「第一防潮堤」かさ上げ工事の実態
初めに言っておかなければならないが、私は防潮堤建設賛成論者ではない、港湾、海浜、集落、後背地形、などの条件で必ずしも賛成ではなく、どちらかといえば頑固な反対論者である。公共工事の防潮堤建設には大きな疑義をもっている。ただし、田老「第一防潮堤」については、それが3.11大津波に耐えて残った時点で、日本において、おそらくは世界においても希有な、津波災害遺産として、津波防災遺産としてそのまま残すべきものであったと確信した。手を付けずに現役としてそのまま残す事によって人知を超えた津波の強力さと、地域の合意形成、避難行動の大切さを広く後代に、存在即説得力=存在即理解力の遺産とするべきものであったのである。現役施設としてもそのまま残す事がザ ベストな事は分かりきった事だ。
(1)外観の変更
地盤沈下したという大義名分で70センチかさ上げする工事である。かさ上げのためのかさ上げで、しかし、そのために「第一防潮堤」の存在意義を台無しにし、「第一防潮堤」の堅牢さを弱体化させた。
第1図
前より20センチ高いふちをまわしただけ。
第一防潮堤の天頂には海に向かって鉄筋(すじ金)入りのコンクリートブロック隊列があった。転落防止柵とか鎮魂の墓標とか言われているが、私は、先きに書いたように浸水地から外洋への戻り波に運ばれる瓦礫、遺体の流出防止柵であると思う。この50センチの高さのブロックには意味があり、無視はできない防潮堤の部分であった。
ここでは、だからこの工事は稚拙な「20センチの」かさ上げ工事にすぎない、とだけ言っておく。しかもかさ上げが海側にこのような一列だけのかさ上げとは思ってもいなかった…少なくとももっと強いイメージだったのでは、と…
(2)一体化を破壊 → 弱体化
高さは70センチにせよ20センチにせよあまり意味がない。しかし無理してかさ上げしようとして本来の堅牢な防潮堤を破壊してしまった罪は大きい。(更に大きな罪は遺産的価値の破壊である事は冒頭に書いた)。有機的一体化でその堅牢さを証明したばかりの防潮堤の一角を切り開き、修復できない大きな傷口を作ってしまった。写真参照
第2図
パラペットかさ上げ工法とは、そこにコンクリートの詰め物(パラペット=かさ上げ)を置くという事である。
数十センチかさ上げはされたが防潮堤の命であった台形の一体化は崩れてしまった事が分かる。弱体化である。どちらの方向から力が加わってももろく、パラペットなるものは分断され、はがされて、即、本体の大きな崩壊が始まる。このような土砂や礫石にただコンクリートの固まりを「置く」という工法があるのであろうか? 既存コンクリートと新コンクリートの接合は前々からの懸念であった。かりそめにも今次津波で、たぶん第二防潮堤の事を指していたのだと思うが「田老の防潮堤には、コンクリートに鉄筋は入っておらず、ブロックとブロックには噛み合わせもなくただ重ねただけであった」と言われた教訓はどうなっているのであろうか?
(3)鉄筋
パラペットかさ上げ工法の説明でこのような鉄筋図を見せてもらった。赤い線が鉄筋
第3図
この鉄筋の入り方が、土砂・礫石の接点、既存コンクリートとの接合の説明になっているとは思えない。垂直の二本の鉄筋はそのような強度・接合とは関係ないのでは? 斜めの一筋に走る鉄筋はいかにも弱々しい…
以上は断面図であるが、一体的な上辺、側面のコンクリート壁を削って(工学的には修復できない破壊)、その上にコンクリートの固まりを「ただ置いただけ」のように見える(工学的にはあり得ない)。
(4)錯覚
なぜこのような不安定な、無意味な、無駄な工事を、国や県は進めるのか?
建設土木業者からの圧力、予算消化の焦り、など大した理由はないとおもわれるが大勢といえば大勢の傾向だ…
☆
──「コンクリート優先」という民間からの批判にどう応えますか。
村井 そこは行政の難しさがある。「海のそばに住みたい」という住民の声を無視するわけにはいかない。いずれまた津波がくるわけだから、住民の生命、財産を守る防潮堤が必要だ。民意を最優先した結果として、こういう形になった。「津波がくる恐れがある場所に住んではならない」と国が禁じる手もあったと思うが、政府はそう決断しなかった。県としては今のやり方しかなかったと思う。
(村井嘉浩氏、宮城県知事。対談記事より引用。日経新聞 2013.8.11)
☆
思考停止した指導者の消極姿勢がここにもある。個別住民の真の合意を取る努力もなく勝手に住民の声を選別している。「海のそばに…」と誰が言っているのか? 生命、財産を守る防潮堤、とは貴職の錯覚、空(から)念仏にすぎないのでは?
問題を本題に戻すと、無駄な工事は、関係者が防潮堤で津波の襲撃阻止、防潮堤からの越流・溢流の防止可能を考えているからである。防潮堤建設のそもそものコンセプト(思想)がそこにあるから、効果が疑わしいと思っても、すこしでも高さを高く設計しようとする。20センチの高さをかせいで赤子を流しても大義があるものだとしているのである。無責任の極みである。
一般に津波は防潮堤を越流する。20メートル超の今次3.11津波は第一防潮堤を越えて市中を破壊したが防潮堤自体はびくともしなかった。ほとんど無傷のまま残った。しかし、今後10メートル級(昭和)、15メートル級(明治)、20メートル超級(平成)に第一防潮堤が崩壊しないという保証はない。あまりにも無神経なかさ上げ工事が施されるからである。くどいようだが工法の無神経さだけではない、民意を無視した無神経、遺構価値に対する無神経なども忘れる事はできない。
田老「第一防潮堤」のかさ上げ工事の、このような誤った工事観、このように曲解された自然観は、最低限、われわれとしては後代に残してはいけない。日本の中で発言してもならないし世界に対しても発信してはならない。
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