goo

オルニトミムス・ヴェロクス


オルニトミモサウリアの中で最初に記載された種類が、オルニトミムス・ヴェロクス Ornithomimus velox である。これは、コロラド州のマーストリヒト期のDenver Formationから発掘された部分的な後肢に基づいて、Marsh (1890)によって命名された。Marsh (1890)はこの論文で、ホロタイプと同じ個体のものと推測される部分的な手の骨についても記載し、オルニトミムス科Ornithomimidae を樹立した。現在、オルニトミムス科にはアジア産のアルカエオルニトミムス、シノルニトミムス、アンセリミムス、ガリミムス、キパロンと、北アメリカ産のストゥルティオミムス、オルニトミムスの7属が知られている。
 オルニトミムス属には、現在2つの種が認識されている。オルニトミムス・エドモントニクスOrnithomimus edmontonicusとオルニトミムス・ヴェロクスである。Sternberg (1933)により命名されたオルニトミムス・エドモントニクスについては、多数のほとんど完全な骨格が知られている。一方でオルニトミムス・ヴェロクスは、断片的であること、小型で幼体の可能性があること、クリーニングが完全でないことなどから、本当に有効名なのか(エドモントニクスと同一ではないのか)という疑問が拭えなかった。Marsh (1890)の描いたスケッチには、実物で観察できないはずの部分の詳細が描かれているなど、一部は不正確・不適切であると考えられた。そこで、Claessens and Loewen (2016) はオルニトミムス・ヴェロクスの標本を完全にクリーニングし、再記載を行った。その結果、オルニトミムス・ヴェロクスはやはり有効な種であると結論している。

ホロタイプYPM 542は、左の脛骨の遠位部、距骨、踵骨、左足の一部つまり中足骨II, III, IVと足の指骨II-1, II-2, II-3 である。参照標本YPM 548は部分的な左手で、中手骨 I, II, III と手の指骨 I-1, II-1, III-1 を含む。
 Marsh (1890) は、後肢YPM 542と手 YPM 548は同じ採集地で近くから発見されており、おそらく同じ個体のものだろうと記している。しかし、手が小さかったことと、当時はオルニトミムス類の解剖学について全く情報がなかったため、手は後肢とは別の若い個体のものである可能性も考えて、慎重に別々の標本番号を付けた。その後、多数のオルニトミムス類の化石が発見され、オルニトミムス・ヴェロクスの足と手の大きさの比率は、他のオルニトミムス類と一致した。そのため現在では、後肢と手を別の個体とする根拠はなくなっている。しかし研究初期に別々のものと考えられたため、オルニトミムス・ヴェロクスを論じる際に手の標本は除外されていた。さらに、Marsh (1890)が提示した固有の形質はすべて、後に発見されたオルニトミムス・エドモントニクスと共通のものであったため、ヴェロクスの有効性は疑問とされてきた。今回、Claessens and Loewen (2016)は、(Marshを尊重して別々の標本番号を用いるが)現在の知見に照らして後肢と手は同一個体のものであり、またオルニトミムス・ヴェロクスは有効であると述べている。

オルニトミムス・ヴェロクスは、以下の固有形質をもつオルニトミムス科の動物である。中足骨が相対的に短く太く、中足骨IIIの最大幅は知られているオルニトミムス科の中で最も大きい。中足骨IIIの骨幹の最大の前後幅/中足骨IIIの長さの比率は11%である。中足骨は手と比べて比較的短い。中足骨Iと中足骨II が接している部分は比較的短く、全長の1/4ほどである。

オルニトミムス・ヴェロクスの手では、中手骨Iが中手骨IIより少し長く、中手骨IIが中手骨IIIより少し長い(MC I > MC II > MC III)。このパターンはオルニトミムス属に特徴的なものである。北アメリカのオルニトミムス科であるストゥルティオミムスを含めて、他のすべてのオルニトミムス科のメンバーでは、中手骨Iが中手骨IIよりも短い。(アンセリミムスではIとIIはほとんど同じ長さであるという。)
 現在オルニトミムス・エドモントニクスとされている標本は、Kaiparowits Formation、 Dinosaur Park Formation、Horseshoe Canyon Formationから報告されており、7650万年前から6770 万年前までの900万年近い期間にわたっている。今回オルニトミムス属の中に少なくとも2種あることが確認されたことで、これらの標本は複数の種を含んでいる(species complex)可能性が考えられ、再検討が必要かもしれないとしている。

幼体である可能性については、骨表面の組織構造 surface texture を観察している。幼体では、急速な成長を表す、成長の方向に沿った平行な線条parallel striationsがみられる。成長が鈍化すると、まだらmottling や絡み合いinterweavingの構造が出現し、最終的には平行な線条がはっきりしなくなる。オルニトミムス・ヴェロクスの中手骨の表面を観察したところ、骨の成熟と関連した絡み合いのパターンがみられた。また足の中足骨にもみられたという。このことからこの個体は成体と考えられた。
 小型であるにもかかわらず、オルニトミムス・ヴェロクスの足は、オルニトミムス・エドモントニクスやストゥルティオミムスを含めた他のオルニトミムス類と比べてがっしりしている。一般に、獣脚類の成長過程では足の太さは増大する。またこのパターンはオルニトミムス科のシノルニトミムスでも観察されている。従って、もしもオルニトミムス・ヴェロクスの足が成体でないとすれば、その頑丈さは成長過程でさらに増大し、成体ではもっと太くなることになる。ストゥルティオミムスでは、マーストリヒト期の標本が最も大型であるが、マーストリヒト期のオルニトミムス・ヴェロクスはオルニトミムスの中で最も小型であり、このグループでの小型化の例かもしれないという。


参考文献
Leon P. A. M. Claessens & Mark A. Loewen (2016) A redescription of Ornithomimus velox Marsh, 1890 (Dinosauria, Theropoda), Journal of Vertebrate Paleontology, 36:1, e1034593, DOI: 10.1080/02724634.2015.1034593
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

オルニトミムスとストゥルティオミムスの違い

このサイトで、獣脚類の中でもオルニトミムス類やテリジノサウルス類などをほとんど取り上げていないのは、彼らが植物食だからである。(食性による差別がひどい。)これはあんまりなので、ちょうど古生物学会で聞いてきた小林快次先生の「カナダ・アルバータ州南部産のオルニトミムス科の再検討」の内容から、ノート代わりに記録する。

北米産のオルニトミムス類については、Russelらによりオルニトミムス、ストゥルティオミムス、ドロミケイオミムスの3種類が記載されてきたが、化石が断片的であるか、または潰れていて形質が限られていたため分類は難しかった。90年代になって保存の良いオルニトミムスとストゥルティオミムスの全身骨格化石が発見されたため、初めて両者の詳細な比較研究ができるようになった。

 まず、オルニトミムスとストゥルティオミムスとでは頭の大きさが異なり、ストゥルティオミムスの方が頭が小さい。大腿骨に対する頭骨の長さの比率をみると、有意に差があることがわかった。またオルニトミムスの頭骨では後眼窩骨に三角の突起があり、方形頬骨の後端に凹みがある。一方、ストゥルティオミムスでは頬骨の前方部分が2つに分かれているなどの特徴があることがわかった。
 前肢をみるとオルニトミムスでは上腕骨がほっそりしているが、ストゥルティオミムスでは上腕骨が太くがっしりしている。中手骨には顕著な違いがあり、オルニトミムスでは第1中手骨が最も長いが、ストゥルティオミムスでは第1中手骨が最も短い。さらに末節骨は、ストゥルティオミムスの方が長くカギ状にカーブしているのに対して、オルニトミムスではより短くまっすぐである。
 尾椎の前関節突起の内面に、オルニトミムスでは溝があるがストゥルティオミムスではのっぺりしている。これはオルニトミムス類の中でも尾椎の関節突起がよりしっかりと組み合い、尾が曲がらないようになる進化傾向があり、オルニトミムスは派生的な状態である。

 またドロミケイオミムスの骨格を検討した結果、オルニトミムスの特徴が当てはまった。ただし、大腿骨に対する脛骨の長さは有意に長かった。よってドロミケイオミムスは別属ではなく、オルニトミムス属の別種と考えられるという。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )