憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―洞の祠―   11 白蛇抄第16話

2022-09-08 16:02:16 | ―洞の祠―   白蛇抄第16話

布団の上に端坐したまま、勝源の一夜が明けた。
夜が白む頃まで、身体を布団に包ませたまま、きのえの事を考えていた。
きのえは藤太の所に行ったに違いないという作三右門の言葉を
信じようと努めるのだが、どうしても、腑に落ちない。
言いたい事をはっきり言わずに置かぬ性分のきのえである。
親の目を盗んで藤太と深い仲になっていたとしても、
すでに許された仲であれば、
むしろ堂々と「いやでもこうでも、藤太の所に行くしかない自分になった」
くらいはつげてきそうである。
だが、作三右門の言う事も一理ある。
女と云う別の生物になったきのえが、
男に組み敷かれる自分をみせるのは、藤太だけになるわけである。
『組み敷かれた女』という今までなかった部分を知った事を
他のものにけどられたくないと思うか、
むしろ、結ばれた喜びとしてけどらせるくらいのきのえになるか。
実際の所、勝源にはわからない。
判らない以上、作三右門の言う事にも一理あると思える。
とにかく、夜が明け、きのえが無事と判れば、それでいいわけである。
もう、七日も過ぎればどの道、藤太の元から帰ってこなくなる娘である。
「さては、こっそり藤太め。夜這わってきていたか?」
親に密かの睦事を既に繰返してきているのなら、
尚更、表面は気のない素振りを取り繕うきのえになるかしれんと思い巡らせた勝源が
やっと睡魔に捕まる自分を許した。
ほんのわずか。うとうと、まどろんだ事と思う。
一条の光が瞼を刺し、つむった目の中にまで閃光がうごめき、
まどろんだままなのか、夢なのか、判らないまま、勝源は覚醒を覚えた。
尾を引くたまゆらが目の中を幾筋もはしりさって、うかびあがって、ながれてゆく。
不思議な感覚のまま、勝源は光をみつめていた。
光がまばゆさを失い始め日向の明るさにかわると、
目の奥に黒い点が浮かびそれがだんだんおおきくみえてくる。
勝源にちかづいてくる点影がやがて人の姿と解ると、
勝源の意識の一方が「どうやら、これは夢枕だな」と教え始める。
黒い影に白いもやが掛り始め、黒い姿を取り囲むように渦を巻き始める頃には
「降臨・・・」
つまり神おろしだと勝源にもわかる。
「いったい、どこの神が、何の用で」
と、いぶかるより先に白いもやは大きな白い蛇の姿を象り黒い影を、
つつみはじめ勝源の目の中に人型として、姿を見せた。
「白蛇神?」
この辺りの神ではない。
村の外れの湖にせり出す洞の祠の水神
近在に住むものの守護神として、まつられているが、
この水神の正体は黒い龍だといいつたえられている。
勝源は息を飲みこむ自分の喉の音を聞いた。
確かに自分が覚醒しているとしか思えない聴覚とは、裏腹に
目の中の男はすさまじい麗美をもち、とても、現とはおもえない。
だが、男いや、白蛇神は勝源の前に立って居る。
凍りつくような美しい神が憂いを含んだ顔で勝源をみつめている。
この神に憂いを含ませるのがほかならぬ自分なのではないかと思ったとき、
白蛇神の低い声が勝源の胸の中で響いた。
「きのえをば、藤太にかせることは、まかりならぬ」
―なぜ?―
勝源が胸内で答えを探るより先に声がひびいた。
「そなたの娘。きのえは今日よりこの白峰の寵愛をうくる」
な・・・なんと!
白峰というは、白山連邦、白峰山の主神ではないか?
だが、なぜ、そんな神がこの琵琶のほとりの小さな村にあらわれる?
いや、それより、なぜ、きのえを?
勝源の驚愕を見越してのさきの憂い顔だったのかとしると、
一層に勝源は神に娘を差し出さねばならぬことが口惜しい。
「なぜ・・」
なぜ、もうすぐ嫁ぐ娘を横からひっさらうまねをする?
それが神のすることか?
きのえが人としてごく普通に生きることを阻むも神ゆえ傍若無人で負かり通せるというのか?
白峰は勝源の心を読み取るときのえの片一方の事実をつげた。
「きのえは藤太がところへかすことをのぞんでおらぬ」
「ならば?」
自分で口に出すことさえ、震えるほどに悲しい。
「きのえは、お・・」
神をして、お前呼ばわりする事に勝源はすこしためらったが、つづけた。
親の許しも得ずに娘をひっ攫うものは、神といえど崇める必要なぞない。
「きのえがおまえをのぞんだというか?」
勝源が藤太を選んだのはきのえの性分をよく知っているからだ。
罷り間違っても、きのえはこんなひややかさをもつ男なぞ好きはしない。
藤太の明るく温厚な性格がきのえの負けず嫌いをじんわりとうけとめ、
きのえに安らぎをおぼえさせる。こうみぬいた勝源である。
すくなくとも、自分勝手な感情をきのえに強いているとしか見えないような男に
あのはねっ帰りの娘が惹かれるとはとうてい、考え付けない。
勝源の言葉と胸の思いをみとった男が浮かべた笑いは
どこか自嘲めいているくせにやはり冷ややかなものであった。
「父親だけあって、よく、しっておいでである」
妙に慇懃にいわれると、事実は逆なのだと皮肉られている様にさえ聞こえる。
「たしかに、藤太の性分は」
父親だけあって、合う合わぬより、むしろ、きのえがどういう性分を好くか掴んでいるといえる。
『藤太は黒めと相通じる物を持っている』
藤太の性分を好くだろうきのえ。
つまり、黒に惹かれるきのえを認める事が出来るのは、
既にきのえを手に入れた余裕がなせるわざである。
「藤太の性分だけをいえば、親父殿のいわされるとおりであろうが、きのえは・・」
気の毒と云う目の白峰に告げられる事実はまた、勝源の胸をしめつけることになる。
「いずれにせよ、きのえは人の物になれぬ
白峰がきのえを奪い取った相手は藤太なぞと云う人間ではない」
「ど、どういうことだ?」
きのえはすでに別の神に?こういうことか?
されば。神同士の間に立たされてきのえは玩具の如く奪い合われていたというか?
「きのえを・・きのえをなんだとおもっている?貴様らの・・」
欲を拭わせる道具か?それが、神のなすことか?
きのえをぼろ布のように嬲ったのかと訊く言葉を出すことさえ胸が苦しい。
「いや。きのえは放っておけば、黒龍の元で一生、未通女のままで暮らす事になる。
黒龍におもわれもせぬまま、巫女の如く一生を送るきのえであるよりも、
そこは親父殿とおなじ。女子としていきてほしいものよ」
「黒龍?だと?」
「どのみち、人間風情がたちうちできぬ相手よの」
暗に同じ神だからきのえを奪い、
女子としての生き様を知らせる事が出来るのだといっている白峰である。
「待て。お前の言い分では黒龍がきのえをとらえていたようにきこえぬ。
きのえが勝手に黒龍におだをあげていたとするなら、何ゆえ、お前が横からかすめとれる?」
「この白峰がこらえきれなくなったほどに『女』を匂わせ始めたきのえに
黒龍が欲をいつ滾らせるか判らないではないか
きのえがのぞんだとて、黒龍の一時の寵愛に、わたさねばならぬか?」
黒龍に弄ばさせて棄てさせるくらいなら、
きのえを振り向かせるために、自分がきのえをうばったという。
「すると」
神が人間に交わりを強いれるのは、七日を限度と聞く。
きのえのこの先はきのえ次第できまることであるが、
「きのえは巫女として、お前に仕えるしかないということか」
勝源の呻きを聞かぬ顔で白峰はつげた。
「七日七夜。きのえを妻に召す。七日があけたのち、
きのえを返すが、きのえのさきゆきが
白峰の物となるしかないことを違わせる者がおれば・・・」
白峰も自分の脅しを口に出すはさすがにためらった。
だが、なんとしてもこの先もきのえがほしい男は
卑怯としか言えない策を敢えて口に出すことを選んだ。
「あふり」
何と言う事を言い出す神であろう。
人間の女子ほしさに同じ神からきのえを奪い
この先、きのえの方から白峰を求むる以外、交情をもてない掟をさかてにとる。
あふりなぞあげられては、被害はきのえだけのことですまなくなる。
稲つくりも漁もあふりの毒に侵され村人のたっきの道も奪われる。
村長として、きのえを差し出す道しか残されないだけなら、まだしも、
きのえにこんな男を求めて生きよといわねばならぬ。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿