日本人は人と人との、信頼関係を一番大切にする。
是とはまったく、対立する人間関係が、
欧州や支那の、大陸文化にはある。
ヨーロッパ・アジア大陸における歴史は、他民族を殺戮し生き残りを奴隷にする、戦いと抑圧の歴史であった。日本の歴史にも、戦争の歴史はあったが、それは殲滅戦ではなかった。徳川幕府が日本全国を統治するまでは、雄藩どうしの戦いがあった。これは統治権をめぐっての、武士団間の戦いで、庶民を巻き込むことは少なかった。
これに対して、大陸の戦いは、様相がまるでちがった。
たとえば近代に於いても、支那軍の戦いは自国民さえも、何十万人も犠牲にして恥じることはない。その一つに徐州会戦で総崩れの後の、黄河決壊作戦があった。日本軍の追撃を逃れるために、黄河の堤防に大穴を穿ち、それへ爆薬を仕掛けて大河を氾濫させたのだ。その大洪水による死者は、50万とも 100万人とも 伝えられている。1938年の6月9日の事であった。
日本人には馴染みのない、抑圧の時代の連続だった。
このことを、占領軍や支那の影響下にあった、日教祖の欺瞞教育は、ほとんど教えていない。戦後の十数年間は、「焚書坑儒」の時代であり、憂国の勇者は殺されて、日本伝統文化を伝える書籍は、破却させられた。教科書は墨で、ほとんどが塗りつぶされた。
東日本大地震の災害の大部分は、大津波の猛威によるものだった。
しかし今も問題になっているのは、政府と国会の機能停止である。
これはまさしく人災だ。
菅直人テロリストは、行政力に黒い墨を塗りたくっている。
サヨク・マスコミの国民洗脳の末に出来上がった、民主党政権は出来損ないであった。
自分の党内でさえ、協調ができない。火付け強盗のさん簒奪軍とはこのようなもの。放射能汚染は言うが、その解決策は実行できない。
サヨクは卑怯千万 ポチっ とお願いします。
脱線、転覆そして正面衝突。
是は民主党政権の、言葉と動きで、国民生活と正面から衝突したままだ。
支那では危惧されたことが、早くも現実化してしまった。
列車事故は、大勢の犠牲者を出してしまう。
カーブでスピードが出すぎていれば、転覆してしまう。前に列者が居るのに、かまわず突き進めば、衝突する。ましてや、同じ線路を逆送すれば、正面衝突で大惨事となる。日本でも、1960年代には列車の大事故が、大都会で頻発した。経済発展でたくさんの列車が走るが、それを正確に制御するシステムが無かった。
1970年から1980年あたりは、日本経済のひとつの完成期だったのだろう。
そしてその後の、世界同時経済への移行期で、日本経済は脱線してしまった。
支那の経済の不幸は、高度成長と世界同時経済が、一挙にやって来たことである。
その上に、支那畜狂惨頭が、私利私欲に走ったままで、毛沢東ゆずりの無知蒙昧が猛威を奮っている。
日本から取り入れた新幹線技術は、時速250㎞での走行を想定したもの。これを如何に直線が軌道だからといって、稚拙な制御技術しかない支那で、想定以上の高速で走らせれば、大変なこととなる。このように事前から危惧されていた。共に産業にあたれば、共産主義ででもあろうが、支那政府の気違いが惨劇を起こしまくりだ。これではやはり「狂惨頭」と呼ぶほかは無い。
2005年(平成17年)4月25日には、残念ながら日本でも大事故が起きてしまった。
R福知山線脱線での転覆事故では、107名が死亡してしまった。負傷者の数は、なんと数百名である。このニュース映像は、左近尉もテレビ映像で見た。一両目がカーブ外側にあるビルの中にめり込んで、画面には映っていなかった。なので、二両目が先頭車両のように、テレビには映っていた。くの字に曲がって、潰れた車両がビルの側面に、へばりついていた。あの様なところに、乗っていたくはない。胃の腑が締め付けられた。そしてその手前に、三両目が脱線して止まっていた。
この脱線事故の原因は、いろいろと言われたが、思うに運転手の未熟だったのだろう。素質のない、小さなミスを繰り返す運転手を、漫然と使っていた会社には、重大な責任がある。人災である。そしてこの人災を引き起こしたのが、利益第一主義の経営であった。返済資金とか、配当に廻す資金は、利益を上げて稼ぎ出せ。これが構造改革カルト教に染まった、日本経済の狂相であった。たぶん支那の新幹線事故も、原因は同じだろう。どちらも列車走行と会社経営の、コントロールを失っていた。安全などには目もくれず、ひたすら儲けの数字だけ見ていたのだろう。
いまの日本の政治も、日本国に住まいする、人々の暮らしには最大限の犠牲を強いている。日本国民は今でも、数字だけを見て走らされている。
労苦の結晶の生産物を、安く売る能なしの経済人や政治家が、損益の数字さえダメにしている。安く売れば、利益は出ない。小学生にでも判ることだ。それが、グローバリズム・カルト教に洗脳されれば、正常な思考は停止したままだ。朝鮮や支那を嗤えない。程度の差こそあれ、同じことをしている。
この経済停滞のその中で、東日本大震災の大津波で、多くの人命と財産が、失われてしまった。自民党政治が悪かった。などと、過ぎたことも言えば云える。だが最低限のことは、復興に国を挙げて行わねばならぬと言うことだ。ところが民主党は、大震災と原発事故を『質にとって』籠城戦をしている始末。テロリスト集団を、『民主政治を実現する、正義の味方』と騙された日本国民は、ただ只呆然とするしかない。脱線・転覆した、政治とも言えぬ、『謂わば政権テロル』を眺めている。支那狂惨頭と同根の、コミンテルンの夢想家が、サヨク民主党の実態だった。日本経済は脱線したまま、軌道を逸して走っている。そのうちに車輪が摩滅して、このままでは転覆してしまう。菅直人はお猿の電車よりタチが悪い。お猿ならば、「俺の顔が見たくなかったならば、法律をとおせ」などと、無法は言わない。
菅直人は猿以下の、ケダモノ ポチっ とお願いします。
サヨクやグローバリズムの提灯学者の言うことには、ノルウェーの経済や政治は理想的だったのだ。ところが一人の狂人が、90何名もの人命を奪う、テロルを引き起こした。秋葉原事件の、十倍もの惨禍である。言えることは、どちらも犯罪である。サヨクの言論人は、動機を社会の不正の所為にする、このような甘やかしの偏見がある。極端になれば、社会革命の為ならば、拉致も手段の内と、嘯くのか。菅直人らの犯罪性は、その凶悪を隠して、『知らなかった』と更にペテンを言うことにある。
昨日も書いたが、北朝鮮による拉致事件の、国内主犯は菅直人等のグループである。
もうすぐ終戦の日がやってくる。
その前には、6日と9日の原爆投下が、やってくる。
アメリカはこの無差別大量殺人を、謝罪しない。
つまり、アメリカ支配層の、「我を通す」為には結果として、30万余の人命は「犠牲である」として恬として恥じない。都市空爆の犠牲者をくわえれば、100万余の人命が無残にも虐殺されてしまった。
ノルウェーで殺された青年や少女の数は、90余名である。数こそ違うが、考え方は同じなのだろう。勝手な目的のために、かけがえのない命を奪うことは、許されない。狂気の殺人である。
大上(おおかみ)は前の大戦で、「国家よりも人命が優先する」として、終戦の詔を発せられた。故に戦後の日本人は、個々の生命を大事にする。それで、間諜・売国のサヨクが、これに悪のりした。武人の命がけの誠を穢す「平和至上主義」が跋扈し、外国銀への従属を賛美する、曲学阿世が巾を利かす。この世に理不尽な戦争や、人殺しが絶えぬのならば、命を的に戦う勇気あるものは、尊敬されねばならぬ。かのノルウェーの集まりに、武装した警官が着いていたならば、このような惨劇は起こりえなかった。
ノルウェーの事情は、これからの課題であり、今後彼の国の事情を見て行きたい。
只、予見できることは、『彼の地も、グローバリズムのサヨク主義』に強く汚染されていたものと思われること。森林、鉱物そして海産資源の豊かさに、比してノルウェーは人口が少ない。人々の生活は豊かだった。しかし、是は『キムチ・朝鮮族の伝える』ところの、いわゆる大本営発表でしかない。そうだった。そこへこの悲惨なニュースが飛び込んできた。のどかで友愛に満ちた、福祉社会主義の大船は、撃沈させられてしまった。
政府と其れの提灯文化人。国や地方の公務員、そして関係企業と、有名な国際企業。これらに連なる人々は、幸福で慈愛に満ちた、「特定人」だけの「幸せ」を謳歌していた。たぶん是が、実態だったのだろう。しかし実際は、この幸運に恵まれない人々が、ほとんどのノルウェー国民だったのだと思われる。
北海油田の幸運に恵まれた頃には、国民の多くが幸せ感にくるまれて居たのだろうか。たとえば日本の1970年代は、ケンとメリーはスカイラインに乗って、心は空を飛んでいた。それがグローバリズムのペテン軍団に、自家用車を買う給料を奪われてしまった。心も地に墜ちて、絶望の沼を彷徨うばかり。金髪碧眼のテロリスト青年も、悲嘆の淵に脚をとられてしまった。気は鬱々と、そして狂った。
幸福な利権にくるまれた、サヨクの青年少女たちにも、幾ばくかの「罪」はあったのだろう。しかし政治や経済のことは、表面からチョット掘り進めれば、闇とか泥ばかり。若い世間の苦労を知らない世代に「死すべき罪」を押し当てるは、狂気以外の何ものでもない。
ちなみに、ノルウェーでは死刑制度は、完全に廃止されている。
はたして、ヴィドクン・クヴィスリングの時のように、特別立法の悪名高き「事後法」を押したてて、ノルウェー政府はこの大量殺人犯を、断罪して処刑するのだろうか。それとも、サヨクが得意の、「精神異常者」は無罪ととぼけるのか。左近尉に言わせれば、殺人者などは、ほとんどが「気違い」である。キチガイでも罪を犯せば、断ずるのが人の道であろう。それがウス甘いサヨクの、観念主義では、ずるい犯罪者に逃避港を提供してしまっている。
ヴィドクン・クヴィスリングは民族主義者で、ユダヤの悪を指摘した。戦後捉えられて、彼は死刑制度のない国家において、銃殺刑に処せられた。つまり彼の狡猾で恥知らずの戦勝者達は、事後法を制定して、反ユダヤ主義者と同時に、ノルウェーの法治をも銃殺してしまった。東京裁判と同様に事は、ノルウェーにもあったのだ。ユダヤ・グローバル主義者にしてみれば、『敵は殲滅せよ』である。そして一般国民といおうか、友愛に満ちた者たちは、牧童に飼われる、羊にすぎない。
真の政治は、人を人として、真摯に向き合ってこそ、なのだが。事件は起きたばかり、これからも注視してゆきたい。
最後までお付き合い頂き、有り難うございます。
できたなら、ポチっ とお願いします。m(_ _)m
本日の話題の記事
2011 07 24 消えない悲しみと怒り=深い惨劇の爪痕-ノルウェー 【時事】
2011 07 24 「夢の鉄道」無残な姿 雨で救出難航 中国版新幹線脱線23日 【朝日】
2011 07 23 中国高速鉄道:高架橋で脱線、2両落下し11人死亡 【毎日】
JR福知山線脱線事故 (ジェイアールふくちやませんだっせんじこ)は、2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故である。運転士と乗客を合わせて、107名が死亡した。
三河島事故 1962年(昭和37年)5月3日、常磐線三河島駅構内で信号無視によって脱線した下り貨物列車に下り電車が衝突、さらにそこへ上り電車が突っ込み二重衝突に。死者160人、負傷者296人。
鶴見事故 1963年(昭和38年)11月9日、東海道本線鶴見駅~新子安駅間で脱線した下り貨物列車に上りの横須賀線電車が衝突、その先頭車が下り横須賀線電車に突っ込み二重衝突となる。死者161人、負傷者120人。
本日は 70位です。m(_ _)m => ランキングを見る
アクセスの記録 2011.07.23(土) 2436 PV 600 IP 874 位 / 1611232ブログ