憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―洞の祠―   12 白蛇抄第16話

2022-09-08 16:01:57 | ―洞の祠―   白蛇抄第16話

それだけでない。まだ・・・ある。
『藤太・・わしが、お前に託したかった娘はもう・・』
どう、つげればいいのだろうか。
村長同士の寄り合いで教えられた男は、
きのえの婿に相応しいと推し進められたとおり勝源の目にかなった。
きのえよりむしろ、勝源が気に入ったといっていい。
男親がたいそうきにいるような男だから、まちがいがないとおもっていた。
だから、いくら、きのえがなんといっても、添うてみれば変わると信じていた。
三年も前。藤太はまだ、十九だった。
「まだ、十三のねんねだが、三年もすれば嫁にだせよう。おまえ、貰ってくれぬか」
と、訊ねた親ばかぶりをわらいもせず、藤太は
「親父さんとこの、娘なら間違いない。良い娘だろう」
と、はにかんだ。
その約束を果たそうという矢先だった。

朝になってもやはり、きのえが返ってこぬ。
勝源はやはり、夢のお告げを信じるしかないのかと思う。
白蛇神の存在さえ知らなかった勝源にはその神の居場所もわからない。
手繰る術は奴が口に出した同じ神格である『黒龍』に頼るしかあるまいとおもうが、
あれほど先行きまでを言明した白蛇神が七日を過ぎぬうちは、きのえを返しはすまいと思う。
が、いかんせん、口惜しい。
「嫁取りの日まできまっておった娘を神ゆえと何の無体をつうじさせられる?」
勝源の胸の中の憤りは黒龍にもむけられてゆく。
「白蛇神のものにならないなら、黒龍が物になるしかないといいおったな?」
藤太の者になれぬというということは、もともとは、黒龍の存在のせいであり
白蛇神はその確約をかえたにすぎないといった。
と、なれば、この事件のきっかけは黒龍に始まると言う事になる。
「村人を護るのが水神のつとめではなかったのか?」
その水神がきのえに不埒な思いをもったゆえ、
白蛇神も神としての常軌を逸する事を己に許したと言う事になる。
神に魅入られるがきのえの運命なら
その神が白蛇神であってもよかろうという安易な許容を植えつけたのは黒龍ゆえだ。
素性もわからぬ神の横暴は仕方がないとも思える。
だが、黒龍はこの村の外れ
七尾つづらの山を抱く入り江の先端の祠に大事に祭ってきた。
朝の漁に苗代の水に何かにつけ水神の加護を信じ、供物をささげた。
胸の中にいつも、崇めつづけた、いわば同胞のような存在である。
この同胞の挙動が,あさましくも人間の女子に懸想かけていたという。
「許せぬ」
と云う、思いとともに、勝源は洞の祠に足を向けると
居るか居ないか判りもせぬ水神に向けて憤怒を表した。
「きのえをかえせ。わが手に返せ。お前のせいで、きのえは蛇なぞに・・」
ぽたりと泪が落ちた。
人として生かせしめたかった愛娘の人生は踏み潰され、巫女という形の生贄になる。
―いまさら、なにをいうてもせんないー
憤りを口にすれば尚更引き返せない事実だけが胸に迫ってくる。
「藤太・・がとこにも・・やれぬ体にしおってから・・」
それだけで飽き足らずきのえのこの先を差配する。その白蛇神と、
「おまえも、おなじものよの」
いくら、なじってみても、くだらぬ者はくだらぬ。
「きのえ・・・を・・」
もうどうにもならぬ。
たとえ、白蛇神から、きのえを取り戻したとて、運命は神の寵愛を受ける娘と魂に刻んでいるのだ。
「だが、せめても、御前なら、諦めもしよう。
幼き頃からのきのえを見守り続けた守護の神がきのえに懸想するは、まだしも。
なんで、この地の者でない神なぞに。お前がなんで、きのえを護れなんだ・・・」
苦渋だけが、勝源の胸を穿つ。
しんと静まりかえった祠の中さけんでみても、ただ、己に返って来る言葉が胸の中をすさばせる。
「きのえは・・・」
無垢なまま、藤太に渡したかった。
似合いの夫婦になると思うておった。
「・・・・・」
拳を握り締めると、勝源は洞の祠をあとにした。
白蛇神に望まれた娘は、今其の契りを強いられ、あと、六日を過ぐるをまつだけ。
その思いだけで六日をすごすのだろう。
だが、其の後も・・・。
運命はきのえを差配する。
「なんで、おまえが・・」
神なぞに魅入られねばならぬ。
どうなじってみても、覆せない事実だけが勝源の前に披瀝する。
「さしだすしか・・ないのか?」
それだけはできぬ。
藤太にすまぬとおもう。
人と人の約束を無に返す、神の横暴をせめて、勝源だけはゆるしはしない。
洞の祠を出た勝源の目の中に明るい日差しが差し込む。
目が痛いのはまばゆさのせいだ。
きのえを神の恣意に屈服させられた悲しみのせいではない。
「きのえ。おまえさえ、望まなければ活路はある」
この七日。白蛇神が手を下せるのはそれが限り。
人の心で運命を覆す。
神の恣意なぞ、どこ吹く風にできる。
勝源は「あふり」と唱えた白蛇神に立ち向かう自分になるしかないと思った。
たとえ、いかなる被害が生じても神の横暴を許せばこの世は人のままにならぬ。
こんな事があって、いいはずがない。
天の捌きをかけて、勝源はたちむかう。
神より強いものは人の心であり、天である。
天は人の心に乗りうる。
一介の人間が秘めた反心は、地上を揺るがす事になると知らず、
勝源の瞳からあふれる潮は血の色にも見える決意そのもになりかわった。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿