十勝の活性化を考える会

     
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任期

2021-02-07 05:00:00 | 投稿

 

任期とは、特定の役職に就いた者に関する、その役職に就任する期間のことである。

首相の任期は、衆議院議員総選挙後の最初の国会召集のときに、内閣は総辞職をしなければならないとされている。ということは、内閣総理大臣における一回の任期は、次の衆議院議員総選挙後の最初の国会召集が行われる時までとなる。

従って、内閣不信任案の可決や衆議院解散などがない限りは、衆議院総選挙の周期、つまり議員任期の4年が、総理大臣の最長の任期ということになる。

もちろん、新たに召集された国会で再選は禁じられていないので、国会議員として総理大臣の首班指名を受け続ける限り、内閣総理大臣を続けることができる(実質無期限)。

最近の首相の最長在任期間は、安倍晋三内閣の2,822日であったが、第1次政権を含む通算在任日数は3,188日で、いずれも憲政史上最長であった。なお、アメリカ大統領の任期は2期8年、中国の首相は日本の首相と同じであるが、韓国大統領は1期の5年が限度で、再選は出来ない。

首相は激務だから体力的に、任期としては6年ぐらいが限界だと思う。また、長くなれば長くなるほど初心を忘れて、人間としての欲やボロが出てくるのは当然だろう。現菅義偉首相は初回であり初々しいが、前安倍首相や政治家などを見ていて残念に思う。

 

現在、衆議院議員を10期以上務めているのは,当選17回の小沢一郎議員を筆頭に11名いる。地方公共団体の首長の当選回数が多くなるためには,対立候補が長期にわたって立候補しないことや若くして立候補するか、又は年甲斐もなく首長のイスにしがみつくことが肝要である。

初当選した国会議員、知事、県議、市町村議員などをたくさん見てきたが、資質に欠けていると思わざるを得ない人はいるが、汚職する議員は少ないようである。首長は任期が長くなると初心を忘れるものだが、鈴木直道北海道知事などは苦労人だけに、若さがあって安心できる知事である。

政治家は住民のためや地域のためにその任務を全うしてほしい。北海道は、そうすることによって一層良くなるのである。日本の政治が三流と言われるのは、政治家が国民のための政治をしていないからで、政治が変わらなければ日本の国は良くはならないのではないだろうか。

ところで、内閣の退陣(辞任)理由に上げられるのは、①選挙に大敗した時、②汚職や偽悪、③病気 などがある。安倍首相の辞任は病気であったが、自殺者まで出した森友・加計問題、逮捕された河井夫妻の選挙資金約1.5億円などの説明責任は、まだ果たされていない。

何でもそうであるが、人生は引き際が大切である。大相撲界では、横綱“千代の富士関”が「体力の限界」という言葉を残して引退したが、任期が長いということは人望に加え、体力、気力、知力が人一倍あるか、いい加減な任務をしているか、どちらかであるかも知れない。

なお1863年、リンカーン大統領が、「人民の、人民による人民のための政治」という有名な「ゲティスバーグ演説」を行っているので脚注に掲げよう。

  「十勝の活性化を考える会」会長

 

注) ゲティスバーグ演説

ゲティスバーグ演説は、1863年11月19日ペンシルベニア州ゲティスバーグにある国立戦没者墓地の奉献式において、アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが行った演説

演説の本文

87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、人はみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。

今われわれは、一大内戦のさなかにあり、戦うことにより、自由の精神をはぐくみ、自由の心情にささげられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである。われわれはそのような戦争に一大激戦の地で、相会している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部をささげるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。 しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地をささげることはできない。清めささげることもできない。聖別することもできない。足すことも引くこともできない、われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで闘った勇敢な人々がすでに、この土地を清めささげているからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶にとどめることもないだろう。しかし、彼らがここで成した事を決して忘れ去ることはできない。ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業にここでささげるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身をささげるべきは、むしろわれわれ自身なのである。それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を 尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。

(出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)

 

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