今回の納涼歌舞伎三部制」のなかで一番地味っぽいのが第二部だって気がしていたのですが、いやいや、なかなか意欲的な舞台ではありました。簡単に感想っ!
①「つばくろは帰る」
川口松太郎が二世尾上松緑のために書いた芝居だそうだけど、ちょっと微妙な感想をもってしまった芝居でしたね~。
話は、江戸の大工の親方が京都への旅の途中で、ひょんなことから少年を旅の道連れにすることとなり、京都で少年の生き別れになった母親が祇園の芸妓になっていることを知って・・・。といったあたりですか。
納涼歌舞伎に旅の話って、結構あっているような気がするのですが、最初の女スリが出てくるところは、世話物っぽくてわたしは好き。
大工の親方は三津五郎、子役は亡・坂東吉弥の孫の小吉。
三津五郎のよさのひとつって、「切れ味」ですから、女スリとの芝居は黙阿弥の「宇津谷峠」っていう芝居を思い出しましたね。
前半の小気味のよさに比べて、どうもわたしが乗り切れなくなってしまったのは、後半の京都を舞台にした展開。
少年の母親役を福助がやったのですが、どうも例によって、俗っぽい感じがきつすぎるんですよ。
二世松緑の芝居では淡島千景が演じたそうですが、まじめで耐える感じが出てこないと、子どもと会えないと主張する母親役の性根が生きないのではないかと思うのです。
あんまり、下品だと、不誠実な母親に見えるし、子どもとの再会も水っぽい感じに映る。
やっぱり、淡島千景とか、映画『沓掛時次郎 遊興一匹』のときの池内淳子、『瞼の母』のときの木暮実千代くらいの凛とした感じは欲しかったと思ったなあ~、わたしは。
なお、大工の弟子役、勘太郎と巳之助はなかなか青春っぽい好演をしてましたけどね。
②「酒呑童子」
串田和美による新演出の「酒呑童子」。
墨絵の背景を使い、舞台全体はベージュに黒(濃紺)のシックな色調。
しかし、ベージュって、案外歌舞伎にはない色調だったんだなという感想は持ちました。
勘三郎の酒呑童子が舞台中央のせりから出てくるところは、通常の歌舞伎演出のせりのスピードからするとかなり早い。もちろん狙いなんでしょうが、身のこなしが軽くて、童顔に見える勘三郎だから合っている演出だって気はします。
本来の演出の記憶が曖昧なので、明確に比較することができないのですが、なんとなく、わかりやすくなっているよう印象があって、長唄、囃子方も整理されているのかもしれない。(ただし、思い違いかも。)
わたしが少し気になったのは、舞台美術のシンプルでシックな印象と違い、衣装のカラフルさがちょっと浮いているような気がしたのと、酒呑童子が消えた後に登場する小さな人形(酒呑童子が小さくなったつもり)がなんともチープで、観客は喜んでいたけれど、わたしはなくてもいいなあと感じたこと。
せっかく舞台が従来の歌舞伎にないシックさだったのだから、衣装の色使いは抑えるとか、人形を出すような子どもっぽい演出はしないというスタイルの方が、よかったのではないかとわたしは思いましたね。
ただ、舞踊劇を能仕立て(玉三郎がよくやるパターン)にするわけでもなく、子どもっぽくする(女性演出家のパターン)わけでもないという、第三のオトナっぽい演出があるのかもしれないという、演出の可能性は感じることができました。
というわけで、散々いちゃもんつけているようだけど、『野田版愛陀姫』、『亀治郎版道成寺』と並ぶ今月感心した新演出の舞台ではありました。
①「つばくろは帰る」
川口松太郎が二世尾上松緑のために書いた芝居だそうだけど、ちょっと微妙な感想をもってしまった芝居でしたね~。
話は、江戸の大工の親方が京都への旅の途中で、ひょんなことから少年を旅の道連れにすることとなり、京都で少年の生き別れになった母親が祇園の芸妓になっていることを知って・・・。といったあたりですか。
納涼歌舞伎に旅の話って、結構あっているような気がするのですが、最初の女スリが出てくるところは、世話物っぽくてわたしは好き。
大工の親方は三津五郎、子役は亡・坂東吉弥の孫の小吉。
三津五郎のよさのひとつって、「切れ味」ですから、女スリとの芝居は黙阿弥の「宇津谷峠」っていう芝居を思い出しましたね。
前半の小気味のよさに比べて、どうもわたしが乗り切れなくなってしまったのは、後半の京都を舞台にした展開。
少年の母親役を福助がやったのですが、どうも例によって、俗っぽい感じがきつすぎるんですよ。
二世松緑の芝居では淡島千景が演じたそうですが、まじめで耐える感じが出てこないと、子どもと会えないと主張する母親役の性根が生きないのではないかと思うのです。
あんまり、下品だと、不誠実な母親に見えるし、子どもとの再会も水っぽい感じに映る。
やっぱり、淡島千景とか、映画『沓掛時次郎 遊興一匹』のときの池内淳子、『瞼の母』のときの木暮実千代くらいの凛とした感じは欲しかったと思ったなあ~、わたしは。
なお、大工の弟子役、勘太郎と巳之助はなかなか青春っぽい好演をしてましたけどね。
②「酒呑童子」
串田和美による新演出の「酒呑童子」。
墨絵の背景を使い、舞台全体はベージュに黒(濃紺)のシックな色調。
しかし、ベージュって、案外歌舞伎にはない色調だったんだなという感想は持ちました。
勘三郎の酒呑童子が舞台中央のせりから出てくるところは、通常の歌舞伎演出のせりのスピードからするとかなり早い。もちろん狙いなんでしょうが、身のこなしが軽くて、童顔に見える勘三郎だから合っている演出だって気はします。
本来の演出の記憶が曖昧なので、明確に比較することができないのですが、なんとなく、わかりやすくなっているよう印象があって、長唄、囃子方も整理されているのかもしれない。(ただし、思い違いかも。)
わたしが少し気になったのは、舞台美術のシンプルでシックな印象と違い、衣装のカラフルさがちょっと浮いているような気がしたのと、酒呑童子が消えた後に登場する小さな人形(酒呑童子が小さくなったつもり)がなんともチープで、観客は喜んでいたけれど、わたしはなくてもいいなあと感じたこと。
せっかく舞台が従来の歌舞伎にないシックさだったのだから、衣装の色使いは抑えるとか、人形を出すような子どもっぽい演出はしないというスタイルの方が、よかったのではないかとわたしは思いましたね。
ただ、舞踊劇を能仕立て(玉三郎がよくやるパターン)にするわけでもなく、子どもっぽくする(女性演出家のパターン)わけでもないという、第三のオトナっぽい演出があるのかもしれないという、演出の可能性は感じることができました。
というわけで、散々いちゃもんつけているようだけど、『野田版愛陀姫』、『亀治郎版道成寺』と並ぶ今月感心した新演出の舞台ではありました。
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