何か意に反した事件があると組織のトップが「極めて遺憾である」と宣うようだ。
いつもそのたんびに、「だから何なんだ」と思うことしきりである。主語もはっきりしない。国として組織としてなのか、会見している個人なのかが不明である。大体が、国や組織が個人的な感情としての「遺憾」を表明するのもおかしなものだが、何となく「遺憾である」と表明していれば、その場が治まってしまうのもおかしなことである。遺憾とは「思い通りにいかず心残りなこと。残念。気の毒。」と言う意味である。「遺憾」という難しい語句を使ってその場を誤魔化しているとしか思えない。素直に「残念である」と表明したほうが誤解がないと思う。
「遺憾である」のあとにどうするのかが最も重要である。
「遺憾である」事件に対してどのように分析し、どうあるべきかを明確にし、具体的な対処法を見出し、相手に対し何を要求するのかが重要である。「遺憾である」は最初のスタートであり、その後どうするかを明確に表明しないと意味がない。その遺憾である事件はあるべき姿を明確にし、具体的な対処法を見出し、相手に対して具体的に要求し、その正当性を周囲に対して表明するいい機会なのである。「極めて遺憾である」で終わらせてはもったいないことでもある。
ロシア首相が北方領土を訪問したことに対し「極めて遺憾である」と宣う。
それで済ませてはいけないだろう。この機会を利用して、北方領土が日本の国土であること、ロシアの北方領土の占領は国際条約違反であること、その日本の国土に一国の首相が訪問することが許せないこと、早期に日本に返還することを明確に厳格に当該国に対して世界に対して表明すべきである。「遺憾である」だけの表明では世界は誤解してしまうし、遺憾であっても許してしまう日本国の弱い立場を印象づけ既成事実として積み上げられてしまう。既成事実はその度に撤回する努力をしなければならないし、しぶとく地道に継続しなければならない。
中国の尖閣諸島問題、韓国の竹島問題も同じである。
事ある毎に「遺憾である」を繰り返しているが、これだけで済ましてはいけない。過去の歴史の経緯、国際法上の根拠、現在も日本国政府が実効支配していることを明確に表明しなければならない。過去に国土を保全する努力が足らなかったことは反省すべきではあるが、少なくとも中国や台湾や韓国が領有権を主張することに対しては真っ向から異を唱えて反論しなければならない。「遺憾である」と言う前に絶好の機会ととらえて、当該国にまた全世界に対してわが国の主張を毅然として表明しなければならない。
領土問題で重要なのは、
軍事的な意味と、近年注目されている資源問題である。連接する大陸棚に天然資源が存在することが判明してから領土問題が脚光を浴びている。この経緯からしても相手国の良からぬ意図が見え隠れする。また、見過ごされているが軍事的な意味でも注目しなければならない。大陸側から太平洋を見ると、日本列島は太平洋進出のための防波堤になっている。その進出経路が北方と南方の海峡である。その意味でも北方領土と南西諸島は地政学的に重要な意味がある。日本の国土を守るためにも、周辺諸国の安全保障のためにも日本国の領土を堅固に保持することが極めて重要であり、国際平和のためにも日本国として適切に対処してゆかなければならない課題である。
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