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バリオニクスは潜水したとは限らない(下)


Fabbri et al. (2022) を読んだ時には、ごく近縁なバリオニクスとスコミムスで骨密度がそんなに違うんだ、というのが新鮮な驚きであった。ところがMyhrvold et al. (2024) によると、これらのスピノサウルス類の骨密度のデータ自体に問題があるという。統計学的解析以前の問題である。Myhrvold et al. (2024) はスピノサウルス類の骨について、実際に画像を撮り直すなどして徹底的に再検討している。
 まず骨密度Cgの数値には、骨のどの部位の断面なのか、薄切した切片なのかCTスキャンの画像なのか、画像をどのように数値処理するかなど、いろいろな理由でばらつきが生じる。例えば実際のCT画像は写真のように濃淡のグラデーションがあるので、これを骨のある部分と骨のない部分に二値化binarization して比率を計算する。そのためにある一定の閾値threshold で分けるので、この閾値の決め方によって骨密度が変わってくる。またX線の照射量によって画像は薄くも濃くもなる。さらに化石化の過程で骨内部に浸透した鉱物成分と区別しなければならない。

スピノサウルスのネオタイプ(FSAC-KK)の大腿骨の断面には確かに骨髄腔はなく、ほとんど骨で埋め尽くされている。Fabbri et al. (2022)は骨密度を0.968としている。これは実際にMyhrvold et al. (2024) が追試しても大体同じで、切片の割れ目を修復したりすると0.998となった。しかしスピノサウルスの大腿骨の標本は他にもある。同じケムケムで採集されたネオタイプと同じくらいの亜成体のスピノサウルス大腿骨があり、この第2標本(CMN41869)では、小さい骨髄腔があり、骨密度は0.849となった。また同じケムケムからずっと小さい幼体の大腿骨が知られており、この第3標本(CMN50382)では骨全体にわたって大きな骨髄腔がみられ、骨密度は0.695となった。これらのことからスピノサウルスの大腿骨は確かに非常に高い骨密度を示すが、成長過程で大きく変化し、また同じくらいの亜成体にも変異があることがわかった。

バリオニクスとスコミムスについては、もっと衝撃的である。なんとFabbri et al. (2022)のいう骨密度の大きな差は、アーティファクトであるという。つまりバリオニクスの骨密度は過大評価されており、スコミムスの骨密度は過小評価されているという。
 バリオニクスの大腿骨については、Fabbri et al. (2022)が示したのと同じ部分のCT画像を撮り直して再検討した。一見穴の小さいドーナツ型に見えるが、詳細に観察したところ骨髄腔の輪郭はもっと外側であり、その内部には骨組織がみられず鉱物成分と考えられた。Fabbri et al. (2022)は骨密度を0.876としているが、Myhrvold et al. (2024) が追試した結果は0.773となった。

スコミムスについてはFabbri et al. (2022)が示しているのは、以前セレノが作成したホロタイプと同じ大きさの大腿骨の薄切標本の画像を二値化したもので、骨密度は0.682としている。一見穴の大きいドーナツ型に見えるが、元の写真を見ると穴の内部にも海綿骨が伸びており、Myhrvold et al. (2024) が骨組織を正確に識別して計算すると骨密度は0.740となった。これはバリオニクスの数値と比べて4%しか違わない。つまり追試した結果、バリオニクスとスコミムスの骨密度はそれほどの差はないと考えられた。

全体として、Fabbri et al. (2022)の研究にはデータの選び方や解析方法などあらゆる点で問題点が多くあり、スピノサウルスとバリオニクスは日常的に潜水し獲物を追跡する水中摂食者であり、スコミムスはそうでないという彼らの結論は支持されないとしている。
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バリオニクスは潜水したとは限らない(中)


Fabbri et al. は大腿骨と肋骨の骨密度だけを用いているが、Bone ballast hypothesis は体全体の密度に関係している。哺乳類や恐竜以外の爬虫類であれば、大腿骨と肋骨の骨密度で他の骨格の骨密度を代表させることもできるかもしれない。しかし恐竜と鳥類では脊椎に含気性が発達しており、空気の比重は非常に小さいために、含気性の効果は骨髄腔が骨で置き換えられる効果よりも大きい。
 鳥類では、潜水し獲物を追いかける習性と含気性の減少または喪失が相関している(アビ、カイツブリ、ヘビウ、ペンギン)。一方スピノサウルス類の頚椎、胴椎、仙椎には含気性が発達しており、スピノサウルスの含気性はバリオニクス亜科のバリオニクスとスコミムスよりも大きいという。前方の胴椎の含気孔や小室はスピノサウルスの方がスコミムスよりも発達している。中央の胴椎には顕著な楕円形の含気腔があり、挟まれた骨組織は隔壁のようになっている。中央の仙椎にも大きな含気孔と小室がある。
 スピノサウルスの含気性の効果は非常に大きいために、3Dモデルを作成して体全体の密度を計算すると、完全に水面下に沈むことも、安定して浮いていることもできないことがわかっている。また尾の推進力では速く泳ぐこともできない。生体力学的な解析ではスピノサウルスは潜水して活発に行動することはできないという結果が得られている。
 これまでの詳細な解剖学的、生体力学的研究を無視して、大腿骨と肋骨の骨密度だけを多数の分類群で解析すれば決定的な結論が得られると思うべきではないといっている。

Bone ballast hypothesis は羊膜類全体に通じる普遍的な法則ではなく、多くの例外がある。また、潜水性以外にも骨密度が大きくなる要因はある。ゾウや竜脚類のような大型の動物では、重い体重を支えるため四肢の骨の骨密度は大きくなる。このことはFabbri et al. (2022) も認めている。これらの大型陸生動物はしばしば柱状の四肢骨をもち、graviportal と呼ばれる。
 スピノサウルス類は獣脚類の中でも大型の方であり、特にスピノサウルスは大きい。よって大型陸生動物と比較されるべきである。しかしFabbri et al. (2022)は最終的なデータセットで、大型陸生動物を除外している。陸生動物のカテゴリーから骨密度の高い大型陸生動物を抜いて、小型の陸生動物ばかりになれば、スピノサウルス類が潜水性の動物のカテゴリーに振り分けられる可能性は高くなる。つまりこの大型陸生動物を除外する操作は、恣意的な解析をしているのではないかということである。

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バリオニクスは潜水したとは限らない(上)


スピノサウルス類の生態については、主に魚食性であることから水辺に依存した生活をしていたことは一致しているが、その摂食行動については対立した意見があり、現在も論争が続いている。バリオニクス以来の半水生で河川や沼地などの岸辺から、あるいは浅瀬に立って水面上から魚を捕食したという伝統的な考え方と、2014年以後のスピノサウルスについて体形や尾の形状から、水中で活発に魚を追跡する捕食者とする説である。
 2022年にFabbri et al.は、大腿骨と肋骨の組織像から骨密度(global bone compactness, Cg)と最大直径(maximum diameter, MD)のデータをとり、様々な生活様式の羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)で生活様式ごとに比較した。飛行するものとしないもの、潜水するものとしないものなどをスコアし、phylogenetic flexible discriminant analysis (pFDA)という統計学的手法で解析した。その結果、スピノサウルスとバリオニクスは高い骨密度をもち、完全に水中で獲物を追跡する水中捕食者であり、一方スコミムスは浅瀬に立って魚を捕らえる捕食者であると結論した。(「スピノサウルス類の骨密度」の記事)
 今年2024年になって、これに反論する研究が出版されている。Myhrvold et al. (2024) は、Fabbri et al.の論文で用いられたデータや解析方法を詳細に再検討した結果、多くの問題点があり、彼らの結論は無効であり、定量的な意味がないと指摘している。

二次的に半水生となったある種の動物で、高い骨密度がバラストとして役立つという考えは、過去の文献でよく研究されており、そこではbone ballast hypothesisと呼ばれてきた。しかしFabbri et al.はbone ballast hypothesisの長い研究を単純化し、誤って解釈しているという。半水生や水生の四足動物にとって骨密度が有利となるかどうかは、生活様式によって大きく異なる。骨密度が高いと体全体の密度も高くなり、肺の容積が大きくても潜水は容易となる。しかし重量が大きいと体の操作性は低下する。Taylor (2000)によると、高い骨密度は、水底の植物や無脊椎動物を食べるような遅く泳ぐ動物や浅瀬に潜る動物にとっては有利である。例えば、カイギュウ類、原始的な鰭竜類(ノトサウルス)、板歯類、ラッコである。Taylorや他の研究者はそれ以外の生活様式は高い骨密度と適合しないことを見出した。実際に、速く泳ぐ動物や獲物を追跡する捕食者には高い骨密度はみられない。
 ところがFabbri et al.の言い回しは、マナティーのような場合と水中で獲物を追いかける捕食者を一緒にしている。このことはTaylorや他の研究者から批判されている。つまり高い骨密度と半水生や水生の動物における優位性の関係は単純ではない。カイギュウ類ジュゴン(Cg = 0.994)やアメリカマナティー(Cg = 0.977)は非常に高い骨密度をもち、水底の植物を食べるのにエネルギーを節約している。ラッコ(Cg = 0.908)は潜水して貝類を食べるが、追跡することはほぼ必要ない。ニタリクジラ(Cg = 0.611)のより低い骨密度は小魚の群れを追いかけることと対応しており、ゼニガタアザラシ(Cg = 0.436)はさらに低い骨密度をもつ。Fabbri et al.は、生活様式が大きく異なるこれらの動物を同じグループに入れている。
 これらの知見を考えると、スピノサウルスやバリオニクスの高い骨密度は、泳ぐのが遅い動物ということを示唆しており、水中で活発に魚を追跡する捕食者という水生説のイメージを支持することにはならないというわけである。

水中摂食subaqueous foragingの定義とデータの内容が一致しないとも指摘している。Fabbri et al.の書き方だと水中摂食は完全に潜水した状態での摂食行動と考えられる。よって水中摂食者subaqueous foragerは日常的に潜水し、水中の獲物を追いかける捕食者(アザラシ)か、日常的に潜水し水中の植物を食べる草食動物(マナティー)のはずである。だが、データがそうなっていない。
 Fabbri et al.のデータセットでは、なぜか水中摂食者のカテゴリーに水中では摂食しない動物が含まれている。カバ、コビトカバ、アメリカバク、マレーバク、ビーバーなどである。これらの動物は確かに半水生の適応を示すが、主にあるいはもっぱら、陸上で摂食する。これらの動物は捕食者を避ける避難所として日常的に水中を利用している。さらに、アメリカアリゲーターやナイルワニも、成体はほとんど陸上の獲物を捕食するにもかかわらず、水中摂食者のカテゴリーに入れられている。これらのワニは獲物に忍び寄るための隠れ場として水中に潜むが、実際の捕食行動は陸上(水面上)で行われる。一方で真に水中の魚を捕食するガビアルは含まれていない。
 このようなデータの内容では、スピノサウルス類の摂食行動について結論することはできないというわけである。



参考文献
Myhrvold NP, Baumgart SL, Vidal D, Fish FE, Henderson DM, Saitta ET, et al. (2024) Diving dinosaurs? Caveats on the use of bone compactness and pFDA for inferring lifestyle. PLoS ONE 19(3): e0298957. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0298957
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2024 オダイバ恐竜博覧会 (2)



第3会場は「王者の時代」として再びどーんと魅せる展示となる。右にデンバーサウルス全身骨格、左にティラノとトリケラ頭骨で迎えられる。



ゼノケラトプスは初見かな。



ほとんどの観客は中央のスピノサウルスロボットの周りに集まっていて、「これはすごい。初めて見た」などと盛り上がっていた。また時折出す「プシュー」という鼻息のような音に驚き、喜んでいた。
 このスピノロボットについては、個人的にはあまり高く評価しなかった。なかには辛辣なことをいう子供もいて、「頭と首はよくできてるけど、胴体が張りぼてで継ぎ目が見える」といっていた。その通りである。頭と首は皮膚の質感も造形してあるが、胴体の模様とウロコは印刷だった。



それよりはるかに重要なのはスピノサウルスの実物化石だろう。個人所有の未公開標本ときいた。歯槽の形、角度などがわかりやすい。



多くの人々がスピノロボの頭側に群がるために、バリオニクスの全身が撮れない。そもそもバリオニクスを見ている人が、私しかいなかった。上野の科博に足を運ぶ人々と、お台場に繰り出す人々では客層が多少違うかもしれない。
 このバリオニクスは古い復元骨格なので、最近の復元とは少し異なる。最近では後頭部はイリタトルを参考にしているので、例えば眼窩の形は異なっている。
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2024 オダイバ恐竜博覧会 (1)


お台場に行って10年ぶりくらいでアクアシティに入った。レストラン街に上がってしまったがホリデー価格に撤退を余儀なくされた。そうだった、こういう所だった。庶民はフードコートに直行すべきだった。

会場が3つに分かれ、特に第1会場から第2、第3会場に移動するときのエレベーター待ちが長蛇の列でつらかった。しかし常時進行はしていたので、回転は速かったということだろう。帰りの下りエレベーターも比較的スムーズであった。まあフジテレビ等の広告宣伝力が必要だったのでしょう。



最初の「恐竜とはどういうものか」の導入で、オオトカゲの大腿骨が横向きであることに注目させたのはわかりやすかった。
 まあ翼竜は直立型のはずですね。地上性のラゲルペトン類は恐竜に敗れて滅び、樹上から空中に進出したものが発展したのか。忘れたが、ケツアルコアトルスの飛行様式についても4つくらい仮説があり、コウモリのような姿勢はとれなかったとか、いろいろありました。



安定のヘレラサウルス。何が安定かというと、昔からエオラプトル、ヘレラサウルスと始まると恐竜好きとしては安心感がある。たまにはブラジルや最新のジンバブエの動物相も見たいが、それは博物館の特別展で見るべきであり、ここでは必要ない。この「エオラプトル、ヘレラサウルスで始まる文化」は語り継いでいきたい。



限られたスペースの中でなるべく多様な恐竜を見せたいという工夫として、このカマラサウルス幼体は良いですね。同様にステゴサウルスの全身は展示できないが、頭骨や皮骨板を展示して尾のスパイク「サゴマイザー」という用語を普及するキャンペーンもあった。



このティラノサウルスロボは何回か見ているが、ホーナー監修ということは「恐竜の成長」以来ですかね。骨を砕く音がリアル過ぎ。この入れ墨のような模様が気持ち悪いという声も聞かれた。



混雑のため、アクロカントサウルスの全身を撮ることはできないことはわかっていた。



第2会場は世界(イグアノドン、メガロサウルス、マーシュとコープ、ゴビ砂漠、羽毛恐竜)と日本の恐竜研究史から、福井の恐竜研究へと進む。フクイティタン、フクイサウルス、フクイラプトル、フクイベナートル、ティラノミムスである。
 何度も撮ったフクイラプトルも斜めから見るといい感じに。



ベナートルのロボットは、ベイピャオ風味で作ったようだ。突然「クァクァクァクァクァクァ」と鳴き出すのはハシビロコウかなにかをヒントにしたのか。その後疲れたように上を向いて目を閉じる表情がいいですね。また何かパクパクと顎を動かすのは、植物を摘み取るイメージなのか、動作を細かく造りこんでいるのがわかる。

恐竜の脳研究については、単にエンドキャストを展示しても興味をもって見てもらうことは難しいので、ミニシアターに座って動画を見てもらう形式にしたとみた。重要な研究なのだが理解してもらうのには工夫がいりますね。
 総じて、多くの人々は動く・音を出すロボットに夢中で、そこで長時間を費やしていた。ティラノミムスの腸骨を観察している人は見当たらなかった。
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イベリア半島のスピノサウルス類(5)追加



大体バリオニクスの全身に骨を当てはめているだけなので、意味ないと言えば意味ない。基盤的なスピノサウルス類ということで、バリオニクスよりも吻が短かったり歯の数が少なかったりするのかもしれないが、それは全くの想像になる。
 しかしスペインの子供たちが「わがスペインにもバリオニクスのような恐竜がいたんだ!」と喜んで絵を描いているのに、水をさすこともないだろう。
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Haolonggood アラモサウルス



夏のパタゴティタンに向けてでもないが、ティタノサウルス類を買ってみた。
これはでかい。圧倒的な存在感。この写真では鮮やかなブルーに見えているが、実際はずっと彩度の低い色です。
 低価格を一つの武器に伸びてきたHaolonggoodだが、ほぼ同時期にPNSOもアラモサウルスを出したので、高価格帯で勝負する形になった。ポーズと模様については、むしろPNSOよりも気に入った。
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