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肉食の系譜
バハリヤ・オアシスのアベリサウルス類
Copyright 2022 Salem et al.
エジプトのバハリヤ・オアシスといえばスピノサウルスなどの大型獣脚類が生息した地域であるが、この後期白亜紀セノマニアンのバハリヤ層Bahariya Formationから、初めて確実なアベリサウルス類の化石が発見された。この化石MUVP 477は、2016年のマンスーラ大学古脊椎動物学センターMansoura University Vertebrate Paleontology Centerによる発掘調査で、バハリヤ・オアシス北部のGebel El Distの近くから発見された。
MUVP 477は、アベリサウルス類の10番目の頸椎(C10)で、マジュンガサウルスのC10より大きくカルノタウルスのC10よりは小さい。
MUVP 477は、1)神経弓の背側面と横突起の外側面の境界がはっきりしている、2)深いspinoprezygapophyseal fossa とspinopostzygapophyseal fossaがある、3)よく発達したエピポフィシス、という特徴から、アベリサウロイデアに属すると考えられた。さらに、アベリサウロイデアの中で、神経弓が背腹に高く前後に短いことから、アベリサウルス科(アベリサウリダエ)と同定された。ここではアベリサウルス科とノアサウルス科を合わせたクレードをアベリサウリアとよび、それにエオアベリサウルスとベルベロサウルスを含めたものをアベリサウロイデア(アベリサウルス上科)と称している。
系統解析の結果、解析方法により、アベリサウルス科の中で多くの種類とポリトミーをなす場合と、南米のブラキロストラの最も基盤的な位置にくる場合が得られた。ただしMUVP 477は1個の頸椎にすぎないこと、これまでアフリカ・インドから確実なブラキロストラは報告されていないことなどから、著者ら自身がこれをもってブラキロストラに含まれると考えるのは注意が必要としている。
MUVP 477の椎体の長さ、幅などの数値から、Grillo and Delcourt (2017) の方法で全長を推定すると、およそ6 m前後となった。これはマジュンガサウルスくらいの大きさである。
バハリヤ・オアシスからはこれまでに、スピノサウルス類スピノサウルス・エジプティアクス、カルカロドントサウルス類カルカロドントサウルス・サハリクス、バハリアサウルス類バハリアサウルス・インゲンス(デルタドロメウスと同じかもしれない)の化石が発見されていた。今回の発見でさらに、中型ないし大型の獣脚類としてアベリサウルス類が加わった。またこのことから、バハリヤ・オアシスと同時代のモロッコのケムケム地域との類似性が一層高まった。ケムケム層からはすでにアベリサウルス類、スピノサウルス類、カルカロドントサウルス類が発見されている。さらに、もう少し古い年代のニジェールのElrhaz formation (アプチアン−アルビアン)からもアベリサウルス類、スピノサウルス類、カルカロドントサウルス類の3点セットが発見されていることから、北アフリカには数百万年前からすでに、これらの獣脚類が共存する動物相が存在していたことになる。
参考文献
Salem BS, Lamanna MC, O’Connor PM, El-Qot GM, Shaker F, Thabet WA, El-Sayed S, Sallam HM. 2022 First definitive record of Abelisauridae (Theropoda: Ceratosauria) from the Cretaceous Bahariya Formation, Bahariya Oasis, Western Desert of Egypt. R. Soc. Open Sci. 9: 220106. https://doi.org/10.1098/rsos.220106
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チアンジョウサウルスの頭骨の再記載
一般的には頑丈な丈の高い頭骨をもつティラノサウルス科の中で、細長い頭骨をもつグループがアリオラムス族Alioraminiで、モンゴルのアリオラムス・レモトゥスAlioramus remotus、アリオラムス・アルタイAlioramus altai、中国のチアンジョウサウルス・シネンシスQianzhousaurus sinensisからなる。このうちチアンジョウサウルスについては、このブログの過去の記事でも取り上げているが、最近、頭骨についての再記載の論文が出ているので簡単にまとめておく。チアンジョウサウルスはLü et al. (2014)で最初に記載されたが、図が3つしかない短い記載であった。その後誠に残念ながら、Lü博士が逝去されたので、共同研究者のBrusatte博士らを中心にあらためて詳細に頭骨を研究し、標徴形質などを改訂したものである。
改訂された特徴によるとチアンジョウサウルスは、以下の固有形質をもつ吻の長いティラノサウルス類である。上顎骨の上行突起に大きな孔accessory foramenをもつ;極端に縮小した前上顎骨;鼻骨は側面が直線的な棹状で、外鼻孔付近で側方に拡がっていない;涙骨の腹側突起が前腹方を向いている;鱗状骨の前方突起の背側枝が細長い;鱗状骨の腹側突起が前後方向を向いている;歯骨の前縁が、腹側縁となめらかにつながっている、などである。
前上顎骨はアリオラムス・レモトゥスとアリオラムス・アルタイでは保存されていないので、チアンジョウサウルスのそれはアリオラムス族で唯一のものである。ティラノサウルス類(上科)全般で、頭骨全体に対して前上顎骨は小さい骨であるが、その中でもチアンジョウサウルスの前上顎骨は特に小さく、頭骨長の2.2 %にすぎない。他のティラノサウルス類では4-10 %である。すなわち、チアンジョウサウルスの吻は長いが、上顎骨や鼻骨が長く伸びているのであり、前上顎骨は伸びていない。
外鼻孔は多くのティラノサウルス類と同様に、涙形tear-drop をしている。前上顎骨の背側突起と腹側突起が長く伸びていることにより、外鼻孔の角度はティラノサウルスやタルボサウルスよりも、より水平に近くなっている。タルボサウルスでは前上顎骨と鼻骨の縫合が外鼻孔の前端近くの上にあるが、チアンジョウサウルスではもっと後方の外鼻孔の中央付近の上にある。タルボサウルスの状態はティラノサウルスと同様であり、一方アルバートサウルス亜科やビスタヒエヴェルソルではチアンジョウサウルスの状態に近い。
前上顎骨には4個の歯槽があり、他のティラノサウルス科と同様に内側外側方向を向いてU字形の吻をなしている。
上顎骨はアリオラムス・アルタイと同様に、他の多くのティラノサウルス類と比べて長く丈が低い。大型ティラノサウルス類と同様に上顎骨の腹側縁は凸型にカーブしているが、その程度はティラノサウルスやタルボサウルスほどカーブしていない。上顎骨の外側面はアリオラムス・アルタイよりも粗面が発達しているが、ティラノサウルスやタルボサウルスほどではない。Maxillary fenestra は大きく長い卵形で、アリオラムス・アルタイとは似ているが、他のティラノサウルス類の円形に近い形とは異なっている。Maxillary fenestraの前方には、小さなpromaxillary fenestraを収める窪みがある。Promaxillary fenestra はアリオラムス・アルタイよりも小さく、maxillary fenestra とより近い位置にある。上顎骨の上行突起には、maxillary fenestraの後背方に、長円形の余分な含気孔がある。アリオラムス・アルタイではこの部分に浅い窪みはあるが孔ではなく、他のどのティラノサウルス類にもみられないので、これはチアンジョウサウルスの固有形質と考えられる。さらに、著者らはLü et al. (2014)には記載されていない特徴を見いだした。前眼窩窓とmaxillary fenestraの間にある小さな窪みで、これはアリオラムス・アルタイにはみられない。ティラノサウルス、タルボサウルス、ズケンティラヌスではこの部分に余分な貫通した孔がある。チアンジョウサウルスでは貫通した孔ではないが、相同な構造かもしれないという。
上顎骨には15個の歯槽があり、それらは肥厚したincrassate形をしている。つまり前後(近心遠心)の長さに対して内外(唇側舌側)の幅が60% 以上であり、これはアルバートサウルスやダスプレトサウルスとともに中間的な状態である。これはアリオラムス・アルタイのより薄い歯槽とも、ティラノサウルスやタルボサウルスのより厚い歯槽とも異なる。
左右の鼻骨はティラノサウルス類全般と同様に癒合しており、盛り上がったvaulted丸天井の形をしている。吻が長くなるとともに、ティラノサウルスやタルボサウルスと比べて鼻骨は前後に長く伸び、背腹の丈が低くなっている。
背側から見ると、鼻骨はまっすぐな棹状であり、全体にわたって幅がほとんど一定である。これはアリオラムス・レモトゥス、アリオラムス・アルタイ、アルバートサウルス亜科、ティラノサウルス科以外のティラノサウロイドと同様である。多くのダスプレトサウルス、ティラノサウルス、タルボサウルスの標本では、鼻骨の前方が幅広く、後方へ行くにつれて狭くなっている。この点について、“まっすぐな”グループの中でも変異があるという。チアンジョウサウルスでは鼻骨が厳密にまっすぐで、左右の外側縁がほとんど直線的である。一方2種のアリオラムスでは前端と後端がわずかに拡がっているので、背側から見ると中央がややくびれている。この厳密にまっすぐな鼻骨はチアンジョウサウルスの固有形質かもしれない。このことはLü et al. (2014)には記述されていないという。ただしこの形質は変異があり、ゴルゴサウルスでは標本によって、くびれているものとまっすぐなものがあるという。
鼻骨の最も目立つ特徴として、背側面の正中線上に、4つの山形の突起が並んでいる。この顕著な角状の突起はアリオラムス族の共有派生形質であり、アリオラムス・レモトゥスとアリオラムス・アルタイにもみられる。チアンジョウサウルスの突起は、アリオラムス・アルタイと比べてより大きく、なめらかで、丘状hillock-shapedである。これは成長段階による違いかもしれない。
頬骨には2つの目立つ特徴がある。1つは頬骨の腹側縁にある角状突起cornual processで、これはティラノサウルス上科全般にみられ、特にティラノサウルス科で発達している。その他に、アリオラムス・アルタイには固有形質として、角状突起よりも上方に側面を向いた“角”がある。Lü et al. (2014)は、チアンジョウサウルスにはアリオラムス・アルタイのような角はないと記述しているが、これは誤解を招く言い方である。実際は、チアンジョウサウルスには側面を向いた突起laterally projecting rugosityがある。ただしアリオラムス・アルタイの状態に比べて、この突起は大きく、膨らんでおり、角状というより稜状で、前後に拡がっている。このチアンジョウサウルスの突起はアリオラムスのようにはっきりした角状ではないが、相同な構造と考えられ、他のティラノサウルス類にはみられないものである。この突起の表面には背腹にはしる溝がついており、またいくつかの神経血管孔がある。
鱗状骨の前方突起は前方に伸びて、後眼窩骨の後方突起と下側頭窓の上で結合する。この鱗状骨の前方突起は、背側枝dorsal prongと腹側枝ventral prongに2分岐して後眼窩骨の後方突起を挟んでいる。チアンジョウサウルスでは側面から見て、腹側枝が広範に見えているが、アリオラムス・アルタイでは腹側枝は同じくらい長いが、大部分が後眼窩骨の後方突起の陰に隠れている。またアリオラムス・アルタイを含む他のティラノサウルス類と比較して、チアンジョウサウルスの背側枝はきゃしゃで細長い。
鱗状骨の腹側突起は下側頭窓の中に突き出して方形頬骨と結合する。この鱗状骨の腹側突起は前後方向を向いており、前方突起とほとんど平行になっている。このことはLü et al. (2014)には認識されていない、チアンジョウサウルスの固有形質である。
歯骨はアリオラムス・アルタイと同様に細長く、丈が低い。これはティラノサウルスなど丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類と異なる。歯骨の全体的な形は他のティラノサウルス類と似ているが、チアンジョウサウルスではアリオラムス・アルタイを含む他のすべてのティラノサウルス類と異なる特徴がある。歯骨の前腹側端に“おとがい”chin がないことである。ティラノサウルス、タルボサウルスなど丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類では、歯骨の前腹側端にはっきりと突出した突起がある。アリオラムス・アルタイでも、下顎結合のところに低い突起がある。それに対してチアンジョウサウルスでは、歯骨の前縁と腹側縁が曲線でなめらかにつながっている。これはLü et al. (2014)の中で記載されているが、標徴形質には入っていなかったという。
また歯骨の前縁は、長軸に対して45°傾いている。これはアリオラムス・アルタイやアルバートサウルス亜科と似ている。リスロナクス、ズケンティラヌス、タルボサウルス、ティラノサウルスでは、歯骨の前縁はより直角(垂直)に近い。
チアンジョウサウルスの歯骨には18個の歯槽がある。これはアリオラムス・レモトゥスと同じであるが、アリオラムス・アルタイの20個より少ない。アリオラムス族以外のティラノサウルス類では17個を超えることはないという。
古生態学的に面白いのはやはり他の大型ティラノサウルス類とのすみ分けで、最後に論じている。ティラノサウルスやタルボサウルスのような大型ティラノサウルス類は、骨ごと噛み砕いて肉片を引きちぎるpuncture-and-pull という摂食様式で、角竜類やハドロサウルス類など大型の獲物を捕食する上で成功を収めていた。Brusatte et al. (2012) ではアリオラムスの頭骨が異なる特徴をもつことから、アリオラムスは異なる摂食様式で恐らく小型の獲物を捕食していただろうとしている。
今回のチアンジョウサウルスの頭骨についても、1)歯の形状がアルバートサウルスくらいの中間型でタルボサウルスほど厚くはないこと、2)頭蓋の各骨のつくりが丈の高い頭骨をもつティラノサウルス類ほど頑丈ではないこと、3)筋肉の付着部、例えば上角骨の咬筋の付着面が大型ティラノサウルス類よりは小さいこと、から大型ティラノサウルス類のようなハード・バイターではなかったと考えられた。
興味深いのは、アジアにおいてアリオラムス族はタルボサウルスのような大型ティラノサウルス類と共存していたことである。最近の研究で、大型ティラノサウルス類が君臨する生態系では、小型や中型の捕食者のニッチをティラノサウルス類の幼体・亜成体が占めてしまうことで、獣脚類の多様性が低かったことが報告されている。するとアリオラムス族はどうやって大型ティラノサウルス類とニッチ分割できたのだろうか、ということである。この点について明確な答えはないが、アリオラムス族は細長い顎をもつことでタルボサウルスの亜成体とも異なる獲物を開拓することにより、白亜紀末まで共存できたのではないか、というようなことを言っている。例えばモンゴルでは、タルボサウルスの亜成体はハドロサウルス類やアンキロサウルス類の小さい幼体など、食べ応えのある獲物を好み、捕らえるのが難しい割に肉が少ない小型のコエルロサウルス類などは狙わなかったが、アリオラムスはオヴィラプトル類やトロオドン類などに目をつけ、捕食するようになったということだろうか。あるいは巣穴に隠れている哺乳類などを急襲する上で細長い顎が非常に役立ったのだろうか。
参考文献
William Foster, Stephen L. Brusatte, Thomas D. Carr, Thomas E. Williamson, Laiping Yi & Junchang Lü (2021) The cranial anatomy of the long-snouted tyrannosaurid dinosaur Qianzhousaurus sinensis from the Upper Cretaceous of China, Journal of Vertebrate Paleontology, 41:4, e1999251, DOI: 10.1080/02724634.2021.1999251
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