憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 29 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:01:37 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

ばさりと伽羅の前に落とされた指指をみつめた。

「な?」

血だらけの口元はしゃかれた舌のせいだ。

「陰陽師か?澄明か?」

悪童丸がうなづく。

「どうすればよい」

切り離された指をつなぐ術があるのは知っている。

だが、斜にさかれた悪童丸の舌では韻も唱えられない。

「お・・おお・・う」

とにかく指をもとの場所につけて押さえろというようだった。

念誦を与えて元の形にもどそうというらしい。

「できるのか?」

やるしかない。

「薊撫をよんでこようか?」

悪童丸は首を振った。

縁者の因は己でつなぐしかない。

縁者の因の内、離因は他がかけられる。

だが、結因は己がかけるしかない。

一刻をかけて印綬を念じ

不完全ながらも指はどうにか身内につながった。

舌を癒せば直ぐに直せる指であろうが、

反対に手印をきって舌を治そうにも、指がまともに動かない。

「ねんのいれようじゃな・・・」

呆れるほどの陰陽師のやりくちである。

が、それだけでない。

裾さばきに血潮が乾きへばりついた地糊がおちる。

「な・・・」

悪童丸の一物がかりとられている。

「よくも」

むごい。よくもここまでやってくれおった。

だが、どうしたものか。

悪童丸はにこりとわらった。

「な・・?なんじゃ?」

心配すな。悪童丸がそういうた気がした。

勢とのまぶかいの最中に飛び込んできた男の刃を避けた時

陰陽師はさけんだ。

―悪童丸。にげやれ―

と、確かに叫んだ。

その目を、その瞳の底にあるものに狂いはない。

一瞬に見て取れた。

あしきにせぬ。今は時を選べ。

そのまま、引き下がればよかったのかもしれない。

だが、これで、引き下がったら、

勢への心は嘘になる。

刃の露になるのは、勢への心を明かしきるが先。

勢をひっ攫うと衣居山のすみかにとんだ。

討ちにくるだろう。

その前に

勢の中に最後の情念をはたきこむ。

そして、ついえる。

無残に、これが最後で三条が妻になる勢を抱く。

それでよい。

そして、ねがったとおり、

勢は三条の妻として生きてゆく道しかなくなる。

それでよい。

いっそ。それでよい。

だが、今宵は満月に近い。

因縁の胤をはたきこんだのち。

自分が死んだら・・・子を拾う父がおらぬようになる。

悪童丸の情念に迷いが生じる。

「悪童丸。勢はかなえになります」

子をはらませろ。と、勢はいいのけた。

『最後だと・・わかっておるか』

悪童丸の死を乗り越えても恋を選ぶ。

そして、勢もいつか、楼上をけたぐる。

共に生きるためでない。

おくれをとっても、おんのこを生み育て、

そして、悪童丸のもとに飛ぶ。

『あとで、勢もおまえをおいます』

身をゆだねた勢の中に、熱い血潮をしぶかせる瞬間。

陽根は胴と放たれた。

追いかけてきた男に切り込まれたとわかる今まで、

何にもきずかずに勢に浸りこめた己がうれしくもあった。

討たれるしかない。

覚悟を決めたそのせつな。

―あしきにせぬ。今は耐えられよ―

陰陽師の声が耳の奥に大きくひびいた。



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