歴史もののドラマをみると
ついつい フィクションとはわかっていても、
時代とか 人物について検索してしまう・・・
今は 西太后とか 光緒帝、珍妃について読んでます。
昔、毛沢東夫人の江青(こうせい)だったか
字はあまり記憶にないのですが、
若いころは ものすごい美人。
で、中国で なんか 裁判にかけられて失脚した人なんだけど
4人組とかなんとか いってた記憶があるんですが
その 江青さんが 裁判にかけられているニュースが
日本でも 流れたんだけど、
ものすごい勢いでまくしたてて 反論していた姿が
とっても印象的で 今でも 記憶に残っているのです。
そのころは もう 毛沢東はなくなっていて、
だから 江青さんも かなりのお年だったけど
まあ 弁のたつこと!
指さして あの人この人を避難しまくってました。
まあ、お国に関係なく 「猛女」はいるわけで・・・
日本では 日野富子とか 北条政子が有名ですね。
中国は 大国だから 日本の10倍はいる計算になります。
則天武后、呂后 そして 西太后が有名どころ。
西太后は 残酷なことで有名ですが、
調べてみると とても頭が良くて 機転がまわる人だったみたい
自分の実子 同治帝は 自分の手で育てることができず
しかも わがままで放蕩息子に育ち
19歳で梅毒で亡くなったらしい・・・
妹の息子をひきとって 跡継ぎとしましたが、
それが 光緒帝。
しかも 引き取った原因というのが
妹が 尋常でなく息子を虐待していたのを見かねてのことだった・・・って・・
光緒帝は 甘やかしてはりっぱな皇帝にならないと
ものすごく厳しくしつけられ、
そのせいで とても精神不安定だったといわれています。
写真みると イケメンですけど
不幸を絵にかいたような人生だった・・・
こんな人生 あるんだなあ・・・と
なんか こころにむなしい風がふきました・・・
愛した珍妃は 殺され 自身は 結局かたちばかりの皇帝、
しかも 幽閉生活で 食事などは 腐ったものやひからびたものをだされ
最後には ヒ素で殺されました。
西太后がなくなる1日前の事でした。
幽閉は ほぼ 10年に及びました・・・
珍妃という人は 聡明で頭の回転も良く
政治むきだったのかもしれません。
「鳴かずば雉も射られず」という故事を彷彿とさせます。
珍妃のせいで 光緒帝が自分の言う事をきかなくなってしまった、
と、 西太后は思っていたんじゃないかな。
両方とも 性格は似たところがあったかもしれません。
真実は小説より奇なり
本当のところを知りたいですね。