宇ゐの里山徒然記

町屋暮らしの後、2013年10月北山杉の里、右京区京北町に移り住みました。
周辺の紹介と暮らしの事など綴ります。

もみじ燃ゆる智積院

2007年11月30日 | 季節
東大路通り七条にあるハイアットリージェンシーホテルへ仕事で行った。
仕事を終えて会場を後にしたが、まだ時間に余裕があった。

確か大きなお寺があったと思い、ホテルで聞くと
そばに『智積院』(真言宗智山派 総本山)があると言う。

( ̄_J ̄)ん? 確か国宝級の絵があったような・・・と
とりあえず行ってみる事に。

するといきなり燃えるような真っ赤なエリアが




     

 鐘楼にも美しい楓が寄り添う
      

 イチョウとの競演も見事。
      


 大イチョウの木。
      

この智積院は真言宗開祖、弘法大師空海のご尊像を安置するお堂もあるとの事。
すごいお寺である。

しかもやはりあった。国宝金碧障壁画
長谷川等伯らによって描かれた「楓図」「桜図」「松と葵の図」「松に秋草図」等である。
今月半ばに出かけた『狩野永徳展』に続く国宝障壁画第二段だ。
平日ということもあり展示室内は数名のみ。
一室ぐるりと巨大な障壁画に取り囲まれるようにしてゆっくりと鑑賞できた。

智積院は庭園も美しかった。
利休好みの庭として有名らしいが、枯山水や東山の斜面を利用したような築山も見事。

    


    

 庭園内で静かに色づいていた↓コバノガマズミ・・・多分w(帰ってから調べた)・・・(^^; 
     



京都の紅葉はやはり今がピークだろう。
数日前に散歩した仁和寺の大楓の木は夕日に映えて燃えるような色だった。
モミジつながりで特別参加PHOTO


    
                                仁和寺大楓

さて今週末。お天気が良いといいのだが



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ヘルシー

2007年11月23日 | 美味しいもん
かつて京都イベントの仕事で八百屋さんへ行ったことがあった。
その時(10数年前)は少し大きな八百屋さんだ・・・ぐらいに思っていたが
今やその八百屋さんは“京野菜”というブランドを錦市場で牽引する
大きな会社となっている。

その八百屋『かね松』さんが『やお屋の二かい』というご飯やさんをやっている。
ほんとに八百屋さんのお二階で営業しているw
数年前に店舗向かいの場所『やお屋のはなれ』もオープンしてそこは夜の営業もしている。

お昼を予約して、席の都合で“はなれ”で食べることになった。
メニューは一つで“長寿ランチ”・・・
“ご長寿の方向け”と“これで長寿に”の意味かな
この日の献立は

    

野菜のかき揚げ・湯豆腐の野菜あんかけ・もやし、お揚げの芥子風味和え
小松菜、えのきのおひたし・なめこおろし汁・菊ご飯・やお屋のお漬物・デザートは3種より選択
さすがにヘルシー
薄味なので野菜の味をしっかり楽しめ、揚げ物もあるので満腹感も。


そのほか、和菓子好きの友人と軽い気持ちで出町柳の“ふたば”へも行った。
                            (まだ食べるのかw)

シカシ(-_-)甘かった・・・(餡の甘さではないw)
の中で買って戻ってくるのを待っていたのだが
戻ってくる気配がないので店の前まで行ってみると

    

あらら・・・すごい列。
結局30分ほどは待っただろうか。


もうすぐ師走。『餅は餅屋で!』の表示が増えてくる季節である。







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今日の妙心寺(07/11/20)

2007年11月20日 | 季節
TVなどで京都の紅葉の話題が多いこの頃。
県外の車も急激に増えてきた。

実際はどうなのだろうとお隣の妙心寺へ・・・

全体的にはまだピークとは言えないかも
しかし所々に鮮やかな色づきをしている木があった。

冒頭の写真は大龍院。

   

↑智勝院の庭園。ちょっとまだ寂しい。

   

↑蟠桃院(ハントウイン)
他の塔頭寺院もおおむねこんな具合。
大法院は路地庭園の公開をしているがもう少し後の方がよさそう。

     
                広場からのぼんやりとした紅葉 
 

     

山内一豊夫妻の菩提寺で有名な大通院も紅葉がきれいなのだが
まだ葉の先がちょっとだけ色づきかけている感じだった。
門からの眺めがまだ緑っぽかったので写真は撮らず。

ちなみに2年前2005年11月30日の大通院の紅葉↓

   

高尾などはもう身頃となっているかもしれないが
街中の妙心寺は今年も月末あたりかナ・・・


オマケ ・・・ 我が家の南天はきれいに色づいた 

                    


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狩野永徳展へ

2007年11月17日 | 京都のイベント
京都のお寺を観てまわると襖や庭などに登場するのが“狩野派”。

今までは漠然としていた狩野派にまつわる歴史の感覚が
この狩野永徳展をきっかけにして関連が少しできてきた(^^;

京都で室町時代中頃に起きた“応仁の乱”。その西軍の本陣(“西陣”)
が西陣織の名前の由来なのだが
その頃狩野派の始祖である狩野正信が室町幕府の御用絵師として活躍する。
そして正信の息子の狩野元信が狩野派の基盤を確かなものにしていくのだが
元信は孫の狩野永徳に非凡な才能をみて英才教育をほどこしたとのこと。

そして時代は安土桃山。狩野永徳が“怪物絵師”として一世風靡する。
障壁画最高の技術と表現力を持った“天才”と言われる永徳の特別展が
保存の為の諸事情を考えて全国を巡ることを避け
京都限定、京都国立博物館で開かれた。

      


国宝5作品を含む国内外の永徳の名品を網羅したこの展覧会
その開催を“奇跡”とまで表現されている。

私が向かったのは水曜日の午後。
いきなり

         

並ぶのがニガテなワタクシ・・・入り口の人に聞くと
「夕方か閉館1時間前ぐらいの7時ごろならあまり並ばないですむかも。」
1時間で観れるかなぁと不安に思いながらその日の夜19:00に再チャレンジ。
しかーし・・・ その日は閉館時間がナント18:00であった
入り口の人は翌々日金曜日からの閉館時間を言っていたのだ。

そして二日後の朝9時前(開館30分前)に再々チャレンジ。
が・・・既に門の外に長蛇の列。。。
ここでめげてなるものかと突撃してめでたく約30分後には館内に入れた


    


展示品は中央室のぐるり10室に展示されている。
その詳細はこちら

入っていきなり花鳥図襖絵の梅の老木に圧倒される。
色をも感じる墨絵の無限性に驚愕。
そして“すごい!”と感じたのは絵の中に登場する人や動物達の“目線”。
親孝行する息子の慈愛のまなざしは細い目からまっすぐ親へ向かい、
虫を捕獲しようと身構える鳥の視線の先にきちっと虫が飛んでいる。
永徳の表現する絵は止まっていないのだ。
空間や時間、季節の移ろい、そして漲る力をその描写で表現していた。

扇の小さな世界にも描かれる微細な表現と構図の美しさ、優雅な自然の息吹。
高級扇屋としての生業も持っていた狩野派は為政者に依頼される障壁画とは
異なる手に納まる扇面にもその才能を発揮している。

そして神経質そうな性格までうかがえる時代の天下人織田信長の像。
描いている時の緊張感が伝わってくる。

さらに金色の雲の間に見え隠れする洛中洛外の喧騒。
ここはもっとも混雑した場所。
何せ巨大な屏風に京都の名所や祇園祭の鉾などなど細かく描かれていて
ついその位置関係や知っている場所を追いたくなる。

・・・当然のように屏風前に張り付いて動かない御仁も出てきて
会場案内係がしつこく「譲り合って移動していってください!!!」と声をかけても
その男性はしらんぷり。。。
あげく「オレはこれを観に来たんだ!!」と逆ギレ
ジコチューな御仁でした。

そして狩野永徳といえば唐獅子図。(この文冒頭のサムネイル)
実物の大きさは高さは2メートル余。観るものを圧倒する。
この豪快さ、超弩級の迫力に接した時、この時代の為政者達が
彼に絵を描かせたがった理由が感じられた。
しかし、その為政者が依頼した多くはお城内の障壁画だったために
永徳の絵たちは政権が交代する際にお城ごと消えた。
もし、安土城が当時のまま残っていたら100を越える永徳筆作品が観られたかもしれない。。。

ちなみにこの『唐獅子図屏風』は国宝ではないそうだ。
秀吉の座する後ろにあったというこの絵は
その後毛利家に贈られ、明治期に皇室へ献上されたので“御物”。

そして最後は晩年(没年)の作とされている、国宝『檜図屏風』。

  

身悶えするような枝のうねりはその頃の永徳の葛藤を感じてしまう。
48歳で過労死してしまう短くも太く生きた人生の最後に
彼が思い描いていたものはいったい何だったのだろう。


全て観終わって一時間半強。
博物館を出ると不思議なことにまた永徳の絵を観たくなった。
国宝の『花鳥図襖』は大徳寺聚光院の方丈にレプリカがあるらしい。
今年5月に実物保存のためにはめ替えられたとの事。(実物は京都国立博物館に所蔵)
後世に残していかなければならない絵なので止むを得ないのかもしれない。
実際、御住職達も少しほっとしているだろう・・・
     (お掃除のときに襖を破いちゃったらタイヘンww)

レプリカでも今回の展覧会の配置とは違い、実際に襖として部屋のぐるりを
絵が囲んでいるようだ。
大徳寺なら家からも近い。
紅葉見物を兼ねて近々観に行ってみようか。。。


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今日シカない。。。

2007年11月12日 | Weblog
本日11月12日で終わってしまうイベントがあった。
奈良国立博物館の『正倉院展』である。

最終日だけど平日だし大丈夫かと思って気楽に出かけると
長蛇の列・・・
これは1時間ほど待たないと入れないかなぁと思いながら
トボトボとチケット売り場へ入ろうとした瞬間
「よろしければ・・・」と一人の男性が近づいて来る。
(・_・)...ン?  博物館でダフやさん???と思ったら

入場料\1,000のチケットをくださると言う。(失礼致しました<(_ _)>)

          

最終日なのでこういう幸運に出会えたのだろう。
待たないとダメだというブルーな気分はどこへやら・・・(ゲンキンなものだw)
そしてわずか15分ほどでめでたく会場内へ入ることができ、
(□。□-) フムフムと様々な展示物を見て歩いた。
ショーケースの前は二重三重に人の波があり、覗き込むのにも苦労したが
それでも日ごろ帯やきもので目にする、いわゆる“正倉院紋様”なる柄の
大本を現物で見られたのは感動であった。

駐車場往復の道は奈良公園内をシカ君達に声をかけながらの
のんびりしたもの。
放し飼いになってるとは聞いていたが
広い公園内をほんとに自由にシカ達が過ごしている。

 

  ↑ このシカ君、この後、通りがかりの数名が池の方へ行ったのを見ると、
    トコトコと移動して



    待機。(何かチョーダイ状態ですナ)

まぁ愛くるしい顔を向けてくれたので 


今日の奈良公園は紅葉し始めといったところ。
毎年ある正倉院展だが過去の会期ではもっと紅葉が進んでいたのではなかっただろうか。

    

私にとっては今日シカなかった奈良行き。。。。((  ̄  ̄)ノ◇ ザブトンボッシュウ)
小さな幸運と共に想い出になりました








 



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山陰紀行 ② 角島

2007年11月10日 | Weblog
長門市通浦の親戚の家を出て仙崎からで191号線を下関方面へ。

目指すは『角島』(つのじま)。
こんな美しい海が本州でも見られるのだとほんとにびっくり



   


このコバルト色の海の中を角島まで橋が架っているのだ。
その橋がまた息を呑む美しさ。


   


芥川賞を受賞した村上龍の本の題名ではないが
まさに『限りなく透明に近いブルー』である。
海岸線から橋の真ん中ほどで車寄せが少しありそこからは
岩を洗うきれいな海水を間近に見ることができた。

   


夏は海水浴の人でにぎわうであろうこの浜辺も
今は~もう~秋~~♪・・・
砂浜の上には大きな足跡と小さな足跡が続いていた。



   



美しい風景でロマンに浸る旅だが
国道を走っていていちいちチェックしたのが“道の駅”である。

全国の一般国道にある道の駅だが長距離は高速道路を使いがちなので
珍しさもあってかなり堪能してきたw
その地域の特産物を扱っていて店内を見て歩くだけでも楽しい。
そこで気に入ったのが“お魚せんべい”。
とくにかわはぎが美味。
帰洛して、ブログに書こうと思ったときはすでに袋の姿はなかったが・・・


“道の駅”では

     

このように試食がデパ地下よろしく多くの食品でできる。
スナック系はパリパリとつまみ食いするのみだが、
もう少しウエットな珍味系食品の時は思わず
『白ご飯ください!』と言いたくなる

・・・・・


気がつくとブログの終わりの方がどうしても食べ物の話題となるようだw
食い意地が張っているのは今更・・・なのだが
美味しいものとの出会いの話は
比較的その時の幸福感が伝わり易いかもしれない



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山陰紀行 ① 青海島

2007年11月08日 | Weblog
先週末、本州日本海側の西方は山口県の長門へ行った。
『通(かよい)』という地域で仙崎から橋が架かっている
青海島(おおみじま)という島の中にある。

親戚がここに住んでいるので小学校(...( = =) トオイメ)の時は時々来ていた。
ここへ来た夏は絵日記の題材に事欠くことはなかったことを思い出す。
その頃は小学生でも素もぐりでサザエが採れた。(今は密漁になるw)
海水浴に出かけるときにおにぎりを作ってもらい
自分で採ったサザエを浜辺で焼いて食べるという贅沢な夏休みだった。

とにかく美しい島である。
ほんとに久々に訪ねたのだが天気も良く
港の日暮れはどこか外国を想わすほど。


      


昔は橋が架かっていなかったために車はこの青海島には一台もなかった。


      


夜の食事は親戚の家での家庭料理
絶品剣先イカほか各種お造り、焼き太刀魚、しらす釜揚げ、仙崎蒲鉾、
そして無添加のウニの塩漬け・・・etc.
お酒好きにはたまらない(だろう)品々が食卓に並ぶ。

青海島への入り口仙崎港のホテルに泊まる。
“通港”での美しい夕焼けの翌朝
今度は仙崎港からの日の出

      

そして朝ご飯を食べるべく
素泊まりをしたホテルの前の仙崎漁港に出て
営業している定食やさんへ入るとメニューの札が下がっている。
よーく探しても朝ごはんらしい定食のフダがないのよね。。。
仕方なく一番あっさりしていそうなものを選んだらこれになってしまった

         

朝ご飯のワリにはちと豪勢www


ふと隣の作業服のおじさま達のテーブルを見ると目玉焼きが乗っている。
え?なんで?・・・
と50年前は看板娘だったと思しきお店の女性に尋ねると「朝定だヨ。」・・・
ナルホド・・・港の作業をしている人達や漁師さんが入るお馴染みの店なので
朝の定食は特に明記していないのだ。

そしてもう一つ
日の出を見れたことに喜ぶのもつかの間・・・
仙崎港の魚市場を見たくて歩を進めると


        


                              

(-_-)ウーム・・・日曜日だったw

今度はフグ狙いで冬に来よう。(平日!(^^;)   



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