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肉食の系譜
テラトフォネウス (記念)
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ビスタヒエヴェルソル (昇格)
ティラノサウルス亜科テラトフォネウス族に昇格したビスタヒエヴェルソル。「ラボカニアには感謝してる」なにしろダスプレトサウルスよりティラノ・タルボに近いというから大したものである。
原始的な種類ということで推せなかった人も、安心して推して良いだろう。
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ラボカニアの特徴とビスタヒエヴェルソルの目つき
9月に福井で見てきたビスタヒエヴェルソルの頭骨をしみじみ眺めると、なかなかいい顔をしている。改めて見ると、眼窩の形がティラノサウルスやタルボサウルスとはかなり違うことがわかる。またLoewen et al. (2013)を見返すと、同じユタ州でもテラトフォネウスの眼窩の形はリスロナクスと異なることがわかる。
ビスタヒエヴェルソルは、トーマス・カーの系統解析ではティラノサウルス科の外側になり、ティラノサウルス科に入れてもらえなかった。しかしフィリップ・カリー研など他の研究者の間では異論もあった。もっと進化的な種類であり、少なくともティラノサウルス科の中ではないかという意見である。Longrich博士の最近の一連の論文は、ビスタヒエヴェルソルの出世を後押しするものでもある。
ラボカニア・アギロナエLabocania aguillonae は、後期白亜紀カンパニアン後期(Cerro del Pueblo Formation)にメキシコのコアウイラ州に生息したティラノサウルス類で、2024年に記載された。ホロタイプ標本は上顎骨の断片、左右の前頭骨、涙骨の腹側部分、鼻骨の断片、鱗状骨の後端部分など、頭骨、腰帯、後肢にわたるが非常に断片的な骨からなる。論文の全身骨格図を見ればわかるように、大型ティラノサウルス類のシルエットに断片的な骨をあてはめたもので、とても全身像を復元できるようなものではない。
ラボカニアの特徴のうち3つは涙骨に関するもので、これらはいずれもビスタヒエヴェルソルと似て、眼窩が円形に近いことと関連している。1)涙骨の前腹側縁が強く凸型にカーブしている、2)眼窩の前腹側縁に沿って眼窩内に突き出した突起が背側に延びている、3)前眼窩窩が涙骨上を後腹側に広がって、眼窩の前縁の真下で終わっている、である。
左の涙骨の下半分はよく保存されている。涙骨の前縁は強く凸型にカーブしており、ビスタヒエヴェルソルや他のティラノサウルス亜科よりも程度が大きい。この形質はラボカニア・アギロナエの固有派生形質と考えられる。このような涙骨の形から、眼窩の形はビスタヒエヴェルソルのように比較的円形に近いと思われる。一方タルボサウルス、ティラノサウルス、ダスプレトサウルスでは眼窩はもっと縦に長い。
涙骨は腹側で広がっており、そこは後腹側に延びた前眼窩窩で占められている。この部分のよく発達した前眼窩窩はビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウス、ダスプレトサウルスにみられる。一方タルボサウルスとティラノサウルスでは前眼窩窩は広がっていない。前眼窩窩は後方に広がり、眼窩の前縁の真下で終わっている。このように前眼窩窩が後腹側に広がることはラボカニア、ビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウスの共有派生形質である。ただしこの形質はビスタヒエヴェルソルで最も発達している。ビスタヒエヴェルソルでは、前眼窩窩が眼窩の前縁よりも後方まで広がっている。
涙骨の後縁で、眼窩の前腹側縁に突き出した顕著な結節ventral bossがある。同様の突起はビスタヒエヴェルソルにみられるが、テラトフォネウスや他のティラノサウルス亜科にはない。この突起はラボカニアでは、ビスタヒエヴェルソルよりも背側に広がっているのでラボカニアの固有派生形質と考えられる。
一方、ラボカニアの腸骨と座骨はテラトフォネウスと似ている。腸骨も断片的で寛骨臼の背側縁と恥骨柄pubic peduncleしか保存されていない。恥骨柄は正方形をしている点が特徴的であり、これはテラトフォネウスとよく似ている。また座骨の後背側縁は上方にカーブしており、これはラボカニア・アノマラとテラトフォネウスにみられるが、他のティラノサウルス亜科にもアルバートサウルス亜科にもみられない。
ラボカニア・アギロナエの参照標本として、3個の歯槽が保存された歯骨と多数の分離した歯がある。この歯槽と歯冠の形から、歯冠の側面に溝があり、断面が8の字型の歯をもっていたことがわかった。この特徴はラボカニア・アノマラの歯と一致することから、この参照標本はおそらくラボカニア・アギロナエと考えられる。つまり断面が8の字型の歯は、ラボカニア属に共通した特徴と考えられた。これは獣脚類の中でも珍しい形質であり、多くのティラノサウルス類では断面が直方形か、ティラノサウルスのように太い場合は楕円形である。ちなみにラボカニア・アギロナエのホロタイプ標本は推定6.3 mの亜成体であるが、この参照標本はずっと大きく、ビスタヒエヴェルソルに匹敵する全長8 mと推定された。
系統解析の結果、ラボカニア・アギロナエ、ラボカニア・アノマラ、ビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウス、ダイナモテラーは、ティラノサウルス亜科の中でララミディア南部に生息した一つのグループ、テラトフォネウス族Teratophoneiniに含まれた。テラトフォネウス族を識別する特徴には、涙骨、恥骨、座骨の形質が含まれる。また前頭骨と歯の形質はテラトフォネウス族内部のより小さいグループを区別するために用いられる。
ラボカニア・アギロナエの強く円形の眼窩はビスタヒエヴェルソルと共有されるが、ラボカニア・アノマラでは保存されていない。テラトフォネウスでは眼窩は楕円形であり、それほど円形ではない。テラトフォネウスの楕円形からビスタヒエヴェルソルのより円形に近い眼窩への移行は、テラトフォネウス族でより原始的な眼窩の形への逆行が起こったことを示唆している。特徴的な四角形の恥骨柄はテラトフォネウスと共有されるが、ラボカニア・アノマラとビスタヒエヴェルソルでは腸骨が保存されていない。
この研究ではテラトフォネウス族というクレードが存在したことを支持する新しい形質が見いだされた。しかし多くの種類が不完全な標本で知られるのみであることから、さらに追加のより完全な化石の発見と既存のテラトフォネウス族の再研究が必要であると述べている。
参考文献
Rivera-Sylva, H.E.; Longrich, N.R. A New Tyrant Dinosaur from the Late Campanian of Mexico Reveals a Tribe of Southern Tyrannosaurs. Foss. Stud. 2024, 2, 245–272. https://doi.org/10.3390/ fossils2040012
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アジアティラヌス
アジアは広すぎるので、ガンジョウティラヌスとかジャンシティラヌスでよかった。
アジアティラヌスは、後期白亜紀マーストリヒティアン(南雄層Nanxiong Formation)に中国江西省贛州市Ganzhou Cityに生息したティラノサウルス類(ティラノサウルス亜科)で、2024年に記載された。
江西省贛州市の南雄層は恐竜を含む豊富な化石を産出してきたが、獣脚類のほとんどはオヴィラプトル類で、7種も発見されている。それ以外の獣脚類は、吻の細長いアリオラムス族のティラノサウルス類チアンジョウサウルスのみであった。その後、2017年に贛州市の建設工事現場で新たなティラノサウルス類の化石が発見され、浙江自然博物館Zhejiang Museum of Natural Historyでクリーニングされた。吻が短く丈の高いティラノサウルス類としては初めて発見されたものとなった。
アジアティラヌスのホロタイプ標本は、ほとんど完全な頭骨と分離した胴体の部分骨格からなる。尾椎、右の大腿骨、脛骨、腓骨、中足骨、趾骨とより不完全な左後肢である。まあ胴体のほとんどは保存されておらず、頭骨と後肢という感じである。
アジアティラヌスは小型ないし中型のティラノサウルス類で、他のティラノサウルス類と区別される特徴は、前上顎骨の外側面で外鼻孔の近くに2つの小さな深い窪みがある(Fig.6を見る限り左右一対のようである);大きく四角形に近いmaxillary fenestra;鼻骨の後方の突起群が結合して、2つの直列に並んだ正中の稜を形成する(3つか4つの小さい突起がまとまって、ひとかたまりになる。それが2かたまりあって縦に正中線上に並んでいる。おそらくmedium ではなくmedian);頬骨に低い稜状の副次的な角がある;後眼窩骨の下行突起の表面に前背方を向いた線条がある;postorbital barが細くまっすぐで、その前縁と後縁がほぼ平行である、などである。postorbital barは眼窩の後縁の柱状の部分で、後眼窩骨と頬骨からなる。
腓骨の切片の組織像から年齢の推定をしている。13本のLAG(成長停止線)が確認されたことからホロタイプの個体は死亡時に少なくとも13歳であったと思われた。しかし保存が不完全なことから正確なLAGの総数やEFS (external fundamental system)の有無は決定できないという。外側にいくほどLAGの間隔が狭くなっていることや二次的なリモデリングがみられることから、アジアティラヌスのホロタイプは完全に成長した成体ではないが、最も成長が盛んな時期は過ぎていると考えられた。アジアティラヌスの頭骨には、いくつかの成熟した形態学的特徴がみられることから、著者らはこれを成熟に近づいた亜成体と考えている。カンパニアンからマーストリヒティアンの大型ティラノサウルス類では、14歳くらいで指数関数的な成長を示す。それに比べるとアジアティラヌスでは指数関数的な成長の時期が少し早いようである。ホロタイプの大腿骨の長さは、同じような成長段階のゴルゴサウルスなど大型ティラノサウルス類の半分ほどであり、アジアティラヌスは比較的小型のティラノサウルス類と思われる。アジアティラヌスの頭骨の長さは47.5 cmで、全長は3.5-4 mと推定されている。これはチアンジョウサウルスの半分くらいである。
上顎骨の腹側縁は下に凸形にカーブしており、これはティムルレンギアや後期白亜紀の大型ティラノサウルス類と同様で、ほとんどまっすぐなグァンロン、ディロン、シオングァンロン、ススキティランヌスとは異なる。上顎骨の本体はティラノサウルスやタルボサウルスのような大型ティラノサウルス類と同様に短く丈が高く、アリオラムス・レモトゥス、アリオラムス・アルタイ、チアンジョウサウルスの長く丈の低い上顎骨とは異なる。
上顎骨の外表面には、ダスプレトサウルス、タルボサウルス、ティラノサウルス、ズケンティラヌスにみられるような背腹方向の溝や稜はみられない。上顎骨と前上顎骨の関節面は多くのティラノサウルス類と同様に背腹方向を向いており、関節面が強く後背方に傾いたアリオラムス族とは異なる。いくつかの神経血管孔が歯列の背側に並んでいる。
Maxillary fenestra は大きく四角形に近い形であり、これはタルボサウルスの成体と似ているが、タルボサウルスの幼体では楕円形である。他のティラノサウルス亜科と異なり、maxillary fenestra の前縁は前眼窩窩の前縁とは接していない。それでもmaxillary fenestraは前眼窩窩の中で比較的前方に位置している。一方、アリオラムス・アルタイ、アパラチオサウルス、アルパートサウルス、ビスタヒエヴェルソル、ゴルゴサウルス、ティラノサウルス亜科の幼体では、maxillary fenestraがより中央に位置している。上顎骨の歯列は完全には保存されていない。
涙骨の角状突起は、ゴルゴサウルスのような尖った角状ではなく、全体に膨張したinflatedゆるやかな山形である。これはティラノサウルスとタルボサウルスにみられる状態である。この膨張inflationはラプトレックスにはみられず、またタルボサウルスの幼体ではあまり発達していない。角状突起が尖った角をなすのは、ユーティラヌス、アルバートサウルス亜科、ダスプレトサウルス、アリオラムス・アルタイ、チアンジョウサウルスであるといっている。
論文の全身骨格図をみると、後眼窩骨の眼窩下突起suborbital processがあるように見える。しかしこの描き方が不正確で、後眼窩骨の記述を読むと眼窩下突起はないとはっきり書いてある。皮膚をつければ隠れるとはいえ、注意が必要である。
アジアティラヌスでは後眼窩骨の下行突起はアリオラムス・アルタイやナノティラヌスと似て舌形で細長い。また下行突起はまっすぐで、前方に広がった眼窩下突起はない。多くの大型ティラノサウルス類(ティラノサウルス、タルボサウルス、アルバートサウルス、ゴルゴサウルス)では下行突起が広がって眼窩内に突き出した眼窩下突起をもつ。それに対して、アジアティラヌスの下行突起の前縁はほとんどまっすぐである。後眼窩骨と頬骨からなるpostorbital barは細長くまっすぐで、前縁と後縁が平行になっている。他の眼窩下突起をもたないティラノサウルス類(ダスプレトサウルスやナノティラヌス)では、下行突起の前縁はむしろ凹形にカーブしている。
系統解析の結果、アジアティラヌスはティラノサウルス科のティラノサウルス亜科に含まれた。アジアティラヌスはティラノサウルス亜科の中では、アリオラムス族やテラトフォネウスよりは派生的で、ダスプレトサウルスよりは基盤的な位置にきた。これはナヌークサウルスと近い段階である。ナヌークサウルスも推定頭骨長60-70 cmと小型ないし中型であるが、最近の知見によるとナヌークサウルスはもっと大きかった可能性があるという。そうするとアジアティラヌスは唯一、確実に小型のティラノサウルス亜科ということになる。
アジアではモンゴルのタルボサウルスとアリオラムス、中国南部のチアンジョウサウルスとアジアティラヌスというように、吻の丈が高いティラノサウルス類と吻の細長いティラノサウルス類が共存していたことがわかってきた。しかし中国南部では吻の細長いチアンジョウサウルスの方が大型で、体の大きさはモンゴルとは逆転している。吻の形状が異なることから、両者は異なるニッチを占めて棲み分けていただろうとしている。大型だが吻が細長いものと、顎が頑丈だが小型のものでは、どちらも小型の獲物を狙ったような気がするがどうなのだろうか。
参考文献
Wenjie Zheng, Xingsheng Jin , Junfang Xie & Tianming Du (2024) The first deep‑snouted tyrannosaur from Upper Cretaceous Ganzhou City of southeastern China.
Scientific Reports (2024) 14:16276 | https://doi.org/10.1038/s41598-024-66278-5
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ティラノサウルス・マクラエーンシスとシエラケラトプス
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ティラノサウルス・マクラエーンシス
Copyright 2024 Dalman et al.
ついこないだもグレゴリー・ポールの3種説を、トーマス・カーら専門家が全力で否定したばかりである。ティラノサウルスが何種あるのかという問題については、今後もなかなか議論が尽きないのだろう。しかしそれは別にしてもティラノサウルスの起源がどこなのかという問題について、大きく貢献する研究である。
Scientific Reportsの論文はコンパクトにまとまっているし、海外の動画も3つくらい上がっている。よって私が紹介する立場にないので詳しくは書かない。
ティラノサウルス・マクラエーンシスTyrannosaurus mcraeensis は、カンパニアン末期からマーストリヒティアン初期(Hall Lake Formation)に、ニューメキシコ州シエラ郡Sierra Countyに生息したティラノサウルス属の新種で、2024年に記載された。ティラノサウルス・レックスよりも600-700万年も古い生息年代ながら、ティラノサウルス・レックスと同等の大きさ12 mであったと推定され、ティラノサウルスの大型化がララミディア南部で起きたことを示唆している。
ティラノサウルス・マクラエーンシスのホロタイプ標本NMMNH P-3698は部分的な頭骨で、右の後眼窩骨と鱗状骨、左の口蓋骨、上顎骨の断片、下顎(左の歯骨、右の夹板骨(板状骨)、前関節骨、角骨、関節骨)、分離した歯、血道弓からなる。
ティラノサウルス・マクラエーンシスの特徴は、後眼窩骨の角状突起が低く後方に位置するなど13くらいあるが、ティラノサウルス・レックスとの違いを示した図をみるのがわかりやすい。
後眼窩骨にはティラノサウルス亜科に典型的な、背方に突き出した大きな角状突起cornual process, cornual bossがある。ティラノサウルス・レックスでは角状突起が前方に強く膨らんで、その頂点が前方、つまり眼窩の上にある。それに対してティラノサウルス・マクラエーンシスでは角状突起が前方に膨らんでおらず、頂点がより後方にある。
また後眼窩骨の前頭骨・前前頭骨との関節面(のある突起)は、ティラノサウルス・マクラエーンシスでは前方を向いているが、ティラノサウルス・レックスでは前腹方を向いている。
最もわかりやすいのは歯骨の下側のラインである。ティラノサウルス・レックスでは下顎のつけねがぐぐっと膨らんでいるので、歯骨の後端部は太く、後腹側縁が下がっている。それに対してティラノサウルス・マクラエーンシスでは歯骨の後端部は丈が低く、後腹側縁のラインはむしろ上がっている。つまり下顎の下縁のラインがほとんどまっすぐになっている。これはティラノサウルス亜科の中でもユニークな特徴であるが、タルボサウルスやズケンティラヌスにより近いという。この歯骨の大きさから、ティラノサウルス・マクラエーンシスはスコッティのような最大級のティラノサウルスよりは小さいものの、ティラノサウルス・レックスと同等の大きさと推定されている。歯骨の歯槽の数は13で、ティラノサウルス・レックスと同様である。ズケンティラヌスでは15,タルボサウルスでは14-15,ダスプレトサウルス・ホルネリとダスプレトサウルス・トロススでは17である。歯骨の前端の下顎結合symphysisの部分はティラノサウルス・レックスと同様に丈が高い。この部分は歯骨の腹側縁から急に立ち上がっているので角ばったおとがいをなしているのもレックスと同様である。
系統解析の結果、ティラノサウルス・マクラエーンシスはティラノサウルス・レックスと姉妹群となり、これら2種はアジアのティラノサウルス亜科であるタルボサウルスとズケンティラヌスのクレードと姉妹群となった。
ティラノサウルス・マクラエーンシスをティラノサウルス・レックスと区別する特徴は比較的微妙なものであるが、後者では多数の個体が知られているので、その個体変異の範囲と比べてどうなのか、が検討できる。その結果、今回示されたティラノサウルス・マクラエーンシスの特徴は、ティラノサウルス・レックスのどの標本とも異なるものであるとしている。またマクラエーンシスの標本はレックスの成体と同等の大きさなので、成長段階による違いとは考えられない。また著者らは、マクラエーンシスとレックスの違いはそれぞれの骨について1つ以上あることも強調している。
ティラノサウルス・レックスはマーストリヒティアン後期に突然現れているため、その祖先についてはわかっていなかった。最も近縁な種類がアジアのタルボサウルスとズケンティラヌスであることから、祖先がアジアに移動し、その後北米に戻ったという説と、北米に留まって進化したという説があった。今回の系統解析の結果からみると、ティラノサウルスの祖先はララミディア南部に出現し、一つの系統はアジアに渡ってそこでタルボサウルスとズケンティラヌスを生み出した。もう一つの系統は北米で地域固有の進化を遂げ、ティラノサウルスとしてララミディア北部に進出した、というシナリオが考えられる。
ニューメキシコ州のHall Lake Formation がかつてマーストリヒティアン後期と考えられていた理由の一つは、ティラノサウルス・レックスとトロサウルスの存在であった。以前トロサウルスと思われていた角竜は、現在、新種のカスモサウルス類シエラケラトプスとされている。シエラケラトプスは、カンパニアン末期のコアフイラケラトプスなどと近縁とされている。
Hall Lake Formationの恐竜相には、大型のティラノサウルス・マクラエーンシス、大型のカスモサウルス類シエラケラトプス、アラモサウルスと比較されるティタノサウルス類、大型のハドロサウルス類が含まれていた。これらは同時代の北部ララミディア(カナダ)の恐竜相とは大きく異なっている。当時カナダには、アルバートサウルス亜科アルバートサウルス、セントロサウルス亜科パキリノサウルス、ランベオサウルス類ヒパクロサウルス、ハドロサウルス類エドモントサウルスなどがおり、竜脚類はいなかった。
ララミディア南部では大型の植物食恐竜が繁栄しており、それに適応して大型のティラノサウルスが進化し、やがてララミディア北部にも広がった可能性が考えられた。
例によってこのティラノサウルスの新種が今後も認められるかどうかはまだわからない。しかし仮に別種ではなくても、このような古い時代からティラノサウルスが存在していたということは、マーストリヒティアン末期の恐竜というティラノサウルスの概念に大きな影響があるに違いない。
参考文献
Sebastian G. Dalman, Mark A. Loewen, R. Alexander Pyron, Steven E. Jasinski, D. Edward Malinzak, Spencer G. Lucas, Anthony R. Fiorillo, Philip J. Currie & Nicholas R. Longrich (2024) A giant tyrannosaur from the Campanian–Maastrichtian of southern North America and the evolution of tyrannosaurid gigantism. Scientific Reports (2024) 14:22124
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ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく独自の種類である
また面白い展開になってきた。これは研究者のみならず、世界中の恐竜ファンにとっても見逃せない研究ですね。ダスプレトサウルスがアナジェネシスというのも異論が出ているし、トーマス・カー博士の築いた鉄壁の体系が崩れる可能性を示しているかもしれない。個人的にはナノティラヌスというものがいてほしいと思ってきたので、共感しながら興味深くみている。ただし多くの人が述べているように、これが最終決着ということではない。
Longrich and Saitta (2024)は6つの論拠に基づいて、ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく、独自の小型ティラノサウルス類であると結論している。これらの論拠はアブストラクトとディスカッションの最初の節にまとめてあるので、それらを読めば大体わかる。(なぜか3と4の順が逆になっているが)
1)生態系におけるティラノサウルス類や他の捕食者の多様性について、多くの場合、複数のティラノサウルス類が共存していることから、それが普通であり、ティラノサウルスの他に別の種類が後期マーストリヒト期のララミディアに存在していたことが示唆される。
2)ナノティラヌスは実はティラノサウルスと同定できるような形質を欠いており、150以上の形態学的特徴についてティラノサウルスと異なっている。一方でナノティラヌスとティラノサウルスの間をつなぐような中間形というものは知られていない。
3)ナノティラヌスの標本には、骨の癒合、成熟した頭蓋骨組織の表面構造、ティラノサウルスと比較して遅い成長速度、成長が減速する過程、成体の体重が1500 kg以下と予測されるような成長曲線がみられることから、これらは亜成体または若い成体であって幼体ではない。
4)タルボサウルスやゴルゴサウルスのような他のティラノサウルス類の成長系列には、ナノティラヌス―ティラノサウルスの成長系列で起きるとされる形態学的変化はみられない。またナノティラヌスからティラノサウルスを生じるためには、恐竜の成長過程で知られているパターンとは合致しない、いくつかの不自然な変化が必要となる。
5)ナノティラヌスのホロタイプよりも小さいが、ティラノサウルスと同定できる特徴を示すティラノサウルス幼体の標本が存在する。
6)系統解析の結果、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外に位置する可能性が高く、ティラノサウルス亜科には含まれない、つまりティラノサウルスの幼体ではない。
1)よく調査された化石産地では、ゴルゴサウルスとダスプレトサウルス、タルボサウルスとアリオラムスのように、複数のティラノサウルス類が共存することが多い。また他の獣脚類についても、アルゼンチンのアベリサウルス類や、北米のモリソン層ではアロサウルス、トルボサウルス、ケラトサウルスなどが共存していたなどの例がある。哺乳類においても、スミロドン、アメリカライオン、ダイアウルフなどは同じ環境に生息していた。つまり複数の捕食者が共存しているのが普通であり、ティラノサウルス1種という方が考えにくい。これは確かに複数のティラノサウルス類がいたことが期待されるが、強い根拠とはいえないような気がする。徹底的に発掘された地層でもたまたま1種しか発見されていないということはありうる。
2)は、中間形がみられないというのが重要なポイントである。もし幼体と成体の関係であれば、必ず中間の形質をもつ個体や、ナノティラヌスの特徴とティラノサウルスの特徴が入り混じったモザイク的な個体がいるはずだが、そういう標本はないという。それを定量的に示すためにいくつかの多変量解析(クラスター解析)を行っており、ナノティラヌスらしい標本とティラノサウルスらしい標本の2つの集団に分かれている。連続的にはならず2つのクラスターに分かれるということである。
最も共感した考察は4)だった。もしナノティラヌスがティラノサウルスの幼体であり、ナノティラヌスの特徴的な形質は幼体であるためということであれば、そのような特徴は他のティラノサウルス類の幼体にもみられるはずである。ところが、タルボサウルス幼体の頭骨は多くの点でナノティラヌスとは異なり、成体のタルボサウルスやティラノサウルスと似ている。丈の高い上顎骨、前方に位置するmaxillary fenestra、大きなmaxillary fenestra、弱くカーブした涙骨の腹側突起、頬骨の後眼窩骨突起の基部が幅広い、などである。これらの特徴はタルボサウルスの成長過程でかなり早く現れるので、おそらくティラノサウルスの成長過程でも早く現れるはずである。より大きいナノティラヌスの標本でこれらの特徴がみられないことは、ティラノサウルスの成長過程がタルボサウルスと全く異なるとしないかぎり、成長による変化では説明できない。
幼体を含む成長系列はゴルゴサウルスでも知られている。ゴルゴサウルス幼体の頭骨は特に上顎骨、前眼窩窓、前眼窩窩、maxillary fenestraの形について、顕著にゴルゴサウルス成体と似ている。このことからゴルゴサウルスは成長過程で頭骨の形態に劇的な変化はしていないことがわかる。ゴルゴサウルス幼体は、広がった前眼窩窩のようなナノティラヌスの特徴は示していない。よってゴルゴサウルスの成長パターンは、ナノティラヌスの特徴が成長によるものという仮説を支持しない。ナノティラヌスがティラノサウルスの幼体とすれば、ティラノサウルスはその成長過程でタルボサウルスやゴルゴサウルスとは異なる劇的な変化を遂げなければならない。それも不可能ではないが、ナノティラヌスが別の種類と考えた方が可能性が高い。
前肢の大きさについても、成長による変化とは考えにくい。全長5-6 mの小型の個体であるが、ナノティラヌスBMRP 2006.4.4 とHRS 15001の前肢の指骨は、ずっと大型のティラノサウルスの指骨よりも顕著に大きい。相対成長により体に対して小さくなることはあるが、ナノティラヌスの前肢の骨について説明するためには、成長するにつれて絶対的に縮小しなければならない。骨吸収が起きて各要素のサイズが小さくなる必要がある。そのような現象は、羊膜類では聞いたことがないといっている。
6)では、幼体でなければ何なのか。著者らはナノティラヌスの標本について系統解析を行った。Loewen et al. (2013) のデータセットを用いた場合、ナノティラヌスはアリオラムス族とアルバートサウルス亜科の中間段階にきた。ここではアリオラムス族はティラノサウルス科のすぐ外側なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外ということになる。一方、Brusatte and Carr (2016) のデータセットを用いた場合は、ナノティラヌスはやはりアルバートサウルス亜科とアリオラムス族の中間段階にきた。こちらはアリオラムス族がティラノサウルス亜科なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の中となる。しかし著者らは後者のデータセットには不自然な点があり、前者の方が妥当だろうと考えている。なるほど、アリオラムスとゴルゴの中間的な位置・・・そういわれれば、そんな気もしてくる。
参考文献
Longrich, N.R.; Saitta, E.T. Taxonomic Status of Nanotyrannus lancensis (Dinosauria: Tyrannosauroidea)—A Distinct Taxon of Small-Bodied Tyrannosaur. Foss. Stud. 2024, 2, 1–65. https://doi.org/ 10.3390/fossils2010001
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ラプトレックスは幼体だが、有効な種類である
ラプトレックスは、科博や福井の特別展などでおなじみのすばらしい全身骨格である。これについては過去の記事で2回、取り上げているので参照いただきたい。また丸ビルに来たこともあり紹介している。
簡単にまとめると、最初のSereno et al. (2009) のときは白亜紀前期の中国遼寧省の小型のティラノサウルス類として報告された。化石業者から購入したKriegstein氏から寄贈されたものなので発掘地などの確かな記録がなく、母岩の鉱物組成や魚の骨などの状況証拠から前期白亜紀の中国とされた。また骨の組織像から成熟に近い亜成体とされ、せいぜい3 m程度の小型のティラノサウルス類ながら、多くの点で進化した大型ティラノサウルス類の特徴を示すとされた。
ところが、Fowler et al. (2011) によって強力な反論がなされた。専門的にみて魚の骨は前期白亜紀に限られた種類ではないことなどから、層準も産地も明らかではない。さらに、骨の組織像からは盛んに成長中の幼体と考えられた。よってこの化石は、後期白亜紀のモンゴルあたりの、タルボサウルスのような大型ティラノサウルス類の幼体である可能性が高いとされた。これにより、世間の関心も急速に冷めたように思われる。一時は一世を風靡したスターのような扱いであったが、その後は皮肉のようにタルボサウルスの標本と並べられ(いや適切ではあるが)さんざんな目にあっている。その背景には「なんだ、最初のイメージは嘘だったのか」という失望と、幼体だから分類は難しく、よくわからないものであるという諦めがあるように思われる。
しかしこのラプトレックスが少しだけ日の目を見ることがあるかもしれない。最近、ティラノサウルス類の第一人者ともいえるトーマス・カー博士が、内モンゴルのアレクトロサウルスの再記載の論文を出した。アレクトロサウルスのホロタイプは後肢のみであり、再研究によって33もの固有の特徴を見出した。その他に、アメリカ自然史博物館にはイレン・ダバス層産のティラノサウルス類の未記載の頭骨化石があったので、それを記載している。これらは涙骨、頬骨、方形頬骨、翼状骨、歯などである。この化石はもちろんアレクトロサウルスとはいえないが、この涙骨はラプトレックスと最も似ているという。それに関連してカー博士はラプトレックスの頭骨について論じているのである。
Fowler et al. (2011) はラプトレックスが明らかに幼体であることと、産地、層準も不明であることから、ラプトレックスは疑問名にすべきであるとした。一方、カー博士は幼体であることは確かであるが、ラプトレックスは形態学的特徴から他のティラノサウルス類と識別できる、有効な分類名であるという立場である。
カー博士によるとラプトレックスは、タルボサウルスの幼体ではなく新種であることを示すいくつかの特徴をもつ。幼体だからわからないではなく、幼体であっても種に特異的な形質があるというわけである。ゴルゴサウルスやティラノサウルスの成長過程を徹底的に研究したカー博士ならではの見解だろう。
ラプトレックスが幼体と成体を含めた他のティラノサウルス類と異なる特徴は、涙骨の腹側突起が細く、かすかにカーブしている(ほとんどまっすぐである);涙骨のrostroventral alaが腹側突起の下半分に広がっている;前頭骨の上側頭窩の前側方端が深く窪んでいる、などである。さらに、タルボサウルスの特徴であり小型の幼体にもみられるsubcutaneous flange of the maxillaが、ラプトレックスにはみられない。これらのことからラプトレックスは識別可能な、有効な分類名であるという。もしラプトレックスの成体が見つかるとすれば、それはまっすぐなpreorbital bar (眼窩の前の柱状の部分、ほぼ涙骨の腹側突起)とポケット状の上側頭窩の前側方端をもつだろうといっている。
確かに他のティラノサウルス類の幼体と徹底的に比較することによって、形態学的特徴の分布がよりよく解析されれば、この数奇な運命をたどった標本も少しは浮かばれるのかもしれない。
参考文献
Thomas D. Carr (2022) A reappraisal of tyrannosauroid fossils from the Iren Dabasu Formation (Coniacian–Campanian), Inner Mongolia, People’s Republic of China, Journal of Vertebrate Paleontology, 42:5, e2199817, DOI: 10.1080/02724634.2023.2199817
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ルース:元気な頃
脳腫瘍にかかる前の元気な姿。Two medicine formation ということは、ダスプレトサウルス・ホルネリと共存したのだろうか。ルースは割とがっしりした体形だし、ダスプレトサウルスとの住み分けがよくわからない。生息環境の違いだろうか。
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