネリ、タルボサウルス、ティラノサウルスでは、前前頭骨は前内側あるいは内側を向いている。つまりこの点ではウィルソニは、トロススと近く、ホルネリ以上とは異なる。

ウィルソニの後眼窩骨は、トロススと最も似ており、大きな角状突起が後方で外側側頭窓の前縁に近づいている。Carr et al. (2017) は、後眼窩骨の角状突起が外側側頭窓に近づいていることをダスプレトサウルスの共有派生形質とした。しかし、ホルネリのホロタイプでは後眼窩骨の角状突起は外側側頭窓に近づいておらず、むしろティラノサウルスやタルボサウルスのように離れている。
 同様にウィルソニとトロススで共有している形質は、後眼窩骨の角状突起が2つの突起に分かれていることである。眼窩の背側のsupraorbital shelf と、より後腹側にあるcaudodorsal tuberosity である。ホルネリでは角状突起が2つに分かれておらず、ひとかたまりになっている。

後眼窩骨の腹側突起は他のダスプレトサウルスと同様に先細りになっている。ティラノサウルス、タルボサウルス、ゴルゴサウルス、テラトフォネウス、アルバートサウルスでは大きな後眼窩骨の眼窩下突起が前方に突き出しているが、それはみられない。ダスプレトサウルスでも眼窩下突起が全くないわけではないが、他のティラノサウルス科に比べて非常に小さい。


新種といっても既に有名な属だし、ホルネリとトロススの中間ということで、それほど新鮮味はないのかなと思っていたが、これはダスプレトサウルスのとらえ方が変わるかもしれない、重要な研究だろう。今回の系統解析の結果では、ダスプレトサウルスがクレードにならず、多系群になっている。トロスス、ウィルソニ、ホルネリは最も進化したティラノサウルス類(タルボサウルスやティラノサウルスなど)を生みだすための「段階」のようになっている。このことについては、別の論文を投稿中なのでここでは触れないといっている。これらのダスプレトサウルスの各種類はアナジェネシスにより進化したというCarr et al. (2017) の仮説を支持しているが、アナジェネシスの過程が含まれた場合、分岐分析はどうなるのだろうか。分岐しないものに分岐分析を適用できるのだろうか。
 もし今後もこの分岐図が支持されるならば、ウィルソニとホルネリはそれぞれ、ダスプレトサウルスではなく別の属名を与えなければならなくなるとも述べている。いずれにしても今後の研究が楽しみである。


参考文献
Warshaw EA, Fowler DW. 2022. A transitional species of Daspletosaurus Russell, 1970 from the Judith River Formation of eastern Montana. PeerJ 10:e14461 DOI 10.7717/peerj.14461
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チアンジョウサウルスの頭骨の再記載



一般的には頑丈な丈の高い頭骨をもつティラノサウルス科の中で、細長い頭骨をもつグループがアリオラムス族Alioraminiで、モンゴルのアリオラムス・レモトゥスAlioramus remotus、アリオラムス・アルタイAlioramus altai、中国のチアンジョウサウルス・シネンシスQianzhousaurus sinensisからなる。このうちチアンジョウサウルスについては、このブログの過去の記事でも取り上げているが、最近、頭骨についての再記載の論文が出ているので簡単にまとめておく。チアンジョウサウルスはLü et al. (2014)で最初に記載されたが、図が3つしかない短い記載であった。その後誠に残念ながら、Lü博士が逝去されたので、共同研究者のBrusatte博士らを中心にあらためて詳細に頭骨を研究し、標徴形質などを改訂したものである。

改訂された特徴によるとチアンジョウサウルスは、以下の固有形質をもつ吻の長いティラノサウルス類である。上顎骨の上行突起に大きな孔accessory foramenをもつ;極端に縮小した前上顎骨;鼻骨は側面が直線的な棹状で、外鼻孔付近で側方に拡がっていない;涙骨の腹側突起が前腹方を向いている;鱗状骨の前方突起の背側枝が細長い;鱗状骨の腹側突起が前後方向を向いている;歯骨の前縁が、腹側縁となめらかにつながっている、などである。

前上顎骨はアリオラムス・レモトゥスとアリオラムス・アルタイでは保存されていないので、チアンジョウサウルスのそれはアリオラムス族で唯一のものである。ティラノサウルス類(上科)全般で、頭骨全体に対して前上顎骨は小さい骨であるが、その中でもチアンジョウサウルスの前上顎骨は特に小さく、頭骨長の2.2 %にすぎない。他のティラノサウルス類では4-10 %である。すなわち、チアンジョウサウルスの吻は長いが、上顎骨や鼻骨が長く伸びているのであり、前上顎骨は伸びていない。
 外鼻孔は多くのティラノサウルス類と同様に、涙形tear-drop をしている。前上顎骨の背側突起と腹側突起が長く伸びていることにより、外鼻孔の角度はティラノサウルスやタルボサウルスよりも、より水平に近くなっている。タルボサウルスでは前上顎骨と鼻骨の縫合が外鼻孔の前端近くの上にあるが、チアンジョウサウルスではもっと後方の外鼻孔の中央付近の上にある。タルボサウルスの状態はティラノサウルスと同様であり、一方アルバートサウルス亜科やビスタヒエヴェルソルではチアンジョウサウルスの状態に近い。
 前上顎骨には4個の歯槽があり、他のティラノサウルス科と同様に内側外側方向を向いてU字形の吻をなしている。

上顎骨はアリオラムス・アルタイと同様に、他の多くのティラノサウルス類と比べて長く丈が低い。大型ティラノサウルス類と同様に上顎骨の腹側縁は凸型にカーブしているが、その程度はティラノサウルスやタルボサウルスほどカーブしていない。上顎骨の外側面はアリオラムス・アルタイよりも粗面が発達しているが、ティラノサウルスやタルボサウルスほどではない。Maxillary fenestra は大きく長い卵形で、アリオラムス・アルタイとは似ているが、他のティラノサウルス類の円形に近い形とは異なっている。Maxillary fenestraの前方には、小さなpromaxillary fenestraを収める窪みがある。Promaxillary fenestra はアリオラムス・アルタイよりも小さく、maxillary fenestra とより近い位置にある。上顎骨の上行突起には、maxillary fenestraの後背方に、長円形の余分な含気孔がある。アリオラムス・アルタイではこの部分に浅い窪みはあるが孔ではなく、他のどのティラノサウルス類にもみられないので、これはチアンジョウサウルスの固有形質と考えられる。さらに、著者らはLü et al. (2014)には記載されていない特徴を見いだした。前眼窩窓とmaxillary fenestraの間にある小さな窪みで、これはアリオラムス・アルタイにはみられない。ティラノサウルス、タルボサウルス、ズケンティラヌスではこの部分に余分な貫通した孔がある。チアンジョウサウルスでは貫通した孔ではないが、相同な構造かもしれないという。
 上顎骨には15個の歯槽があり、それらは肥厚したincrassate形をしている。つまり前後(近心遠心)の長さに対して内外(唇側舌側)の幅が60% 以上であり、これはアルバートサウルスやダスプレトサウルスとともに中間的な状態である。これはアリオラムス・アルタイのより薄い歯槽とも、ティラノサウルスやタルボサウルスのより厚い歯槽とも異なる。

左右の鼻骨はティラノサウルス類全般と同様に癒合しており、盛り上がったvaulted丸天井の形をしている。吻が長くなるとともに、ティラノサウルスやタルボサウルスと比べて鼻骨は前後に長く伸び、背腹の丈が低くなっている。
 背側から見ると、鼻骨はまっすぐな棹状であり、全体にわたって幅がほとんど一定である。これはアリオラムス・レモトゥス、アリオラムス・アルタイ、アルバートサウルス亜科、ティラノサウルス科以外のティラノサウロイドと同様である。多くのダスプレトサウルス、ティラノサウルス、タルボサウルスの標本では、鼻骨の前方が幅広く、後方へ行くにつれて狭くなっている。この点について、“まっすぐな”グループの中でも変異があるという。チアンジョウサウルスでは鼻骨が厳密にまっすぐで、左右の外側縁がほとんど直線的である。一方2種のアリオラムスでは前端と後端がわずかに拡がっているので、背側から見ると中央がややくびれている。この厳密にまっすぐな鼻骨はチアンジョウサウルスの固有形質かもしれない。このことはLü et al. (2014)には記述されていないという。ただしこの形質は変異があり、ゴルゴサウルスでは標本によって、くびれているものとまっすぐなものがあるという。
 鼻骨の最も目立つ特徴として、背側面の正中線上に、4つの山形の突起が並んでいる。この顕著な角状の突起はアリオラムス族の共有派生形質であり、アリオラムス・レモトゥスとアリオラムス・アルタイにもみられる。チアンジョウサウルスの突起は、アリオラムス・アルタイと比べてより大きく、なめらかで、丘状hillock-shapedである。これは成長段階による違いかもしれない。

頬骨には2つの目立つ特徴がある。1つは頬骨の腹側縁にある角状突起cornual processで、これはティラノサウルス上科全般にみられ、特にティラノサウルス科で発達している。その他に、アリオラムス・アルタイには固有形質として、角状突起よりも上方に側面を向いた“角”がある。Lü et al. (2014)は、チアンジョウサウルスにはアリオラムス・アルタイのような角はないと記述しているが、これは誤解を招く言い方である。実際は、チアンジョウサウルスには側面を向いた突起laterally projecting rugosityがある。ただしアリオラムス・アルタイの状態に比べて、この突起は大きく、膨らんでおり、角状というより稜状で、前後に拡がっている。このチアンジョウサウルスの突起はアリオラムスのようにはっきりした角状ではないが、相同な構造と考えられ、他のティラノサウルス類にはみられないものである。この突起の表面には背腹にはしる溝がついており、またいくつかの神経血管孔がある。

鱗状骨の前方突起は前方に伸びて、後眼窩骨の後方突起と下側頭窓の上で結合する。この鱗状骨の前方突起は、背側枝dorsal prongと腹側枝ventral prongに2分岐して後眼窩骨の後方突起を挟んでいる。チアンジョウサウルスでは側面から見て、腹側枝が広範に見えているが、アリオラムス・アルタイでは腹側枝は同じくらい長いが、大部分が後眼窩骨の後方突起の陰に隠れている。またアリオラムス・アルタイを含む他のティラノサウルス類と比較して、チアンジョウサウルスの背側枝はきゃしゃで細長い。
 鱗状骨の腹側突起は下側頭窓の中に突き出して方形頬骨と結合する。この鱗状骨の腹側突起は前後方向を向いており、前方突起とほとんど平行になっている。このことはLü et al. (2014)には認識されていない、チアンジョウサウルスの固有形質である。

歯骨はアリオラムス・アルタイと同様に細長く、丈が低い。これはティラノサウルスなど丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類と異なる。歯骨の全体的な形は他のティラノサウルス類と似ているが、チアンジョウサウルスではアリオラムス・アルタイを含む他のすべてのティラノサウルス類と異なる特徴がある。歯骨の前腹側端に“おとがい”chin がないことである。ティラノサウルス、タルボサウルスなど丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類では、歯骨の前腹側端にはっきりと突出した突起がある。アリオラムス・アルタイでも、下顎結合のところに低い突起がある。それに対してチアンジョウサウルスでは、歯骨の前縁と腹側縁が曲線でなめらかにつながっている。これはLü et al. (2014)の中で記載されているが、標徴形質には入っていなかったという。
 また歯骨の前縁は、長軸に対して45°傾いている。これはアリオラムス・アルタイやアルバートサウルス亜科と似ている。リスロナクス、ズケンティラヌス、タルボサウルス、ティラノサウルスでは、歯骨の前縁はより直角(垂直)に近い。
 チアンジョウサウルスの歯骨には18個の歯槽がある。これはアリオラムス・レモトゥスと同じであるが、アリオラムス・アルタイの20個より少ない。アリオラムス族以外のティラノサウルス類では17個を超えることはないという。

古生態学的に面白いのはやはり他の大型ティラノサウルス類とのすみ分けで、最後に論じている。ティラノサウルスやタルボサウルスのような大型ティラノサウルス類は、骨ごと噛み砕いて肉片を引きちぎるpuncture-and-pull という摂食様式で、角竜類やハドロサウルス類など大型の獲物を捕食する上で成功を収めていた。Brusatte et al. (2012) ではアリオラムスの頭骨が異なる特徴をもつことから、アリオラムスは異なる摂食様式で恐らく小型の獲物を捕食していただろうとしている。
 今回のチアンジョウサウルスの頭骨についても、1)歯の形状がアルバートサウルスくらいの中間型でタルボサウルスほど厚くはないこと、2)頭蓋の各骨のつくりが丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類ほど頑丈ではないこと、3)筋肉の付着部、例えば上角骨の咬筋の付着面が大型ティラノサウルス類よりは小さいこと、から大型ティラノサウルス類のようなハード・バイターではなかったと考えられた。
 興味深いのは、アジアにおいてアリオラムス族はタルボサウルスのような大型ティラノサウルス類と共存していたことである。最近の研究で、大型ティラノサウルス類が君臨する生態系では、小型や中型の捕食者のニッチをティラノサウルス類の幼体・亜成体が占めてしまうことで、獣脚類の多様性が低かったことが報告されている。するとアリオラムス族はどうやって大型ティラノサウルス類とニッチ分割できたのだろうか、ということである。この点について明確な答えはないが、アリオラムス族は細長い顎をもつことでタルボサウルスの亜成体とも異なる獲物を開拓することにより、白亜紀末まで共存できたのではないか、というようなことを言っている。例えばモンゴルでは、タルボサウルスの亜成体はハドロサウルス類やアンキロサウルス類の小さい幼体など、食べ応えのある獲物を好み、捕らえるのが難しい割に肉が少ない小型のコエルロサウルス類などは狙わなかったが、アリオラムスはオヴィラプトル類やトロオドン類などに目をつけ、捕食するようになったということだろうか。あるいは巣穴に隠れている哺乳類などを急襲する上で細長い顎が非常に役立ったのだろうか。


参考文献
William Foster, Stephen L. Brusatte, Thomas D. Carr, Thomas E. Williamson, Laiping Yi & Junchang Lü (2021) The cranial anatomy of the long-snouted tyrannosaurid dinosaur Qianzhousaurus sinensis from the Upper Cretaceous of China, Journal of Vertebrate Paleontology, 41:4, e1999251, DOI: 10.1080/02724634.2021.1999251
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ズケンティラヌスA



買ったから。
縞模様でなくてグラデーションを表現しようとしたら、ウロコっぽくなった。
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ティラノサウルスの変異と成長系列



グレゴリー・ポールの3種説はトーマス・カーに一蹴されたようだ。トーマス・カーに却下されてしまうと、なかなか認められないだろう。
 ティラノサウルスのように多数の標本があり、すでに徹底的に研究され、個体変異があることも認識されている種類について、新しい分類を提案することは容易ではないことは、十分想像がつく。ノミ状の歯骨歯が1個か2個かというのも、ティラノサウルスの個体変異として昔から有名なものであるようだ。
 ティラノサウルスの標本には大腿骨など1つや2つの形質ではなく、非常に多数の変異があり、それら全部について解析するとCarr (2020) のようになるはずだということだろう。

Carr (2020) はティラノサウルスの成長過程に関する集大成のような論文で、その内容は膨大で多岐にわたり、また難解でもあるので、解説する立場にはない。概要としてはティラノサウルスの多数の標本について、年齢、サイズ、形態(成熟度)を含めて分岐分析したもので、ティラノサウルスの成長過程はこう考えられるとまとめたものである。長年のナノティラヌス問題についても、決定版として提示した形である。


Copyright 2020 Carr TD

1,850 もの形質を用いて44 個の標本を解析した結果、ワイルドカード(どこにでも当てはまる)の標本が13個あることがわかった。そこでこの13個を除いて31 の標本について解析すると、1つの最節約的な分岐図(この場合オントグラムという)が得られた。このオントグラムは21の成長段階からなり、それらは小さい幼体、大きい幼体、亜成体、若い成体、成体、老齢の成体の6つのカテゴリーに区分された。
 成熟した成体の中でも、スーFMNH PR2081は独自の形質の変化を多数持っており、成長系列の最後に位置する21番目の成長段階と考えられる。一方、スーとほぼ同じくらい大きく体重ではより大きいスコッティRSM 2523.8は、成体の中では最も成熟度が低い(若々しい?)形質を示すという。
 最初のナノティラヌスCMNH 7541は小さい幼体(成長段階4)、ジェーンBMRP 2002.4.1は大きい幼体(成長段階5)となっている。この分岐図を見る限り、ナノティラヌスCMNH 7541とジェーンBMRP 2002.4.1の間には共通する形質もあるが、異なる点も多数あり、CMNH 7541はずっと幼体らしい形質をもつのだろう。総合的にみるとジェーンは次の亜成体(成長段階6)とより似ており、CMNH 7541は外側にくることになる。つまりナノティラヌスとされた標本は1つの枝にはならず、ティラノサウルスの一部として全体の構図に組み込まれている。このように統一的に説明できてしまうというわけだ。ジェーンの前後の成長段階との形質の変化が非常に大きいが、これは幼体から亜成体へと急激に変化する時期と考えれば不思議はない、ということだろう。

ティラノサウルスの骨格には性的二型はみられないともいっている。骨髄骨の存在からメスと考えられている標本が2つあるが、この骨髄骨が根拠になるかどうか自体も議論がある。このメスと仮定される標本と他の5個くらいの標本で頭骨の形質を比較してみると、メスと仮定される標本と他の標本の違いは多数あるが、それらは他の標本の間でバラバラに分布しており、いくつかの標本で一定の違いがまとまっていることはなかった。ティラノサウルスの化石はサンプル数が十分多いので、オスとメスが混じっているはずである。もしメスに特有の形質がいくつかあるとすれば、いくつかのオスの標本ではそれらの違いがまとまっているはずだ、というわけである。
 多数の形質の中でもし雌雄の一定の違いがいくつもあれば、成長系列全体が途中から分岐した形になるか、個体変異として表れるはずであるという。そういうことはみられないので、性的二型はみられないと結論している。

最も多数の形質変化がみられるのは大きい幼体から亜成体への時期(成長段階5から6)で、長く丈の低い頭骨から丈の高いがっしりした頭骨に変化する。また前眼窩窓周囲の骨の含気性の発達、胸帯および四肢の変化も起きるという。成長段階13になると成体となり、External Fundamental System (EFS) (骨の断面で成長線を見るときに外側にある、成長が停止する兆し)が初めて現れるという。

ナノティラヌス問題については、歯の数が増えたり減ったりすることが、依然としてちょっと引っかかる。最も近縁なタルボサウルスでは成長しても変わらないということであり、成長と関係なく個体変異があるという方がまだわかりやすい。やはり、幼体から亜成体にかけての肝心な時期が1個体しかないということがネックと思われる。成長段階5(13歳)はジェーンしかないわけで、もし同じ13歳で頭骨が短く歯の数が少ないものが5個体くらい発見されたら、ジェーンを除外した方が成長系列がより自然につながるということになるのだろうか。

(ポールの話に戻ると)ちなみにトーマス・カー博士がダスプレトサウルス・ホルネリを樹立した時は、生息年代が異なることがわかっている上に、トロススを含めた他のティラノサウルス類と区別できる標徴形質が11個あった。


参考文献
Carr TD. 2020. A high-resolution growth series of Tyrannosaurus rex obtained from multiple lines of evidence. PeerJ 8:e9192 DOI 10.7717/peerj.9192

Copyright 2020 Carr TD
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模様の練習



YouTube でオーストラリアのペレンティーオオトカゲの模様が美しいと思ったので、参考にしてみた。

最近はYouTube等の動画で世界の動物が見られて、良い時代になったものである。ジャガーがカイマンを襲うところとか、マダガスカルのフォッサとか何でもある。

古生物についても、テレビでは絶対に見られない、古生物ファン向けのマニアックなものが色々ある。クジラの進化などはメジャーな方である。最近、Dr. Polarisという人の動画でニムラヴス類とかメソニクス類とかを見ていたが、三畳紀の奇妙な爬虫類がすごい。アロコトサウリアとかアファノサウリア、プロテロチャンプシアとか見ていて飽きない。
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ティラノサウルス ポーズ3.2



「ザ・ありがち」な構図で、児童書などにもありそうであるが。マンガのように描くことはできるが、もっと完成度を高めて仕上げたいところである。
 模様なしで暗いカーキくらいの色にした方が強そうだが、結局明るめの色にしてしまった。暗い色バージョンも作ろうか思案中。
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