憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・3

2022-12-15 12:50:22 | 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」

沙織が俺との結婚を決意したのは、
まず、隆介の子供をうみたい。

これが一番の理由だったろう。

だが、生活を共にする相手を俺にえらんだのは、
沙織の事情を理解しているからという理由だけじゃないと思う。
沙織が隆介を思うように、俺も隆介を思っている。
この理由が沙織をうなづかせたと思う。
一つの目的に向かってチームが結束するように、
俺と沙織は結婚という制約書にサインをした。同じ思い。
隆介という男を愛し続けてゆく。
この思いを具体的に実行する男は俺しかいなかった。

平たく言えば、俺が沙織を好きだという事実だけじゃ、

沙織はうなづかなかったということになる。

涙ぐんだ沙織の肩をだき、俺は沙織に言い聞かせた。
「隆介が実現できなかった夢をかなえてやろう」
沙織とともに暮らし、子供がいて、ごく平凡な会話を楽しんでゆく。
隆介が描いた未来図をかなえてやろう。
それができるのは、俺と沙織にしか出来ないことだ。
俺は出来うる限り隆介に成り代わろうとつとめていた。
俺が隆介を肩代わりすることが、
俺に出来る隆介への友情であり、愛情であると思っていた。
が、俺はどうしても今の状態で、隆介の代役を務めることが出来ないことがあった。
夫婦生活。
結婚したカップルが当然のように交わしてゆく性生活を
俺は沙織に求めることが出来なかった。
その大きな理由にやはり、沙織の体調があげられる。

妊娠中の性交渉というものが、
胎児の環境をいちじるしくそこなうものなのか、
沙織の変調をもっと顕著にさせる手伝いをするだけになるのか、
それを実行して「もしも」のことがあったら、俺は隆介に顔向けできなくなる。

つまり、俺たちの関係はセックスレスの夫婦ということになった。

沙織は俺の気持ちを理解したのか、自分でも性交渉に不安をもったのか、
子供が無事に生まれるまでは俺たちの間で夫婦の事はないだろうと、
暗黙の了承が出来上がっていた。

子供が生まれて半年・・・
俺達の間にまだ性生活は存在しなかった。

 

一つにそれは、

沙織の産塾が納まるのをまっていたせいだった。

もうひとつは、ひっきりなしの

授乳。

沙織の乳がほそいのか、

男の子の授乳能力が高いのか、

昼夜を問わず、乳を与える沙織の疲労を思い

俺は沙織、母子にベッドをゆずったまま、

簡単なソファーベッドを寝室に持ち込み

そこで、睡眠をとっていた。

 

夫婦の床が別になっていたせいで

接触しにくい距離を感じてもいた。

 

そして、何よりも、

俺は生まれた子供の顔に

隆介をみいだしてしまって、

沙織に触れる事にとまどったまま・・・、

時間がおざなりに過ぎていた。

 

そんなある日。

沙織が夜半に俺のソファーベッドに

もぐりこんできた。

 

沙織との初めてのランデブーをむかえるはずの

俺だったのに

俺はベッドに置き去りにされた子供の事を先に尋ねていた。

 

「直己・・いいのか?」

沙織は小さな声でなにか、答えた。

「なに?きこえないよ?」

沙織が答えを確かめた時

沙織の声がはっきりと大きく聞こえた。

 

「いつまで・・・私を避ける気なの?」

「え?」

まさか、そんなつもりはない。

と、答えた俺の事実は

図星をつかれた者の

あわてた弁解に過ぎなくなった。

 

授乳が・・、体の調子は・・・、くたびれているだろう・・・、

どの言葉をとってみても、

俺が沙織をもとめようとしない事実を

さらけ出す。

 

「あなたは、直己のそばであたしをだけない・・・のは・・

わかっているの・・・」

沙織が出した言葉は俺の本心そのものだった。

 

「だけど・・・もう隆介は居ないのよ。

隆介の亡霊におびえて

あなたは、あたしにふれることもできない。

私にはそう・・・見える」

 

ちがうと俺はいえなかった。

だけど、

俺はおびえていたわけじゃない。

俺は隆介が死んだことを盾に

隆介の恋人を横取りした罪悪感に

せめられていたといって良い。

 

隆介が直己を通して俺にその罪を

伺いなおしてくる。

 

隆介の目の前で

沙織を抱く錯覚にとらわれると

俺は・・・

いつのまにか、沙織を避けていた。

 

「あなたは・・・勘違いをしている」

ぽつりとつぶやいた沙織が

俺のソファーから抜け出すと

 

「このままじゃ・・。

私はいつまでも隆介のものでしかない。

私達は夫婦に成ることも出来ず

あなたは、隆介の代わりの自分に嘆くだけ。

そして、きっと、あなたは

隆介への呵責だけで、私と暮らすんだわ・・・。

そんな馬鹿なことはないわ・・」

 

俺は沙織の言葉が痛かった。

痛みに堪えかね

いってはならない言葉を沙織に切り替えした

 

「お前だって・・。

隆介の子供を生むために俺と一緒になったんだろ?

それ以上を望むのは、俺を馬鹿にしているよ。

死んだ男じゃしてやれないことを

してほしくなったからって、

俺を代替にしようとするお前こそ、

隆介の亡霊にとりつかれている・・・」

 

俺の頬がぴしゃりと音を立て

涙を一杯ためた沙織が薄暗い電灯の中に

くっきりと見えた。

 

「あなた・・・それ・・本気でいってるの?」

 

俺は逃げ場を失うと

沙織の詰問に答えず

「明日は早いんだ」

と、ソファーベッドにもぐりこみ

沙織に背を向けた。

 

俺達のいさかいに目を覚ました直己が

乳をくれと小さな催促の泣き声を上げると

沙織はベッドによじ登っていった。



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