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肉食の系譜
オーストラリアのティラノサウルス類
昨年から4回もティラノサウロイドが続いているので、次は他の獣脚類にしようと思っていた矢先に、また新しい話題が出てきた。
オーストラリア、ヴィクトリア州の白亜紀前期(アプト期からオーブ期)の地層から、南半球では初めてのティラノサウルス類と思われる恥骨が発見され、Scienceに短報が掲載されている。研究はヴィクトリア博物館のRich博士らとストケソサウルス・ランガミを記載したケンブリッジ大のBenson博士の共同研究である。(ティラノサウルス類の腰帯には詳しいので慎重に検討したのでしょう。)
この恥骨は、ほとんどティラノサウルス科のものにそっくりであるという。まず恥骨ブーツpubic bootの横幅が狭く、両側が平行であることからコエルロサウルス類と考えられる。次に恥骨結節pubic tubercle(恥骨の付け根の前縁の突出部)が前側方に曲がった、フランジ状の形態である(薄くなっている)ことはティラノサウルス科とドロマエオサウルス科にみられるが、他の多くの特徴からドロマエオサウルス科の恥骨とは区別される。また恥骨結節に隣接した部分に粗面rugose lateral surfaceがあることもティラノサウルス科の特徴である。恥骨ブーツは大きく、ティラノサウロイドと同様であり、また恥骨ブーツの前方への伸長はかなり大きく、基盤的なティラノサウロイドよりもむしろティラノサウルス科に似ている。
これらの特徴から、この恥骨はティラノサウロイドと考えられ、中でもティラノサウルス科のものと共通した形質をもつ。ラプトレックスでも恥骨結節はフランジ状ではないことから、ラプトレックスを含めた白亜紀前期のティラノサウロイドよりも派生的と考えている。ラプトレックスよりも派生的ということで、すでに頭が大きく前肢が小さい体型のティラノサウルス類が、南半球にも分布を拡大していたと推測されるという。
白亜紀前期のオーストラリアといえば、昨年記載されたアウストラロヴェナトルのようなアロサウロイドが生息していた。アウストラロヴェナトルはフクイラプトルにやや似た軽快な体型のアロサウロイドだったらしい。軽量化を進めるアロサウロイドと、大型化しつつあるティラノサウルス類が競合していたのであろうか。
参考文献
R. B. J. Benson, P. M. Barrett, T. H. Rich, and P. Vickers-Rich. (2010) A southern tyrant reptile. Science 327, 1613.
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ラプトレックス
ラプトレックスは、白亜紀前期に中国東北部に生息した小型のティラノサウロイドで、体のわりに大きな頭部、小さな2本指の前肢、走行に適した長い後肢など、白亜紀後期のティラノサウルス科の特徴をすでに備えているということで、話題になった。従来は、このようなティラノサウルス科に特徴的な形質は白亜紀後期に大型化するとともに獲得されたと考えられていたが、ラプトレックスの発見によりこれらの形質は小型の捕食者だった段階で獲得されたことがわかった。
個人コレクターKriegstein氏がツーソンミネラルショーで購入した化石の鑑定をシカゴ大学のポール・セレノ博士に依頼し、セレノ博士は(化石の輸出自体が非合法なので)最終的に中国の研究機関に寄贈するという条件で研究を開始した。そのため正確な発掘地は不明であるが、論文には一応の緯度・経度が記されていて、遼寧省と内モンゴル自治区の境界地域であるという。
復元骨格をみるとタルボサウルスの幼体にそっくりである。サイエンスの論文のJames Clarkによる論評には「誤ってタルボサウルスの幼体と同定された」と書いてある。この化石がタルボサウルスなど白亜紀後期の大型種の幼体ではないという根拠は、おそらく以下のような情報だろう。まず生息年代(層準)については、骨格が埋まっていた岩の地質学的特徴から、遼寧省にみられる義県層Yixian formationのLujiatun Bedsと推定されるので、白亜紀前期バレム期からアプト期(約1億2500万年前)であるという。また、ラプトレックスの骨格と一緒に二枚貝や硬骨魚類Lycopteraの脊椎骨が含まれていたが、これらは熱河生物群によくみられる動物である。
また成熟度と年齢の推定については、模式標本の個体は骨格の特徴から成熟に近いとしている。頭骨では鼻骨間の縫合線が消失しており、前頭骨間、前頭骨-頭頂骨間、脳函のいくつかの縫合線が部分的に共骨化している。脊椎骨は神経弓と椎体が関節状態で保存されており、頸椎、前方と中央の胴椎、仙椎では神経弓と椎体の縫合線が閉じて共骨化している。腰帯の腸骨-座骨間の関節も部分的に癒合している。これらの特徴から、この個体は亜成体ないし若い成体と推定される。さらに大腿骨の断面の組織学的観察もしており、成長線の観察から死亡時におそらく6歳で、既に急激な成長期を経験していると考えられる。大型のティラノサウルス科ではもっと遅く10~15歳で急激な成長期を経験するとされている。これらのデータからもこの個体は亜成体ないし若い成体と考えられ、もう少し成長したとしても成体で全長3メートルと推定された。
ラプトレックスは、前上顎骨が短く切歯形の歯をもつ、鼻骨が癒合しているなど多くのティラノサウルス上科の形質をもつが、特に大型のティラノサウルス科と共通する形質が多い。ティラノサウルス科と同様に体のわりに頭骨が大きく、胴の長さの40%を占める。原始的なティラノサウロイドであるグァンロンや他の獣脚類ではもっと小さく30%かそれ以下である。
ラプトレックスとティラノサウルス科に共通する形質には、頭蓋天井の強化に関するものが含まれている。鼻骨が横断面からみてアーチ上に膨らんでいる、鼻骨と上顎骨の結合面が波形である、前眼窩窓は比較的短く背側縁から鼻骨が排除されている、などである。
また顎を閉じる筋肉の付着部位の拡大も共通してみられる。ラプトレックスでは前頭骨の上に左右のsupratemporal fossaが広く拡張し、正中の矢状稜をはさんでいる。下顎の後端のsurangular shelfも発達している。
さらにラプトレックスとティラノサウルス科では、前上顎骨の4本の歯すべてが上顎骨の歯よりも顕著に小さく、断面がD字形で中央の稜がある。基盤的なティラノサウロイドであるグァンロンとディロングでは、歯の大きさが上顎骨に向かって徐々に大きくなっており、前方の2本の歯のみが断面がD字形ではっきりした稜がある。
細長いひも状の肩甲骨や小さい前肢は、グァンロンやディロングのような基盤的なティラノサウロイドよりもティラノサウルス科によく似ている。手は第1指と第2指の一部が保存されているが、第1中手骨が縮小するなどティラノサウルス科と共有する特徴を示し、この中手骨と指骨の形態からおそらく2本指と考えられる。上腕骨/大腿骨の比率は、ラプトレックスとティラノサウルス科では29%であり、グァンロンの63%、ディロングの53%よりもかなり短い。前肢の中での上腕骨、撓骨、第2中手骨の比率をみても、ラプトレックスはティラノサウルス科と同じグループに入る。一方グァンロンは他の獣脚類と同様の位置にくる。
腰帯や後肢についても、原始的なティラノサウロイドと異なりティラノサウルス科と共通する特徴を示し、距骨の上方突起は高く、中足骨はアルクトメタターサルで、大腿骨に対して脛骨が長い。
これらの知見からSereno et al. (2010) は、ティラノサウルス類の進化史には3つの主要な段階があったとしている。第1段階ではグァンロン、ディロングなどジュラ紀後期から白亜紀前期の小型から中型のティラノサウロイドの形態が出現した。これらには鼻骨の癒合、前上顎歯が切歯形になりはじめるなど初期の捕食への適応がみられる。
第2段階では、体に対して大きな頭骨、切歯形の前上顎歯の完成、顎を閉じる筋肉系の拡大、小さい前肢、走行に適した後肢など、多くの重要な形質が進化した。これらはラプトレックスに既にみられる。
最後の第3段階では体のサイズが顕著に増大し、それに伴って頸部の筋肉が付着する突起の発達や、脊椎骨が太短くなるなどの大型化に関連した形質が現れた。つまりラプトレックスにみられるティラノサウルス科らしい多くの特徴は、体の大型化による相対成長の結果として生じたのではなく、小型の段階で効率的な捕食のために生じたとしている。
シオングァンロンの論文では、原始的なティラノサウロイドと大型のティラノサウルス科の中間段階にシオングァンロンを位置づけていた。しかしこのラプトレックスがバレム期となると、どうみてもこちらが“本命”でティラノサウルス科の直接の祖先に近く、シオングァンロンは傍系にみえてくる。時代は古いが形質からすると、ラプトレックスはもはやティラノサウルス科の一員といってもいいくらいではないだろうか。ちなみにシオングァンロンでも頭骨、頸椎、胴椎がそろっているが、その比率はラプトレックスと大体同様であるという。つまりシオングァンロンも頭が大きめで、前肢は小さい体型だったかもしれない。
参考文献
J. Clark. (2009) Becoming T. rex. Science 326, 373-374.
P. C. Sereno, L. Tan, S. L. Brusatte, H. J. Kriegstein, X. Zhao, K. Cloward. (2009) Tyrannosaurid Skeletal Design First Evolved at Small Body Size. Science 326, 418-422.
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