切られお富!

歌舞伎から時事ネタまで、世知辛い世の中に毒を撒き散らす!

九月大歌舞伎 「草摺」「賀の祝」「豊後道成寺」「膝栗毛」(歌舞伎座)

2005-09-26 01:13:27 | かぶき讃(劇評)
あっさりいきます。さて…。

①正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)

いわゆる曽我物。曽我兄弟っていっても、歌舞伎の好きな人以外で、いまどきどのくらいの認知度があるんだろう。わたしは小学生時分、<小学生向け日本の古典>みたいなシリーズ本で読んだんだけど(こどものころは国語の先生になりたかったので)、今のこどもってほとんど読まないんでしょ、こういうのって。

念のためにために解説しておくと、曽我兄弟が父親の仇討ちをしたというはなしは日本三大仇討ちのひとつ。(あとの二つは、忠臣蔵と伊賀越の仇討ち。)

でも、源頼朝主催の富士の巻き狩りで起こったこの仇討ちが じつは頼朝暗殺クーデター未遂事件だったという説があるとは、井沢元彦の「逆説の日本史⑤」を読むまで知らなかった。

曽我物は正月最初の演目と昔は決まっていたそうだし、江戸歌舞伎のヒーロー助六の正体は曽我五郎というわけで、歌舞伎の重要なキャラクター曽我兄弟がじつは将軍暗殺を仕掛けたヒーローだというのは、わたしは深い意味があると睨んでいるんですけど、どうですかね…。

というわけで、前置きが長くなったんだけど、初演は文化文政の頃というこの舞踊劇は、曽我五郎と舞鶴が鎧の紐を引き合って力比べをするというだけの趣向の演目。ちょっとふっくらした感じの橋之助の五郎と、意外と荒事風の衣装が似合う魁春。わりとスッキリ観れたのだけど、この演目について何かいうのは難しいな…。(だから、前置きが長かったんです!)わたしは鼓の気持ちよさと、魁春ばかり見てました。

②菅原伝授手習鑑 賀の祝

仮名手本忠臣蔵、義経千本桜と並ぶ三大名作のひとつ、菅原伝授手習鑑。この三作は今から約250年前に作られたものだけど、芝居を真似た心中が増えたことに憂慮した八代将軍吉宗が享保年間に心中物を禁止したため、題材を歴史などから取るようになったという苦肉の策から生まれた作品群でもある。(だから、菅原~では各段に親子の別れが出てくる。)いわば「表現の不自由」が生んだクリエイティブな作品なわけだけど、こういうことは「表現の自由」を謳歌している(?)今のクリエイターたちも知っておいた方がいい話かも。

ところで、文楽の竹本住太夫は「賀の祝」の桜丸切腹の場について、「お客さんが泣いてくれはらなんだら、よっぽど演者が悪い」といっているんだけど、本音をいえば、ちょっと泣けなかったんですよね、今回の舞台。

父親白太夫70歳のお祝いに、三つ子の兄弟の息子・松王丸、梅王丸、桜丸とそれぞれの妻・千代、春、八重が訪ねてくるという話に、菅原道真失脚の原因を作ってしまった桜丸の切腹が絡むこの芝居。(話を端折り過ぎちゃったけど、ご勘弁!)老け役の情に弱いわたしとしては、段四郎の白太夫はとてもよかった。以前見た左團次の白太夫は飄逸さと寂しさが混じったもので、これはこれでよかったけど、今回の段四郎の白太夫は今みれる白太夫のベストかなと思える本格的な老け役という感じだった。ただ、他の配役がねぇ・・・。

松王丸の橋之助は声も姿も立派なのに、いまいち素っ気のないものだったし、梅王丸の歌昇は立派だったけど、問題なのはこの幕で肝心の桜丸の時蔵。最近だと菊五郎や梅玉が演じているこの役だけど、腹を切る人にしては地味であっさりしすぎているように感じてしまった。運命を悟ったひとというよりは、元気のないひとというか。

それとそれぞれの妻役。千代の芝雀、春の扇雀は悪くないんだけど、これまた何だか地味。加えて、可憐な若い妻という役だとわたしは勝手に思っていた八重という役。今回の福助はちょっとあだっぽすぎる気も…。娘というよりはだらしない女みたいでわたしはどうも…。(前回はもうちょっと可憐だったと思うんだけど…。)

というわけで、最後の段四郎の白太夫が座り込むところなんかはよかったんだけど、全体的には観ていて疲れました。

③豊後道成寺

わずか20分くらいの歌舞伎舞踊なんだけど、まばゆいばかりの20分でしたね。齢85歳の人間国宝・中村雀右衛門が舞う「豊後道成寺」。四捨五入すれば90歳の老優の演じる娘役がこんなにまばゆくて可愛らしいというのは、テレビや映画では絶対に無理な、芝居ならではの奇跡といっていいでしょう。

確かに、何年か前の「将門」という舞踊劇の頃を思えば、随分体が動かなくなったこのひとだけど、小さな手踊りの所作の可憐さはこのひとの可愛らしい芸風に合っていて、わたしには全然気にならない。

以前から、雀右衛門・芝雀親子のことを<かわいい系女形>とわたしは勝手に呼んでいるんだけど、無闇にあだっぽい福助あたりよりわたしは断然好きですね。

でも舞台最後の蛇体姿を暗示した厳しい表情の雀右衛門にもはっとしたけど…。

ただし、この人に関する注意をひとつだけ!あんまり舞台に近い席で見ると感動が半減するかも?(みなまで言いません!)幕見や三階席から双眼鏡の望遠レンズで見るのがベストです。(失礼!!)

④東海道中膝栗毛

愛知万博ネタが絡むことで話題になった今回のこの演目。正直言って、期待しないで観ていたのだけど、案外歌舞伎らしい趣向があって、納涼歌舞伎のお茶らけぶりとは違った、歌舞伎座リピーターにも楽しめるものでした。

話はいわずもがなだけど、富くじで当てたお金で旅をする弥次さん喜多さんの珍道中。今回は日本橋から愛知万博までの道中です。

今回感心したのは、ちゃんと歌舞伎ネタで笑わせてくれるところ。最初の旅籠なんかは「宇都谷峠」みたいだななんて思っていたら、ほんとに「宇都谷峠」に出てくる按摩が登場するし、芝居のところどころに、いろんな芝居の名せりふが出てくるしで、歌舞伎に愛を感じるお茶らけ方でしたね。狂言作者(映画でいう助監督や制作進行みたいなひとのこと)も出てきたし。

わたしが意外によかったのが、芝雀の剣士姿。女性が男装しているという設定なんですが、なんだか結構はかま姿が似合っていて、池波正太郎の「剣客商売」に出てくる佐々木美冬の役なんか合ってそうだと思いましたね。

それと、話題はやっぱり中村歌江演じる細木数子もどきの占い師。細木数子自体にも結構似ていたけど、このひと声帯模写の名人としても歌舞伎界では知られていて、先先代の仁左衛門、歌右衛門、先代勘三郎なんかの声を出してましたね。ここはディープな歌舞伎ファンが盛り上がったところ。

で、やっぱり吉右衛門(喜多さん)と富十郎(弥次さん)。このふたりでリラックスした芝居の底抜けの楽しさって他にないですね。こんな明るい舞台のあとの夜の部では、今年の歌舞伎のクライマックスって感じの勧進帳が待っているし。

老僕忠助の東蔵、ここはあだっぽっくてもよかった投げ節お藤の福助、と随分楽しめました。

作者の十返舎一九は静岡出身で主人公の弥次さんも駿河の生まれという設定だったとは今回知りましたが、原作を再読してみようかなという気になりました。(じつはわたしも静岡県生まれです!)

というわけで、昼の部の感想でした。

PS;夜の部は現在推敲中です!!
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2 コメント

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雀右衛門さん (ねも)
2005-09-26 08:35:01
久しぶりの歌舞伎コメント、楽しく読みました。。行かなかった月の演目が面白かった!と後から聞くと、いつも後悔しています。せめて半年分くらいの上演予定表があるといいのに。

いつも三階席から見る雀右衛門さんがとても可憐な姫君に見えてウットリしていますが・・・去年のお正月に一階席三列目から見た時は、年相応に見えて気持ち悪くなってしまったことがあります。お富さんも同じ?でちょっと安心しました。
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遅くなりましたが、コメントありがとうございます。 (切られお富 )
2005-09-29 02:22:58
ねもさん、こんばんは。



雀右衛門さん、わたしも大好きなんですが、近い席で見ると、油絵用の大きなヘラで作られたような、ざっくりとした化粧なんですよね。(京屋のご贔屓に怒られそう。)



でも、せりふもちょっと厳かでいいし、手振りも可愛らしくていいですよね。長生きしてほしい役者さんだな。



夜の部の感想は長くなってしまっててこずってますが、近日中にアップ予定。そちらもよろしくです。
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