ロンドン、パリ、ローマなど世界の大都市を印象づけているロータリー交差点を無理に鍬ヶ崎にもってくる必要があるのか?
上記図面で見ると鍬ヶ崎の下町、熊野町、蛸の浜町、山根町、港町はすっかり「整理」されて、嘉助屋や佐羽根屋あたりが「整地」されたあたりにラウンドアバウト形状の交差点が出現するというのである。鍬ヶ崎を特徴づけていた一帯のアワイコ(路地)はなくなり屋号もそれぞれどこに行くのか… 、さっぱりイメージのわかない公益施設(赤)や公園(緑)に変わる。清水川も親水の大義のためにわずかばかりの流れを変えられ、河口は防潮堤の下から海に流れ出る(右下の突起?)。この右下の港町のところの防潮堤のくぼみは造船所の船とケーソンの進水作業をするためにわざわざ陸側にくり下げたもので、津波をここに呼び込む事になる。防潮堤のこのくぼみ形と清水川河口のすき間が防潮堤崩壊のきっかけになりそうで心配である。そうでなくても鍬ヶ崎の大津波襲来は明治、昭和、平成ともこの地点が突破口であった。おそらく清水川の河口から鍬小に向かう谷地流域がこの一帯の津波の通り道になっているものと思われる。またケーソンの制作進捗次第では津波に押され、流されて、後方の防潮堤を破壊する心配もある。
…ロンドン、パリ、ローマ、鍬ヶ崎、の話しであった。日本ではあまり見かけない。みやこ広報(4/1号)にのった長野県飯田市の写真は見た。旭川市には「ロータリー」として昔からある。まだあるだろうが…
鍬ヶ崎には似合わない。この交差点は五叉路でも六叉路でもなく普通に十字路であるから。UR都市機構の若い設計者がこのチャンスに社会実験をしたいのだろう…。新しいものが悪いとは思わないが、まず第一に、ここをクルマが通るほどここに人が住むかどうか分からないのだ。ただだだっ広くなる交差点はほこりまみれ、手入れも滞る気がする。しかし依然として、人がそこに住むかどうかが一番の問題意識なのであって、ロータリーでも、ラウンドアバウトでも実感として地元住民の関心は薄い。意見はないが賛成しているのではない。設計者と被災者の関心の焦点がずれているのだ…
災害時の安全性を高めるというが意味が分からない。災害時に走り急ぐのであれば普通の十字路の方がいいように思うし、ロータリーは普段から歩行者や自転車には不便であぶない。あれこれ効果を並べられてもそれが即「合意形成」だとは思わないからやはり地元の意見を聞かなければならないだろう。それにしても高台の方が断然すみやすい。市長やUR都市機構の人にはラウンドアバウトのあるここに住んでみてほしい。なにが問題か分かると思う
(日経新聞 2013.5.1)