先日、令和3年8月17日付け「道新」夕刊6面“私のなかの歴史“の記事を読んだ。元JA北海道中央会会長 飛田稔章氏が、自分のことを”百姓党“と称していたが、彼は自民党でもなく野党でもなく、思想を超えての北海道農業の役割や日本のあり方をいいたかったのだろう。
町内会の知人に、着眼大局を座右の銘にしている方がいる。彼は、人類みな兄弟のような“農業党”で、彼を頼って様々な方が人生相談などに訪れている。彼はすし職人だったからであろうか、人の気持ちに寄り添って相談するのがすごい。
彼の目標は戦争のない地球を作ることだが、我利がまかり通るこの世から戦争が絶えることはないだろう。コロナ禍や環境問題などで活路を見出そうとする今が、日本の国を変えるチャンスだと思っている。日本には革命が起こっていないが、起こらないのはそれなりの理由があるのだろう。親方日の丸、忖度、武士道など、どれをとっても日本人が持つ特有のものであるが、その不思議な日本人を理解しようとして、外国人が四国霊場巡りや京都などを訪れている。確かに繊細な気持ちも必要だが、世界はグローバルなので、時には外国人のように物事に拘らない大胆さも必要と思うが・・・・。
日本の歴史を振り返ると、1639年のポルトガル船の入港禁止に始まり、1854の日米和親条約の締結により「鎖国」は終わった。「明治維新」は、尊王攘夷で幕府を倒し開国を推進した日本にとって、革命のような大きな事件であった。
また、太平洋戦争の末期、特高隊員は国のため、家族のために決死の思いで米軍の軍艦に突っ込み、一方、作家 三島由紀夫は、”憂国 “して割腹自殺して死んでいる。彼は生前、“生き残った者としての役割”を発揮することが大切だと言っていたが、私たちにとっての役割は一体何だろう。日本は一人一人が持っている役割を発揮することによって、新型コロナ禍を乗り越えることができるのではではないだろうか。
「十勝の活性化を考える会」会員